11. 後悔は後来の前に
真っ暗な視界の中、レインは布団の中で跳ね起きた。
全身には汗をかき、全速疾走をしたかの様な荒い息を続けている。
「はぁ…はぁ…はぁ…はあ~ぁ」
レインは額に手を添え、鈍痛がする頭を抱えた。視界の隅を確認すれば“2”となっている事から、既に1度目は終わっていると理解する。
(という事は、あの後俺は…生きていたのか…?)
レインは既に起こった今日の出来事を、夢物語のように追想するのだった。
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あの後登り始めた側防塔の螺旋階段を、ブルースを先頭にしてウイリーとレインがその後に続き登って行った。
普段から無口なブルースが話すはずもなく、そうなるとウイリーとレインが会話をする事になるのだが、レインは思考も虚なために生返事しか返せなかった。
そして半分ほどまで登った辺りで、ウイリーの言葉が説教を帯びる。
「レイン先輩、シャキッとしないと御勤めが果たせませんよ?」
「…ああ、そうだな」
レインのそんな返しも気に食わないのか、ウイリーはわざと足音を立てながらながら登って行く。
「ウイリー、レインは先輩なんだ。もう少し言葉に気を遣うべきではないか?」
2人の会話に業を煮やしたのか、やれやれと言わんばかりにブルースが助け舟を出してくれるも、ウイリーはそんなブルースにも食って掛かる。
「何を言ってるんですかブルース先輩まで。前日が休みだったのに、ダラダラしているからじゃないですか。先輩もクソもありませんよ」
「おいっ」
流石に言い過ぎだと、ブルースが階段の途中で足を止めウイリーを振り返った。
「な、なんですか…」
ガタイの大きいブルースが上から見下ろした事で、ウイリーがビクリと身を強張らせて立ち止まる。だがこれはレインのせいだと思ったのか、矛先を変えウイリーはレインを振り返った。
しかしレインはそんな会話も殆ど耳に入っておらず、一段一段階段を登る事に集中していた。その為、前の2人が立ち止まった事に気付くのが遅れ、勢いよく振り返ったウイリーの腕にレインの頭がぶつかった。
― ドンッ! ―
「あっ…」
流石のレインもその衝撃に顔を上げれば、ウイリーが目を見開き自分に手を伸ばしていたが、それがゆっくりと見えているレインは、逆に他人事のように彼らを見ていたのだった。
「レイン先輩!!」
(あれ? 落ちてる…のか?)
クラリとした感覚、それが眩暈なのか落ちる浮遊感なのかは分からなかったが、次に全身に受けた衝撃で、自分が階段を転げ落ちているのだとやっと気付いた。
― ドンッ ドドドドドッーン! ―
回る視界にレインが目を瞑れば、体の痛みだけに意識が集中した。幸いにもこうして思考が出来ている事からすると、頭は打たなかったのかと呑気な思考が横切るも、レインの意識はプツリとそこで途切れてしまったのだった。
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そんな記憶から浮上したレインは思う。
今自分がこうして生きているという事は、命は助かったという事なのかも知れない。だがレインには、意のままにならぬユニークスキルがある。そのスキルの発動中に死んだとしても、もしかすると強制的に2度目に戻される可能性もある…。などとも考えられるが、もっともレインが助かったかどうかは、「今日の俺ってどうなった?」と聞ける相手もいないため、答えは永遠に不明なままである。
(どちらにせよ、ブルース先輩とウイリーに迷惑をかける訳にはいかないな…)
「はあ~」
深いため息を再び落としたレインは、今が2度目の夜明け前であると気付き、急いで服を着替えて部屋を出た。
(折角戻ったんだから、助言を有効活用しないとな)
今日をまた後悔してもそれはもう手遅れだ。同じ轍を踏まないよう、レインは折角この時間に目覚めたのだからと、違う行動をとる事にした。
1度目は朝まで眠ってしまい、ギルノルトが来る時間まで部屋に籠っていた。そして顔を出したギルノルトが、「途中で薬を飲ませれば良かった」と言っていた事を思い出し、レインは騎士棟にある医術室へと向かっているのだった。
騎士棟にも簡易の医術室があり、夜勤で怪我をした者などに応急処置できるよう、医師も交代でそこに詰めてくれていた。
勿論レインのように具合が悪くなった者も対応してくれる為、レインは風邪薬をもらいに向かっているという訳である。
コンコン
「どうぞ。開いてますよ」
静かな宿舎の廊下を出て、騎士棟の1階にある医術室に到着すれば、レインのノックにすぐ返事があって静かに扉を開く。
「今、大丈夫ですか?」
入室したレインは、他にも誰かいるのかと見回す。
「ええ、誰もいないので遠慮しないでどうぞ」
笑顔を向けたのはアーロン医師で、そんな顔見知りにホッとしてレインは机の前に進み出た。
「こんばんは。こんな夜中にどうしましたか?」
「ええと…風邪を引いたらしく、悪寒がして目が覚めました」
レインは、勧められたアーロンの前にある椅子に座る。
本当は、自分に起きた事に気付いて飛び起きたのだが、ここは嘘と真実を交えて話しておいた。
「風邪ですか? 夏風邪は長引きますから、早めの対処が大切ですね」
レインに体温を測るようにと測定器を渡したアーロンは、席を立って薬棚へと向かって行った。
レインは測定器を口にくわえたまま、うつろな目でアーロンを目で追う。
そして“ピー”という音がして測定器を口から離すと、薬を手に戻って来たアーロンにそれを渡す。
「少し熱がありますね。このままでは、朝にはもっと熱が上がってしまうでしょう」
眉尻を下げたアーロンが、「こちらを飲んでください」と頓服を差し出すので、礼を言って受け取ると胸のポケットに入れた。
「レインさん、今、ここで飲んでいって下さい。水もありますので」
レインは気が付いていなかったが、アーロンの手には水の入ったコップが握られていた。
「あ、すいません。ありがとうございます」
そうしてレインが薬を飲むのを見届けると、アーロンは笑みを浮かべて頷く。
このアーロン・シエルという医師は30歳で、レインとは10歳以上年が離れているが、レインは勝手に兄のように慕っている人物だ。
なんだかんだとこうして世話になっており、いつも包み込んでくれるような温かな笑みを向けて安心させてくれる人だった。
「すみません、夜分遅くに」
「いいえ。これが私の役目ですから、今後も遠慮せずにお越しください。実は暇だったので、話し相手が来てくれて助かりました」
そんなアーロンに見送られレインが自室へと戻って行くと、薬が効いたのか少し眠くなってくる。まだ陽が昇らぬ時間でもあって、レインは再びベッドに横になって眠りについた。
コンッコンッ
それからどれ位経ったのか、部屋をノックする音でレインは目を覚ました。
「…開いてるぞ」
ギルノルトであろうと気安い返事を返したレインがむくりと起き上がれば、明け方前に薬を飲んだおかげで、すっかり頭痛も取れて体も軽くなっていた事にホッとする。
そうして顔を出したのはやはりギルノルトで、心配そうな顔でベッドにいるレインに近付いてきた。
「おはようレイン、今起きたのか? …やっぱり具合が悪いんだろう?」
ギルノルトに苦笑を向けてレインは首を振った。
「いいや、大丈夫だ。ギルノルトのお陰で、すっかり楽になった」
そんなレインの返しにキョトンとするも、「そうかそうか」とギルノルトは冗談だと思ったのか笑って流したようだ。
(本当に、ギルノルトのお陰なんだけどな…)
1度目のギルノルトの助言を今回実行した事で、この後レインは2度目の休日明けを無事に過ごせる事になったのである。
ギル、ありがとうな。
言葉には出来ないながらも、レインは心の中で感謝を伝えるのだった。




