102. 解放と謝罪
ロイの隣からサクッサクッと草を踏みしめて、レインは捕縛されている者達が集まる場所へと向かって行った。
近付けば彼らの周りに置かれたカンテラの灯りを受け、歩くレインを追う光が体に纏わりついてくるようだった。
目を見開く者や睨み付ける者、様々な視線には共通して流れてくる感情が見え隠れする。
『なぜお前だけが……』
拘束され口枷をされている者達と同じ服を纏うレインは、それらが視線だけで訴える批判の感情を受けとめながら、漸く目指した人物の下へと辿り着いた。
座り込む彼らの端に遠慮するように膝を抱いて座るアルタは、項垂れた頭を上げる事もしない。目を瞑っているのかレインの足が見える位置に来ても、身じろぐ様子もなく脱力していた。
見たところ、怪我はしていないようだった。
アルタは騎士団に憧れを持っていると言った。そんな彼らに剣を向けられた事で、自分の立場が逆徒であると知ったのだろう。だから抵抗もせずに捕らえられたのだと推測する。胸の刺繍までは区別が出来ないにしても、この黒い制服はアルタにはすぐに分かった事だろうから。
「アルタ」
呼びかけに、ゆっくりとした動作でレインを振り仰ぐアルタの目は虚ろで、全てを諦めきっているようにも見えた。口は塞がれており当然話す事は出来ないが、その目は潤んでいると分かる。
レインはしゃがみこんでアルタの口枷を外す。次いで後ろ手に縛られている紐も解いていった。それを身動きもせずに受け入れているアルタは、まだ何をされているのか理解できていないようだった。
「アルタ、立てるか?」
レインの声でやっと手足が自由になっているとわかったのか、目を何度も瞬いてからレインを見上げた。
「……レオ……どう、して」
「アルタは逃げださないだろう?」
「……もちろんだよ。でも、どうしてレオが?」
「俺はちょっと事情があって、騎士団とは知り合いなんだ」
小声で伝えた言葉もしっかりとアルタへ届いたのだろう。アルタはレインの返事に瞠目し、「そうなんだね」とぎこちない笑みを浮かべて素直に納得してくれた。疑問も理由も問わないアルタに、こういうところが純真な彼らしいと微笑みを返す。
アルタに手を貸して立ち上がらせると、レインはゆっくりとアルタを連れて歩き出す。
今夜はこの合流地点だった街道脇の空き地で野営をする事になっていた。そのため荷馬車を草むらへと引き込んでおり、その周りには商人と冒険者らしき者達がいる。
「アルタ。あそこにいる彼らが、あの馬車の本来の持ち主だ」
指をさし、騎士団から少し離れた所で野営の準備をしている者達を示す。
「え? ………それって、それじゃあ………」
「そうだ。そういう事で傭兵は捕まったんだ。向こうに傭兵じゃない奴らがいるだろう?」
「――うん」
「あいつらが途中で馬車を襲い、商人に化けて傭兵と合流して行動していたんだ」
「……確かに見た事ある人がいる」
レイン達からは10m程離れているが、アルタは目が良いらしく、カンテラに照らされている顔を確認出来たようだった。そしてそれらを見るアルタの顔には動揺の色がうかがえる。
「今後騎士団に、アルタも話を聞かれるとは思う。アルタが知っている事を正直に伝えてくれれば、悪いようにはならないだろう」
「でも…………」
肩を落とし視線を下げたアルタの肩を、レインはポンと叩く。
「何かあれば俺がアルタを守る。大丈夫だ」
アルタは云わば、普通に就職先として自領の傭兵募集に応募しただけだ。
その入った先の経営が途中で変わり悪事を働いていたかも知れないが、何をしているのかさえ知らなかったのだから、アルタや一部の真面目に働こうとしていた者達には、情状酌量の余地は十分にある。
だからロイも、アルタを解放してくれたのだと理解している。
レインはアルタを、そのまま騎士団員達が集まる場所へと連れて行った。
近付くレイン達を団員達が驚いた顔で見つめてくるが、近くにいたヘッツィーがレインに手を上げた事で状況を理解したのか、レイン達に向けられていた視線の圧はそれで四散した。
「ほぅ……」
隣でアルタが息を吐いた。
数十人から一度に視線を向けられ、流石のレインも内心でたじろいでいたのだ。騎士団を見慣れないアルタなら、さぞ驚いた事だろう。
「レイン、彼は?」
ヘッツィーが近付いてきたレインへと声を掛けた。
「今回の件で、協力してくれた者です」
レインは答える。アルタには何も話していなかったが、今回レインが動くための情報を色々と教えてくれたのだから、こう話しても嘘ではないはずだ。そして解放したのはロイから許可を得ているのだと、さりげなく伝えていた。
「そうか。協力に感謝する」
柔らかな表情でヘッツィーが言葉を紡げば、アルタは挙動不審になって「いえ、俺は何も……」とモゴモゴ言っている。
突然身に覚えのない事を言われたのだから驚くのは無理もないが、ここで反論すれば再び拘束されるのかと返事に窮している事を、レインには手に取るように解った。大丈夫だからと、レインはアルタの肩に手を乗せる。
「我々は夜間に交代で奴らの尋問をするが、君達は休んでもらっていて構わない。今日はご苦労だったな、レイン」
「ありがとうございます」
隣でアルタがビクリと肩を揺らした。
そのアルタの背に手を添えて、ヘッツィー達の下から離れて行く。
「レイン?」
騎士団から10歩程離れてから、アルタは小さく声を発した。
2度も言われたのだから、流石に聞き間違えではないと分かったのだろうと苦笑しつつ、レインはアルタを促して野営地を見渡せる場所まで来る。
先に腰を下ろし、焚火の周りで食事の準備をしている団員達に視線を向けながら口を開く。
「座ってくれ」
「あ、うん」
大人しく隣に座るアルタに、レインは先程の答えを伝える。
「レオと言うのは偽名で、本当はレインという名前なんだ。騙していて悪かった」
アルタからは沈黙だけが返ってきた。
そしてややあって「そう」とだけ聞こえてくる。
繋がらぬ言葉の隙間に、前方にいる団員達の話声と薪が爆ぜる音だけが聞こえる。アルタには聞きたい事もあるだろうが、上手く言葉にできないのか、考え込むようにして視線を足元に落としていた。
そんな二人を影が覆う。
レインは近付いてくる存在に気付いていた為、目の前に立ち止まった者達を仰ぎ見た。下を向いていたアルタはそこに影が落ちた事で気付いたらしく、顔を上げてキョトンと目を瞬いている。
「私もここに座って良いだろうか」
「……ああ」
アルタの返事を聞かぬ内に、レインはどうぞと肩を竦めた。
ここには椅子も敷物もないが、この王子さまは地べたに座るのかと、どうでも良い事を考えていたレインである。
レイン達の斜め前に腰を下ろしたロイとその後ろに膝を付いたリーアムは、2人共灯りを背にしているために顔に影を落としている。若干表情は読み辛いが、それでもロイ達からの視線は感じ取る事が出来て、真っ直ぐに見つめてくるロイの視線を受けたアルタは背筋を伸ばした。
「君がアルタかな?」
「――はい。アルタ・マルベットです」
「そうか。私はロイ」
ロイはアルタを少し見つめてから、ふわりと笑む。
「聞いた通り、素直そうな若者だね」
アルタはロイのひとつ下で、殆ど年齢は変わらない。その言葉通りに受け止めるなら何を言っているのかと思うのだが、そこはアルタらしい反応だった。
「――俺を知っているんですか?」
その反応に笑みを深め、ロイは話しを続けた。
「ああ。レイン……レオや他の者から聞いているよ」
ロイの言葉にアルタはレインを振り返る。視線の先のレインは、頷いてから口を開いた。
「この人はメイオールの小麦の行き先をずっと調べていて、俺はその手助けをしていたんだ」
「そっか……」
それだけで話の流れがわかったのか、アルタは寂しそうに口元を引き結ぶのだった。