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59話:クリークス家の屋敷

不安な表情をしているミルと共に、コルが待っていると思われる訓練所へと向かう。


「バカ…勝手に決めちゃって…」


「ごめんて…」


ミルはやや怒っている。俺もちょっとだけ反省してます。ほんのちょっとだけ。

でもでも、自分の師匠を貶されたら誰だって怒るよな?…いや怒んなくなっていい気はしない…よね?


『さて…多分これはイベントなんだろうな。自分がどれだけ強くなったかの』


ミルの兄であるコルと戦って、俺は自分の力を示す、ってのがこのイベント内容なんだろう。多分勝てるんだろうが…あんだけデカイ口叩くんだから心配だ。拍子抜けであってほしい。



「フン、逃げずに来たのか」


既に待機していたコル。その手には木剣が握られているのが見える。木剣での打ち合いは久しぶりだし、ミル以外では初めてだ。

俺はショルダーバッグと共にシアンを待機させる。小さく動かないで、と言うと、シアンピクリとも動かない。


「よろしくお願いします…」


「せいぜい俺を楽しませろよ?無能」


訓練所へと木剣を持って入ると、コルは俺に向かって笑いながらそう言った。


『こいつ…!俺を煽って隙を作る作戦だな?そうはいかない。俺には…煽り耐性があるからな!』


「…アキラ、顔に出てる。では──初め」


ジトッと俺を見てくるミルは、手を下に振り下ろして模擬戦開始の宣言をする。

俺は先攻を仕掛けるために、一気に地面を蹴って駆け出す。


「ほう…速いな」


「うぐっ…!!」


急接近して木剣を横に払う。それをバックステップで回避したコルは、すぐさま間を詰めて俺の胸へと突きをしてくる。

肺の空気が一気に抜ける感覚と共に胸に走る激痛。俺はその場で膝をついてしまう。


『木剣でこの威力かよ…!』


「どうした?終わりか?所詮は無能の弟子だな」


「…っ!ミルは無能なんかじゃ…ない!!」


抜けた空気を一気に吸い込み、激痛を押し殺して立ち上がる。兄だからといって、言って良いこ事と悪い事があるだろうが。


「あんたの言葉、訂正してもらうぞ…!」


「俺に勝ってから吠えろ、無能」


余裕の表情でそう吐き捨てたコル。構えをしていないのは余裕からか、舐めているからか。


「[霧雪(きりゆき)]ッ!!」


「無能の分際で霧雪を使うな。[流氷(りゅうひょう)]」


俺の出せる唯一の剣術技、[霧雪]による連続の突き攻撃。それを軽々と回避し、俺の腹へと胴のように流れ斬る。


「ガッ……!!?」


「弱い、弱すぎるぞ」


今の技を食らっただけで倒れそうになる俺を、木刀で嬲るように強制的に立たせてくる。腕、足、腰、胸、顔と次々と打ち込まれる。


「コル兄様…!もうやめてよ…!」


「ダメだ。コイツにはよく教えなくてはならない。仮にも【終雪】を扱うお前の弟子など相応しくないと、なっ!!」


「ガハッ…」


痛い、痛すぎる。ここまで打ち込まれるなんて普通なら体験しない。うっすらと空いた目で見れば、腕などが青くなってしまっている。下手したらここまま死ぬかもしれない。


『……死ぬかもしれない、か』


俺は何度も死にかけて、その度に舞い戻ってきている。この程度のことで死んでたまるかってんだ。


「っ!…まだ剣を振れるだけの気力が残っていたか」


「ヒュー……生憎、ヒュー……俺はピンチに強いんでね……はぁ…はぁ……はぁ…っ」


頭が重い。心臓が五月蝿い。口が鉄の味がする。だからどうした。俺どころかミルまでバカにされ、黙っていられる程俺は我慢強くない。

貪欲に勝ちをもぎ取ってやる。


例えそれがどんなに惨めでも。


「はあぁぁ!!」


「っ!なっ!?くっ!!『な、なんだ!?突然動きが速くなった!?』」


身体中が悲鳴を上げてるってのに、頭が最高に冴えてやがる。今なら何でも出来てしまいそうだ。


柔軟な体とスキルによって底上げされた身体能力は極限まで上がり、まるで兎のように素早く左右に何度も跳ねる。跳ねると同時に体を捻ることで、縦回転の剣撃を生み出す。


「チィ…!!調子に乗んなよ無能がぁ!![氷蝕(ひょうしょく)]ッ!!」


──そこまでです。


俺の木剣とコルの木剣がぶつかる瞬間、訓練所に渋い男の声が響き渡った。

咄嗟に剣をずらしたお陰で、俺にコルの木剣が当たる事は無かった。


「マグ爺、なんで止めた」


「止めますとも。[氷蝕]は相手が触れた瞬間氷結する技。打ち合いにそれは少々どうかと思われますが?」


止めたのは執事のマグさんだった。訓練所入り口に背筋を伸ばしてそこに立つ姿は貫禄がある。息切れをしながらコルを見れば、ばつの悪い表情をしていた。


「………チッ、興醒めだな」


そう吐き捨てたコルは、木剣を投げ捨てて訓練所から出ていった。それと同時に緊張の糸が切れた俺は、膝から崩れるように倒れる……ることは無かった。


「バカ…!無茶し過ぎだよ…!」


「ご、めん……」


血だらけの俺を支えてくれたのはミル。その顔は目に涙を溜めて心配をしていた。


「マグ爺…!早くポーションを…!」


「此方にございます…!」


「アキラ、飲める…?」


「ん…ありがとう…」


ミルに支えられながら渡されたポーションを飲み込む。中々不味いのは相変わらず。


「アキラ、今日は安静にしよう。ここに来るまで疲れただろうし」


「えっ…?平気だよ、このくら──いててっ…」


「無理はダメ。アキラは安静にしてて」


有無を言わさぬ圧でそう言ったミルに、俺は黙って頷くしか出来なかった。

俺はそのままミルの肩を借りながら、用意してくれた部屋へと向かった。


「アキラ様、上着を洗わせていただきますのでお預かりいたします」


「すいません…お願いします。……えっと、ミル?」


「…?なに?」


「出てってもらってもいいかな…?俺、上脱ぐから」


「ボクは気にしないよ」


「アキラ様、お着替えが終わりましたらお呼び下さい。ミル御嬢様、行きましょう」


「え…?」


マグさんに手を引かれて部屋を退室させられるミル。顔は何故?と困惑している。

俺は部屋でシアンを外し、なろう衣装を脱いで血だらけの上着を脱ぐ。


「痛っ……手酷くやられたな」


上半身裸になれば、身体中にある青い模様が目に止まる。中々痛々しい。

そして用意された服に着替えて、自分の服を持って部屋を出ようとしたその時、シアンが背中に張り付いてきた。こいつ…


「マグさん、お願いします」


「畏まりました」


服を受け取ったマグさんは、そのまま廊下の奥へと歩いていく。マグさんを見送った所で後ろからミルに声を掛けられた。


「アキラ、少し話…いい?」


「うん、いいよ。待っててくれてありがとな」


コクっと頷いたミルは、『こっち』と言って歩きだす。俺はその後に着いていく。

やがて到着したのは、ホームセンターの園芸コーナーのような広い庭。綺麗に整えられた枝木が凄い…いくら掛かるんだろう。


そんな事を考えていると、ミルがベンチに座ったので、俺も失礼する。


「気になってたんだけど…アキラの背中についてるそれって…」


「お察しの通りです」


「やっぱり…」


小さくため息を吐いたミルは、俺の背中へのゆっくりと手を伸ばした。

羽に触れた瞬間、シアンはピクッと動いて、俺の背中から離れて庭の木に止まった。


「羽化…したんだね」


「ミルが行ったすぐ後にな」


「人を襲ったりとかは……無さそうだね」


楽しそうに庭を飛び回るシアンを見ながら、ミルは優しくそう言った。


「大人しいよ。スッゴい肉食だけど」


「ミラージュ・バタフライの子だもの…当然だよ」


その言葉を最後に、俺達は沈黙が続いた。いつもは打ち合いとかで、こうしてまともに話をしたのは滅多に無い。何か話を続けないと気まずい…


「あ、そういえば気になってたんだけど、ミルって貴族…とかなの?」


「少し違う。でも家は伯爵くらいの発言力があるよ」


「伯爵くらいの発言力があって貴族じゃない…どうゆうこと?」


「…昔、この国に聖剣に選ばれた6人の剣士がいた。その6人は国を襲った十二の厄災、【大火災】と戦い、国を護った。王は国を護った6人の剣士に剣爵(けんしゃく)という地位を与えた。…これが今も続いてる」


「ってことはミルのご先祖様は…」


「ん、ボクのご先祖は聖剣使い」


Oh……強い強いと思ってたが…結構重要人物じゃんか。自分で言うのは嫌だが…俺と一緒にいていい人物じゃないな…


「明日から本格的に【終雪】を教える…体の方は平気…?」


「勿論っ!いつでも平気だよ。なんなら今日から──」


「ダメだよ」


こっっわ……なんちゅう圧…!一気に言葉を飲み込んでしまったぞ…


「アキラはボクの弟子。無理はさせない。絶対に」


「あ…はい…」


萎縮して小さく返事をすると、シアンが俺の元へとやって来て俺の足にすり寄ってくる。実に可愛らし。


「…少し風が出てきたね。そろそろ戻ろう」


「そうだな、ちょっと肌寒いや」


段々と風が出てきて寒いので、俺とミルは屋敷の中へと戻る事にした。

風に靡くミルの髪の毛。その髪には俺が贈った髪飾りが着いている。


「それ…着けてくれてたんだ」


「…!やっと気付いてくれた。ボクのお気に入りだから…着けてる」


少し頬を赤くして微笑んだミル。なんか…なんだろう…俺が恥ずかしい。逆に照れるわ。


「…なに?」


「あ、いや…着けててくれて嬉しいなと思って」


俺が少し照れながらそう言うと、ミルも少し照れ…てるのかな?多分。目を見開いて固まってる。なにこの時間。


「い、行こうか」


「…そう、だね。うん」


何処と無くぎこちない2人は、微妙な距離を保って屋敷へと入っていった。

俺30歳だけどこのドキドキ…流石異世界。素晴らしい世界だ。


30歳童貞恋愛経験0男は異世界で未成年にドキドキする、という中々キツイ映像が流れるのであった。

[流氷]

相手の横を流れるように斬る技。冷たく静かな一撃で、真剣なら真っ二つに切り裂く程の威力。


[氷蝕]

自身の剣を一時的に超低温にすることで、刃が触れた物はなんでも問答無用で凍結する。斬った瞬間断面を凍結するので、出血はしない。

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