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107. 狂気に染まる嗤笑

「てめえはぶっ殺す」

 淡々と、これが事実だと言うように目の前の男は告げる。


「傭兵は、何もしていない者を平気で殺しても良いのか?」

「ケッ。てめえはひとん家に勝手に入った、それが理由だ」

「確かに不法侵入だが、普通は捕まえるだけで殺しはしないぞ?」

「フンッ、ここはメイオールだ。俺の言葉が絶対なんだよ」


 かなりの勘違い発言だが、本人は分かっていて言っているのか本当にそう思っているのかは分からない。

 どちらにせよ、“殺す”という行為は決定事項らしい。

 そもそも。とレインは冷静に考える。

 確かにこの状況はレインには不利だろう。こいつの戦い方を見た事がないし、レインは土魔法しか使えない。もしも目の前の男が風魔法や水魔法を使えるのなら、この狭い廊下で戦うのは得策でない事は確かだろう。


 レインはチラリと廊下の様子をうかがって、動ける範囲を確認する。

 その視線の動きに気付いたのか、目の前の男は陰湿な笑みを広げた。


「おいおいおい。逃げようったって無駄だ。てめえはここで死ね」


 言うが早いか、男は大きな体躯に似合わず俊敏にレインの間合いの中に入り、太い剣を振りかざしていた。


(速い!)


 これは集中しなければ応戦すら出来はしないだろうというスピードで、大振りながらもレインの軌道を読むように立ち回る。

 ギリギリでその剣を躱せば、剣はブゥンという音を残し、廊下の壁へ刺さる。


 ―― ガンッ! ――


 だがそれで動きを止められるはずもなく、食い込んだ剣をいとも簡単に引き抜くと、次の一手に動いていた。


 ―― ガキーンッ! ――


 レインはその剣を受けとめる。レインより一回り大きい体から振り下ろされる剣は、その体重と太い剣の重さを加算した様にずしりと受けた剣に伝わってきた。


「くっ……」

「ほうほうほう」


 自分の剣を受けとめたレインを嬉しそうに見下ろす目と垂れ流す威圧は、獲物を見付けた猛獣に近い。

 その拮抗する剣は、やはり力の差でレイン側へと押し込まれる。


「ハッ!」

 レインは気合を入れるように押し戻し、その反動で飛び退る。


 だが一歩下がれば一歩踏み込まれる間合いで、いつまで経っても距離は変わらない。

 相手の顔を見れば、三白眼の目が楽し気に歪んでいる。この男は人を殺める事を楽しんでいると隠しもしない。


「ほらほら、どうしたよお。威勢だけか? もっと動き回れ、俺を楽しませろ」


 確かにレインはジリジリと後退だけを続け、廊下の角へと追いやられている。奴が剣を振り回すたびに間合いを取り直しているレインは、ただ逃げている様にしか見えないだろう。


 ― ガキンッ! ―

 ― キーンッ! ―

 ― シャラーンッ ―


 そして次々に繰り出される剣を受けとめる。

 いや、受けとめるだけでレインの腕にビリビリとしびれが走るため、火花を立てながら受け流してもいた。


「逃げてばかりでは俺を倒せないぜ?」


 もっとかかってこいと煽る男を、レインは睨みながらも奥歯を噛みしめる。

 挑発に乗るような精神状態ではこの男は倒せない。それを分かっていてもなお、防戦一方になる自分に苛立ちを感じていた。


 ―― ガツンッ! ――


 剣同士がぶつかる。それをレインが受け流す間もなく、相手の剣は力任せに振り抜かれた。


 ―― ジャリーンッ! ――


 ―― ドーンッ! ――

「グハッ」


 吹き飛ばされたレインは、追い込まれた先の突き当りの壁へ激突し、隣にあった窓が振動でガラスを落とした。


 ―― ガシャーンッ!! ――


 壁伝いにずり落ちるレインの脇で、ガラスの破片が盛大に散って行くのを、レインは視界の隅で捉えていた。

 それはスローモーションだった。光を受けてキラキラと輝きながら舞う破片は、周辺に広がるように廊下へ降り注いでいる。


 その中にあるレインは、片足を壁にかけ前傾姿勢のまま壁を蹴った。

 剣は今右手だけで持っており、それを突き出すように体ごと男の間合いへと突入する。


 それは一瞬の出来事。


 ガラスの舞い散る中を滑るように突き抜ける。ガラスの破片がレインをかすり、頬で複数の朱が散った。


 ――― グサッ!! ―――


 三白眼が見開かれ、目玉が下を向く。

 剣を振り上げていた男の視線の先は自分の腹で、そこに添えられたレインの腕の先を見つめている。レインの剣は半分ほどが埋まり、男の腹を確かに突き刺していた。


 ―― グチャッ ――


 レインが剣を躊躇なく引き抜いて飛び退れば、レインが立っていた場所に鮮血が飛び散る。


 ― ビシャッ ―


 だが男はそれを見なかった事にしたのか、渋面に変わった表情で即座に重心を落とした。


「てんめー」

 男の目が血走り顔に青筋を作る。そしてレインを睨むように目を細めた。


 まだ動けるのか。と思うのはレインの常識を逸脱しているこの男のさま。

 レインも体を強打し節々がミシミシと音を立てているが、こいつは剣の傷を負っても闘志は変わらなかった。いいや、その気迫は今まで以上かも知れない。


 男が力を込めて剣を振り上げれば、その度に腹から血が流れだす。

 しかしそれをもろともせず、男は目の前のレインを殺す事だけに集中している。

 そして再び振り回される剣の応酬に、レインも体を酷使しながら剣を繰り出していった。



 ――― キーンッ!キンッ! ―――

 ― ガキンッ! ―

 ― シャリンッ ―



 互いに無言の応酬が続くそこへ、廊下の先からバタバタと人の走る音が響いてくる。

 流石にガラスが飛んだ事で、外にいた者達が気付いたらしいとレインは察する。

 ボンドールにはまだ20名程の傭兵が残っている。その全員を相手にするのは得策でなく、その上ここは狭すぎた。


 レインの視界の奥に枯れ草色の者達が現れた。

 剣を受け流して反動をつけ飛び退ったレインは、更に3歩後退する。足元にはガラスが散乱し、一歩ごとにジャリジャリとガラスが砕ける音が響く。


「ここは狭い」


 言うが否や、レインはガラスの無くなった窓へ振り返ると、窓枠に足を掛け躊躇いなく身を乗り出して飛ぶ。

 そして落ちて行く先を見ながら言葉を紡ぐ。


「大地より恵み()づる命、(そら)()の覇者となれ  “蔓草糸(ハングヴァイン)”」 


 レインの手から流れ出る魔力から実態を作り、それは緑の蔓となってシュルシュルと木の枝に絡まる。その蔓に体重を逃がし、レインは地面に着地する手前でそれを解放する。


 ― トンッ ―


 レインが降りた場所は建物の西側にある、中庭の前だった。


「フンッ」

 地面に降りたレインの頭上から声が落ちる。その声の元を仰ぎ見れば、歪んだ笑みを湛えた三白眼の男がレインを見降ろしていた。

 レインはその視線から目を外す事無く、庭の中へと後退していった。


 いくらも経たず窓際にいた男が身を乗り出し、そして飛んだ。



 ――― ドオォーンッ! ―――


 それは地面を揺るがす程の轟音を立て、両足をつけ地に下り立っていた。


「丁度いい。これで思う存分魔法が使える」


 独り言なのかレインに言ったのかは分からないが、そう言った男は着ている服を引き裂くと、片手を自分の血が出ている腹へ近付け何かを口走る。


「灯は我と共に、出でよ “(ファイア)”」

 ― ジューッ ―


 辺りに肉が焼ける匂いが漂った事で、レインはこの男が自分の腹に火を放ったのだと知ると同時に、こいつは火魔法を使えるのだと分かった。だが火で止血をするのは理解できなくもないが、それを自分に対し躊躇いなくやってのけるこの男に、レインの額に汗が滲む。自分の事でさえ何とも思っていない奴は、殺すか殺されるまで止まらないだろう事は明らかだ。


「教えといてやる。あの中は魔法が使えねえようになっていやがるんだよ。だがこうして外に出てくれたお陰で、俺は思う存分おめえをいたぶれるって話よ。ケッケッケッ」

 だから奴は魔法を使わなかったのかと、今更ながらにレインは納得した。


 こうして話している間にも、遠巻きに傭兵たちが集まっていると視線を感じていたレインは、障害物のない庭へとジリジリと移動して行く。


 その背後に殺気を感じて後ろに剣を凪げば、飛び出して来た傭兵の腹を切り裂いていた。


 ―― ズバッ! ――

「ぎゃあーー!!」


「てめえら! 手え出すんじゃねえ!」

 こいつは俺の獲物だと唇を舐める男は鋭い視線を周りへ送り、そしてねっとりと嗤った。

 その声に集まっていた気配が下がって行くのを感じ、レインは目の前の男だけに集中する。


 レインも、そして相手もここからが本当の戦闘になる事は明白。

 軋む体に力を入れ直し、レインは次の瞬間に備えるため、悟られぬように口元だけを小さく動かした。


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