めつみガールの変色 -2021.初夏-
季節は初夏。
ひさびさの『おれんじふぁーむ』シリーズです。
4月もそろそろ終わり。
今は快晴な日が多く、それでいて真夏ほどの暑さもない。
つまりとても快適な季節ってわけだ。
俺、塙山草太は今日も元気に脚立にのぼり、めつみ作業に勤しんでいる。
柿の木の幹付近に脚立を立て、その上から枝の一本を手繰り寄せ、いずれおれんじ色の実になろう若芽を摘む。
こうして芽の数を調整することで、収穫時に立派な柿ができる。
「はあ~、今日も快適だなぁ」
作業する場所はちょうど柿の枝々で影になっていて、その隙間から風が通ってくる。
心地よすぎて眠気まで襲ってきそうになるのが玉に瑕だが、真夏や真冬の過酷さに比べると天と地ほどの差だ。
「ずっとこんな快適だったらいいんだけどな」
「ま、こんな季節でも紫外線は容赦ないっすけどね」
すぐ隣の木で作業していた小さな女の子。
俺の大学時代の後輩である、保科綾。
今は俺や姉である塙山朝花との交流が盛んで、そしてここ、柿農園『おれんじふぁーむ』でアルバイトとして務めている。
そんな保科だが、
「おまえ……、その顔」
いつもは色白で明るげなその顔は、今や無残に真っ赤に染まっていた。
「……今日は寝坊して、日焼け止めを塗ってくるのを忘れたんす」
「そうなのか」
今日もまだ半日ほどのことだが、こうも赤くなるのか……。
紫外線恐るべし。
そして、今まで保科の肌を守ってきてたってことは、日焼け止めもすごいってことだなぁ。
「それにしても、トマトみたいだな」
「え、そんなに赤いっすか?」
「ああ、今日から保科改めトマトマンって呼ぶことにするよ」
「それはあまりに安直すぎるっす……。それにあたしはウーマン、いや、ガールっす」
「じゃあトマトガールか。……微妙だな」
「先輩のセンスの線引きはよくわからんっす……」
俺自身は元々日焼けに強いのか、そもそも気にしたことがないからか、いまいち自分の変化はわからないけど、さすがに保科の変色を見てたらあまり身体によろしくないことだと思い知らされる。
「綾ちゃん。言ってくれれば日焼け止め持ってきてたのに~」
保科のさらに向こうの木付近から、この農園の主……の姪であるおねいさん乙葉由愛さんが語りかけてくる。
2つに結ったおさげ。
ちょっと大きな麦わら帽。
保科よりさらに小さな体から発せられる天使の歌声のようなその囁きは、この穏やかな気候と相まって子守唄のような癒やしをもたらしてくる。
「……先輩がまたあほなこと考えてそうっすけど……由愛せんぱい、今からでお借りしてもいいっすか?」
「うん、ええで。とりあえず降りておいで。……って、はなくん? どしたん?」
「…………はッ!?」
いかん。
ほんとに脚立の上で寝てしまいそうになっていた!
※ ※ ※
「……昨日せっかく由愛せんぱいに日焼け止め借りたんすけど……、手遅れだったみたいっす」
次の日。
どこか悟ったかのような様子で言った保科のその顔は、真っ黒に染まっていた。
昨日の日焼けの影響か。
昨日までの真っ赤が落ち着いて、逆に黒くなったんだな。
「それにしても、木炭みたいだな」
「そのたとえはひどすぎるっす。パワハラっす」
何気ない一言が、人によってはパワハラに感じる時もある。
先輩として気をつけねばなるまい。
「黒いので、そう、あたしはブラック・マジシャン・ガールってとこっすね」
「どこかのデュエルなカードゲームに出てきそうだな」
マジシャンは一体どこから出てきたんだ……。
保科のセンスはいまいちわからんな。
「今、あたしのセンスがわからんって思ったっすね?」
「なぜわかった!?」
お前心が読めるのか!?
さしずめブラックメンタリストガールってとこだな!
「ともあれ、日焼け止めは大事ってことだな」
「はい、勉強になったっす。先輩も焼けないからって油断しちゃだめっすよ」
「俺も気をつけることにするよ」
それからしばらくして、保科の肌はいつもの白に戻った。
しばらく黒保科を見ていたからか、白保科を見た俺の印象は、「もやしだな」だった。
「誰がもやしっすか!」
「お前、やっぱりメンタリストだな?」
おわり。
お読みいただきありがとうございました!