2.
狼さんの話では、別の世界からの召喚というの歴史的にはあるらしい。が、それはこの世界の人類がどうやっても抗えぬ自体に陥った時に行われるものであるそうで、彼の記憶のなかでも数百年前のことであるそうだ。
旱魃や戦争では召喚は許可されない。人の営みには普通にあり得ることだからだ。自然災害被害については、あったとしても世界が滅亡するわけではなく、それに対応できないのはその国の責任だ。戦争については言うまでもない。
数百年前の召喚では、ドラゴンが悪素に侵され、見境なく破壊の限りを尽くしたという。森や人里が数個消えたそうだ。
悪素とは人の目には見えないウィルスみいたなものと、私は理解したが、彼や気配に敏感な者には感じることが出来るもので、長く悪素に触れていると人の悪意とは別で精神を狂暴化させるものらしい。理性が薄くなり、支配欲や征服欲、脅迫概念が増す。あるある設定だな。
理性的で大人しかった動物がいきなり群れを襲うようになったりするらしい。その成れの果て、彼曰くただの獣となり下がったものを魔獣と呼ぶらしい。
こちらの世界には私の知る想像上のモンスターは少ないようだ。ゴブリンやオークなどはいないが、特殊進化をした動物や、悪素に侵され変容した獣などが私の知るモンスターに近いのかもしれない。
言葉を理解し理性的であるドラゴンは、人里には近づかず、人には決して入ることの出来ない山深くの渓谷に住むと言われているそうだ。ごく稀に空を飛んでいるドラゴンが目撃されるが、人知の及ばぬ存在という認識らしく畏怖、信仰の対象だそう。
この時は、召喚された勇者がこのドラゴンを倒したとされている。
どういう場合でも、召喚とは「人」が行う儀式によって成されるものであり、こんな人のいないところに落ちてくるものではないようだ。
儀式自体、はるか昔の遺物である文献をもとにして行うものであり、理性ある生き物でも書物などを残す技術を持っているのが人(この場合、種族は問わず、言葉を話し、読み書きが出来る種族)であるのが要因のようだ。
また、一国が自由に出来ない点では、その時代に生きる5種族以上が揃わないと行えないなど、物理的な規制が多くあるようだ。
ラノベみたいに戦争で人を倒さなくてはいけない状況や、搾取される存在でないようで少し安心した。その時の勇者はドラゴン討伐後、冒険者となり、最後には国王となったそうだ。
ここで、私は転移する前にいた、コンビニ前の高校生を思い出していた。
もしかしたら、彼または彼らが召喚されたのではないか。それにたまたま近くにいた私が巻き込まれたのかもしれない。
「巻き込まれとか・・・しかも森の中とか・・・」
これは本気で夢じゃなかったらハードモードではなかろうか・・・政治に巻き込まれて奴隷落ちとかじゃないだけいいのか・・・
私超インドアなんですけど。体力ないし、虫嫌いだし。なんかチュートリアル的なものとか、取説みたいなもんはないのか。
念のため再度エコバッグの中身を確認する。
「醤油とごま油・・・しかも小さいサイズ、あとはペンと紙・・・」
そもそもラノベの主人公など皆若い。最近は40過ぎたおっさんが若返ったりとかも色々あるけれども。
私の持ち物って今、醤油、ごま油、ポテチ、スマホ(通信不可)、ペンと紙、以上。装備はデニムにスニーカー、Tシャツ、パーカーにストールである。
とりあえず、夢じゃないとして。まず今日明日の生活をどうにかしないと。
私はラノベは好きだけど、現実主義者で慎重派だ。何事も準備に時間を費やすタイプで、準備段階で挫折することもよくある。臆病者ともいう。
彼が人の街を知っていて連れて行って貰えるとしても、出来ることなら今すぐは行きたくない。最近のラノベ上ファンタジー世界では異世界人は勇者まどとしてちやほやされるか、異世界人特有の力目当てでこき使われるか、最悪異端のモノとして殺されたりすることもある。
人が召喚を行うこの世界では、保護を受けていない私は異端者だろう。この世界でエルフがどういった立ち位置にあるかは分からないが、街に行っていい人と仲良くなれればいいが、そこまで陽キャなコミュ力を持っているわけもなく。あれは創作の世界の異世界人特典でもある気がするけど。
鑑定出来るとは言え、目立つことは避けたいし、権力者と仲良くもなりたくない。
ならば害意がないと分かっている彼を頼るしかないだろう。
「あの、近くに人が住む町とかありますか?」
『街か・・・人の足だと2週間ほど行った所に大きな街はある。が何事もなくまっすぐ進めばの話だ』
「あ、でも街はあるんだ・・・とりあえず街は行くとしても下調べしてからにしたほうがいいと思ってて・・・」
「確かに、今のお前では街に言ったら目立つだろうな」
これからどうするか、どうしたいかを考えつつ、狼さんに相談する。
「ですよねぇ、まず服装とかも違う気がするし・・・」
よしんばデニムにTシャツはありでも、ハイテクスニーカーは無しだろう。
そこが良くても軽装すぎて怪しいまでありそう。とうんうん考えていると
「いや、確かに見たこともない珍妙な恰好ではあるが、それよりもエルフは人の街ではかなり珍しいぞ」
「あ、そっち・・・元々は私普通の人だったはずなのでつい・・・」
『召喚とは姿かたちも変わるのか?』
狼さんにそんなことを聞かれるが、私が知ったことじゃない。
「そうなんですかねぇ・・・私には分かりませんが。」
『ふむ・・・召喚されし勇者は世界を渡る際に権能を授けられるという。お前の場合もそうなのではないのか?我の鑑定はお前の魔力に阻まれ、大して見れなかったが』
「あっなるほど・・・それならそれで有難いんですが・・・実際エルフって何が出来るんですか?そもそも巻き込まれただけだったら、私にこの世界での役目みたいなものはない気もするんですよねぇ・・・」
それで人には珍しい種族とか・・・きれいだけども使えない。悪徳貴族とかいたら愛玩奴隷とかにされちゃう。
『エルフは森の民。魔力が高く、魔法とその身体能力を活かし森で生きる者。たまに変わり者やはぐれ者が人の街にいると聞く』
その辺は私の記憶と一緒。かといって、エルフでも自分の部族?じゃないと受け入れてはくれなそうな。種族的にも掟とかいろいろ面倒そうだしね。想像上ではあるけれど、聞くに間違ってはなさそうである。
「でも魔力が高いってことは、私ここでも生きていけるかな・・・」
そもそも魔法の使い方とか、説明書とかないんですけど。
『ハイエルフだとしても、我より高い魔力があるのだから森で生きるなどた容易いことだろう?』
ハイエルフ?まぁエルフだろうとハイエルフだろうと大差ない。私の知識ではハイエルフの方が長生きで強い、程度だ。
「魔法が使えて衣食住がどうにかなれば、とりあえず生きては行けるかな・・・」
私を見つけてしまったのだ、この際面倒を見てほしい。私は姿勢を正し正座する。
「狼さん、魔法や権能の使い方を教えてください!あと衣食住のご指導頂きたく!」
要は丸投げである。
ムチャぶりなお願いであったが、彼は「我に出来ることなら」と承諾してくれた。それからまず、この場で魔法を使うのは森が荒れるということで移動することになった。
先ほどの脳内テロップについて聞いてみると、間違いなく鑑定という権能だと言われた。だがあの頭痛はどうにかならないかと相談すると、周りのものすべてを見るなんてことをしない限りは大丈夫だそうだ。
ちなみに色は自分にとって危険かそうじゃ無いかを現すようだ。植物や鉱物などの意思のないものは白で表される。なので毒キノコなども白である。
逆に悪意や敵意があるものは赤表示だそうだ。
あとは慣れることだ、と言われたのでとりあえず歩きながら周りのものを見てみる。
まず、ずっと周りにチラついている白いホワホワ。多分そうだろうなとは思っていたが脳内テロップの結果も間違ってはいなかった。
【風精霊】自然の豊かなところに住む精霊の一種
気分屋で悪戯はすれど害はない。精霊が見える者は少ない。楽しいことと甘いものが大好き。
※害意なし、興味あり
そのほかにも、水・火・土・光・闇などの精霊が私や彼の周り纏わりついている。聞こえてくる声も単語や擬音だが楽しそうだ。じっくり見るとなんとなくの意思は通じる。こちらの言っていることは理解しているようだ。まぁ付かず離れずといった距離なので気にしないことにした。
その他、周りの木や木の実などを鑑定してみたが、私に分かるように脳内変換されているのか、見た目は違っても私の知る木や実の名前があった。
しばらく歩くと、森が途切れ、石切り場のような山の下に出た。魔法の練習にも良いが、狼さんが促す方を見ると少し登った岩肌に洞穴があり、そこで雨風は凌げるとのことだった。
ふと気づいたがゆっくり歩く狼さんに合わせ小走りで結構な距離を来たが、全然息切れや疲れがでない。むしろサクサク歩けるし、まだまだ走れる感覚だ。身体能力が種族の変化で強化されているのかもしれない。
少しその場で休憩しながら話をする。
話をする中で、狼さんと呼ぶのも微妙だし、まず自己紹介をした。今更。狼さんの名前も聞いたが、特に無いようで好きに呼んでいいとのこと。ついでに堅苦しい話し方も不要と言われてしまった。
しばし考え、彼のことは「ジェット」と呼ぶことにした。
ジェットとは、イギリスのヴィクトリア女王が魔除けに身に付けていたという漆黒の艶のある宝石だ。樹木の化石であり、世界最古の宝石と言われている。
彼の毛並みにとても似ていると思ったのでその名にした。
名前の由来を説明すると、満更でもなさそうに尻尾が揺れていたので、嫌ではなさそうでよかった。
多分、私も頭の中で返事をすれば伝わる気もするが、慣れなのかつい声を発して話してしまうし、ジェットの念話も普通にしゃべっているように聞こえるのでそのまま会話は続けることにする。
「ではあらためて、まずはモエの権能のことだが・・・」
「全属性魔法、時空間魔法、創造技術、上位鑑定、意思疎通、言語理解、あとは称号くらいしか我には見れないが合っているか?」
「うん、私が見たのと同じだと思う。言語理解とか意思疎通とか鑑定とか異世界人特典なのかもしれないね。ないとホントに厳しそうだし」
もぐもぐと魚を頬張りつつ、話を聞く。
休憩中におなかの鳴った私のためにジェットが取ってきてくれたのだ。このイケメンめっ!川でジェットが魚を取る間に目に見える範囲で枯れ枝拾い、程よいサイズの石を集め、それで洞穴の前で焚火中である。
「我が使えるのは風と水と火、あとは闇と鑑定、その他は身体強化などの物理的な権能だけだ。なので教えられるものも我の使えるものに限る」
焚火の火ももちろんジェットが点けてくれた。
「と言っても、我の魔法は人の使い方とは違い、感覚的なものだ」
「え、人間はどうやって使ってるの?」
思い立って、魚に醤油を垂らしてみる。ジェットがそれをじっと見つめていたので、ジェットの魚にも垂らす。すると、目を丸くして食いついている。
美味しかったのか、狼って醤油オッケーなのか。犬には塩分が・・・と思ったが黙っておく。
「人は何やら言葉を発し魔法を起動するようだ。この醤油というものは美味であるな!」
「詠唱かぁー・・・はずか死にそうなんだけど。でもこれしかないから大事に食べよ」
「本来魔法を使うのに詠唱はいらん。人でも熟練のものは使わんだろう」
「よかった。そいえば、私の称号ってなに?賢者って何かしなきゃいけないこととかあるのかな・・・」
「我には分からん。もともと我にも管理人という称号があるが、特になにか使命があるわけではない。我はこの森に生きて魔獣を食らって暮らしているだけだ」
「じゃあとりあえず置いておくしかないか・・・」
まぁ分からんものは考えても仕方ない。