384話:人では無いナニカ
「やっべ…楽しっ!!」
満身創痍。だけどまだ動ける。
痛みを覚える暇さえ無い程に、俺の脳内はアドレナリンに支配される。
ピンチや窮地。本来ならば俺が憧れている“なろう“の主人公達はそんなモノ無いに等しい。ストレスフリーが求められている。だが今の俺は目指すべき“なろう“とは真逆に等しいギリギリの勝負を全力で楽しんでいる。
「ふふっ、楽しそうですね」
「ああ…!久し振りだ!こんな感覚は!!」
俺は興奮のままに、少女だろうが顔面に拳を振るう。真の男女平等主義者を自負する俺は、生き残る為には容赦はしない。
だけど何故だろうか。拳から感じる痛み、血の熱さ、骨を砕く感覚。それら全てが心地いい。
「ヴァル!これはどういう事なんだ…!?本当にアイツは悪魔の力を使え────」
「余所見なんて寂しいじゃねぇか…!」
そう言いながら俺から目線を切った蠍のように骨盤辺りから触肢を生やした男へと、俺は飛び蹴りを放って吹き飛ばす。炎の威力も相まり、あばら骨は砕けただろう。
『でもスコルの言うとおりデス…!これはいくらなんでもおかしすぎる…!』
アキラに顔面を殴り飛ばされた少女、エリアスは[治癒の神水]で傷を癒しながらも、突如動きが変わったアキラにそう疑問を抱く。
明らかに人間の動きを越えている。あの男の拳を受けた身としては、人間が出せる威力ではなかった。あの威力は並の人なら殺せてしまう。
「あれじゃまるで悪魔…デス…!」
自身の本能が赴くままに、力の限り振るうアキラを見てそう思わず呟く。もはやあれは人間の所業じゃない。
「もっと本気で来い!!お前らの力はそんなモンじゃねぇーんだろッ!?」
腕と足から噴出される炎によって、予測が難しく動き回るアキラは、好戦的な表情と共に叫ぶと、次の標的に定めた小さい子供を狙った。
「ヤバい…!」「ヤバイね…!」
「あぁ!?どうなってんだ!?おもしれぇ!」
容赦無く子供を脳天から光の剣で切り裂いたアキラだったが、生憎ジェミーの能力上、切断はむしろ悪手だ。
真っ二つに裂かれたジェミーは、2人に分身したのだった。
「成る程な、やっぱりそういう事か。面倒な能力持ちだなオイ」
先程までの表情とは打って変わって、落ち着いた声色でそう呟いたアキラ。まさかこの短時間で自分達の能力が看破された?
「“厄災の十二使徒“の能力。12人がそれぞれ持ってるって事だよな?成る程なぁ。ある程度は弱体化されてるんだろうが……面倒くさっ!」
やはり看破されている。しかし冷静に考えればあの男は何度も“厄災の十二使徒“と対峙している。通常生き残れる事事態が稀の為、頭から抜け落ちていたが。
「ッ…………やっぱ再生されねぇのは辛いな。長期になったら負け確だわ。いやもうキッツいけども」
戦闘を始めて数十分。既にアキラの手足は炭のように黒くなっており、いつ灰になって砕けてもおかしくない。
でも笑っている。
痛いだろう。苦しいだろう。それでもアキラは笑みを浮かべて体を動かす。
「俺は……まだやれる…!まだ終わらな──────」
あれ程のダメージを負いながらも、まだ動くのか。“星読みの使徒“達はアキラの生命力に驚愕する。
再度両腕から炎を噴出し、加速するその瞬間。細い糸のような光がヴァルの横を通過した。
バタリと糸の切れたように倒れるアキラ。突然の事に、この場にいる全員の動きが止まった。
光線がアキラの喉を貫いた為絶命したようだ。
「時間を掛け過ぎだ!何を手間取っている?それでもこの国を守る“星読みの使徒“か?」
「セラフィル…卿。」
先の細い光線を放ったのは、セラフィル卿と呼ばれるこの国の実質ナンバー3であり、ヴァルを始めとした“星読みの使徒“の上司であった。
「テンドウ・アキラ……何故こんな大罪人を生かしているのか、あの男の考えは理解に苦しむな。生かしておく価値も無いようなクズだと言うのに」
セラフィル卿が嫌悪感を隠しもせずにそう呟いたあの男とは、間違いなくこの国のトップであるアルズノック皇帝陛下の事だろう。
相変わらずアルズノック皇帝陛下に疑念を抱いているようだ。
「…殺してしまってよろしかったのですか?アルズノック皇帝陛下は殺してはならないと────」
「黙れ。こんな無価値で災いしか招かない者を生かしておく必要は無い。例えそれがあの男の命令でもだ」
「………」
自分達はセラフィル卿の部下だ。彼がそう言えば、僕達はその指示に従うしたかない。
「そしてお前は……ああ、ユア・エレジーナだったな。随分と派手な事をしてくれたが、無駄に終わったな」
「…無駄?ふふっ。さて、何の事でしょうか?」
セラフィル卿は僕達から視線を切ると、ユア・エレジーナへとその視線を向け、そう言った。
だが救出しに来た筈の彼女は、目の前でテンドウ・アキラが殺されても表情を変えはしなかった。それどころか1度だって彼の窮地に手助けをしない。腕を切断されても彼女は微笑んでいた。テンドウ・アキラ同様に訳の分からない少女である。
「何がそんなに面白い」
「可笑しいですよ。だって貴方…」
アキラ君を殺したつもりなんですもの。
「現実を受け入れられないのか?テンドウ・アキラなら私が──────」
そう言いながら視線をテンドウ・アキラの遺体へと向けたその時だった。
全身を突き刺すような殺意が僕の……いや、この場にいた全員を襲った。その殺意に意識をほんの僅か……ほんのコンマ1秒にも満たない内に、僕達の間を紅い炎が通り過ぎた。
「よぉ…初登場で悪いんだけどさぁ、お前にはここで退場してもらおうか」
「ッッツ!!!貴“様“ァ“…!!」
反応出来た時にはもう既に僕の背後にいたセラフィル卿の首を掴んで持ち上げていた。
それはテンドウ・アキラ─────ではなく、人型の炎。僅かに見える彼の表情は、三日月のような笑みを浮かべて笑っている。
その姿は人間では無く、人の皮を被った悪魔そのものだった。
□
アキラが“星読みの使徒“と激闘を繰り広げる頃と同時刻。神聖帝都・リュートベルティア内で一際目立つ純白の城の中。そこではアキラ達が戦いを繰り広げている映像を眺める男がいた。
名はアルズノック・リュート・ベルティア。この国のトップに立つ男であった。
「あっはは…なんだいあれは…。ホントに彼人間?絶対ウソでしょ…」
薄く笑いながらアキラの戦闘を見るアルズノックは、劇を楽しむかのように酒を飲む。
すると机に置いてある電話がジリジリと部屋に鳴り響いた。
「何かな?今良いところなんだけど」
(それはすいませんねぇ)
電話の相手は老人であり、シワ枯れた声をしている。そんな老人へと、アルズノックは小さく溜め息を吐いた後に言葉を続ける。
「それでどうしたんだ?何か問題でもあったかい?」
(言ってしまえば大した事では無いのですが、例の実験ですがねぇ…成功しましたよ)
「何!?それは本当か!!大した事じゃないか!」
思わず大声を出して立ち上がったアルズノックは、興奮のままに受話器を力強く握り締める。
(ええ。ですが予想以上に研究費用がかさんでしまいましてねぇ)
「成る程、追加で投資して欲しいという事だな?任せてくれ、それくらい容易いさ」
(ありがとうございます、助かりますよ。それでぇ…テンドウ・アキラの生命反応が弱くなってきていますが、問題無いでしょうなぁ?)
確かにテンドウ・アキラは満身創痍だが、彼は元気に“星読みの使徒“と戦闘を繰り広げている。まだ彼の灯火が消えるには早い。
そう思いながら映像へと視線を向けると、そこにはセラフィル卿の姿があった。彼に出動の命令は出していないというのに。
「はぁ……相変わらず彼は私の言うことを聞かない。全く、彼女にも言って聞かせたというのに」
(何か問題でも?)
「少々性格に難のある部下がテンドウ・アキラの元に向かってしまってね。いいや、大した事じゃないんだ。いつもの事だからね。んー、でもどうしようかな。ここで彼に死なれては主様に怒られてしまうよ」
(怒られる……それだけで済めばいいですがなぁ。ホッホホ!)
「嫌な事を言わないでくれよ。タダでさえセラフィル君が抱く絶対的な正義にはウンザリしているんだから」
アルズノックは暗い表情を浮かべてそう呟くと、電話先の老人はとある提案をする。
(できたら実験も兼ねて投入したい兵器があるのですが……如何でしょう)
「兵器?なんだ、人工悪魔の製造以外にも研究していたのか?」
(ホッホッ、ええまぁ。計画にはありませんが、あの御方のお力になりたいが為に年甲斐もなく張り切っててしまいましてね)
「へぇ?なんだか面白そうじゃないか。なら今回はそれで滅茶苦茶にしてやってよ」
(分かりました。すぐに向かわせるとしましょう。きっと貴方も驚く筈ですよ、ホホッ。では私はこれで)
そう言うと老人は電話を切った。アルズノックは彼が何を向かわせるのか、子供のように心を弾ませながら笑みを浮かべて映像へと視線を向けた。
そこは丁度テンドウ・アキラがセラフィル卿の首を掴み上げている所であった。
「うっそ、彼燃えてんじゃん。これはラディウス君に兵器を向かわせるまでも無かったかな?」
だがそれはそれとして、ラディウスがああ言ったという事は、余程自信があるモノなんだろう。ならば是非ともその新たな兵器とやらをこの目で拝みたい。
アルズノックは子供のような笑みとは正反対の禍々しい瞳を浮かべるのであった。
また遅れてしまった…時間が無いよぉ!
これも全て国家資格のせいだ。




