1.
私は水面に映る自分を見つめて呆然としていた。
水浸しの腰くらいの長さの淡いピンクベージュの髪、一見黒目に見えるがよく見ると紫がかった目、透き通るようなうっすらピンク色の白い肌、そして何と言っても異質なのがこの尖った耳である。
山崎 萌生 32歳 独身一人暮らし
職業 パタンナー アパレル商社勤務
平々凡々な日本人である。少々人付き合いが苦手ではあるが・・・
同じ趣味を持つ人なら違ったのかとも思うが、友達も旦那や彼氏の愚痴、仕事の愚痴ばかりで誘われても断り続けていたら年に1~2回しか声が掛からなくなった。
仕事仲間は休みの日にはあまり会いたくないが、それなりに付き合いはあった。後輩の悩み相談や愚痴にも付き合うが、解決策の見えない話はやはり苦手だったがそれなりに上手くやっていた。
30歳を目前に、「俺と仕事と趣味のどれが大事なんだ」と彼氏とも別れおひとり様。もともとクラフト系全般が趣味の私に彼氏は大事な趣味を脅かす害悪でしかなかったと生涯独身を覚悟した瞬間であった。
今日は土曜で、昼前に起きざっくり家事をして、夕方までは作りかけの夏のワンピースと籠バッグに付けようと思って進めていた刺繍に勤しみ、夕食とストック用に具沢山スープを作る予定だった。
だが調味料を切らしていたのに気づき、着のみ着のままエコバッグを持ってコンビニまで出掛け、ついでに月曜出勤途中に買おうと思っていた、ストックの切れたお気に入りのペンとルーズリーフ用紙と衝動買いのおやつを買いコンビニを出ると、駐車場脇で2人の男子高校生がコンビニチキンを食べながらおしゃべりしていた。
「ファ〇チキそそる・・・でもカロリー高すぎ・・・若いっていいねぇ」
などとこっそりつぶやきつつ、彼らの前を通り過ぎようとしたとき、ふいに濃密な森の香りに振り返ったところで記憶が途切れた。
目が覚めると目の前には綺麗な水が湧いている泉、周りは見える範囲は奥まで木々に囲まれている。
服は変わってないし、周囲に散らばってはいたが、持っていたエコバッグとストール、バッグの中の財布にスマホ、コンビニで買った醤油などもそのままだ。スマホは真っ先に確認したが圏外だったので一旦電源を落とす。
「誘拐・・・誰得って感じだけど・・・多分違うか・・・」
変態さんのお眼鏡に適ったとしても、こんな森の中に放置はないだろう・・・それに。
「この白いふわふわは一体・・・虫じゃないよね・・・?」
目が覚めた時から周りで飛び跳ねている無数の小さい光。白に近いがほんのり様々な色がついている。
ちょんと突くと「きゃー」とか「わー」など声を上げ楽しそうにコロコロと回転しながら弾かれてまたフヨフヨと近づいてくる。
「なごむだけで害はなさそうだけど・・・」
夢でももう少し指針みたいなものがなかろうか・・・異世界トリップものなら怪しいのはこの泉かな?と泉を覗くと、冒頭の状態だったのだ。
「どうせ変わるなら元の姿からかけ離れた美女とかにならなかったのか・・・いや、十分元よりかわいい気がするけど・・・」
色や品質?は変わってるけど、なんだかパーツバランスは元のままなんだよね。異質ではあるけど見慣れてる形状なので余計に違和感がある。コスプレして加工しまくってかなりリアリティあります、みたいな・・・
「これ、だらだらしてたら目覚めるのかな、移動したほうがいい?」
たまにある、夢の中で夢だと気づくパターンだと思うんだけど。どこから?
まだ目覚めても土曜の朝だったら損した気分だ・・・私のコトコト煮込んだビーフシチュー・・・
と泉を見つめていると、脳内に白いテロップが浮かんできた。
【白森の清泉】清浄な水の湧き出る泉
動物たちの傷を癒す効果がある 飲用可
「お、鑑定ってやつか・・・チートじゃない?」
今度は少し考え、ぐるりと周りを見渡すと一気に様々なテロップが浮かび、処理が追いつかず頭痛が襲う。
「いたっ・・・あたた・・・」
痛みで目がチカチカするのでぎゅっと目をつぶると、痛みはすぐおさまっていく。
「情報量過多か・・・絞って見たほうがよさそう」
と、泉に自分を映し、じっと見つめる。
《山咲 萌生》 ハイエルフ 32歳
★森の賢者
権能:全属性魔法、時空間魔法、創造技術、上位鑑定、意思疎通、言語理解
「おおお・・・歳はそのままかい。てか魔法かぁ・・・煩悩まみれな夢だな」
しかし、召喚?した神様とかいて説明してくれるとかいう典型的な設定はないのか。
ていうか現実逃避してるけど、ほんとに夢だよね?なかなか覚めないけど・・・とりあえず移動してみた方がいいのかな?
とりあえず移動するにも邪魔そうな長い髪を、エコバッグの中の財布からヘアゴムを取り出しゆるく三つ編みにする。編んでいる際も小さい光が群がってきて少し邪魔なので毛の先で軽く払ったりしていると、光の一部が一斉に一定方向に向かって飛んでいく。すると光が向かった先の木の陰からのっそりと何かが姿を現した。
「うわぁ・・・」
【白森の管理者 聖獣】狼種 オス 推定280歳
権能:精霊魔法(火・風・水・闇)、鑑定、念話、身体強化
人の前に姿を現すのは極めて稀。代々白森の奥に在り、森を統べる者。
※害意なし、むしろ友好的
青い文字が浮かぶ。友好的な狼さん・・・大型犬は大好きだが少し大きすぎやしないだろうか・・・だが、不思議と怖いという感情は湧いてこない。
呆然と見つめていると、静かに近づいてきた彼?は私の数歩手前で伏せの体勢でこちらを見つめる。
私の倍以上ある狼は、青みがかった漆黒のつやつやの毛並みで確かに獣の王者の風格だ。目は金色でそれもまた美しい。小さい光が彼のゆっくりゆれる尻尾にじゃれている。
『おまえは何者だ?』
「うわ、びっくり・・・これが念話か・・・口動いてないしなぁ」
『・・・呑気なものだな・・・我を見れるのか』
「あ、こんにちは初めまして・・・でも夢だよね?」
『夢・・・・?』
「そろそろ目が覚めてもいいと思うんだけどな・・・」
『夢だと思っているのか?現状が?』
と言うと、彼は私から距離を保ちつつも泉に近づいていくと尻尾で私に水を掛けてくる。
「わっ、つめたっ・・・なにっ?」
『目が覚めたか?』
「・・・いえ、あの寝てるんだけど、寝てるわけでは・・・」
『夢などではない。分からぬか?』
「えっと・・・・」
確かに、色々感覚がリアルすぎて疑ってはいるけれど・・・夢じゃなかったらなんだって言うんだ・・・
「ここはどこ?私はなんでここにいるんでしょうか・・・」
これが現実だと認めると、色々困ったことしかないんだけど・・・そして結構びしょ濡れなんですが・・・
彼が「お手」をするように手を差し出してきたので、不思議に思いつつもその手を取ろうとすると、温かい風が吹き付けてきた。
「えっ、ちょっ、なにっ?ドライヤーぁぁぁ・・・・」
風が収まると、パリパリに乾いた私。
「ま、魔法・・・?あ、えっととりあえず私とりあえず元の場所に帰りたいんですけど・・・」
しばらくし、落ち着いて彼と話す。
まずここは白の森とか、白森などと呼ばれる森の最奥に位置する泉だという。白森は広く、北は切り立った高い山脈、南は険しい渓谷に阻まれ人が入ってくることは不可能とのこと。なので、なぜ私がいるのかと尋ねられた。
私にも分からないと伝えると、彼も困った様子だ。
夢だとしてもここは一旦受け入れて話をするしかないようだ。
そもそも、異世界的なあれだったとして、不親切すぎる。
「多分、召喚?転生?いや子供じゃないし転移?私、違う世界から飛ばされてきたのかもしれないです」
話が進まないのでそう伝えると、召喚については知っていることがあるようでいろいろ話てくれた。