第一話 那楽恵は今日も「めんどくさい」
まずは俺の隣人、隣の席で頬杖をつき、女子なのに人目を憚らず欠伸をしている那楽恵について軽く解説しようと思う。
身長は150cmぐらいだったか。髪形は今は茶髪のボブだが、時期によって長さはよく変わる。それはコイツが色々な髪形をして楽しむオシャレ女子だからではなく、単に髪を切るのをサボっているだけである。だからロングだったこともあるし、楽だからという理由でベリーショートだったこともある。自分が男だったら間違いなく坊主を選択するとは彼女の言葉だ。
髪が茶色いのも染めているからではなく、ただ単に地毛が茶色いのである。コイツが髪を染めるなんて怠いことをやるはずがない。断言できる。
いつも伏目がちで、眠たげな顔をしている。容姿は中の上といったところか。目をパッチリ開けて、軽く化粧すれば一気にトップレベルの人気を誇りそうだが、コイツが化粧品を塗っている姿は想像できない。素材で言えば間違いなくクラスでトップだろうに、もったいない。
寒がりで、夏が終わるとすぐにワイシャツの上に黒セーターを羽織り、手が半分隠れるぐらいまで袖を伸ばしている。今はもう秋なのでセーター姿だ。
おっと、軽く説明すると言いつつ、長く語ってしまった。許してほしい。コイツは自己紹介とか嫌いなので、俺が代わりに説明しなければと張り切り過ぎた。
そうそう、一つ言い忘れていた。那楽恵を象徴する口癖がある。それは、
「めんどくさい」
ちょうど今、隣でその口癖を言った那楽だった。
---
「なにがだよ」
俺が聞くと、那楽は伏せがちな瞳をこちらに向けてきた。
「聞いてくれるか古津。実はな……」
語ろうとして口を開いた那楽だったが、なぜかすぐに口を噤んでしまった。
「どうした?」
「……説明するのがめんどくさくなってきた……」
「そんなややこしい話なのか?」
「家に弁当忘れたから食堂に行かなくちゃいけないんだけど、それがめんどくさいという話だ」
「たった一行程度で終わる説明をめんどくさがるな」
那楽は上半身を机に預け、ぐだーッとする。そして俺をその眠たげな瞳で見上げ、眉を八の字にさせる。わかりやすい『ねだり』だな……。
「仕方ない、そういうことなら俺の弁当分けてやる」
「その言葉を待っていた」
那楽は上半身を起こし、そのまま椅子の背もたれに体重を乗せ、だらんと腕を下ろした。
「どれくらい食う?」
「うーん、三口あればいいかな」
どれくらい食うか、という質問に対して三口と答えるあたり実に那楽らしい。
さすがに三口じゃ少ないと思うので、米半分とタコさんウィンナー二個、卵焼き一個を弁当の蓋に載せて那楽の机に置いた。
「箸がない」
「割り箸あるからやるよ」
俺はバッグから割り箸を出して那楽に渡す。
「準備いいな」
「万が一箸を入れ忘れた時のために、割り箸は常備している」
「相変わらず几帳面というか心配症というか」
「お前に比べたら誰だって几帳面だよ」
「む……まぁいいや。いただきます」
那楽は俺の悪口を軽く聞き流し、ウィンナーを箸で掴んで食べた。
「美味い。お前の母親料理うまいな……」
「いや、この弁当は俺のお手製だ」
「ま、まさかお前……! 朝早く起きて弁当を作っているのか……!!?」
そんなめんどくさいことを!? という心の声が聞こえてくる。
「珍しいとは思うがそこまで驚かれることでもないだろ。那楽は料理とかしないのか?」
「すると思うか?」
「いや、一応聞いてみただけだ。じゃあなにも作れないのか」
「そんなことはない。料理はできる」
「ホントか? じゃあ得意料理とかあるのか?」
「ある。一本満腹バーは得意だ」
一本満腹バーは三口ぐらいで食べれるチョコバーだ。栄養満点で、それ一本で一食分の栄養を摂れるらしい。
そう、皆さんお分かりだと思うが、この商品は袋を開けて食べるだけで調理工程などない。だから俺は那楽が言ってることが理解できなかった。
「一本満腹バーを使った料理が得意ってことか?」
「そんな料理ないだろ」
「……まさかとは思うが、アレの袋を破る作業を料理と呼んでいるのか」
那楽はコクリと頷く。
「そっか」
まさかここまでとはな……。
「いや、冗談だぞ? 真に受けるな」
「お前ならあり得るかな、って」
「さすがに私を舐めすぎだろ。チャーハンとか、インスタントラーメンとか、お茶漬けは得意料理だ」
「そのラインナップを得意料理に置くのもどうかと思うぞ……」
那楽はご飯を食べ終わると、手を合わせて「ごちそうさま」と言った。めんどくさがりだが、この辺のマナーはしっかりしている。
「なにかお返ししなくちゃな」
「別にいいって」
「よし、明日は私が弁当を作ってきてやる」
那楽が弁当を? 朝早く起きて弁当を? ありえない。
俺が鼻で笑うと、那楽は「む」と唇を尖らせた。
「……明日、覚えておけよ」
――そして翌日の昼休み。
期待せず、俺が那楽の方に視線を送ると、那楽は気まずそうな顔でそっぽ向いた。
「那楽さん、お弁当作ってくるんでしたよね?」
「……ほら」
那楽はラップに包まれたおにぎりを一個渡してきた。
「高校二年生の男子がおにぎり一個で足りるとでも?」
「申し訳ない。朝、炊飯器確認したら米がおにぎり一個分しかなかったんだ」
まぁいいか。こんなこともあろうかと弁当持ってきてるし。
とりあえずまずはこの那楽製のおにぎりを頂こう。個人的な興味がある。あの面倒くさがりの那楽がどんなおにぎりを作ってきたか。
まぁ塩むすびか、あるいは梅干し一個か。どっちかだろうな。
「へぇ」
まず驚いたのはおにぎりに海苔が巻いてあったことだ。それも結構丁寧に、店を出せるぐらいのクオリティだ。
ラップを取り、おにぎりを頂く。
「ん!」
具材はツナマヨだ。
俺の一番好きな具材だ。
俺はふと那楽の方を見る。那楽は俺と目が合うと、ゆったりと顔を背けた。
ツナマヨは結構めんどくさい具材だ。ツナ缶を開けて、マヨネーズをかけて混ぜるという作業がある。しかもこのおにぎり、ツナマヨがない場所の米にはちゃんと塩が振られている。
驚いたな。那楽なら迷いなく簡単な梅干しか塩むすびを選ぶと思っていた。
まさか那楽のやつ、俺の好みに合わせてわざわざ……?
ずーっと前に一度だけ好きなおにぎりの具を教えた気がするが、まさかそれを覚えていたのだろうか。ないとは思うが、一応聞いてみよう。
「那楽」
「ん?」
「具材、俺の好みに合わせてくれたのか?」
那楽はいつもの伏せがちの目で、頬杖をついて、俺を睨むように見る。
「そんなめんどくさいことするかバーカ」
気のせいか、那楽の頬がほんのりピンク色になってる気がする。
……まさか、照れているのか?
本当に、俺の好きな具材を選んでくれたのか? そんで図星をつかれて照れ?
まさかこれは、俗にいうツンデレというやつだろうか。
いや、まさかな。めんどくさい、怠い、が口癖のコイツが、ツンデレなんでめんどくさいことをするはずがない。
デレるなんて怠い。それが那楽恵という女だ。
この小説を読んで、わずかでも
「面白い!」
「続きが気になる!」
「もっと頑張ってほしい!」
と思われましたらブックマークとページ下部の【★★★★★】を押して応援してくださるとうれしいです。
よろしくお願いいたしますm(__)m