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学園一の最弱を自称しているので首席にしないでもらえます?

作者: 依依恋恋

 

 世界有数のエリート学園の中でも最難関とされる『クラシード学園』。

 この学園で卒業することは国から最大級の功績が貰えるのと同時に、多額の富、土地、地位が与えられる。

 もはやこの学園を卒業することそのものが名誉となり得る学園だった。


 そんなクラシード学園が昨年度出した卒業生は僅か『16名』。

 入学受験者は2000人を越え、合格者は500名ほど。その中から3年間通い続け、最終的に卒業できた生徒がたったの『16名』という異常な事実。


 そんな至上最悪の実力主義学園とも呼ばれている場所で、一人の少女が何の緊張感もない様子で登校していた。


「あーだる。まじだる。なんでこうなった」


 金髪青眼のロングヘアーを靡かせながらぶつぶつと独り言を漏らしているのは、先日このクラシード学園に入学を果たした生徒『レナ・シャルロット』。


 彼女は今回の2000人の受験者の中から突破した500人のうちの一人であり、このエリート学園に合格するだけの才能を持ち合わせていた。

 しかし、レナが入ったクラスはEクラス。最低評価と言われているクラスだった。


 クラスは全部で『Aクラス』『Bクラス』『Cクラス』『Dクラス』『Eクラス』の全部で5つに分けられており、各100名ずつが均等に配分。そして上から順に実力クラスとなっている。

 つまり、レナの所属するEクラスは全クラス最底辺のものだった。


「はぁ……」


 目の前に学園の門が迫っているというのに、レナの溜め息は止まらない。

 そしてそれは、彼女がEクラスに入ったことじゃない。むしろEクラスであるのはレナにとって喜ばしいことだった。

 何故なら、今のレナはとにかく自分の無能を叩きつけたい状況下にあったからだ。


 なんでもこなす天才少女。物事に不得意は無く、初見であっても完璧にこなす一族の最高傑作。それがレナ・シャルロットだった。

 だがレナは自分の才能などどうでもよく、その才能を都合よく利用してくる身内に手を焼いていたのだ。


 特に父親のレナに寄せる期待が絶大で、将来は自身が運営する対戦争用政府機関の"軍師"を担ってほしいと常々言っていた。

 しかもただの軍師ではなく、戦場で活躍するタイプの軍師である。

 レナは戦闘面においても他の追随を許さないほど強かったため、父親は戦場でも戦えて指揮も下せる万能な軍師に就かせたいと願っていた。


 これは、普段から怠惰を好むレナにとって信じられない苦痛であり、なんとしてでも回避したい事柄であった。

 父親はなまじ貴族とのパイプもあるせいでレナを逃がす意向は全く無く、レナがいくら拒否しても将来は戦場に立たせるつもりでいた。


 だからレナは少しでも自分の無能を証明し、父親が自分に抱く期待が僅かでも幻滅するように、世界でも最難関と呼ばれるクラシード学園の入学試験を受けたのだった。

 なぜこの学園を選んだかと言うと、他の学園ではどれだけ知能が低くても、レナの父が政府機関のお偉いさんというだけで七光りを貰って合格してしまうのだ。


 だからできるだけ不合格となる確率の高い学園を選んだのだが、これがレナにとって最大の失敗だった。

 筆記試験は0点を取ると怪しまれるため、ニアミスを記載しながら一桁の点数を。能力測定ではギリギリまで力を分散させて数値を低く。戦闘試験では素人丸出しの動きを模倣して数分でダウン。面接では自分を過剰評価する語りをできる限り羅列。


 ──結果。合格してしまったのである。


「なんであれで合格できんのよ……試験官脳ミソついてんの?」


 どう鑑みても不合格にしかならない試験だったのに、なぜか合格になってしまった。その事実にレナは気怠さを感じずにはいられなかった。


「まぁ、でもまだ大丈夫。私は最低評価のEクラス。このままの状態で卒業すればいいだけの話……」


 そう呟きながら、レナは目の前にある学園の門を潜るのだった。




 始業式を終え、各々に区分されたクラスの表札を見ながら生徒達が教室へと入っていく。

 AクラスやBクラスの教室に入る生徒達は皆、勝者と余裕に満ち溢れた表情で入っていくが、DクラスやEクラスの教室に入る生徒達は大半が暗い表情を浮かべていた。


 唯一、一人だけを除いて。


 ぞろぞろと生徒達が教室に入っていく中、レナだけは廊下や窓際、天井に配置された蛍光灯などを一瞥してから教室へと入る。

 そして事前に渡された番号が書かれた席に着いた。

 すると、隣に座っていた一人の女子生徒がレナに声をかける。


「アナタ、結構"眼"がいいのね」


 突然話しかけてきた少女にレナは目を細めた。


「……なんのこと?」

「あら、誤魔化すの? さっき教室に入る前に廊下の方を見渡していたじゃない。……気づいたんでしょう? この学園の設備の()()()に」


 レナはその言葉を聞いて、面倒な奴に絡まれたなと内心呟いた。

 そう、この学園の設備は()()。レナはこの学園の中に入った時からある程度の違和感を覚えていたが、さきほどの廊下に付けられていた蛍光灯や窓などを見て核心に至っていた。


 それは、この学園の設備の"耐久性"。特に生活で必要な諸々の設備には壊れないような、そして壊れてもすぐに直せるような状態になっている。

 恐らく学園側の何らかの能力者が通常の構造に何かを仕込み、強化したのだろう。


 この学園で何が起きているかは基本的に口外されない。

 しかし、このあまりにも耐久性に特化した設備を鑑みるに、そこから導き出される答えはたった一つ。

 学園側は、この学園の敷地内で大勢の生徒が暴れ、破壊し、果ては殺し合いに発展することを想定した設備にしているということである。


 レナは誰よりも早くその結論に至ったが、自分はただこのクラスのまま卒業することだけを目標にしていけばいいので、特に気にしていなかった。

 しかし、自分がそういう観察眼を持っていることを目の前の生徒に悟られたことに、多少なりの面倒くささを覚えたのだった。


「設備の異常さ? 何のことか分からないんだけど」

「あら? ワタクシの勘違いでしたの? てっきりこの学園の設備が異常なまでに頑丈で耐久性に特化していることを見抜いたから、あの場で立ち止まったものかと思いましたわ」


 事実その通りだったが、レナは何も知らないことのように振舞った。


「いや私そんなに周りを注視してないし。それに学園の設備が耐久性に特化していることは悪いことなの? 頑丈に出来てるならいいことじゃん」

「物事には必ず理由が付随しますわ。頑丈に出来ているということは、頑丈にしなければいけない理由がありますのよ」

「例えば?」

「……たとえば、そうですわね。この学園でバトルロワイアルが始まるとか」

「あはははっ。なにそれ」


 レナは笑って返すが、内心では目の前の少女の意見を肯定する。

 大々的に政府まで絡んでいて若い生徒に口封じまでさせている学園、どうせろくでもない事が行われるのは目に見えている。


「まぁ、ワタクシの勘違いだったのならいいですわ。アナタが強者でないのなら、それはそれで都合がいいですし」

「どうして?」

「どうしてって、アナタこの学園の卒業数を知りませんの?」


 呆れるように少女は説明する。


「この学園の昨年度の卒業生はたったの16名、クラス1個分にも満たない数ですのよ。つまり卒業するころにはクラス分けなんて無意味になる。ワタクシはアナタと同じ最低評価のEクラスですが、元々はBクラス……いえ、Aクラスにもいける実力を持ってますの」

「へぇ、それはすごい。じゃあなんでEクラスにいるの?」

「……信じてませんわね。まぁいいですわ。なんでEクラスにいるのか、それは手を抜いていたからに決まってるじゃない? 最初からAクラスに入って目立つだなんて愚の骨頂。それに比べてEクラスなら、他生徒からも舐められる上に視界にすら入らない。後々を考えれば当然の策ですわ」


 少女は得意げに語る。

 実力とは力ではなく頭も必要であるという物言いに、レナはどうでも良さそうな表情で返事を返した。


「ふーん、そうなんだ」


 レナにとって、目の前の少女は強敵の枠に入らない。

 何故なら、少女の言っていることは正解を決めつけた結果の思考に過ぎないから。

 これは"そう言う考え方もある"というだけの話である。


 現状成績順でクラス分けがされている以上、クラスごとの待遇なんかも違ったりするかもしれない。もしかしたらAクラスの方が情報が多く入ったり、色々な面で有利になったりすることがあるかもしれない。


 まだ何も明かされていないこの状況下で、恐らくこうなるだろうという推測の元に行動を決めていては、足元を掬われた時に対処ができなくなる。

 そして事実、レナの考えは少女と真逆だった。


 もし実力を持っていながらわざとEクラスに入る作戦を取るのならば、そのEクラス内で目立った成績を残し、周りから注目される行動を取るのがベストとなる。

 そして伏兵として忍ばせた幾人かの協力者を主軸として暗躍させ、自分はただ目立つだけの囮に徹するのが定跡、ミスディレクションのよくある手法だ。


 レナがもし本気でこの学園のトップを狙うのであれば、そういう搦め手の方法を取るか、Aクラスに入って王道の行動を取るかの二択だった。

 だが、今回のレナの目標はあくまでEクラスでの卒業。穏やかに、平穏に、目立つこともなく空気のように卒業していければいいと、この時レナは思っていた。


「それにしても、アナタってなんだか不思議な感じですわね」

「?」


 のらりくらりと適当な返しをするレナに、少女は変わったものでも見るような目を向けた。


「周りの人達を見てください。みんな緊張して表情がこわばっている、一言も喋らない子だっていますわ。……だというのに、アナタは逆に肩の力が抜けすぎている。これから何が起こるのか分からないというのに、緊張しませんの?」

「しないね。Eクラスに未来なんて無いし」

「バッサリいいますわね……退学されるのを既に覚悟してるってことかしら?」

「退学? いや、退学はしないよ。卒業を目指してるし」

「……本気で言ってますの?」


 レナから発せられた当然のような言葉に、少女は驚きのあまり声が上ずった。


「ここの生徒の大半は卒業を目標にしてませんわ。なるべく長い期間在籍して学園を去る。それを目標にしている生徒が多いはずです。なんせこの学園では一学期だけでも在籍していられたら箔が付きますから、ほとんどの生徒はそれが目当てで入学試験を受けてますわよ。まぁ、ワタクシは違いますが」


 少女は、自分はそういう目的で入学したわけではないと強調した。

 クラシード学園の卒業数を見れば誰しもが考える。こんな学園でまともに卒業までたどり着ける者なんていない。だからこそ、途中で退学処分となってしまってもある程度の箔が付く。


 逆に言えば、卒業なんて目指しているのはそれこそAクラスに在籍している生徒に限った話だろう。


「それに、ワタクシはともかくアナタが卒業できるとは到底思えませんが……」

「確かに私は最弱だけど、卒業は余裕だよ」

「矛盾の例文に書かれてそうな言葉ですわね……」


 少女は自分とレナが同じ目標を持っていることに若干の不満を抱きつつも、隣の席のよしみということで手を伸ばした。


「まぁ、せっかくここまで話した仲ですし、自己紹介をしましょうか。ワタクシの名前はローズ・アンネ=フィーレといいますわ。短い間かもしれませんが、仲良くしてださると嬉しいですわ」

「私はレナ・シャルロット。末永くよろしく」

「レナさんですわね。……って末永くはよろしくしませんわよ?」


 レナが差し出された手を握ると、少女も握り返す。

 二人はここで初めてお互いの名前を知ったのだった。




 それから少しすると、男性の教師が入ってきて緊張の幕開けとなる朝のホームルームが始まった。


「私がこのEクラスを担当するルーラー・ツェンペルだ。お前達にはこの3年間、いや……退学までの間に様々なことをしてもらう。それは勉学であったり、競争であったり、色々と理解し難いことでもあるだろう。だが言葉で説明するより実際に体験してもらった方が早い。私のくだらない長話を聞いていたところで、お前達にはなんのメリットもないからな。さっそく本題に移らせてもらおう」


 Eクラスの担当教師、ルーラーがそう言うと、教卓をバシンと叩いて全員の意識を向けさせた。


「──時に、この教室は随分と狭いだろう? 元々は70人程度しか入らない教室だからな。そこにお前達は100人ぎっしりと詰められている。せっかくの入学初日だというのに、このような閉鎖空間で密集されてしまうのは私としても心苦しい。だから今からとある試験を行う」


 そう言うと、ルーラーは懐からバッジのようなものを取り出した。

 バッジは星型模様を形成しており、大きさは手のひらサイズに収まるくらいのものだった。


「これはお前達の実績のようなものだ。そして学園側はこのバッジを校内のいたるところに配置した。もう分かるだろう? ──お前達には今から校内に隠されたこのバッジを見つけてもらう。もちろん、多く集めれば集めるだけ評価が上がる。ゼロなら即退学だ」


 その言葉にざわつきだす教室内。

 そんな反応を無視するように、ルーラーは説明を続ける。


「最初に言っておくが、この教室には隠されていない。そしてこの試験に参加するのはEからAの全クラスだ。因みに相手を致命傷に至らせない武力行使であれば許可されているし、既にバッジを持っている相手から奪い取ることも可能だ。制限時間は1時間。その時間でお前達は死に物狂いでバッジを集めろ。先程も言ったが、ひとつも手に入れられなかった場合はどんな理由があっても退学だ。逆に大量のバッジを手に入れれば、DクラスやCクラスに昇進することもある」


 淡々と告げられるルール。

 困惑するEクラスの生徒達。

 そして、ルーラーは最後に付け足すようにその言葉を乗せた。


「ああ、そういえば言い忘れていたが。──上位のクラスになるほど待遇は劇的に変わるからな」

「待遇……?」


 一人の生徒が呟いた言葉に、ルーラーはすぐに返答する。


「そうだ。食事、寝床、テスト範囲、それらを含めて手に入る情報。その全てが上位クラスになるほど優遇される」

「うそ……」


 その言葉を聞いて、レナの隣に座るローズは顔を真っ青にしていた。

 言わんこっちゃないとレナは呆れる。


「今回の試験に関して言えば、Dクラスはバッジがどういう場所に配置されやすいのかのヒントを貰え、Cクラスはバッジそのものが隠されている場所を事前に告知され、Bクラスは開始前に生徒全員にバッジが1つ配られる。そしてAクラスは結果不問、つまり参加しようがしまいが退学にはならないということだ。……ああ、もちろんEクラスには何もない」


 最後のEクラスに対する煽り文句に生徒達は怒りを覚えるも、ルーラーの冷徹な瞳に押し黙ってしまう。

 そう、ここは実力主義の学園。上位クラスが優遇されるのは必然であり、当然なのだ。


 ローズのような逆張りの考えを持つ生徒は過去にもいたが、それは上位クラスとのハンデをひっくり返せるような実力が無ければその策は活かし切れない。

 あくまで逆手に取る策を使うのならば、王道に太刀打ちできる精神と覚悟が必要になる。


 展開はおおむね、レナの考えていた通りに進行していた。


「さて、時間だ。……今からスタートとする」


 ルーラーがそう宣言すると、Eクラスの生徒たちは顔面蒼白にしながら一斉に教室から出て行った。

 その中にはローズも含まれており、我先にと教室の狭い入り口を通りながら廊下へと飛び出し、そして次々と階段を降りていく。


 この学園の入学試験を受けた者だらこそ分かること。それはどんな時でも臨機応変に対応し、思考を中断させないことである。


 考えるより先に行動し、行動しながら考える。学園側の言葉に圧倒されてたじろいでいては、その隙に他の生徒達に先を越されてしまう。

 だからこそ、生徒達は誰よりも早く行動し、バッジを見つけることに全霊を注ぐのだった。


 しかし、その生徒はこんな状況ですら不動を貫く──。


「ふわぁ~……今日はあんまり寝れなかったから眠いや……」


 ただ一人、Eクラスの教室で机に顔を突っ伏してる生徒がいた。

 ルーラーはその生徒の名を呼ぶ。


「……何をしてるんだ? レナ・シャルロット。既に試験は始まっているぞ」

「知ってるよ、さっき聞いたから」


 レナは顔を上げることなく、視線だけをルーラーに向ける。

 その表情にはやる気など一切感じず、余裕すら窺えた。

 その態度を見て、ルーラーは顔を顰める。


「ではなぜ、お前はバッジを探しに行かない? まさか諦めたのか?」

「諦める? 私が? 冗談言わないで、私はこの学園を卒業するよ。必ずね」

「ならどうして探しに行かない?」

「眠いから」

「……」


 レナの言葉に、ルーラーは呆れ果てていた。

 道化を演じているつもりだろうか? 狂人の真似事をしておこぼれを貰おうとしているのだろうか?

 しかしレナの瞳から感じ取れるのは、絶対的な自信と、勝ちを確信した余裕の色である。


 言葉を詰まらせるルーラーに対し、レナは両腕を枕代わりに机に突っ伏してすやすやと寝始める。

 何を考えているのか分からないその行為に、ルーラーはただ時計を見つめて制限時間を確認するのだった。




 こんなことになるはずじゃなかったと、ローズは焦燥を浮かべながら校内の階段を駆け下りる。

 今の自分にバッジの1つや2つ手に入れるのは容易なこと。しかし、ローズが焦っていたのはこの試験の勝敗ではなく、今後の自分の立ち回り方だった。


 さきほどルーラーが言っていた言葉が頭の中を反芻する。

 上位クラスになるほど色々な面で優遇される。それはローズもある程度は理解していた。

 しかし、"情報"まで優遇されるとは思っていなかったのだ。


 この学園で一番必要とされるもの、他人を出し抜くために一番求められるもの。それは"情報"に他ならない。

 ただでさえEクラスとAクラスには大きな隔たりがあるというのに、情報という差まで付けられたらまともに太刀打ちしようがない。


 ローズの手元には既に1個目のバッジが掴まれていた。

 しかし、ローズの表情は焦ったまま変わらない。


「せめて10個……いいえ、20個は取らないと……っ」


 バッジの獲得数が多ければ昇格もあり得る。

 その基準点がどのくらいか分からない以上、ローズはできる限り多くのバッジを獲得し、今からでもAクラスに這い上がろうともがいていた。


 しかし、そんなローズの前に一人の男が現れる。


「おいおい、そんな焦ってどうしたんだよ?」


 そう言ってローズの前に姿を現した男は、ニヤリと笑みを浮かべながら片手の手のひらを広げて何かを浮遊させている。

 よく見れば、男が浮遊させているのはバッジだった。しかも見えるだけで数十個はある。

 ローズの口角が僅かに上がった。


「……手間が省きましたわ」

「ほぉ? お前はもしかしてバカか?」

「……は? なんですって?」

「俺の持ってるバッジの数を見て分からないのか? 俺はこれだけのバッジを見つけ、ないしは奪ったということになる。普通に考えて"自分より格上"だと思うんじゃねぇのか?」

「お生憎様。ワタクシはAクラスにいける実力を持ってますの」

「それはそれは、大層な口上だな。……だが、やっぱりお前はバカだ」

「なっ──」


 男がそう言うと同時に、ローズの視界は一瞬にして暗転する。


「今この瞬間Aクラスにいない時点で、お前は自分の実力を過信して学園側のハンデを見抜けなかったマヌケってことなんだよ」




 試験という名の退学を懸けた宝探しが始まってから55分が経過し、残り5分を切っていた。

 争いは最高潮に達し、校内では幾多もの爆発音や衝撃音などが響き渡っている。

 そんな中、レナは未だにEクラスの教室でポツンと椅子に座っていた。


「んぅ……そろそろかな」


 レナがそう口ずさむと、教室の窓から目を塞ぐほどの閃光が放たれた。

 教卓の前に立っていたルーラーも目を塞いで、教室内は一瞬だけ眩い光に飲み込まれる。


「派手にやってるな」


 恐らく、そういう系統の能力者だろう。

 目くらましは戦闘には不向きかもしれないが、今回のような物を奪い合う勝負においては切り札ともなる。

 ルーラーは光が放たれた窓の方を一瞥し、今度は自身の時計を確認する。


「あと4分だ。レナ・シャルロット。お前、このままだと本当に退学になるぞ?」

「そうだね。これだけ時間が経てばもう既にバッジは誰かの手に渡ってると思うし、今から探しに行っても対人戦は避けられない」

「そしてバッジを持っている側はムキになって戦う必要性がない、時間になるまで逃げればいい。お前にとっては八方塞がりだな?」


 そんなルーラーの言葉に、レナは不敵な笑みを返した。


「私は面倒くさいことが嫌いでね。バッジなんて1つあれば十分なんだ」

「御託だな。お前の持っているバッジの数は今もゼロだぞ? 俺は最初からずっとお前を見てきたが、一切動く様子は無かった。あぁ、幽体離脱でもしていたのなら話は別だがな」

「あははっ、そんな便利な能力を持っていたのなら、私の体は今も家のベッドの上だよ」


 レナはそれまで伏せていた顔をゆっくりと上げ、椅子にもたれかかるようにルーラーの方を向いた。


「この教室には隠されていない。……随分と上手く言ったね?」

「……何のことだ?」


 疑問を呈するルーラーに、レナは目付きを変えて喋る。


「確かにこの教室にはバッジが隠されていない。そもそもこの教室の中にはバッジを隠せるようなスペースは存在していないし、ろくに物も置かれていないからね。……でもこの教室にバッジは()()よね?」


 レナの確信を持った言葉に、ルーラーは思わず眉間にシワを寄せた。


「そしてそのバッジを私達生徒は全員見ている。非常に公平だね。そんなバッジの在処を全員に見せておきながら、Eクラスの生徒は誰一人としてこの教室に留まることをしなかった。あぁ、私は残ったけどね?」


 ルーラーの口真似でもするかのように、レナはわざとらしく語尾を強調する。

 その態度を見て、ルーラーは小さくため息をついた。


「……なんだ、見抜いていたのか」


 そう言って、ルーラーは目の前のレナに向けて明確な敵意を発する。


「その通りだ。この教室にはバッジがある。正確には()()()()()、だがな。そしてそのバッジを持っているのは──この私だ」


 この試験が始まる前、教師が生徒全員に向けて試験の説明を行った。そしてその時に、ルーラーは生徒達全員に向けてバッジを見せた。このバッジを見つけてこいと、全員に向けて……。

 つまり、そのルーラーが持っているバッジも探すものに含まれているのだ。


「まさか私の持っているバッジを狙っているとはな。それが理由でずっと教室に残っていたのか?」

「言ったでしょ、面倒くさいことが嫌いって。それに眠かったしね」

「つくづく面白い女だ。その余裕はこの結末を見据えてがゆえのものか? だったらもっと面白いものをみせてほしい」


 レナに対して敵意を放ったままのルーラーは、教卓を軽々と蹴り飛ばして臨戦態勢を取る。


「さて、ひとつ問おう。レナ・シャルロット。私は確かにバッジを1つだけ保有している。だが、私が持っていることを見破ったからと言ってお前にバッジを渡す理由など欠片もない。──この返答は予想できたか?」


 ルーラーがそう問いかけると、レナは一瞬だけ呆気に取られた表情を浮かべたが、すぐにいつもの調子に戻って口を開く。


「そうだね。ルールではバッジを奪うための実力行使が許されると言っていた。つまりそれは、先生も同じということになる」

「そういうことだ。まぁ、私から奪い取るというのであればそれでも構わんぞ? だがひとつ忠告しておこう。私を含め、この学園にいる教師は全員、過去にこのクラシード学園を卒業した者達だ。だから実力だけで言えば今のAクラスをも凌ぐだろう」


 ルーラーは拳を握りしめて、いつでも反撃できる態勢を取る。

 相手はEクラスの生徒。最低評価を受けた出来損ないの一般生徒。

 しかし、大勢が彼の空気に飲み込まれて教室を出ていく中、レナだけは違った。レナだけは、他者とは全く違う行動をしたのだ。


 それが、ルーラーの胸を強く高鳴らせる。


「……そんな者を前にしてお前はどう立ち回るのか、興味が尽きないな」


 もしかしたら、彼女は自分すらも楽しませてくれる生徒なのではないかと、そんな僅かな期待がルーラーにはあった。

 しかし、対するレナは未だに椅子に座ったまま、戦う意思を向けていない。


「さぁ、かかってこい。レナ・シャルロット。制限時間までもう30秒を切っているぞ? いくら実力差があったとしても、私から一瞬だけバッジを奪うくらい可能かもしれない」


 ルーラーは挑発するようにそう言い放つが、レナは不気味に微笑んだままその場から動こうとはしなかった。


「言ったでしょ。私は面倒くさいことが嫌いなの」

「ここまで来て負けを認めるのか?」

「何をもって負けと言っているのか、私には分からないね」

「お前はこのEクラスで最初に芽生えた逸材かもしれないんだ。私の期待を裏切らないでくれ。レナ・シャルロット」

「期待? 私はこの学園で最弱の生徒だよ。勝手に期待を寄せるのはやめてくれないかな」

「……」


 ルーラーは黙ってレナを睨みつける。

 しかし依然として彼女は動く素振りを見せなかった。

 そして──。


「……そうか、残念だ」


 時間切れの鐘が校内に響き渡る。

 そして「全員、その場に静止せよ。動いた者は反則とみなす」というアナウンスが聞こえてきた。

 それと同時に、ルーラーは握っていた拳を開いて不服そうな顔を浮かべた。


「お前の実力を知りたかったが、戦闘向きの能力で無かったのなら仕方ない。結果的にお前のバッジはゼロだ。退学は免れないと思うが、せいぜい他の場所でも頑張りたまえ」


 そう言って、ルーラーは教室を後にするのだった。




 入学試験に次ぐ退学試験が終わり、ぞろぞろと生徒が教室に入ってくる中、ルーラーは何とも言えない歯がゆさを感じていた。


「杞憂か……?」


 ルーラーにとって、レナの存在は不気味だった。

 周りの生徒達が皆焦って教室を出ていく中、レナだけは余裕を絶やさなかった。

 そんな本来であれば異質に感じるべきその不気味さも、教卓の前にいたルーラーにとっては自然と受け入れられるものだった。


 まるでその行動こそが正鵠であるかのように、彼女の歩いた軌跡こそが正解に塗り替わるかのように。

 しかし、結果は結果。どれだけの強者感を出そうとも、結果を出さなければ意味がない。


 ルーラーは自答する。

 あの時感じた異常なまでの圧迫感はただの杞憂だったと。彼女に自分のバッジを奪い取るほどの力は無く、精一杯の脅しをしていただけなのだと。


 そう思ってポケットに手を突っ込んだ時、ルーラーの心臓は大きく高鳴った。


「は……?」


 違和感はあった。不気味さもあった。全てを見透かしたその瞳に、自分の地位が脅かされるほどの危機感を感じていた。

 だが、それらはただの杞憂であったと、ついさきほどまでそう思っていた。


「バカな……」


 全身が針で刺されたような衝撃を伴う。

 悪寒が額の熱を奪っていき、冷たい汗が流れ落ちる。

 ポケットに入っているはずのバッジは──いつの間にか無くなっていたのだ。


 ルーラーはすぐさま踵を返して教室へと戻る。

 教室へと戻る生徒達を掻き分けるようにして、ひと足でも早く足を動かす。

 そして教室の扉を開けたルーラーは、レナの方へと視線を飛ばした。


「……っ!」


 そこには、バッジを指で回しながらあくびをしているレナがいた。

 そしてルーラーと目が合うと、持っているバッジを見せびらかすようにニヤリと口角を上げたのだ。


「いつの間に……」


 ルーラーはこの1時間、ずっと教室に佇んでいた。

 そしてレナもこの1時間、ずっと座っていた。

 目を離したことはなく、対話も一定の距離を保って行われていた。


 だが、たった一度だけルーラーの視界からレナが消えたことがある。

 それは、終了5分前に教室の窓から放たれた閃光。能力者の誰かによって別の場所から放たれたその閃光に、教室にいたルーラーは一瞬だけ目を塞いだ。

 だがそれは本当に、ほんの一瞬だけだった。だが、その一瞬しかルーラーはレナから目を背けていないのだ。


 そしてその僅かな時間で、レナはルーラーのポケットからバッジを盗み取ったということになる。


 恐らく閃光を放った者とレナはグルではない。

 基本的に、退学試験の内容は当日に全教師に言い渡される。つまり、対策することは絶対に不可能だった。


 ということは、目の前にいる少女は、レナ・シャルロットは……Eクラスの教室が光に包まれるほどの閃光を、試験終了間近に誰かが放つと読んでいたということになるのだ。

 そんなもの、もはや未来予知に等しい。


「……」


 ルーラーは驚きの声をあげることもできなかった。

 ただ一つ分かったのは。目の前の少女、レナ・シャルロットはただものではなかったということだけだった。




 試験が終わり、ほとんどの生徒が教室へと戻っていた。

 ほとんど、というのは何人かの重傷者がいたからである。彼らのような者は治癒施設に運ばれ、傷の手当てが行われている。


 そして重傷者とまではいかずとも、軽い負傷者は何十人もいたらしく、ローズもその中に含まれていた。

 ローズは最初の教室でみせた余裕の笑みとは真逆で、悔しそうな表情を滲ませて席に着く。


「おかえりですわ」

「ただいまですわ……」


 レナのふざけた挨拶にもツッコむ気力がないらしく、ローズはかなり参った様子を見せていた。


「バッジはそれで全部?」

「ええ……。本当はもっと取るべきだったのに、ワタクシの判断ミスでかなりの時間ロスをしてしまいましたの」


 ローズの手元を見ると、バッジの数は7つだった。

 それでも周りの生徒と比較する限りかなり多いようだったが、ローズは納得のいかない表情だった。


「バッジを沢山持っているからとAクラスの男に喧嘩を売りましたの。今思えば、それだけのバッジを持っていることに違和感を持つべきだった。しかも攻撃されたのは背後から。この試験は別に1対1になる必要はない、手を組んで2人で応対すれば簡単に相手を昏倒させられる。きっとワタクシのように孤独に突っ走るカモを狙ってバッジを稼いでいましたのね。……何もかも、ダメでしたわ」


 ローズはため息をつくと、バッジを全て机の上に置いた。

 そしてそのまま俯くと、肩を震わせながら小さく呟いた。


「──最初からAクラスに上がっていれば、こんなことにはならなかった……」


 後悔の念がローズの口から漏れる。

 バッジを7つも獲得していながらこれだけの悔しさを見せるローズに、レナは軽い言葉を投げかけた。


「ま、そういう日もあるよ」


 ローズはその言葉を耳にすると、レナの手元へと視線を移した。


「アナタも人のこと言えませんわね。卒業を目指してるのにたった1つですか」

「私はこのクラスで卒業できればそれで十分だから」

「……レナさんの言う言葉は、たまに理解ができませんわ」


 レナの言葉に嘘偽りはない。

 クラスによってどれだけのハンデが付けられようとも、本気でEクラスでの卒業を目指している。

 そんなことをついぞ知らないローズは、レナがバッジを1つしか得られなかった事実に、やはりEクラス相当の実力なのだろうと誤解をしていた。


 そして試験終了から数十分後。ルーラーが教室に戻ると、一枚の紙を片手に教卓の前に立った。


「試験ご苦労だった。今から今回の試験の結果を発表する。あぁ、バッジはその辺に捨てていいぞ。こっちで既に誰がいくつ持っているか把握済みだからな」


 ルーラーの一言に、クラスの隅でバッジの裏取引をしていた者達がピシリと固まる。

 終了の合図が鳴った時点で、全ての者の保有するバッジは集計済みだった。


「今から呼ばれるのは72名だ。それ以外の28名はこの場にて退学となる。覚悟はいいな?」


 紙を持って話すルーラーの言葉に、教室内が張り詰める。

 そして、ついにその時はやってきた──。


「今から呼ぶのは順位と名前、そしてバッジの保有数だ。下から順に呼んでいく」


 そう言って、ルーラーは下の方から順に今回の試験を発表していった。

 自分の順位はどれくらいかとソワソワするローズ。既に結果は気にしていないレナ。

 しかし、二人の表情はルーラーが最初の10人を呼び終えた辺りで一変していった。


「第五十六位、フィルス・マーキュリー、1個。第五十五位、ルチェン・ウェルト、1個、第五十四位、リネット・アーチ、2個。第五十三位──」

「え」

「レナ、さん……?」


 下から順に発表されているのに、どれだけ待ってもレナの名前が呼ばれないのだ。

 レナの手元には間違いなくバッジがある。そしてそのバッジは制限時間内にルーラーから奪い取ったものだ。

 まさか、カウントされていないのだろうか?


「第五位、ローズ・アンネ=フィーレ、7個。第四位、リリィ・フォールン、13個。第三位、ミヅキ・ローデウス=フェルト、16個。第二位、レッド・ガウディアス、21個」


 自分の順位が5位だったことに苦笑するローズ。

 第二位との差は3倍、それは当初ローズが目標にしていた数字だった。

 そして、未だに名前が呼ばれず顔を顰めるレナ。


 ルーラーは最後に一拍ためてレナを一瞥した後、その名を呼んだ。


「──第一位・首席、レナ・シャルロット、1個。以上だ」

「……は?」


 教室内がざわつき始める。

 最後の最後に突然呼ばれた自分の名に、レナは意表を突かれた表情を浮かべる。

 そしてそれはローズも同じようだった。


「レナさんが、第一位……?」

「……やってくれたな、あの教師」


 ローズは信じられないと目を見開き、レナを見つめる。

 対するレナはレナでルーラーを睨みつけた。

 レナはルーラーの言葉を一言一句覚えていた。それは試験開始前に言っていた「多く集めれば集めるだけ評価が上がる」という言葉。


 これを聞いていたからこそ、レナはバッジの価値を質ではなく量で評価するものだと解釈し、一番手っ取り早く取れるルーラーから奪い取ったのだ。

 だが、蓋を開けて見ればご覧の通り。生徒の評価など学園側の都合で勝手に決められるものだった。


「……あのー」


 レナはそのことに憤りを感じたのか、笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、ルーラーに対して青筋を立てた。


「学園一の最弱を自称しているので首席にしないでもらえます?」


 もうどうにでもよくなったレナは、周りの生徒がいる前でそう言い切ったのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラも個性的で魅力的で、話の展開も土手も面白かったです! [一言] 我が儘を言えば、続きが読みたいです! とても面白い小説を投稿してくださり、ありがとうございます!!
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