56話:帰還
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「アキラ…本当にやるのか…?」
「念のためだってば」
今俺達がいる場所はヴァルゴより遥か上空。そこで俺は保険として考えている作戦準備に入っていた。
作戦と言ってもコウキ頼みで大変恥ずかしいのだが、俺の体に風避け魔法と身体強化魔法を掛けてもらうという物。魔法を掛けたら、俺の体に重力魔法を使い、下にいるヴァルゴの弱点目掛けて飛んでいく……言ってしまえば特攻に近い作戦だ。無論やりたくない。
──ズズン……
「さて…炎球が落ちきったみたいだ。頼むから死んでいて欲しいんだがな」
ここまで空気振動が伝わってくる。小さくてよく見えないが、たった今赤い球体が消えたのが見えた。
「……ッ!そんな…嘘だろ…!?」
遠視魔法を使ったコウキの声が震えている。どうやらダメだったようだ。なら時間を与えずに次の攻撃だ。
「ちゃんと当たったのに……なんだよあの再生速度…あんなの反則だろ…!」
震えた声で怒りの感情を露にするコウキ。驚くほど再生速度が速いのか…なら心の準備をしている暇さえ無いな。
「コウキ、時間が無い。……頼んだぞ」
「っ……ああ、分かった…」
険しい表情をしたコウキだったが、突然表情を変えて肩に乗っている蜥蜴見た。
するとコウキは肩の蜥蜴を俺の細剣へと近付ける。すると蜥蜴は体から1滴の赤い液体垂らした。
「さあ準備は良いね?」
「え…?いや今の何──」
「[風避け][身体強化][重力増加]!!」
俺の質問に答える間も無く、コウキは次々と魔法を唱えていく。俺は足から引っ張られる感覚と共に急速落下していく。
「空気抵抗が無いから喋れるのか……ふぅ…気合いを入れろ、天道明星…!」
俺は両手で細剣を掴み、ヴァルゴの弱点一転狙って落下していく。
白虎のジェネヴラさんの背に乗っていた時よりも遥かに速い。
そして僅か数十秒でヴァルゴの姿を確認出来る距離まで近付いた。
ヴァルゴは煙と共にその巨大な体を再生している。上半身や翼が原型を保てないのを見れば、あの炎球がどれ程の威力だったのかが伺える。
『っ…!速すぎる…!これじゃあ到達する前に再生しきるぞ…!?』
予想外だったのはヴァルゴの再生速度。俺が高速で落下し、ヴァルゴとの距離が近付くにつれて体の形が戻っていく。
『これじゃあまたあの光線が…!』
身体中から汗が湧きだすのを感じる。頭を遮るのは先程の何も感じさせない光線。思い出すだけで体の震えが止まらなくなる。
俺が恐怖にかられながら落下していくと、ヴァルゴは突然俺の方へと顔を向けた。
「ッッ!?!?」
ヴァルゴの閉じられていた眼が開眼した。ドス黒い赤色をした眼が…俺の姿を捉えていた。
憎悪、殺意、嫌悪、破壊、怨み…様々な感情が俺の頭の中へと流れ込んでくる。あの眼を見た瞬間、心臓を握り潰すかのような痛みが俺を襲った。
「ああ…ッあ“ぁ“ぁ“ぁ“ぁぁ“あ“あ“あ“ぁ“ぁ“あ“ぁ“あ“!!!!」
心臓から始まった痛みはやがて全身に回り、身体中の隅から隅まで刺され、引き裂かれるような痛みが俺から意識を奪い去る。
「あ……………ぁ………」
遠退いていく意識。俺は細剣の握る力を弱め、やがて離してしまった。
その時だった
「ぁ……?ひか………り……?」
僅かに開いた瞼から見えた景色には、エメラルドのように光輝く細剣があった。
細剣は俺の元へとゆっくりと近付き、胸へと突き刺さる。
それはとても温かい感覚。身体中に感じていた痛みを包み込むような優しさ。様々な悪感情が消えていくのを感じる……
「この剣のお陰…なのか?」
何とか意識を取り戻した俺は、胸に刺さる細剣を抜く。不思議と出血はせず、痛みは勿論傷すら残っていない。
今もなお様々な悪感情を宿したヴァルゴの眼で見られ続ける。だが黄緑色のオーラを放つ細剣のお陰か、俺は先程のような感覚には囚われていない。
眼が効果無いと感じたのだろうか。ヴァルゴは俺に向けて右腕を翳す。先程の光線を撃つつもりなのだろうか。しかしコウキが放った炎球のダメージがあり、ボロボロの腕。その影響で光線を撃つ為のチャージに時間が掛かっている。
これが最大にして最後のチャンス。
「はあぁぁぁぁぁああッッ!!貫け、[霧雪]!!!!」
──ドゴオォォォォォォォッッ!!!!
再生を完了させたヴァルゴは、手の平を光られる。次の瞬間あのピンクの光線が放たれた。
だが放たれる時さえ分かっていれば回避は出来る。
シアンの羽を使ってしまったら重力に耐えられずに羽がもげてしまう。そうならない為に俺は体を全力で捻り、ピンクの光線を紙一重でかわす。少し体に当たってしまった部分から激しい痛みが襲う。
「おりゃぁあッッ!!頼む…!貫いてくれッ!!」
手の甲で青白く輝く小さな光。俺はその一転狙って細剣を突き刺す事に成功した。
だが、、
「んなっ…!?そんな……」
手の甲に刺した細剣はバラバラとなって砕け散ってしまった。俺の全力を乗せて放った刃は、粉々となってしまった。
「あ……ぁぁ………そんな…嘘だろ…」
上を見れば、開眼したヴァルゴと眼が合う。その眼を見ているとまた心を破壊されるような感覚に襲われる。
俺が絶望の淵で震えていると、ヴァルゴの体に変化が起こった。純白のような白い体をしたヴァルゴの体にピンク色のラインが入る。
《キェェェェェェェェェェ!!!!》
金属が削られるような高音の咆哮を上げるヴァルゴに、俺は思わず耳を塞ぐ。それと同時にヴァルゴの体にライン状の光がピンク色に怪しく強く輝きだす。嫌な予感がした。何かとても強大な一撃がくる…!
「…………なんだ…?」
突如ヴァルゴから光が消え、開眼していた眼を閉じた。
俺が困惑していると、ヴァルゴの頭上に真っ黒な穴が出現した。吸い込まれるようにその穴へと飛び立つヴァルゴ。俺はその衝撃で手の甲から落下してしまう。
「シアンッ!!頼む!!」
俺がそう叫ぶと同時に背中の羽が風を切る。段々と減速していき、まるでパラシュートのようにゆっくりと降りていく。
上を見上げれば、真っ黒の穴へと入っていくヴァルゴの姿が見えた。
──ゾクッ…!
真っ黒の穴へと消えていく瞬間、ヴァルゴの両目がゆっくりと開かれ、その眼は真っ直ぐ俺の事を見ていた。
「何であんな悲しそうな眼をしてるんだ…?」
その眼はとても悲しく切ない眼をしていた。まるで俺に救いを求めるような眼。その理由が分かる訳もなく、ヴァルゴは真っ黒な穴へと消えていった。
「アキラ…倒せた…のかな」
「いや、倒せたとは違う。多分見逃されたんだと思う…」
既に地上にいたコウキにどうなったか聞かれ、俺は首を横に振りながらそう答えて戦いがあったエルータ草原を見渡しす。コウキが放った炎球で出来た巨大なクレーター。クレーター付近の草が今も所々燃えている。
そして一際存在感のある縦に続く穴。それはヴァルゴが1度目で放った光線で、それは見える範囲でどこまでも縦に続いている。まるで地割れが起きたようになっている。
「おっと……すまないな、コウキ」
「帰ろう、皆待ってる」
疲労からか、脅威が去ったからか分からないが、倒れそうになった所をコウキに支えてもらう。そのまま俺は肩を借りながらリコティ王国へと戻って行った。
───────────
“星屑の厄“討伐並びに“厄災の十二使徒“との戦いから数日後。街は通常の賑わいを見せ、平和が訪れていた。
あの戦いで奇跡的に死者は出なかったが、リコティ王国の外壁の損壊、そしてエルータ草原に莫大な被害を受けた。
外壁はただいま直している途中で、エルータ草原の整地は見送りらしい。
そしてイレギュラーで現れた“厄災の十二使徒“処女宮のヴァルゴを退けた者として、英雄のような扱いを受けている奴がいる。勿論俺。
ではなく…
「やあアキラ、今日もクエストかい?」
「…おう、まぁな」
見掛けたら必ず声を掛けてくるこの男、なろう太郎である。俺の活躍っつうか、特攻を見ていた人はこいつだけで、リコティ王国へと避難していた冒険者や騎士からはコウキが放った魔法しか見えなかったらしい。悲しいね…
人柄がいい人だからな。勿論コウキは言ってくれたよ、『ヴァルゴを退けたのはアキラです』って。でも誰一人信じてくれない。
まあ分かるよ。あんな派手な魔法を放ったんだ、そっちがやったと思うのが普通だし。
「ごめんよアキラ…本当はアキラが──」
「その話しはもういいって。そもそもコウキの魔法のお陰でなんとかなったんだし」
何より、俺はこの戦いでお前の引き立て役になるつもりだったしな。まぁ…後半は我慢出来なくて突っ込んだけど。
「んじゃ俺はそろそろ行くな。これからちょっと用事があるから」
「分かった。またね」
俺は討伐戦の報酬を貰い、コウキに手を振ってギルドを後にした。
長かったが今日、【ニューカマー・ヘブン】で給料が貰える。つまり働いて1ヶ月がたったのだ。ここまで良くしてくれたのは感謝しているが、俺は他の所にも行ってみたい。その為にはお店を辞める必要があった。
「あー…緊張する…」
俺は到着した【ニューカマー・ヘブン】の扉に手を掛けて、店の中へと入った。
設定的なやつ
プーちゃんママことプリークさんは、卯班の前線で戦っていました。傷1つ負っていません。
因みに、【ニューカマー・ヘブン】の従業員の殆どが討伐戦に参加しています。
午班ではギルドマスターを中心に、特に高ランク冒険者で構成されたチーム。そして酉班はリコティ王国の騎士達で構成されたチームでした。
後3話もしない内に三章に入ると思います。内容はミルを中心にした聖剣と邪剣お話です。
 




