390話:惨めな咆哮
城を出た俺達は、暗い雰囲気のままホテルへと向かった。今はアスモデウスが言っていた国に縋る他無い。
部屋に入り、早々にアスモデウスを体内から呼び出した。
「アスモデウス、さっきの話は本当なんだよな?」
「ああ、こればっかりは嘘じゃねぇよ」
アスモデウスは椅子にもたれながら、指先から出した煙を操り遊びながら改めて肯定した。
つまりあの時俺を助けてくれた医者はあの国出身なのは暫定嘘ではないらしい。
「でもその国は不明国家。もう何百年と各国が総力をあげても入国方法すら見つからないのよ?貴方はそれを知っているのかしら?」
「いや、俺は知らねぇ。…その国出身の奴を知っていたが、ソイツはもうこの世にいねぇからな。国が実在する事しか知らないんだ」
「…ダメじゃないの」
微かにあった期待は消え去り、またしても暗い雰囲気が部屋に漂う。
「少し前…瀕死の俺を助けてくれた人がいたんだが、その人は技術国家セレクレェイション出身だと言っていた。まだその人がその場所にいるなら、入国方法を教えて貰えるかもしれない」
「…!!それは本当かアキラ!?」
あの日と同じ場所にいるのなら、希望は見える。ソルは絶望の表情から一転して、期待の眼差しを俺に向けた。
「ああ。だが入国方法を隠してるには理由がある筈だ。そう簡単には教えてくれないだろう…」
「でも、無駄じゃないと思う。その人の所にいこ」
いつソルの首輪を爆破されるか分からない。行く先が決まるや否や、早々に身支度を済ませてホテルを出るのであった。
□
ホテルを出た俺達は、リベルホープ最大のトレインステーションへと向かい、精霊国シルフィール特急列車へと乗り込んだ。
ソルが助かる可能性が高いのもあり、ルナとソルの表情が明るくなって、今はもう魔法を使ったミニゲームを俺を除いた皆で楽しんでいる。
「アキラはやらないの?」
「俺は…うん、少し気分が優れなくてね。遠慮しとく」
皆から抜け出して、わざわざ俺の所にまでやって来たミルは、慣れた手付きで俺の手をにぎにぎしながらそう言って笑みを浮かべている。
「ならボクもここにいる」
「あ、ありがと」
ニコっと微笑むミルに、ドキッとしてしまう。心臓無いのに!!
「…?照れてる?」
「ち、違う!!これは…!そう、ミルが急に手を握って、そんな可愛い顔するか……ら」
あ……やべ、やらかしたぞ。シリアスな展開ばかりで久しく無かった甘い展開に、心の内を赤裸々に語るというヘマをした。
「そっ……そうなんだ」
とんでもなく恥ずかしい事を言ってしまった事に悶えていると、ミルの頬がピンクに染まる。あ、そっぽ向いた。
おや…?どうなさいました?(確信犯)
「ミル?」
「ん…!こっち見ないで」
覗き込むように近付けた俺の顔を、ミルは慌てて押し退ける。相変わらずその細腕のどこにそんな力があるのか問いたくなる。異世界パワーだな、うん。
―――間もなく精霊国シルフィール。精霊国シルフィールです。お忘れ物の無い用にお願い致します。
そうこうしている内にシルフィールだ。世界でも1番の先進国の列車だからだろうか。到着が速い。時間が限られているから大変ありがたいな。
□
列車から降りた俺達は、シルフィールを出た後にミラージュ・バタフライモードのシアンの背に乗って移動する運びとなった。俺が"王"の称号を得る際に、シアンの正体も伝えてある為同等としていられる。
まぁ他の主人公勢達が連れてるのは大体とんでもないトンデモナイ魔物だからな、シアンも軽く承認された。シアンってミラージュ・バタフライの変異種なんだけどな…それでも認められるんだからスゲェよ。
と、考えながら久々に感じるシルフィールを歩いていると、スマホが鳴った。画面を見ればコウキからだった。
「もしもし、何?何かあったか?」
(あ…いや……ごめん)
「…それは何に対してだ?」
(ソル君の首輪の件だよ。猶予は1か月…それ以上は引き延ばせなかった…)
引き延ばせなかった。つまりコウキはコウキであのトカゲを説得してくれた訳か。だが1か月か…あまりに短いな。前にアスモデウスも言っていたが、龍種は気が短いようだ。
「十分だ、なんて呑気な事は言えない。けど、サンキューな。あの龍から1日でも時間が伸びたんなら助かるよ。こっちは一先ず手掛かりがあるからそこを辿ってみる」
(…!ああ、僕にも何か手助けが出来る事があったら言ってくれ!何でもやる)
ん?今…
「時期王様が何でもする、か。頼もしいな。んじゃまた何かあったら連絡するよ。じゃあな」
(うん。またね)
電話を切った俺は小さく溜息を溢す。
猶予は1か月…この間に犯人を見つける、とまでは行かなくても、手掛かり1つも見つからないようならソルは…
「…落ち着け、俺。最悪ばかり考えるのは悪いクセだ」
いつもの様に自分に言い聞かせる。それでも湧いて出てくる自分のせいでこうなったという黒い感情が俺を押し潰そうと迫る。
『最近こんな事ばかり考えてしまう』
パチンッ!と頬を叩いた俺は、1度思考を止めてリセットした。少しでもいいから希望を持とう。そう心に刻み込んで皆の後を駆け足で追い掛けた。
□
暗く、暑くてジメジメとした牢屋。そこに唯一鎖で厳重に縛られている黒髪の男がいた。全身に切り刻まれたかのような無数の傷が、蝋燭の淡い光で照らされている。
静かな牢にコツコツと数人の足音が静かに響き渡る。その足音に気が付いた男は、小さく溜息を溢した。
「おはよう御座います。今日も外はいい天気ですよ、テンドウ・アキラ君」
そう言いながら奥の通路から姿を現したのは妖しく瞳を十字に輝かせる老人。それは行方不明となっていたラディウス枢機卿であった。その背後には深々とフードを被った者が2人控えている。
「…………」
名を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げたのはアキラと全く同じ容姿をした男。分離したもう1人の天道明星であった。
アキラは1度ラディウスへと視線を向けると、興味を無くしたように顔を俯かせ視線を切った。
「大丈夫ですか?ここ最近、元気が無いではありませんか。ここに来たばかりの威勢は何処へ?」
「……うるせぇ。触んじゃねぇーよ」
ラディウスを見ようとしないアキラの顎を強引を上げ、煽りとも取れる言葉を投げ掛ける。だがアキラは力無くそう言って、『早く終わらせろ』と言うと完全に口を閉ざした。
「ふぅ〜む、まだまだ元気があるようで一安心ですねぇ。そう簡単には死ぬようなたまではありませんが。ホホッ」
髭を撫でそう笑うラディウスは、そのまま慣れた手付きでアキラの腹部にナイフを深々と突き刺す。
甚振るように、深く捩じ込まれたナイフはアキラの臓物を傷付けて行く。
「ッ…!!」
「相変わらず素晴らしい再生能力ですねぇ。見てください、ナイフを抜いた側から傷が塞がっていく」
玉の汗を掻き、苦痛の声を意地でも出してやらんとする強い視線を向けるアキラを他所に、ラディウスは取り出した臓器を部下へと渡して興味深く傷口を見つめる。
「今日もありがとうございます。貴方のお陰で毎日新鮮な遺伝子が取れる。これで益々研究が捗る事でしょう」
「…………」
自身の血や肉がどの様な研究に用いられているかは分からない。だがロクでも無い事だけは確信できる。
その研究のせいでどれだけ犠牲者が出ても知った事では無いが、後に自身が世界を掌握した時に荒れていては意味がない。
「ではテンドウ・アキラ君、また明日」
笑顔でそう言ったラディウスは、臓器を持つ部下と共に通路の闇へと消えていく。
「………はぁー…!クソっ…!」
意地で出さなかった声を、漸く出したアキラは自身が醜く悪態を付く事しか出来ない事を恥じると同時に悔やむ。
ジャラジャラと自由を奪う鎖の音が響き渡った。
「このままじゃ終わらない…!終わらせないぞ…!"強欲"ッ!!」
自分がこんな無様な醜態を晒すハメになった全ての元凶"強欲"。全ては"強欲"に敗北してからだ。要である"嫉妬"を奪われ、自身は光差さない牢獄で永遠と繰り返される拷問を受ける。
このままで終わる訳にはいかない。必ず…必ずや"強欲"を殺す!!俺が受けた仕打ちをも超える苦痛をヤツに与えてやるッ!!!
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッ!!!!」
ドス黒いまでの憎悪が籠められた叫びが今日も地下深くの牢獄へと無力にも響き渡った。
哀れ




