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98. 潜む者達

 

「街道沿い500m北東へ向かえ!」

「おう!!!」


 先行して、襲われている馬車へと駆け付けていったヘッツィーからの声に、周辺を警戒しつつ後方から追いかけていた団員達は、意図を理解し転向して駆け抜けて行く。

 ヘッツィーの魔鳥は上空を旋回しながら、その団員達を導く様に飛んで行った。


 道から逸れれば、いくらも経たず林の中へと入って行く。

 第一騎士団員は主に国内を巡る役目を担っているため、仮令足場の悪い森の中であろうと慣れたもの。お構いなしに速度を緩めることなく駆け抜けて行けた。

 そうして魔鳥に導かれた林の中で、馬と人の気配を感知する。気配を辿りそこへ向かえば、怪しげな男達が木々に身を隠すようにして集まっている姿を確認する。


 止まれ、と声に出さずに手を上げたのは、先陣を切るように走っていた中隊長だ。

 第一騎士団の中隊長たちは、部下たちだけを戦わせるような事はしない。背中を見せるように自ら先陣を切って飛び込んで行くような、熱く部下思いの心を持つ者達ばかりである。

 その中隊長の合図に、80人程の第一騎士団員たちは怪しげな男達の退路を断つように取り囲み、一斉に剣を向けた。




 それは王都にいた第一騎士団が、次の遠征に出るにはまだ少し早い時期であった。

 しかし王都の違法賭博場を取り締まった日の夜、捕縛した者達の尋問が終わった夜中とも言える時間、総長から第一の団長を始め中隊長クラスまでに召集が掛かり、直々に任務が伝えられた。


「明朝、次の出発部隊は早急に南部へ向かってもらう。それにはバーナードとロビンも同行せよ」


 目の前に整列するヘッツィー達を前に、エイヴォリーは静かに言った。

 それはいつも交互に出る団長と副団長を、同時に出発させるという事であった。


「目的地はメイオールよりも南の街道周辺。本日捕らえた者達が供述した内容によれば、これから数日の内にそれらの仲間が現れるはずである。元々その辺りには盗賊が出るとの噂もあると聞き及ぶ。現地へと赴き動向を確認し、噂との関りを調査せよ。その場の状況次第では戦闘になるだろう。心して任に当たってくれ」


「承知いたしました」


 いつ何があっても良いように、第一騎士団員たちは常に次の出発の準備を整えている。

 それを分かっていてのエイヴォリーの言葉であり、今の言葉を信頼されている意味と受け止め、団員達は喜び勇んで明朝迅速に出発して行ったのである。


 そうして数日後、進行しつつヘッツィーの魔鳥を使い周辺を捜索していたところ、辿り着いたカーディフ領で魔物に襲われている馬車を発見したのである。


 しかもそれは、まるで呼び集めてきたかのような魔物の数。護衛らしき数人の冒険者が剣で応戦しているが、それを劣勢とみるや、ヘッツィーは数人の団員を率いて飛び出して行った。その後近くに居る不審者にも気付き、そちらへと残りの団員を差し向けたのだ。




 その騎士団員に取り囲まれた男達は、全部で6名。

 その内5人は帯刀していた剣を抜き、応戦の構えを取っていた。


「おい! 早く出せ!」

「…………」

 一人の小柄な男が空いている左手で、武器を持たぬ布を被った者を揺さぶっている。


 そのやり取りをのんびり眺めているつもりはなく、第一騎士団で中隊長の一人であるボイル・ロングフォードは、10mほど距離を置く男達へと声を張る。


「ここで何をしている!」


 だが当然ながら返事はなく、剣を構えながらじりじりと足場を確保している者までいる。返事がない事を踏まえ、ボイルはこれらが総長から聞いた奴らの仲間であると確信する。

 そしてそれらを捕縛しようとボイルが指示を出そうとした時、布を被る男が両手を上げて何かを呟いた。


「数は40、大きくて獰猛なのがいい。出ておいで」

 そう言って手招きするように腕を下ろし、布の陰で口角を上げた。


 すると目に見えて何がある訳ではないが、突如として危険な気配だけが周辺に満ち溢れた。

 一瞬にして身の危険を感じた団員達は、ボイルが声を掛けるまでもなく包囲を広げるが如く飛び退っていく。

 そして膨れ上がった気配を凝縮するようにして、輝きながら何かを形作って行く。それは男達を護るように周りを囲み、実態を伴って膨れ上がった。


 それが形成された途端、ボイルは思わずその名を叫ぶ。


「マンティコラ!」


 これには流石の黒騎士団員達も思わず叫び声を上げる者までいるが、それを咎められる者はいないだろう。

 かくいうボイルも思わず喉に息が詰まった程、それは異常と呼べる状況だった。


 マンティコラとは、端的に言えば獅子の魔物だ。

 その体長は2m程で、首周りにある(たてがみ)と長い尾は、多量の硬い毛で覆われている。それは時として武器ともなり、刃も通り辛い。何より重厚感のある体から繋がる大きな牙と四肢にある爪は太く、鎧までも貫通させる威力がある。危険で獰猛なこの魔物は、冒険者でいうところのAランク討伐対象の魔物であった。


 それが40体も同時に湧き出てきた事で、ボイルは可能性として聞いたエイヴォリーの言葉を思い出していた。



「或いは、その中には魔物を召喚するユニークがいるやも知れぬ。その場合は隊員の安全を考慮し、状況次第では戦闘せずとも咎める事はない。己の判断で最善を尽くすよう心せよ」


 その時は何を言われているのか理解に苦しんだが、こうして目の前で見せつけられれば、エイヴォリー総長はまるでそれがいる事を予想していたかの様に思えてくる。


 ― これが話に聞く魔物の召喚 ―


 ここにいる者達は、魔物の召喚など初めて見るものばかりだ。

 ボイルはもう一人の中隊長である者と咄嗟に視線を交わす。彼もエイヴォリーの話を聞いており、その判断を交わす視線だけで確認を取る。団長達はこの場におらず、判断はこの2人の中隊長に委ねられていた。


 討伐するか、それとも撤退か。魔物の数は40。

 80名程の団員が2人1組になれば対応できぬ事もないが、その間にこの男達が逃げ出す事は間違いないだろう。

 どちらにせよこれらの魔物を放置すれば、後々街道をゆく人々が襲われる事になる。一瞬の思考が巡り、2人は頷きあう。そんな事はさせてはならないと声を上げたのは同時であった。

 それは偶然にも同じ答え。


「我らは誉れ高き第一騎士団! 臆するな!」

「この場を制圧する!」

「おう!!!」


「襲え」

『ゴォァァァーッ!!』


 騎士団の鼓舞する声と魔物へ命じる声は、ほぼ同時。


 この状況下においても、団員達の士気は高いまま。それは互いに仲間へ対する信頼の意味と同義である。

 その声に背中を押された様に一斉に動き出すこの場所は、指示される事なく普段の鍛錬通り、2人が一組になり互いの背後を護るように立ち回る。

 その場はあっという間に魔物の咆哮や怒号と叫び声、そして詠唱を発する声に満たされて行った。


『ガァァーッ!!』


「うおー!」

 ―― ガキーンッ! ――

『ガルルル』


「“水槍(アクアランス)“」

 ― ザクッ ―

『グワッ』


「うおおお!」

 ― ギンッ! キンッ! ―


「“火球(ファイヤーボール)“」

 ―― ドンッ! ――

『ギャウッ』


「“風の矢(ウインドアロー)”」

 ― シュッ! ―

 ― ズバッ! ―

『グワッ』


 しかし魔物にばかり気を取られる訳には行かない。

 この隙に乗じて逃げ出そう馬に群がる男達に視線を向け、ボイルは交戦中の仲間たちの合間を駆け抜け、馬の足を切り付ける。


 ― ズバッ! ―

『ヒィーンッ!』


 慌てて馬に乗ろうとしていた2人が、傷を負った馬がよろめいた事で振り落とされる。馬はまだ自走の余力が残っていたのか、驚いた事で自ら魔物の中に突っ込んで行き、その太い牙に倒れる事となった。

 それを視界の隅で見届けながら、ボイルは残りの2頭も情けを掛けずに切り付けていく。馬に罪はないが、何としてでも奴らの逃走を阻止しなければならない。


 ― ザクッ! ―

『ヒヒィーンッ!』


 こうしてボイルは魔物達と対峙している団員達とは別に、一人怪しい男達を相手取り改めて剣を構え直す。


 6人相手にこちらが1人とは、少々分が悪い事は分かっている。

 しかし他の者達も遊んでいる者はいない中で、ボイルは6人を一人で対峙すると覚悟を決める。それになぜか、この男達の周りには魔物が寄ってこない事もあり、ボイル達の周辺には十分に場所を確保する事が出来ている。自分一人でも戦えるはずだ、とそう言い聞かせる。


「へっ、お前ひとりなら造作もない」

 小柄な男が陰湿な笑みをボイルに向けるも、その男は言葉を捨て台詞にして近くの木に登って行く。こいつは口だけで高みの見物らしいと男を視界から外し、残った5人と睨みあうこと一瞬。その内の3人が同時に動き出して、今度はボイルを囲むように広がり一気に立場が逆転する。


「フンッ。これで立場が入れ替わったなぁ、騎士団様よぉ?」

 その中の一人が嘲笑うように鼻を鳴らした。


 確かにな。

 と心の内で舌打ちするボイルは、この状況の突破口を探るように周りを警戒しつつ、自分に染み付いた体の動きに身を任せるべく、要らぬ思考を遮断するのだった。




蛇足:レインの父であるジョエル氏は、怪我も殆ど治っていますが今回の遠征当番ではありませんでした。出番なし^^;

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