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101. そして戻る者

 暗くなる空の下、道の先へと消えていった者が戻ってくるのを待ちながら、オルダーとチャフルは馬の背にまたがったまま話し合っていた。


「隊長の話しじゃ、今日の夕方って事で間違いねえよな?」

「そうだったはずだぜ? 流石におかしくねえか?」


 オルダーとチャフルは昨日、隊長のダラクに呼び出され、商人に扮する仲間と合流しろと言われたのだ。

 それが今日の夕方だと昨日の夕方に言われ、指示に従うべく、飯を食っている奴らに適当にそれを伝えたのである。


 小隊長たちでさえ、それはいつも急に知らされる。

 とは言え、隊長も直前までそんなそぶりがない所をみると、隊長も前もって予定を把握していないのかと思うが、そんな事を聞ける御仁でもない為、言われたら実行するのみだ。


 ダラクは元々、おっかない奴だと仲間内では有名だった。

 ダラクやここにいる傭兵の半数以上は、始めはヴォンロッツォの辺境にある細民街(さいみんがい)と呼ばれる一画で、はみ出した者達が自然に集まって出来た集団の中にいた。

 ダラクはその中でも特に凶暴で、一度暴れ出すと誰にも止める事は出来ず、相手を殺すまで止まらなかった。普段は何にも興味がないような飄々とした様子ではあるが、争い事を感知する能力に長けていて、ダラクの周りではいつも争いが絶えなかった。


 そんな荒くれ者達の前にフラッと現れ、ダラクを負かした者が今のマスターだ。一見優男に見えるいでたちのマスターは、大男のダラクよりも強かった。

 荒ぶる大男の軌道を読み、頭脳を使った攻撃でいとも簡単にダラクを鎮めてみせれば、周りにいた者達は目を輝かせ、新たな統率者に心酔する事は自然の流れと言えただろう。


 そうして各地を回るマスターの周りにはいつの間にか人が溢れ、多くの荒くれ者達が集まっていった。道中では商人を襲って積み荷を奪いそれらで腹を満たし、時には森の中で人を襲い金品を強奪したり、時には仲間に加える事もあった。

 マスターは自頭が良く知識も豊富だった。皆が知らぬ事を当然の様に知っていたりもするから、余計に皆はマスターに頼り信頼度を増していった。

 それから数年もすればある程度大きな集団となり、移動するにも目立つほどの規模になったある日。


 マスターはある街を拠点にして店を開く事にしたと告げた。


「拠点を作り商売をすることにした。だがお前たちは表に出るな。その代わり別の仕事をやる」


 そうしてマスターとの連絡は人を介してする事になる。

 その連絡係として紹介されたのは、落ち窪んだ目に筋張った体をした鼠のような男で、二の腕にはトカゲの刺青彫られていた。


「こいつを連絡に使う。刺青で判断しろ」


 名前など俺達の中ではないに等しい。

 尤も自分の名を覚えている者は半数に満たず、それぞれはマスターが付けた名か適当な呼び名で呼び合っている為、こいつの名前など聞かなくても皆は疑問にも思わない。このトカゲの刺青が、マスターからの伝言を運ぶ者として皆は認識したのである。


 その為オルダーとチャフルもこの男の事は知っているし、時々ダラクの下へと顔を出しているだろうことも。

 そして今回の仲間達との合流も、その男からの連絡であると予測している。

 しかしいつもはスムーズに行っている予定が、なぜか今回は上手くいかず、オルダーとチャフルはあの男が嘘をついたのではないかと疑い始めてもいたのだ。


 だがその時、やっと暗くなった道の先に走り寄る人影が見えてきた。


「レオが戻ったか……」

「チッ、おせぇじゃねえか。使えねえ奴だな」


 オルダーは、チャフルがレオを怪しんでいる事を知っている為、その言葉に何も返す事はしない。

 オルダーもただ人員補充のために声を掛けただけで、もしかするとチャフルの勘が当たっているかも知れないと思っているからだ。

 そしてこの場でチャフルが勝手にレオを出した為、そのまま戻ってこないかとも思っていたが、それは懸念に終わったらしいと知らずに息を吐き出すオルダーだった。


 そんな彼らの思考を知るはずもなく、レインは息を切らして辿り着いた馬の下から2人を見上げた。


「おせえ」

「すみません。間もなく到着します」

 2人はレインの言葉に疑う事なく、「チッ」と舌打ちをしたチャフルとオルダーは、視線を前方の道へと向けた。


 程なくすると、馬車であろう四角い影が木々の間から姿を見せた。

 もう陽は沈み、辺りには紫色の空が一部に残っているくらいだった。当然人の顔など認識出来るはずもなく、疑う事もないまま、傭兵たちはその荷馬車が到着するのを待つ。


「これじゃ野営場所には行けねえな」

「あぜ道じゃ、馬車は道を踏み外すかもな」


 2人も馬鹿ではない。今まで何年も森の中などで暮らしてきた為、野営の知識は多少なりともマスターから学んでいる。

「その前に、文句の一つでも言わねえと気が済まねぇな」

 チャフルは気が短いのだ。

 こうして待たされる事に苛立ちを感じていたのは分かっているが、これから文句を言う時間もなさそうだとオルダーはチャフルの肩を叩く。

「それは野営地まで待て」

「……」


 一応オルダーの言葉が正しいと分かっているのだろう、「チッ」と舌打ちだけ返して反論はしなかった。


 ― ガラッガラッガラッ―


 規則正しい車輪の音が近付き、2人の10m程手前で止まる。

「………」

 だが荷台から降りてくる者もおらず、いつもは掛けてくる合言葉もない。御者も俯き加減で座ったまま身動きを止めていた。


「どうした、何かあったのか?」

「……」

 オルダーが声を掛けてみるも、その答えすらなかった。


 その時、荷台が揺れて後方から人が飛び出してくる。

 その数は10にもなるだろう、続々と黒い人影が足音を響かせてオルダーとチャフルを囲んだ。

 そして暗闇でも光る何かを一斉に向ける。


(はか)りやがったなぁー!!!」

「チッ」

 今度舌打ちしたのはオルダーで、チャフルは馬の側面に下がっていたレインを睨み付けた。そのレインもチャフルへ向かって剣を抜き、既に戦闘態勢に入っていたのである。

 だが隣にいたオルダーの視線は、その馬車の向こうに続く道から続く黒い隊列に目を見張っていた。


「王都の犬が!!! 殺れ!!!」

 チャフルにはオルダーの見ているものが見えていないのだ。

 その証拠に、後方にいる30程の傭兵に声を荒げた。


 だがその傭兵も、馬車の向こうから近付くものに気付いた者達が尻込みして後退する一方、チャフルの声に応え戦闘に加わったのは20名程だった。それでも数ではこちらが勝っていると、チャフルは勝利を確信した様に剣を抜いて馬を駆った。

 逃げ道を探しながらもオルダーも剣を抜き、馬上から向かってくる男達へと剣を振るっていった。



 その戦いはあっけなく幕を閉じた。それには多勢に無勢という言葉が当てはまるだろう。

 程なくして道の向こうから雪崩れ込んで来た隊列が加勢した事で、一気に収束したのである。


 レインはふぅ~と息を吐き出して剣をしまった。

 辺りには傭兵たちが転がっており、半数以上が負った傷に対して呻き声を上げている。


「ご苦労だったな」


 彼らから少し離れて立っていたレインの隣に、リーアムを連れたロイが並んだ。

 何故こんな所にロイがすぐ現れたのか……。


「ロイ、まさか馬車に乗ってたのか?」

「ああ。事の成り行きを自分の目で見極めねばならないからね」

「……」

 ロイの後ろでリーアムが音にならないため息をついていた。


 先程の“無茶”という言葉を思い出し、レインも流石にリーアムへ同情する。

 護らねばならぬ主が無茶ばかりするのだから、リーアムも神経がすり減っている事だろう。ご愁傷様だ。


「余り無理はするなよ、ロイ」

「ああ。程々にするよ」

 と肩を竦めるロイは、思いのほか満足そうに笑うのだった。



 もう陽も沈み切り夜の帳が下りている事もあり、周辺では所々にカンテラ置かれ明かりを灯している。

 その灯りに集まるかのように後続の集団が到着し、縛られている傭兵と共に商人を襲った者達も並べられた。

 さるぐつわを咬まされているために互いに言葉は交わせないが、それらの視線は苦々し気に歪み、不愉快感を露わにしていた。


 その中に視線を滑らせたレインは、中の一人に目を留めて眉尻を下げた。

 レインの視線を辿ったのか、ロイがレインの肩を叩いて顎をしゃくる。行けという意味だ。


「彼は開放して良い。レインが保証すれば、だがな?」


 目を見開くレインへロイは見透かしたように目を細めると、分かっていると言うように静かに頷くのだった。


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