76話:強制稽古
タイトル通り
今日も朝から[砕氷]取得の為の稽古をしていた。
ミルは少し用事があって、朝の稽古にはいない。その為、1人で木剣を振っていた。
「ミルのいない間に取得出来たら─せいっ!ミルの奴驚くだろうな─はっ!」
ある程度自主練が終わったら、シアンにご飯をやらないとな。最近かまってあげられてなかったから怒ってるかも。
そんな事を考えながら、[氷冠]と[霧雪]の同時使用の練習をする。
そのまま1人木剣を振って稽古を続ける事約2時間。時刻は戌刻の表、日本時間で午前10時に差し掛かった頃に、一旦休憩を取ることにした。
「はひ~……疲れたぁー…」
水分補給をしながら庭のベンチに腰掛け、空を見ながら1人呟く。
用意したタオルで汗を拭いながら、流れる雲を見てボケーッとする。すると、後ろから草を踏む音が聞こえ、ミルが来たと思って振り返る。
「おうミル、今ちょうど休憩……に……」
「アイツでなくて悪いな。少し時間を貰っても?」
そこにいたのはコルさんだった。うっすらと笑っているコルさんだが、正直胡散臭くてしかたない。いつもならミルとセットで無能の扱いしてくる癖に。
「…何ですか?」
「そう警戒するな。いやなに、今まで君には当たりが強かったのではと思ってね、謝罪しにきたんだよ。すまなかったね」
誠意の籠っていないのは丸分かりで気持ち悪くてしかたない。何故急にそんな事をしだしたのか。俺は怪奇な表情でコルさんを見つめた。
「お詫びの印にこの俺が直々に[終雪]を教えてやろう」
あー…そういう感じか。お詫びなんて思ってもないくせして[終雪]を教える……
本音は俺を徹底的に潰すのが目的だろうな。
「……いえ、俺の師はミルですから。お気持ちは嬉しいですが結構です。では俺は稽古に戻りま──なんのつもりですか?」
俺がベンチから立ち上がり、コルさんの元から離れようとした時だった。
コルさんは腰に差している細剣を抜剣し、俺の顔に向けてくる。穏やかな表情だが、その目は殺意に近いモノを感じる。
「なに、遠慮することはない。アイツよりも優れた俺が教えてやるんだ、何も心配することはない」
「……………分かりました」
「それでいい」
俺は縦に首を振ると、コルさんは満足そうに細剣を下に下ろした。選択肢なんて無かった。もしここでNOと答えたら…斬られていた。
「ではお前も剣を抜け」
「まさか真剣で戦うつもりですか…!?」
「早くしろ。俺を待たせるな」
「ッ………」
有無を言わせぬ圧。この人は本気で俺を殺しにくるつもりなのか?ミルとだって真剣で戦った事が無いというのに、、
俺は少し震えた手で細剣を抜剣した。心の中で何度も『剣闘大会でもやっただろ?』と言い聞かせながら、戦闘体制に入った。
『回避専念、これしかない…!』
───────────
『アキラ、ちゃんと練習をしてるかな…?』
六剣の定期集会に参加したミルは、馬車に揺られながら屋敷へと向かっていた。
暫くすれば屋敷の前に止まり、御者に小さく頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ミルお嬢様」
「ん…ただいま」
門番に門を開けてもらい、屋敷へと入る。荷物を置きに行く前に、庭にいるであろうアキラの元へと向かった。
いつもの庭に近付くにつれて、聞き慣れた剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
『なに…?』
嫌な予感がしたミルは段々と庭に向かう足が速くなっていく。
そしてそこで目の当たりにしたのは、、
「なっ…何してるの…!?」
兄であるコルと、弟子であるアキラが真剣で戦っている姿だった。
アキラは息を切らしながら、必死になってコルの攻撃から身を防いでいた。だがどれ程打ち合っていたのだろう。アキラの身体中に傷が出来ていた。
「コル兄様…!何をしてるんですか…!?」
「見れば分かるだろう?俺が[終雪]を教えてやってるんだ。お前は黙って見ていろ」
うっすらと笑みを浮かべてそう言ったコルに、ミルは苦虫を潰したような顔をする。
自分含めて弟子のアキラを嫌っている兄が[終雪]を教えるなんて事ありえない。これは一方的な暴力だ。
『やめさせないと…このままじゃアキラが…!』
頭の中でアキラがコルに斬られる姿が映し出される。ミルはその想像をやめるが、今すぐ止めなければこの想像は現実になる。
その時だった。
「あああぁぁぁ!!!」
コルから放たれた高速かつ強烈な一撃がアキラに当たる。だが日頃からの稽古の成果か、アキラは急所を外し、左肩にコルの細剣が突き刺さった。
「惜しい」
口角を上げてそう小さく呟いたコルに、ミルは体が勝手に動き出す。
そしてそのままトドメに入ろうとしたコルの細剣が空へと舞った。
コルの細剣を弾いたのは他でもない。
「何の真似だ?」
「今……アキラの心臓を狙った…殺すつもり……ですか…?」
「偶然だ」
「ッ…」
あっけらかんとした表情でそう言ったコルにミルは怒りを覚えた。偶然なんかじゃない。コルは確実に殺しに掛かっていた。
「さて、続けるぞ」
「ぐっ………ぁ……!」
庭に落ちた細剣を拾い、踞っているアキラに蹴りを入れたコル。起き上がろうとしないアキラに、もう一度蹴りを入れようとした瞬間。
「それ以上は……赦せない…!」
ミルはコルに細剣を向けて警告を飛ばす。これでやめなければ本当に斬るつもりで兄に細剣を向けた。
「無能の分際で…!次期当主の俺に逆らうのか!?」
「コル兄様……貴方が当主になることはありえない、させない。──絶対に」
「ッ!!このっ…!」
鬼のような形相でミルを睨み、拳を振り上げたコル。ミルは目を閉じて体を震わせる。
だがその時を待っても拳が当たる事は無く、ミルはゆっくりと目を開けた。
「離せ無能ッ!この──さっさと離せ!!」
コルを後ろから羽交い締めするアキラ。満身創痍の筈なのに、必死になってコルを抑えていた。
アキラを引きがそうと、コルはアキラの顔面に肘打ちをするが、アキラは決して離すことはない。
「たとえ兄妹でも…!やっていい事と悪い事があるだろうが!!ゴホッ…ゴホッ…!」
鼻血を出しながらそう怒鳴るアキラは、今にも倒れてしまいそうな程足に力が入っていない。
「チッ…!この無能どもが…!」
アキラ振り払い、怒りに満ちた目をしながらそう吐き捨てたコルは、そのまま門へと向かっていく。
ミルは急いでアキラに駆け寄り、黒のコートを開いて傷の確認をする。
『酷い傷…!コル兄様はアキラをどれ程斬ったというの…!?』
中に着ていた服は、アキラの血で真っ赤に染まっている。今もなおドクドクと血が溢れ出ている。このままではアキラは死んでしまう。
ミルは大慌てで屋敷の者呼んだ。その声はミル自身でも驚く程大きく、悲痛な叫びだった。
「如何しました!?ミル御嬢様!──これは…!」
「マグ爺…!アキラが…アキラが死んじゃう…!」
大粒の涙を流しながらマグ爺の燕尾服を掴む。マグ爺はアキラの傷を見て一瞬驚くが、ミルの慌てた様子をみて冷静を取り戻す。
「落ち着き下さいミル御嬢様。ひとまずアキラ様の手当てをします。その後に医者を呼びましょう」
「お願い……アキラを…助けて…!」
強く頷いたマグ爺は、アキラに細心の注意をしながらゆっくりと横抱きで持ち上げた。
運ばれていくアキラを、ミルは涙を流しながら見続ける事しか出来なかった。
因みに、マグ爺はシアンの存在を認知しています。剣闘大会の時も、面倒を見てくれていたのはマグ爺でした。




