43話:ミルへの贈り物
「はぁ…!はぁ…!はぁ…!っ!み、ミル!今のって…!?」
「うん、おめでとう。今のは[霧雪]だよ」
「ぃよっしょぁぁぁぁ!!」
ミラージュ・バタフライの戦いから2日後。体の傷もお互いに癒え、無事に稽古を再開することが出来た。
そしてミルとの稽古のお陰で、俺は遂に[霧雪]を習得することが出来た。
あの戦いからミルに色々聞かされた事がある。
ミルはリコティ王国のギルドからの要請で、ルミナス聖国っていう場所から来た事。実はミルは六剣という凄い家系の人だった。薄々予感はしてたけど。
特にギルドからお礼と言うか、ランク昇進っていうか…そういうのは無かった。あくまでもミルが討伐した事になっている。一応ミルからも説明してくれたのだが、Fランクの奴に倒せる訳無いと言われたらしい。
たしかに俺はFランクだが…もう少し信じてくれてもよくね?えっ?異世界の主人公って簡単にランク昇進されると思ってたんだけど…?
ま、まぁ?別に期待なんかしてなかったし?そもそもこの世界に来た時点で半ば諦めてたし…
「…アキラは凄いね」
「なんだよ急に…照れるだろ」
ミルは意味ありげな表情でそう言う。無表情に近いミルだが、何処と無く表情は暗く感じた。
「ボクは落ちこぼれだから…ボクには今のアキラが光って見えるよ…」
「そんな事ないだろ、絶対。ミルは凄い奴じゃないか…。その、なんだ…何かあるなら言えよ?相談ならいつでも乗るからさ」
「ありがとう…アキラ……稽古の続き、しよっか」
「おう…」
ミルは少し影のある顔をしてそう言うと、木剣を手に取り稽古を再開する。
俺は深い詮索はせず、稽古に集中した。
『本当は踏み込むべき所なんだろうけど…俺がそう言ってもミルが話してくれないなら止めておこう』
他人の心にずけずけと入る程俺はバカではないつもりだ。だが心配なのは変わらない。いつでも相談に乗れるようにはしておこう。
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「ん…いい感じになったね。この数日でよくここまでこれた…」
「ミルの教えが上手いからだよ。稽古は辛いけど、こうやって何かに全力で打ち込むのは楽しいしな。若い頃を思い出すよ」
「…?アキラはまだ若いよ…?」
「あっ…いや、もっとガキの頃の話ね!こんくらいチビの頃の」
俺の説明に不思議そうに首を傾げているミル。上手く誤魔化せただろうか。まだガキの癖にイキッて『若い頃は…』とか言ってる奴って思われたらどうしよ!?
「そ、それは兎も角さっ!ミルは後どれくらいここにいられるの?」
「そうだね……目的のミラージュ・バタフライは討伐したし、アキラも取り敢えず[霧雪]を習得したし…何よりボクも故郷でやることもあるから……明日、かな」
「そっか…ちょっと寂しくなるな。んー…なら【終雪】は我流で頑張るか」
明日か…たしかに目的の魔物は倒したし、わざわざここにいる必要は無いよな。
一応[霧雪]は習得したし、俺次第で剣術は磨かれていくだろう。
「なら…これを渡しておくね」
「これは?」
ミルはそう言うと、服に着けていた氷の結晶の形をした弁護士バッチのような物を渡してきた。なにやらお高そうな作り出。
「それはクリークス家と示す紋章…そのバッチと、ボクの弟子と言えば家の敷地に入れて貰える」
「うえっ!?そんな大事な物預かれないよ!」
「アキラに持ってて欲しい…。これがあればまたアキラと稽古が出来る。約束の証として…持ってて…?」
「そ、その言い方はズルいだろ…」
「フフっ…あの時の仕返し」
「あの時……あぁ、俺が土下座して頼み込んだ時の事か」
舌を少し出して、悪戯な微笑みを俺に向ける。何とも年相応の可愛らしい表情だ。
常にそんな顔してたなら男はワンパンKOだな、俺みたいに。
『クッ…!滅茶苦茶ヒロインムーブかましてるのにミルは俺に惚れてないんだよなぁ…』
こんなに惚れてそうなムーブをしてくるから勘違いしてしまう…
即否定をされた時を思い出して俺は震える。あの極寒の表情を俺は忘れない…忘れない。
そんな自惚れてしまったのも、全て【なろう】って奴の仕業なんだ。
その後ミルと一緒に下山して、帰路へとついた。もうシアンの事を知っているので、シアンを抱えてても問題は無い。
「なぁシアン…お前はどうやって山を越えてきたんだ?」
俺はシアンを見つめながらそう言うとが、シアンはクネクネ動くだけで特に反応は無い。そもそも顔らしき所も無いから表情もわかんねぇ。
一体どうやって来たのか…真相は闇の中、ってやつだ。
「……はぁ、まあいいや。シアンのお陰で助かったのは変わらないしな」
優しくシアンの体を撫でる。この前シアンの兄弟を喰ってからシアンはますますデカくなった。もう抱っこというより持ち上げている方が正しい気がする。
そんな事を考えながら、今日も頑張るぞ、と意気コンディショニング俺は夜の店へと向かった。
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「アキラくん、大丈夫?」
「平気っす…ちょっと……はい」
翌日の朝、俺は日課にしている筋トレと走り込みを終えた後に胃から何かが上がってくるのを抑え、プーちゃんママに背中を擦られる。昨日の酒やらなんやらが走って上がってきたっぽい。そろそろ吐き気耐性とかついてもいいんじゃないだろうか。
てか耐性がついてくれないとクエストに支障が出るんだよ。いっつも森で吐いてるんだから…
まぁその話は置いといて、今日でミルが行ってしまうので、急遽お礼というかなんというか…気恥ずかしいが、何か贈り物をしようと考えている。
「女性に贈る物って何がいいんだ…?」
女性との付き合いが無かった俺は、女性がどんな物を贈れば喜ぶのかが分からない。
指輪やネックレス…?いやいや弟子からの贈り物にしては重すぎるだろ…
困った時は誰かに助けを求めてみる。候補としては、、
1・アドバイザーのミックさん。有力候補だ。
2・プーちゃんママ。乙女の心を持つ漢。
3・ルードさん。経験豊富そうだから。
「ルードさんに頼むのは何か違う気がする…」
妥当な所でミックさんだろうか。同じ女性だし、貰って嬉しい物とか分かりそう。
相談に乗ってくれるかどうか分からないけど、一様行ってみる事にした。
ギルドに到着してミックさんを探すと、いつも場所にいた。良かった、休みじゃなくて。
「あの…ミックさん、少しいいですか?」
「は、はい…どうしましたか、アキラさん」
話し掛けると少しビクッとしたミックさんに年頃の子に贈るプレゼントを聞いてみた。
「成る程…そうですね…」
「出来れば貰っても想いが重くないと感じる物がいいですね」
ついでに金銭的にも良心的な…とは流石に言えなかった。男の沽券に関わるからな。
「やっぱりお花とかですかね…」
やっぱ花がいいのか。ここに来る前にプーちゃんママにも聞いてみたが、やっぱり花と言われた。後指輪も渡せと言っていたが普通に却下した。
相談に乗って貰ったミックさんにお礼を言って、俺はギルドを出る。
花が売ってそうなのはやっぱり商店通りだろうか。
商店通りに到着するとやはり人が沢山いる。服とか紋章を書く為に色々買っちゃったので、言うほどお金は無いのだが、花くらいなら買えるだろう。
『んー…見たこと無い花ばっかりだな』
花屋に到着して俺は売られている花を見渡す。普通に現世でも生えてそうな花が沢山あった。単に俺が花に詳しくないだけかもしれないけど。現に薔薇があったし。
「あっ…これ綺麗だな。値段は……高っ!」
まるで水彩画のように綺麗な色合いをしている薄水色の花を見つけ、ミルの雰囲気にあってると思い、値札を見ると、銀貨1枚。日本円で1000円する。しかも1輪だぜ…?
「いくら持ってたっけ………うへぇー…」
大銀貨1枚と銀貨1枚。6000円しか持ってない俺にとって、中々踏ん切りがつかない値段だった。
「んー…気に入ったけど…買えて6輪はなぁ…」
ちょっとなぁ…っと感じてしまう。中途半端に6輪買うなら、1輪の方がいい気がする。いや、絶対いいに決まってる。
「………すいません、この花を下さい。……1輪」
1輪買って、俺は顔を少し赤くしながら撤退した。普通に恥ずかしかった…1輪だけ買うのがメチャクチャ恥ずかしかった…!
「これでいいのかねぇ…なんかもっと、こう…!」
何か足りない気がしながら、俺は商店通りを歩く。そんな時ふと、1つの店に目が止まった。そこはアクセサリーが売っている小さな店。ちょっと気になって、俺は店の中に入ってみた。
店の中は古い喫茶店みたいな雰囲気で、普段なら絶対入らない店でドキドキする。
「洒落てるな…これとか【なろう】っぽいし」
シルバーアクセサリーってやつかな?銀色の指輪だし、絶対そうだ。あんまり詳しくないけど。
「まおリトでつけてたイカす指輪ないかなーなんて。───あっ…」
髑髏の指輪を探していると、1つのアクセサリーに目に入った。
それはガラス細工のように、透き通った空色の花がついた髪飾り。
「これなら…!うんっ!」
花1輪だけじゃ何か足りない気がしていたが、これなら満足のいく贈り物になりそうだ。
特に値札も無いので、俺は店員さんの元へと向かった。
「いらっしゃい。ほう…懐かしい物を見つけて来たな。これは…大銀貨1枚でいい」
「へっ!?」
渋くてダンディーなおじ様が大銀貨1枚と言ってきた。どうする…俺は大銀貨1枚しか無いんだぞ…
『でも……お世話になったしな…』
「ください」
「まいど」
全額はたいて俺はミルへのプレゼントを購入した。これでいらないとか言われたら泣くぞ。
ついでに好感度も上がれ…!
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プレゼントを購入してから数時間後。無くなったお金を稼ぐ為にクエストを受けて、その足でミルがいる場所へと向かった。
既にミルは待機していて、毎回悪いなと感じる。
「本当は今日、魔物と戦わせるつもりだったんだけど……[霧雪]を習得したから…どうしよう」
「考えてなかったのか」
「うん」
ホントになんも考えてないのかよ。なら…いつも通り打ち合いだろうか。
まあ今は特に決まってないなら、プレゼントを先に渡そうか。
「ミル、ちょっといいか?」
「なに…?」
俺は少しテンパりながら、ショルダーバッグから花と髪飾りを取り出す。一様花が潰れないように、1番上に優しく置いといて良かった。
「はい、これ。俺を鍛えてくれてありがとうございました」
「これを…ボクに?」
1輪の花と髪飾りをミルに渡すと、ミルは驚いた表情と共に固まった。
喜んで…くれてるのか…?全然わからん…
「ありがとうアキラ……ボク、凄く嬉しい…」
「お、おいおい!そんな泣くほど大した物じゃないぞ!」
俺のプレゼントを受け取ったミルは、目尻に涙を溜めてそう言う。その姿を見て、俺は慌ててミルの背中を擦る。
「ありがと…ありがと…!」
「もう泣くなって……ほら、髪飾り貸して」
段々と涙が溢れてくるミルに、俺は髪飾りを着けてあげた。泣き止んでくれ…頼むよ…
「うんっ!似合ってるよ、ミル」
「うん…ありがと」
ハンカチとか持ってたら渡すんだけど…クソッ、俺持ってねぇ。肝心な時に限って…!
「どう、かな…似合ってる…?」
「勿論似合ってるよ!」
「えへへ…ありがと、大事にするね。フリーズソウルの花もありがとう…この花好きなんだ」
今までに見たこと無いくらいの笑みを浮かべるミル。どうやら気に入ってくれたようだ。喜んでもらえたなら贈ったかいがあったな。良かった良かった。
「喜んでくれて良かったよ。なんせ女性に贈り物するなんて初めてだからさ」
母親以外にはあげたことがないが…それは普通の事だよね。30才でも普通だよね。ね?
「そっか…ボクが初めて……なんか嬉しいな」
クスクス笑いながらそう言うミル。ちょっと馬鹿にされてる気がするが……それよりミルがこんなに表情豊かに笑うなんて珍しいな。
そんな事を考えながら、喜ぶミルを見守った。
ミラージュ・バタフライ
空を埋め尽くす程の超巨大型の虫魔物。雷や竜巻を操る。母体は通常よりも更にデカく、とても危険。
名前の通り蜃気楼を使い姿を隠す為、滅多に見掛ける事は無い。
プロキオン大森林に生息する。




