5話:初戦闘
ゴブリン達を追いかける事数分。奴等は俺が木に登った時に見つけた岩山の方角へと向かって行く。どうやらその岩山に巣があるようだ。
やがて岩山の洞穴へとゴブリン達は入っていった。子供達もそのまま連れていかれる。
「ここが…」
洞穴を前に俺は額に1滴の汗が流れる。洞穴の中なんて入ったこともなければ、当然戦闘なんかした事も無い。
「入る前に確認しないとな」
【ゴブスレ】だと、上位種がいる場合は洞穴の前に印があるらしい。だがこの洞穴の前には無いから、上位種がいないと思われるが……果たしてそれはこの世界でも通じるだろうか。
「いないとも言い切れない。気を引き締めて行こう…!」
手に握る槍に力が入る。バクバクとうるさい程聴こえてくる心臓の音が不安を煽る。だがここで止まる訳には行かない。勇気を出して、洞穴へと入っていった。
「明るい…。異世界って感じだな」
洞穴の中は意外にも少し明るかった。青い小さな光の粒が、大量に壁に張り付いている。虫だろうか…?
壁の光を見ながら、俺は道なりに進んでいく。
そして初の曲がり角に到着する。
「っ!この先にいる…」
濁点の付いた汚い笑い声が聴こえてくる。それは先程川で聞いた声と同じ、つまりゴブリンがこの先にいる。
先程見た感じだとゴブリンには武器が無かったようだが安心は出来ない。
「くそ…洞穴の中じゃ槍はあまり活躍出来なさそうだ」
出来て突きくらいだろうか。しかしこの洞穴は横幅が広い。横から攻められたら一気に不利になる。
「となると…この石斧に掛かってるな」
腰に装備した石斧を手に取り、槍を地面に置く。そしてチラッ壁から頭を少し出して偵察。
『ゴブリンが8匹…いや、9匹か』
少し暗く、広いフロアに8匹のゴブリンが、猪らしき生き物を食らっている。最後の1匹が子供達の見張りについている。どうやら他に人がいないようで安心した。だが予想以上に多いが、平気だろうか。
『ここより広いが天井の高さが同じでやはり槍が使えないか。さて…タイミングはどう──「うわぁぁ!!に、兄さんっ!!」っ!』
仕掛けるタイミングを伺っていると、洞穴に幼い子供の悲鳴が響く。どうやら片方の子が目覚めたようだ。言葉からして2人は兄弟なのだろう。弟が眠る兄を泣きながら揺すっている。
「んっ…うぅ……ここは…──っ!!リオっ!無事か!?」
「う、うん、でもゴブリンが…っ!」
「大丈夫だ!俺が命に変えても守ってやる…!」
目覚めた兄が、弟を庇うように前に出る。それを見たゴブリン達がゲラゲラと嘲笑い、兄を蹴り飛ばす。これではっきりした。アイツらは敵だ。
「今ッ!!」
ゴブリン達が兄弟に気を取られた隙を狙って俺は一気に駆け出す。まずは1匹目。
「ギッ!?」
「オラッ!!」
石斧を右に大きく振りかぶり、ゴブリンの横顔を殴り飛ばす。
1m程しかない小さなゴブリンは空中で一回転して壁へと吹き飛ぶ。
「ギッ!!ギギギッ!!」
1匹のゴブリンが俺を指差すと、7匹のゴブリンが俺と同じような拙い武器を手に取り襲いかかってく来る。
「はっ!!」
「ギッ!?ギィ…!!」
木の棒を振りかぶって来たゴブリンの攻撃をステップで後方へ瞬時に回避する。そしてもう一度ステップでゴブリンへ接近して石斧を下から上へ力任せに振る。
ゴギッ…っと鈍い音と共にゴブリンが後ろへ倒れる。
「結構行ける…!さっきの[略奪]が効いてるみたいだな!!オリャ!!」
全て見切れる遅さで攻撃してくるゴブリン。[略奪]の効果もあるのだろうが、このまま行けば全て倒しきれそうだ。
「ギィ…!ギッギギギッ!!」
やはり1匹のゴブリンが全員に指示を出している。現に俺は四方から囲われた。アイツだけ知能があるようだ。印は関係無かったな。
「素手が2、槍1に石斧2…後ボロい剣1、か」
「ギィッヒッヒッヒッ…!」
高みの見物で俺を見るゴブリンは嬉しそうに嗤っている。完全に勝てると思ってるんだろう。
「お前らの攻撃は当たらねぇぞ、感覚も戻ってきたしたな」
左斜め後ろから静かに斧を振るうゴブリン。不意打ちのつもりだろうが俺は油断していないから見えているぞ。
「オラッ!!」
上段回し蹴り。小さく、腕のリーチも足りないゴブリンと、人間の足のリーチ。どちらが先に届くかは考えなくても分かるだろう。
「ギィィィィッ!!?」
踵がゴブリンの首に当たり、ベキッ!っと骨の折れる音と感覚が、足から伝わってきて気持ち悪い。
俺が背を見せた瞬間、三方向から一気に駆け出すゴブリン達。俺は踵を少し浮かせ、ステップで一番厄介な槍ゴブリンから対処していく。
一直線に突いてくる槍を俺は左手で掴み、右膝で槍をへし折り、驚く間も与えずに顔面に左ジャブして目眩まし。その目を閉じた瞬間、頭へ石斧を振るった。
「ハッ!…ふぅ」
一回呼吸を整えてから、何歩かステップを踏み、腰を捻って飛ぶ。一番近くにいたゴブリンへと旋風脚を放ち、壁へと吹き飛ばしていく。
「ギッ!?」
地面に足が付いた瞬間畳み掛けるように素早く動く。事態を把握しきれていないせいで反応に遅れたゴブリン。それが命取りとなる。下段蹴りを放ち、足をすくわれ、倒れたゴブリンの顔面に正拳突き放つ。声を上げる時間も無く、ゴブリンは動かなくなった。
「後2匹と1匹…」
斧持ちが1匹、素手が1匹、剣持ちが1匹。あれほどいたゴブリン兵はたった3匹となっていた。ここまでの時間、僅か3分。
「お前もいれれば4匹か」
「ギィ…!」
後ろで指示を出していたゴブリンを睨む。こんな事になるとは思っていなかったのだろう、顔には焦りの表情を浮かべている。
『俺は今最高にカッコつけてイキっているな…!まるで憧れのなろう主人公の気分だ』
畳み掛けるなら相手が困惑している今。子供から目を離している内に全て倒す。
まるで指示を出すゴブリンを守るように固まる3匹のゴブリンへ一気に接近して飛び蹴り。身長が低いゴブリンには簡単に顔面に直撃する。そのまま流れるようにもう1匹に左手で裏拳を顔に放ち、右手に持つ石斧で心臓部分を狙って叩き付け、そのまま最後の1匹に上段後ろ回し蹴りを首に放ち、吹き飛ばす。
「はっ…!はっ…!っ!アイツはどこへ──っ!クソ…!」
先程まで近くにいた、指示を出していたゴブリンがいつの間にか消えている。フロアを見渡せば、そいつは子供達を盾にニヤニヤと嗤っていた。見れば子供の首にナイフのような物を当てている。肉壁とは…どこまでも卑怯な奴だ。
「ギッ!ギギッギッ!!」
ゴブリンはこちらに近付くな、と言っている気がした。俺は子供の安全の為に一歩後ろへ下がり、手を上げる。
「ギギギッ!」
「……わかった、この武器もだろ」
捨てる捨てると手をヒラヒラさせて地面に落とす。
「んな訳ねぇだろっ!!」
「ギッ!?」
捨てると見せ掛け、俺は石斧をゴブリンに向かって投げる。それと同時に俺は駆け出す。
石斧は全然的外れな場所へ飛んでいったが、隙を生むには十分だった。
「これで終わりだ!」
「ギ──ガッ!!」
俺はゴブリンの脇腹を狙って、足指の裏側付け根部分で撃ち込む。所謂、三日月蹴りだ。
それをモロに食らったゴブリンは膝から崩れ、倒れる。
「ふぅ……!!」
肺の空気を全てに出し、一気に吸う。脳汁ドバドバでヤバい。
ともあれ異世界に来ての初戦闘、俺は無事に勝ち、生き抜く事が出来た。