10. 不調
やはりというべきか、翌朝のレインの体調は最悪と言えた。
「う…頭が痛いな…」
昨日部屋に戻ったレインは、朝以降の食事も摂らずに行動していたが、宿舎に戻った時間が夕食の時間よりも早く、食堂へ行っても準備中である為、そのまま熱いシャワーだけを浴びて布団に入ったのだ。
「今日は…胸壁の見張りだったなぁ。はぁー」
鈍い思考の中、レインは頭に手を置いてため息を吐く。
油断していたための自業自得とは言え、これでは郭壁に登る時にも支障が出そうだと、レインはガックリ肩を落とす。
レインは入団して今まで体調不良になった事がなく、自分は大丈夫であると思い込んでいたが、それが過信だったと今回思い知らされたのである。
コンッコンッ
そこにノックの音が響き、レインは渋々顔を上げて声を出す。
「はい」
と辛うじて聞こえるだろう音量で返せば、それが聞こえたのか扉が開いてギルノルトが顔を出した。
「おはようレイン、大丈夫か?」
そう言って入って来たギルノルトは、眉間にシワを寄せてベッドにいるレインの下へと向かってきた。
レインの部屋は、ベッドと机がある他は作り付けのクローゼットがあるだけの簡素な空間だが、レインは特に荷物もない為それで十分だと思っている。
「おはよう。少し頭痛がするが、大丈夫だ」
レインの返事を待たず、ギルノルトがレインの顔を覗き込むように身をかがめ、額に手を伸ばす。
「熱もあるな…。昨日の夜に様子を見に来たんだが、ぐっすり寝ていたからそのまま引き上げたんだ。その時に薬を飲ませれば良かったな…」
「大丈夫。心配してくれてありがとう、ギル」
ギルノルトは5人兄弟の2番目で、下に兄弟がいる為世話をするのに慣れていると聞いていたが、本当に面倒見が良いなとレインは眉尻を下げる。
それから身支度を整えたレインは、ギルノルトと一緒に食堂に向かった。
今朝は昨日よりも少し遅い時間、その為、第二騎士団と第一騎士団員達が続々と食堂に集まり、広い食堂の殆どを埋め尽くしていた。
だがこれでも、黒騎士団全員ではない。
朝ここにいる者達は宿舎に寝泊まりする者達だけであり、妻帯者などは城下に家を持ち、出勤時間になれば毎日ここまで通ってくるのだ。それでもたまに妻帯者であってもここで食事を摂る者もいるが、そんな者は家で食事が用意されていなかったり、夜勤明けの者が朝食を食べてから家に帰るという感じだ。
そんな賑わう食堂で、ギルノルトとレインはトレイを持って配膳の列に並んだ。
今朝の献立は、ソーセージと目玉焼きにマッシュポテトの乗ったサラダ、具沢山のトマトスープパスタとチーズを挟んだ黒パンだ。
レインは近付いてくるカウンターに漂う香りで、余り食べられそうにもないと気付く。食欲はなく、これはいよいよ拙いなと気合を入れる。
「あらレインさん、今日は少し元気がないわね?」
顔を見ただけで、サマンサはレインの調子が悪い事に気が付いたらしく、凄い洞察力だとレインは舌を巻く。
「サマンサさん、レインは少し熱があるんだ」
「おいギル、余計な事言うなって…」
サマンサに答えたのはギルノルトで、レインは肘で突く。
「あらあらあら。それじゃ、このメニューだと無理かしらね…」
とサマンサが困ったように料理を見回して言った。
ギルノルトがレインの状況を伝えた為、サマンサに気を遣わせてしまったらしい。
ほら余計な事をいうからだと、レインはギルノルトを睨め付けるが、ギルノルトはサマンサに視線を向けたままで、レインを見ていないため気付いてもいなかった。ぐぬぬ。
「何か食べやすい物ありますか?」
「…そう言えば、まかない用のリゾットがあるから、そちらの方が良いかもしれないわね。ちょっと待っててちょうだいね」
ギルノルトとサマンサがレインを置いて話を進め、サマンサが奥に入ってすぐに何かを持ってくる。
「はい、スープの方も食べれられると思うけど、こっちもどうぞ。チーズは入れてないから、食べやすいはずよ?」
チーズが入れば、匂いで気持ちが悪くなるだろうと気を遣ってくれたらしく、わざわざ持ってきてくれたリゾットを受け取ったレインは礼を言い、スープパスタとリゾットだけをトレイに乗せて、ギルノルトと共に空いている席に着いく。
確かに両方共水分が多い料理で、これならば飲み込む事もできるだろうと、結局レインは2人の気遣いに感謝するのだった。
そうして食事を何とか胃の中に押し込み、レインはギルノルトと共に朝礼に向かっていった。
今朝の朝礼は、珍しく第一騎士団と第二騎士団の合同で、黒騎士団の総長であるリチャード・エイヴォリーが壇上にあがり、皆の士気を高める。その朝礼には、黒騎士団員全てが揃っていれば600名が演習場に集結し、その内第二騎士団員は200名。
魔物を相手とする第一騎士団には400名が配属されており、常に半数は治安維持のため常に遠征に出かけ、団員全てが揃うのは1か月に数日程度だ。戻ってきた第一騎士団員達には数日間纏まった休日を与えられ、その休暇が明ける頃には半数の別動隊が2週間から1か月程の期間、遠征に出かけていくとういうローテーションになっていた。
今日は第一騎士団も全て揃う日であり、元々の休暇と夜勤以外の者は出席しなければならないという暗黙のルールがある。
それには病気や怪我の者も免除されるのだが、レインの場合はまだ自力で行動できるため、出なければならないだろうと考える。
「本当に大丈夫か?」
食堂を出て演習場へと向かう道すがら、ギルノルトが眉根を寄せてレインに声を掛ける。
「ああ、頭痛がする位で、今のところは眩暈もないし大丈夫そうだ」
「一応朝礼の後に、医術室で薬をもらってきたらどうだ?」
「今日は歩廊の当番だろう? そんなに動き回る訳でもないから、何とかなるだろうと思う」
「…そうか? ならいいんだが。終わったら帰りに薬をもらって帰ろう」
ギルノルトはレインの空元気が分かったのか、そう言って心配そうに笑った。
「ああ。ありがとうギル」
そうして、ギルノルトの助言を聞かなかったレインはこの数時間後に後悔する事になるのだが、1日目のレインには当然知る由もないのである。
それから朝礼を終えたレインは本日行動を共にする2人と合流し、街を囲む郭壁に向かって行った。
郭壁の警備にも日中と夜間勤務があり、約30名の1班が交代で任務に就く。その班が更に3人一組に分かれ10小隊となり、八辺形の1辺を1時間毎に右回りに移動しながら持ち場を交代、その内2班には1時間の休憩がある。そうして12時間の勤務を終えれば、夜勤の1班と交代する予定になっている。
今日レインと組むの人物は、ブルース先輩と今年レッド班へ配属になったウイリーだ。
ブルース先輩はレインの6つ上で24歳。体が大きく逞しい見た目をしているが、冷静かつ物静かな人物で、周りの者をさりげなくサポートしてくれる頼れる先輩である。
そしてもう一人のウイリーはレインの一つ下で17歳、いつも眉間にシワを寄せているように見える人物だ。レインが少し話した中ではウイリーを“気難しい人物”と感じており、付き合いはまだ浅いがウイリーが笑うところを見た事がない程である。
そこに今日レインが加わるのだが、果たしてこの面子で大丈夫なのだろうかと、ブルース先輩に期待をしてしまうレインなのであった。
そうして郭壁へ向かって行った3人は、これから屋上の歩廊で夜勤だったカロン率いるパープル班と交代する為、側防塔の螺旋階段を登り、最上階へと向かうのだ。
とは言え、建物10階分ほどの高さを登る事になる。途中で踊り場があるが普段のレインならまだしも、今日のレインには辛い道のりのなるだろうと安易に想像できた。
「はぁ~」
階段下についたレインが、深いため息をつく。まだ頭に鈍痛がある為、一段一段が頭に響くだろうと肩を落した。
「どうしたレイン、大丈夫か?」
ブルースが、そのため息に振り返った。
「レイン先輩は、昨日が休暇だったんじゃないんですか? 休暇に遊んでないで、休養するのも仕事の内でしょう?」
対照的な2人の言葉に、レインは目を瞬かせた。
「大丈夫ですブルース先輩、少し頭痛がするだけなので」
「そうか? 余り無理をするなよ?」
「はい」
ブルースとレインが話している脇でウイリーが渋面を作っているが、ウイリーはいつもこんな感じである為ブルースに苦笑を返して歩き出す。
この後登って行った螺旋階段の途中で、レインは後悔する事になるとも知らずに。
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盛嵜 柊