3.
それから暗くなるまでは私の上位鑑定の把握と魔法の練習で終わった。
これはとりあえず身を守るのに魔法が手っ取り早いと言われたからである。
先にもドラゴンの存在が話に出たが、この世界では悪素に侵された獣を魔獣と呼び、これはなりふり構わず襲ってくるので対処が必要だ。
また、普通の獣でも気性が荒く襲ってくる動物もそこそこいるとのこと。
生態系については、今のところちらほら確認出来た小動物は元の世界と大して変わりない。多少大きかったり、角が生えてたりはするが、大人しい動物たちも多そうだ。
ファンタジー生物についてはジェットに聞いても分からず、私も有名どころしか知らないので、人型の獣がいないことだけは確認出来た。
ゴブリンとかオークとかいたらちょっと無理な気がするのでいい情報だ。
鑑定についてはいろいろ調べていくと、上位鑑定の機能なのか深掘りできることが分かった。仕事や家でもよくやっていたのだが、例えばセメントを作りたいと思ったら原料が石灰石・酸化鉄・珪石・粘土・石こうであることが分かる。更に珪石とは?と思ったら鉱石であることが分かる。更にそれが目に見える範囲にあればそれだと分かる。これは私が持っていたここにはないだろう科学有機物、プラスチックやポリエステルなども見てみたが同じ結果であった。
更に、こちらは鑑定ではなく創造技術という権能ではないかと思っているが、作る工程が細かく分かる。企業秘密ではないのかってくらいに細かく分かるのだ。化学物質や化学式まで出てくるのだが、そういったものは私の理解力が足りないのだろう深堀りしてもそれ以上に教えてくれることはないようだ。
どれにしても作れるかどうかは私の技量に左右されるのかもしれない。
また、逆引き機能もあるようで、例えば食べられる草!と思って茂みを見つめると、食用可能な草花が他の草より少し光って見えるのだ。木を鑑定すると、耐熱性があるとか、湿度に強く腐りにくいなどの特性まで出る。考えるにこれは創造技術という権能の恩恵ではないだろうか。
クラフトオタクにはありがちだが、私の好きなテレビは「快適〇フォアーア〇ター」だ。建てる予定もないのに、建材や間取りを考えるもの大好きだ。
むふむふとそこここを鑑定をしてウキウキしていると、後からジェットに小突かれた。
その後はジェットが使える属性魔法を見せてもらいながら、自分でも練習した。火・風・水・闇 以外にも、土、光、雷が問題なく使えそうだ。
だが、魔力が高いと言われるだけあって、どれも高火力すぎる。もちろん無詠唱だ。こんなの全力で使ったら森が吹っ飛んでしまう。戦々恐々として、威力の調節や圧縮して細く威力のある使い方の練習をした。その間、ジェットが夕食を狩ってくると言って私に風魔法で結界を掛けてくれたので、各属性での結界魔法も試してみたがこちらも問題なく出来るようなので、よくある生活魔法のようなものも出来るかと思い、ポケットに入っていたハンカチを水魔法で作った水球に入れ、ぐるぐると回してみたりもした。また潔癖日本人には必須の浄化、除菌系は光魔法で可能であった。鑑定結果もばっちり確認済である。やはり魔法には想像力だ。オタク文化様々である。
日が暮れて始めて来た頃にジェットが戻ってきたが、そこで私たちは問題に直面した。
「そうか・・・人は生の獣は食わないのか・・・」
「いや、私の世界では生肉を食べる文化もあるよ。でもこれは・・・」
私の前には鹿がいる。もうお亡くなりになってはいるが。
「解体・・・ハードル高いってばよ・・・」
でも街に行かない限りは自分で解体しなくては肉は食べれない。
「醤油とやらを付けたら美味いと思ったのだが・・・」
とちらっと私を伺うように見てくるジェットに、食べさせてあげたいけども!と再び鹿に目をやる。
【野生の鹿】白森のに生息する鹿。生食可。
角は各種薬の材料になる。
うん・・・鑑定さんありがとう、でもねぇ・・・
魚は捌ける。肉も丸どりで参鶏湯を作ったことがある。悩みつつも
でも解体出来ないと、私も当面肉は食べれないんだよね・・・
と、魔法でどうにか出来ないか考える。遺体自体はさほど嫌悪感はない。
「・・・とりあえずどこまで出来るかやるだけやってみますか」
ジェットの尻尾が揺れている。がんばるよ・・・
まず血抜きは魔法で出来る気がする。まず洞穴から少し離れた所にある小川に鹿を運んでもらい、土魔法で穴を掘りそこに水が流れるようにする。
そこに鹿の首側を向け、私に見えないようにジェットに鹿の首を落としてもらう。顔があると見てるだけで無理だったので・・・耐性が上がっているのか、元々料理をするからなのか。首から先がない分、素材として見れるというか。首は見えないように葬ってもらいました。
次に水魔法で冷えた水を鹿の体内に流していく。勢いよく体内の血を水で洗う。実際はどうやるのか知らないけど、とにかく血抜きしないと生臭いといううろ覚えの知識だ。水の色が無くなって来たのを確認して、近くにあった岩を平たく削り、その上に鹿を乗せる。多分次は毛皮を剥いだり内臓出したりなんだろうけど、包丁などの道具もないし、とりあえず腹から捌いて内臓は取り出して、あとはブツ切りしてから食べれるとこだけ切り出す感じなら行けそうかな。ジビエ料理をする人からしたら無駄が多すぎるかもしれないが。
もくもくと作業を進める。やはりあまり触りたくはないので、魔法で腹を捌き、鑑定しつつ不要な内臓を穴に落として埋めていく。やはり原型を留めている足などを見ると来るものがあったが無心無心・・・
そして1時間ほどで見事に各部位の肉塊が出来上がった。精神的にすごく疲れた・・・
しかし私って意外と図太かったのね。普通解体とかした後は肉は食べれないってよく聞くけど、血と首さえなければ案外行ける気がする。既に肉を食べる気満々なんだもの・・・
後始末に血を流したところを浄化して、洞穴前に戻り、焚火を見たところでどうやって焼くか失念していたことに気づいたが、ジェットに鉄板代わりに岩を平らに薄くスライスしたものを作ってもらい、私は手ごろな石と木の枝を探して、箸を作る。焚火を石で囲んでその上に乗せ、河原バーベキューの出来上がりだ。
鹿脂を敷き、風魔法でスライスした肉を順々に焼いた。石板のついでに小さいものも削ってもらい、取り皿代わりにそこに醤油を垂らし付けて食べる寸法だ。
鹿焼肉はジェットに大好評で、焼いた肉を取り皿に置いてあげると器用に加えて醤油に付けバクバク食べていた。
「焼いた肉とは存外に美味いものだな」
と尻尾がずっと揺れていた。私も肉を焼く合間にちょろちょろと食べたけれど、確かに美味しかった。日本でも鹿肉は焼肉で食べたことがあるし、もともと赤身好きなんだよね。馬肉も猪肉も美味しく食べられます。
私がお腹一杯になったあともジェットは食べ続け、取れた肉の2/3ほどは食べてしまった。すごく満足そうなので私も満足です。
残った肉をどうしようかと考え、近くにあった膝ほどの岩を土魔法で削りだし、石の箱を作り、ジェットに洞穴の中に移動してもらった。洞穴の中に光球を出して照らし、箱の中を洗浄し、除菌してから、水魔法で箱の半分サイズの氷を作り、その上に、取り皿に使った皿を洗い残った肉を並べて氷に乗せる。さらに箱の上に石板を乗せたら簡易冷蔵庫の出来上がりだ。明日の朝、氷が溶けてたらまた足せばいい。
空を見ると綺麗な星空が広がっていた。スマホを見ると夜の20時。時間経過は地球と変わらないようだ。
ジェットに外に居てもらい、洞穴の中で40度ほどの水球を出し、ハンカチを濡らすして顔と身体を拭いていく。着替えもないが、洗濯は明日にして再び服を着る。
ジェットを呼んで、洞穴に横になる。寄りかかっていいと言ってくれたので、腕枕ならぬもふもふ腹枕でジェットにもたれ掛かり、寝るまで星を眺めながら話をすることにした。
「やっぱり森で暮らすにも、道具が必要だよねぇ・・・」
「刃物か?」
「うんうん、今日は魔法で何とかできたけど、やっぱ細かいことはナイフとか包丁の方が早く出来ると思うし」
ジェットが相槌を打ちつつ静かに聞いているので、私は思いつくままにこれからのことを話していく。
「竈もあると便利だし、やっぱ主食をどうにかしないとね。ベッドも欲しいし。あ、冬とかあるのかなぁ、そしたらやっぱちゃんとした家がないと厳しいかも」
「冬か。この辺りは雪の季節は白く染まる」
「あー、雪か・・・結構北なのかなぁ・・・元の世界で今は4月末だったけど、いつ頃冬が来るのかな。それまでには準備しないとねぇ」
「確かに人の身では森の冬には備えがないとな」
「まぁ、街には行かないとだけどねぇ・・・エルフってことで珍しがられても居ないわけじゃないならそこは諦めるとして。まず服かな・・・」
「それもだが、まず人の街に行って害成す者から身を守れる力を付けるのが先決だ」
私の身を案じる気持ちが嬉しく、首に抱きつく。私も照れるし、ジェットも照れると思うので言葉には出さず、話を続ける。
「その辺はさ、鑑定と魔法でどうにか出来ると思ってるんだよね」
「・・・モエは街で暮らすのか?」
「えっ?街で暮らすか・・・考えてなかったけどそれも有りなのかぁ・・・でもエルフって珍しいんでしょ?男ならまだしも私今ある意味美少女エルフだからなぁ・・・お金もないし、働くって言ってもねぇ」
「そうか・・・」
いや、突っ込んでください。
「それにさ、道具とか手に入れて、家を建てたり住環境が整うなら断然森で暮らしたい。お金のこともあるけど、もともと私、自分の家建てたかったんだよね。それに今まで出来なかった工作とかも魔法があれば出来る気がしてるんだよね」
「創造技術か。不思議な権能だな」
「私にはピッタリだし、大助かりだけどね。・・・もし家が建てられたらさぁ、ジェットも一緒に住んでくれる?」
抱きついたまま首に顔を埋める。夢じゃなかったら一人で森で暮らすのはさすがにしんどい。だからといって街はまだ良く分からない。尻尾が揺れているのが振動で分かる。
「・・・我はモエを気に入っている。我の寝床があるのならともに暮らすのに否はない。飯も美味いしな」
「それが目当てか」
起き上がって軽く腹を叩く。
「・・・だが、モエは元の世界に戻りたいとは思わんのか」
と静かな声で聞かれる。それは今日目が覚めてから、ずっと意識的に無視していたことだ。
「戻れるのかな・・・今すぐ戻れるなら戻りたい。かな?」
再びジェットの首に頭を乗せ、考えながら続ける。
「今すぐ元の世界に帰れるなら、誰にも気づかれず元の生活に戻れるなら帰るかも」
だがもし、この先帰れたとして?時間の流れがこちらとあちらで同じだったとしたら、行方不明だったものがいきなり再び現れたら。
「とにかく平穏に暮らせるほうを選ぶ気がするなぁ・・・」