歪み・異世界・ジンクス
ジンクス、というものがある。
いわゆる迷信に近いものだが、ある現象を自身の運勢につなげるといったもので、
例えば靴紐が切れてしまえばそれはこれから悪いことが起きるジンクスと認識される。
僕は特にジンクスといったものを信じてはいなかったのだが、今日ばかりは信じるべきだったのかもしれない。
ー--Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaoh!!!
今日はよく考えれば散々な日だった。
朝起きると窓ガラスが割れ、朝食の支度をすれば食器にひびが入る。
窓にはカラスや黒猫がこちらの様子をうかがうかのようにのぞいており、外に出ようと思えば靴紐が切れる。
明らかにあの日、僕は外にでるべきではなかったのだろう。
しかし、だからと言って扉を開けて早々化け物が叫ぶのは少し違うのではないだろうか。
そんな思考を回していた時、化け物がこちらに襲い掛かってくる。
僕はとっさに脇の部屋へと回避した。
DOOOOOOOONNN!!!!
化け物はそのまま突進し、リビングの扉は粉々となった。
いったいどうやって大家に説明すればいいのか。
化け物は四足歩行でイノシシのような見た目をしているが、その全長が一メートルほどある。
戦い方もイノシシのような仕方なのだろう。
現段階で試さなければならないことは二点。
一点目はこの家から飛び出たときに、世界はどうなっているのか。
急に始まったファンタジーだが、案外外は現実そのものかもしれない。
二点目はあのイノシシの知性はどれほどのものなのか。
あのファンタジー級のイノシシがある程度の知性があるならば、早急に対話をしてこの家から出てもらわなければならないし、ないのなら今晩は猪鍋にしてやらねば気が済まない。
どうやって大家さんに説明すればいいのか……!!!
やることは決まった。今、脇に逃げたこの寝室には窓というものが存在しない。
つまり一度でてもう一度部屋をでてイノシシと開口しなければならないということだ。
僕は一気に部屋を飛び出した。
Grrrrrrrrrrr
「こんにちは。よければ会話しませんか!!!???」
Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaoh!!!
「よしお前は今晩のめしだあああ!!」
威勢だけはよかった。
猪が突進してくる。先ほどよりも覚悟ができている分、回避は余裕だった。
それと、このイノシシは動きが少し遅い。もしかするとあたれば一撃で死ぬのかもしれないが、よけれないこともないのは幸いだった。
玄関を破壊するイノシシを横目に、リビングへと駆け出していく。
リビング右手にはキッチンがある。
こんな用途に使うつもりはなかったが、包丁と唐辛子、ハーブを対イノシシ用として持ち出す。
イノシシはもう間近に迫ってきている。
残念ながらリビングにはよけられるほどの空間はない。
1LDKで家賃5万円の超お得な物件だ。多少手狭なのは仕方のないことだろう。
Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaoh!!!
イノシシが性懲りもなく突進してくる。
僕はとっさに唐辛子とハーブをぶちまけた。
Brrrrrrrrrrrrrr!!
「お前らの弱点は嗅覚だ。十分効くだろう?」
チャンスは一度のみ。
僕は包丁を振り上げて思いっきり振り下ろした。
ー---切れない。
思った以上にイノシシの皮膚は堅かった。このなまくら包丁では傷をつけることすらできない。
いよいよまずいことになってきたな。
そうこうしているうちにイノシシは苦しみから解放された。
目が血走りこちらをいらつくようににらみつけている。
「終わりかな。」
イノシシが突進してくる。
突如として走馬灯のように記憶が駆け巡る。
お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください。
あ、パソコンのデータって消しといたっけ?
あれ、消してないな。
それはまずい。
まずすぎるぞ!!!
「うおおおおおおおおお!!」
僕は叫んだ。しかし、さけんだところでどうにもならない。
イノシシは僕に直kー---
「遅れてすまないな。」
男の声が聞こえたかと思うと、突如としてイノシシの頭が爆ぜたのだった。
「ー---つまり、この世界はバグっていると?」
「そういうことになる」
僕たちは猪鍋を食べながら会話をしていた。
目の前の金髪の男、アレクによれば、この世界は時々バグがはっせいするらしい。
「歪みは、数年ほどで自然消滅する。私たちはそれまでに起こる異常現象を対処するのが仕事というわけだ。」
彼らは世界異常現象対策機構(WAMO)というところに所属するエージェントで、世界各国のバグ、彼らに言わせれば歪みに対処しているらしい。異世界ファンタジーかと思ったらSFものだったみたいだ。
「今回は、僕の部屋が歪みになったわけだね。」
「そういうことになるな。」
「道理で黒猫を見かけたり、窓を割ったり、靴紐が切れたりするわけだよ」
僕は笑ったが、アレクはあまり笑えなかったみたいだ。少し困った顔でほほ笑んでいた。
「それが何を意味するかは分からないが、あまりいいことではないのだろうな。」
「そうだね」
確かに靴紐などは日本特有のものだからジンクスはわからないか。
「ところでこの「イノシシ鍋」というもの、とても面白い器に入っているな。」
「うん?そうかな?割と普通だと思うんだけどね。」
「いや、私の国では見たことのない器だ。それにこの機会も初めて見た。」
「……ああ、カセットコンロね。ガス栓が切れちゃってさ。」
「……ガス栓?」
「…」
そういえば外の景色を見ていなかったな、とそっと窓の外をのぞく。
そこには壮大なジャングルが広がっていた。
「…アレクさん、ちょっと聞きたいんだけどさ。」
「なんだ?」
もそもそと猪鍋を食うのはやめてほしい。
「もしかして急に僕の部屋がこの世界に現れたって感じ?」
「そうだな。さっき言っただろう。異常現象は君の部屋だと。」
「…異世界ファンタジーで間違いなかったかあ」
こうして僕の異常な物語は始まるのだった。