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109. 終わらぬ戦い

「あぁ? 何だ、ダラクは殺られちまったのかぁ?」


 門前に停まる馬車の前で、先ほど見た小柄な痩せた男が落ち窪んだ目をレインへ向け声を発した。


「俺達の動きを知られていちゃぁ、後々面倒くさいからなぁ。おい、始末しろぉ」

 その声に、傭兵たちの中から10名がそれでこちらへと向かってくる。


(流石に連続はきついな……)


 一見レインに目立った傷はない。

 顔にあるかすり傷と、背中に浅い刀傷があるくらいだ。だが内側は、叩き付けられたお陰でボロボロだった。おまけに口の中まで切れている。そして剛腕な相手を倒してからの連続。


 レインは周辺に視点だけを巡らせ、この状況の打開策を模索する。

 彼らの実力は大よその見当が付いているため、現状でもまだ2対1かせめて3対1くらいならば対応できそうな気はするが、だが見晴らしの良い領主の庭はただ広いだけで入り組んだ場所もない。パッと見ただけでも、奴らは一斉に襲ってくるだろう事は明白だった。


「さて、どうするか」

 小さく独り言ちて、レインが余裕に見えるよう体の力を抜く。こういう対人の戦闘においては、焦っている姿を見せればそこに付け込まれる。

 レインは腰を落として剣を構え直すと、大きく息を吐き出した。

 その一気に吐き出した息と共に、レインは声を乗せた。


「母なる大地の御霊より、出でて我の手足となれ “傀儡(ゴーレム)”」


 習得してから今まで殆ど使う事の無かった魔法を、レインは実戦で初めて使用する。しかも試しで出した事がある傀儡(ゴーレム)は小さな1体で、ここには2m程に膨れ上がった土塊(つちくれ)が3体だ。


「一気に持って行かれたな……」

 流石に魔力がごっそりと抜けたが、まだ半分は残っている。今は一人でも多くの手勢が必要不可欠で、出し惜しみしている余裕はない。ここで何としてでも奴らを足止めせねばならないのだ。


 向かってきた者達は、レインとの間に突如出現した泥人形を見て、足を止める者や後退るものが見て取れた。

 この傀儡(ゴーレム)という物は魔力消費が激しく、使える者がなかなかいないと聞いた事がある。きっと皆初めて見て驚いているのだろうと勝手に解釈し、レインはこの機に反撃に出た。


「殺さない程度に動きを封じろ」

 繊細に魔力を操りながら、傀儡(ゴーレム)に命じる。

 すると、レインの号令で立ったままだった土塊が動き出す。その動きは見掛けによらず、意外に素早い。


 レインは傀儡(ゴーレム)の間を縫って、前に出てきていた者達へと剣を振って行く。


「お前達も加勢しろぉ!」

 馬車の傍で、唾を飛ばしながら大声を上げている男は取り敢えず無視だ。

 しかしその声で、馬車の側にいた者達もこちらへ向かってくる。


 真横に殺気が近付き、レインは片足を引いて殺気の元を見定める。そして一瞬にして横を通り過ぎた剣の軌道を遡るように、流れるように剣を送り出す。


 ― ザンッ!! ―

「ぐえっ!」


 レインは傭兵たちの中を、踊るように、動きを止めることなく剣を振り続ける。

 その近くでは傀儡(ゴーレム)が太い腕を振り回し、拳を地面に叩き付けている。


 ―― ドオォーーンッ! ――


 ―― ドドーーンッ! ――


 ―― ドッカーーン! ――


 3体はレインの邪魔をする者を潰そうと、重い拳を振り上げ振り回す。

 その拳を避けている者が逃げ惑う一方で、直撃して崩れ落ちる者やレインの剣に倒れる者が次々に足場を埋めていった。レインはひたすら殺気を読み、相手の動きを感知する。


 今度は後ろからだ。

 ―― ガキンッ! ギンッ! ――

 振り向きざま相手の剣を己の剣で受け止めて、組みあった相手の剣を慣れた動作で上へ往なす。

 ― シャリンッ ―

 そして相手の両腕が宙に浮いたところで、レインはその胴体へと剣を横凪に振る。


 ― ズバッ! ―

「う゛あぁー!」


 こうして戦闘を続けて行けば、多勢であった傭兵たちはその数の殆どを減らしていた。


 レインは馬車の周りへと後退して行く傭兵たちを追って、ゆっくりと歩いて行く。


 レインの姿は既にボロボロと言えるものの、その眼には力が宿り、士気が衰えていない事を雄弁に物語っていた。

 傭兵たちはそんなレインを見て戦意を喪失していく。


 多勢に無勢と思っていた相手は、既にあの隊長までをも倒している者だと、今更ながらに気が付いたようだった。


 一歩一歩レインが馬車との距離を縮めていると、門を開き、馬車を出立させようと慌てて乗り込む者達。

 だが馬車に繋がれていた馬は怯え、目をひん剥いて興奮している。そのせいで上手く制御できずに、御者を務める傭兵が焦ったように鞭を当てている。それでは余計に馬を興奮させるだけだろうと、呑気にレインは思考する。


 その時、門前で混乱している奴らの奥、開かれた門の外側に人影が見えた。


 先頭は弓を背負った女性で、萌葱色(もえぎいろ)の目を見開き、翡翠色の長い三つ編みを揺らして肩で息をしている。その後ろには体格の良い男性2人が外套を羽織って立っており、その2人は帯剣している事がうかがえた。

 レインは新たな敵が来たかと身構えたが、彼女たちはレインへと向かってくる事はなく、何かを話し合うと馬車へと走って近付いて行った。


(一緒に馬車に乗って逃げるのか?)


 レインがそう思った時、その3人は馬車に向かって武器を構えた。

「投降なさい! 抵抗しなければ傷はつけません!」


 その声に、レインは足を止めて息を吐き出した。

 どうやら味方だったらしいとレインが気を緩めたのは一瞬。彼女の声にキャビンの扉を開いて裏門へと走り出した者を、視界に捉えたのだ。


 それは屋敷の2階から顔を覗かせたあの男。

 落ち窪んだ目を裏門に向け、何かに躓きながらもよたよたと気配をさせずに走って行く。


 気配を消していても、姿はレインからは丸見えだ。

 レインはすぐさま、奴を拘束に掛かる。

「豊かなる仁恵よ、我の願いに呼応されん “蔓縛手シーラス・グライフェン”」


 ― バサッ ―

「わーぁ! 何だこれはぁー!」


 頭上から落とされた網に絡まり中でもがきながら叫んでいる男は、いくら気配を消していてももう皆に気付かれていた。馬車の陰から姿を見せた先程の女性は、弓を引き絞った瞬間にそれを放った。


 ― ヒュンッ! ―

「ぐわぁあー!」


 矢が中って崩れ落ちた男に外套を纏った男が走り寄り、レインの放った蔓の網の上から手早く縄を掛けていく。


「いてぇー! いてぇー!」

「黙れ!!」


 最後に足で蹴飛ばしてから男を片手で掴むと、馬車まで引きずっていく。

 その様を、めちゃくちゃ手際が良いなと感心しつつ、レインが馬車へと視線を戻した時には、既にそちらにいた傭兵たちも拘束され地に座らされていた。

 こちらも手際が良い。


 これでやっと終わったかと、レインは魔力を手放す。すると傀儡(ゴーレム)はレインの意図を汲んだように、サラサラと土に戻って消えていった。


 レインは剣を地に刺してその場に座り込むと、そのまま大の字に寝ころぶ。

 既にレインが領主の敷地に侵入してから数時間が経過していたらしく、空にある太陽も随分と西側へ移動していた。どうりで疲れる訳だと、レインは暫しそのまま呼吸を整えていた。


 そこに、サクッサクッとレインの耳に軽い足音が近付いてきて、レインはそのままの姿勢で視線を向ける。

 そしてレインの顔に影が重なり、覗き込む影の持ち主の三つ編みが揺れた。


「お疲れ様でした」

 “おや?”とレインが聞き覚えのある声に身を起こせば、彼女はレインの隣に(かが)んだ。

「えっと……」

 いくら聞き覚えがあってもレインは名前も知らないため、何と言っていいのか言いあぐねる。

 その思考に気付いた様に彼女はふわりと笑みを作り、名を名乗った。


「改めまして、私はドーラと申します」

 そう言いながら胸元から厚みのあるロケットを取り出すと、パカリと開いてレインへ見せる。

「あ……」


 そのロケットの中には、レインにも馴染みがあるロイのピンバッヂが納められていた。レインは思わずドーラの顔へと視線を戻す。


 これを持っているという事は、ドーラはレインと同じユニークスキル持ちだ。

 やはり彼女の声はネズミと同じだったのだと、推測は確信に変わる。彼女がネズミに姿を変えられるのか、はたまた違う方法なのかは知らないが、彼女がレインとロイを繋いでいてくれていた事はだけ明らかだった。


「私はずっとこの屋敷周辺も監視しており、レオさんが裏口から侵入する所も見ておりました」

 その言葉で、レインは彼女が人を集めて急いで駆け付けてくれたであろう事を理解する。

 だがレインが口にした言葉は、それとは関係ない言葉。


「いつもロイの伝言を持って来てくれて、ありがとうございました」

 レインの言葉にドーラは一瞬キョトンとしたものの、ややあってニッコリと笑みを作った。

「いいえ。私がお手伝いできることはそれくらいですので。ところで、お怪我は大丈夫ですか?」


 顔にも傷を作っているレインを見れば、怪我をしている事は一目瞭然である。

「あ、大丈夫です。魔力が残り少ないので体は重いですが、動けない程ではありません」

「それは良かった。それではレオさんは手当てもございますので、先に宿へお戻り下さい。私共はここで、残務処理をさせていただきます」


 手を差し出してくれるドーラの気遣いを借り、レインはそれを支えに立ち上がる。


「ロイは明日には戻ってくると思うので、すみませんがそれまでの間、よろしくお願いします」

「はい。承知いたしました」


 瞳に力強い光を纏ったドーラはレインに笑みを乗せた会釈をすると、再び馬車の方へと颯爽と歩いて行くのだった。


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