100. 揃いゆく駒
100話になりました。
いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。
「―――レイン・クレイトン」
その時、別の声に名を呼ばれて顔を上げれば、そこにいたのは、ボンドールにいるはずのリーアムだった。
「え? ――リーアム……さん?」
「おや? ウェルズ殿、お知り合いだったのですか?」
「ええ。エイヴォリー公のご厚意で、この者は今マリウス殿下に随行しております。皆さんが知らぬのも道理、我々の行動はあくまで非公式なものですからね」
「さようでしたか」
リーアムの話は、これ以上皆が聞いている前では話せぬという意味だ。それに気付き、即座に無難な返答をするヘッツィーは流石である。
ただし当のレインは状況が飲み込めず、馬上で行われている2人のやり取りに目を白黒させていた。
(は? この人が何故ここに? という事はロイも一緒なのか?)
まるでそんな思考を感じ取ったかのように、リーアムの後ろから馬に乗ったロイがサラリと登場する。まぁリーアムがロイの側を離れる事はないのだから、当たり前と言えばそれまでだが。
「レイン」
「ロ……マリウス殿下……」
「レインはなぜ単独なのだ?」
その疑問を受け、レインはここまでの事をロイ達とヘッツィー団長に説明する事になった。ここにロイがいるという事は、ある程度の事はヘッツィー団長も把握していると解釈したのである。
ロイとリーアムそしてヘッツィーは馬を団員へと預けると、皆から少し距離を置いてレインの話に耳を傾ける。流石に全員に聞かせる話でもないという事だろう。
そうして傭兵がこの先の合流地点で待っているのだと伝えれば、ロイはレインに向かって含みのある笑みを向ける。
「丁度良いね。ああ、でも少し遅れてしまったから丁度とは言わないか」
クスッと笑ったロイは、レインに視線を寄越したままだ。
「どうする……んですか?」
「この後ろに、奴らのお目当ての馬車がいる」
「え? どういう意味……ですか? まさかその馬車を向かわせると?」
「ああ。そのまさかだよ」
「しかし一般人を巻き込んじゃあ……」
「レイン、そこは考えているから大丈夫だ」
そんな会話を繰り広げ、最終的にロイはヘッツィーへとある指示を出す。
「ヘッツィー団長、頼まれてくれるか」
「御意」
ヘッツィー団長はロイ達の会話に口を挟むことなく、最終的にはロイが出した指示に従い後方へと向かって行った。その場に残されたのはレイン達3人。
「ロイ、何でここにいるんだ?」
小さな声で尋ねるレインに、ロイは口角を上げた。
「昨晩レインからの伝言をもらって、すぐに街を出た。傭兵と商人の接触を確認しようとその商人を先に捜索していたのだが、そこで彼らに出会った」
「夜中に出ていたのか? ―――ちょっとは寝た方がいいぞ?」
レインが気になったのはそこである。
「心配してくれるのだね。ありがとう、大丈夫だ」
そんなレインに目を細め分かっていると頷くロイの見た目は元気そうだが、その後ろに立つリーアムが顔をしかめているので、やはり無理をしている事は明らかだった。
ロイはそんなリーアムを知ってか知らずか、そんな事よりと話を戻す。
「第一は叔父上の指示で、あの店に踏み込んだ翌日に出発していたらしい。あの日王都にいた者達を即座に尋問したところ、数日以内に仲間がこの辺りに来ると述べたらしく、第一はその真偽を確かめるべく迅速に動いていたのだ」
「それで結局、仲間というのは居たのか?」
レインの疑問に小さく頷くロイ。
「この列の後方に、それらを拘束して連れている。第一が見付けた時には既に、商人の馬車を襲っていたと聞いた。それも魔物を使って……」
「魔物だって?! でもどうやって……」
レインは目を見張りロイを見詰める。
「レイン、以前私が言った事を覚えているか?」
「ん? 以前って?」
「バジリスクは召喚する事が出来る可能性がある、と話しただろう?」
レインはメイオールに来るときに乗っていた馬車の中で、確かにロイからその話を聞いたなと思い出す。
「第一が襲われた時のバジリスクを召喚できるってやつか。――そう言えばそれも、ボンドールからの帰りだったんだよな……?」
レインは自分で言って何かが引っ掛かるが、その正体はまだ掴めない。
「そうだ。魔物を召喚できるユニークスキルはそこまで珍しくはないが、それとは別に伝説級の魔物を呼び出せる稀なユニークスキルがあるという話だ」
ロイの言葉の意図がわからず、レインは黙って頷く。
「その特殊なユニークスキルは、城にある資料の中でも信ぴょう性の乏しい物に記述されている。それによれば、今まで確認できたとされる者は3名程しかいないと記されていた」
「それは……少ないのか? 俺には良くわからないが」
「ああ、とても少ない。その資料はざっと800年間で、と記されている。だから私は眉唾ものだと考えたのだが」
「……800年で3人……」
「そうだ。いくらユニークスキル自体が特別と言えど、国民全体で見ればユニークスキル自体は千人に1人が持っている割合だ。それらは800年に換算すれば、少なく見積もっても何万人となるだろう。その中の、たった3人しか出現しなかった稀なものだ」
「そう言われれば、確かに珍しいのか」
理解するレインに、ロイは軽く頷いて返す。
「その特殊な召喚スキルは暴動と言って、何の魔物でも呼び出す事が出来る」
「それで、伝説級のバジリスクも呼び出せるのか……」
「ああ。ただし、そのユニークスキルを保持する者には、ある分かりやすい特徴がある」
「分かりやすい……? それじゃすぐにユニークスキル持ちだとバレるじゃないか」
「いいや、むしろその特徴のせいで、今まで稀であったのかも知れないとも考えられるのだ」
ロイの言う言葉の意味が飲み込めず、レインは首を傾けた。
「その暴動を持つ者は、生まれた時から老人の様な姿を持っている」
「…………」
ロイの説明に思わず瞠目する。
生まれた時から老人と言われても今ひとつピンとこないが、ロイの眉間にシワが寄っている所をみると、自分が成りたいとは思わない姿なのだろうとは想像できた。
「髪は白く体は棒きれの様で、いくら食べても肉は付かないらしい。そして肌に張りはなく、本当に老人と見間違うほどの姿として生まれてくるのだ。それが赤子の時からとなれば、それなりに苦労して生きていく事になるだろう。下手をすれば余り長くは生きられないかも知れぬ……」
レインは頭の中でその姿を映像化し、ブルリと身震いする。
もし自分に子が出来て生まれたばかりの赤子を見た時、既に老人の様な容姿をしていたら、自分はその子を愛せるのだろうかと酷く心が痛んだ。確かにユニークスキルはとても凄い物かも知れないが、そんな立場になってまで欲しいと望む者は誰もいないだろう。
「私が今その話をしたのは、その捕らえられている者の中に、その姿の者がいたからだ」
「え?!」
後ろに立っている団員達の後方に、レインは流れるように視線を向けた。だが離れすぎていてその容姿の者はここからでは分からない。
「これで漸く駒が揃い始めたという事だよ。それ故そろそろ私達も攻めの段階に入る。この後はレインも絡む事になるだろうから、心してくれ」
「―――わかった」
話しの区切りがついた丁度そこへ、ヘッツィーが荷馬車を先導して先頭へ移動してきた。
それを見たロイは、レインの肩を叩いてから馬車へと向かおうとして途中で足を止めた。
振り返ったロイは、目を細める。
「レイン、今日は?」
「――ルーナだ」
「それではまだ、無茶は出来るな?」
「ロイ様……」
そこでいつもの様にリーアムが残念そうに名を呼んだ。
それに軽く笑いロイは再びレインの肩を叩くと、今度は振り返ることなくヘッツィーが待つ馬車へと向かって行ったのだった。




