36話:強くなれ
「あ、アキラくんどうしたの!?傷だらけじゃない!」
「ちょっと…失敗してしまって…」
夜の仕事があるので【ニューカマー・ヘブン】へと到着すると、プーちゃんママが駆け寄って来た。
「今日は無理して仕事しなくていいわよ…?」
「いえ…やらせてください」
「……何を言っても変えない顔ね。まったく…なら裏でお皿洗いを任せていい?」
「勿論です。やらせてもらいます」
カチャカチャとお皿やグラスを洗い続ける。手にある傷に滲みるが、その痛みに耐えながら続けた。
「よっ、随分派手に怪我してんな。何かあったか?」
「ルードさん……もっと強くなる為に少々無理をしてしまって…ははっ…」
「もっと強くなる、か…若ぇな、アキラは」
少し口角を上げてそう言うルードさん。その目はどこか懐かしむような目だった。
「いや変な意味じゃねぇぞ?ただ俺もアキラのように若かった頃があった、と思ってな。つい昔の自分と重ねちまった」
「ルードさんにも俺のような頃が?」
「ああ。俺は【やる】か【やらない】か、最後の最後で止まっちまった。止まっちまったせいで、結局は【やらない】を選ばざるを得なかったけどな」
少し苦笑いをした後、ルードさんは俺の頭を雑に撫でながら言葉を続けた。
「だからアキラ、お前は止まるんじゃねぇぞ?きっとお前の歩く道も険しいんだろ?それでも止まるな。男が一度決めた事は全身全霊でやれ。……諦めちまった俺が言っても説得力なんて無いけどな」
強い眼差しで、真っ直ぐと俺の眼を見ながらそう言うルードさん。その眼からは強い想いと意思を感じ、俺の中でも何かが燃えるような感覚を感じる。
「やりきりますよ、俺は。どんなに辛くても、どんなに惨めでも。俺は夢を叶えてみせます」
「いい眼じゃねぇか。忘れんなよ、その想い、その覚悟を」
俺は強くなる。この想いは絶対に曲げない。この覚悟は絶対に揺らがない。
この時、俺の胸で何かが燃えるような感覚を感じた。
「若いって…いいわねぇ~♡」
漢のやり取りを影から見つめる乙女がいたが、2人は気付くことはなかった。
──────────
「フ…ッ!フ…っ!フ…ッ!………はぁ…はぁ…」
まだ明るくなったばかりの時間帯である午刻の表、午前6時程。
この時間から起き、俺は外に出て細剣を素振りし、ミルの剣撃から見て盗んだ動作を練習する。
それを終えたら走り込みと筋トレ、そして格闘の技を練習する。
剣や魔法だけで勝負が決まる訳じゃない。この日の為に、今までは頑張ってきた事にやる。
「はぁ…はぁ…はぁ……ッ…!極真だけじゃなくてカポエラとかシュートボクシング習っとくんだったな」
全てのメニューを終える頃にはすっかり日は登り、人がチラホラ出始める。
俺はその足でギルドへと向かった。
「どれにするか…」
今はただ戦いたい。この熱い想いをぶつけられる相手が欲しい。
「……これにしよう」
選んだクエストはEランクの魔物退治。
森蜥蜴の退治
適正ランク:E
目的:森蝙蝠を3匹退治
報酬:大銀貨1枚
森蜥蜴という魔物は、鶴植物を操って襲ってくる魔物。少々面倒な攻撃などをしてくるらしい。
俺は早速いつもの山へと向かい、木々が生い茂る平地へとやって来た。
「………どこにいる?」
事前に調べた結果、奴は木の上に潜んでいる事が多いらしい。下を通った獲物を蔓で捕縛し、補食するという怖い生き物だ。
「そりゃっ!!」
適当に木を前蹴りして揺らしてみる。だが特に反応も無ければ、生き物がいる気配もしない。
ならば次だと、次々蹴っていく。
4本目に入った時、上から何か落ちてくる音が聞こえ、後ろへと飛んで下がる。
「ギシャーッ!!」
「蛇…?蜥蜴なんだよな…?そこそこデカイし…」
蛇のように下をチロチロする森蜥蜴。まるでイジリーなんちゃらだ。……まぁいい、厄介な攻撃をされる前に倒してしまおう。
「ギシャッ!!」
「ッッ!」
こちらが動き出した瞬間に向こうも反応し、口を大きく開いて何かを飛ばしてくる。
それを左へと回転しながら回避する。
「ゲッ!これは…酸?胃液?──ッ!」
俺が考えている間も向こうは攻撃を仕掛けてくる為、ろくに考える暇がない。
「買ったばかりの剣を溶かす訳にはいかねえ間ぞ…!」
次々と飛ばされる液体を回避しつつ、少しずつ接近していく。
回避しながらカッコよく取った石を、森蜥蜴へと投げて様子を見てみる。
が、投げた石は森蜥蜴の尻尾で器用に弾き返してくる。まるで野球だな…
──は?
打ち返された石を紙一重で交わし、森蜥蜴を睨んだ所で、背後から聞こえてくる足音に気付く。
「ファッ!?な、なんで猪!?……!まさか…」
何故か興奮状態で突っ込んでくる猪。
恐らくだが…打ち返された石が猪に当たった、っていうのが俺の仮説だが…
「ブォォォォォ!!」
「正解っぽい……どうする、前門の虎後門の狼だよ…──ってあぶねっ!!」
背後を見ていた、今度は前方から謎の液を飛ばしてくる森蜥蜴。油断も隙もない奴だ…
だが良いこともあった。こちらに真っ直ぐ突っ込んでくる猪に、ちょうど放たれた液体が当たったのだ。運が良いのか悪いのか…
「…?急に動きが……痺れてるのか?」
液体が当たった猪は突如失速し、その場に倒れるやいなや、ビクビクとし始めた。どうやらあの液体は麻痺液。実に面倒で狡い奴…いや、生き残る為のそう進化したのか。
「手札がわかればなんとかなるな。よし!」
俺は一気に駆け出し、森蜥蜴の周りをグルグルと回る。
思惑通りに奴は困惑し、麻痺液を吐くのを止めて森に生い茂る蔓を武器として使いだす。
「ハアァァッ!!」
蔓を使っての攻撃を細剣で切り裂き、森蜥蜴の首を狙って突きを放った。
「ギ…!!ッ…!ッ」
もがく森蜥蜴を踏みつけ、細剣を更に刺し込むと、森蜥蜴はやがて動かなくった。
退治の証として森蜥蜴の尻尾の先端を切り、袋へとつめる。
「後2匹、うん行けるな」
その後も同じ手順で森蜥蜴を木から落として戦闘を始める。
魔物のくせして中々賢いのが面倒だが、所詮は魔物。人間には勝てない。脳の大きさが違うのだよ…!
「これで3っと……結構苦戦したな」
退治した森蜥蜴の尻尾が3つに達し、俺は一息入れる。戦いの途中、傷も負ったが何とか勝つことが出来た。
「少し…落ち着いたな」
熱くなった胸は戦いを終えると、自然と収まるのを感じた。
あの不思議な感覚はなんだったのだろうか。今となっては分からない。
「アドレラリンってやつだな、きっと」
…あれ?アドレナリンだっけ、アナドレラリンだっけ……あの興奮作用があるホルモン………ダメだ、名前が思い出せない…
こんな時にスマホがあれば助かるのだが…
そんな無い物ねだりをしてながら山の森を下っていると、1ヵ所木々が倒されたような場所を発見した。そこはクレーターになっていて、まるで巣のようにクレーターに葉っぱが敷き詰められている。
「デッカイ穴……何かの巣なのか…?」
茂みに隠れながら様子を伺う。クレーターの大きさは8m程だろうか。ならここに巣くう奴はとんでもなくデカイことになる…
「あれが気になって仕方ないぃぃ…!!」
クレーターの中央に何やらカラフルな物が見える。俺は【なろう】を読んでいるから知っているぞ!あれは卵だ。
「くうぅぅ…!!欲しい、あれが欲しいぞ…!」
あまりに1人の生活が続いた俺は、人肌というかなんというか……俺の勘が言っている、あれは恐らくパートナーになる奴だ。
「親はいないな…つまりこれは卵を盗れということだろう」
あまりに利己的な考えだが、これはしょうがない。きっとここで持って帰らないとイベントが何も起きない。卵達も親と離れるのは嫌だろうし、親もそれは嫌だろうが……人間のエゴだと分かっていても、俺の夢の為に必要なんだ…
なにより…俺もそろそろガチで主人公感を出したいのだ。髪型だけじゃなくて。後無性に寂しい。
「よし……行くぞ」
抜き足差し足でゆっくりと卵へと接近する。
そこそこ深いクレーターの中心にある卵を見ると、黄と黒のストライプカラーの卵や、緑と黒の螺旋状カラーの卵、紫色に白の水玉模様が入った卵など…ザ・異世界といった感じの変な卵だ。
「どれを選べばいいんだぁ?これは…───あっ」
どれを選ぶか迷っていると、1つの卵に目に止まった。1つだけ他の卵と離れていて、一回り小さいターコイズ色の卵。
「………決めた。こいつだ」
有象無象の卵を主人公は決して選ばない。いつだって主人公が選ぶのはこういう他とは違う物。
俺はそのテンプレを信じ、一番地味で小さな卵を手に取り抱える。
「ごめんな…でもちゃんと育てるからな」
親には勿論、産まれてくるこの子への謝罪。だが俺は絶対この子を大切に育てることをここに誓った。
街に到着したら、そのままギルドへと行かず、一度プーちゃんママの家へと向かった。
流石に家で飼うわけにはいかないから、家の外で飼うことにした。
「ちゃんと温めないとな」
卵の大きさは大体ボウリングの球くらい。恐らく産まれてくるのは鳥系の魔物だろう、卵だし。
「元気に産まれてくるんだぞ~っ!」
抱き締めながらそう呟いてみる。何かで見たが、こうして言った言葉は中にいる子にも聞こえるらしい。
俺は卵に布を巻いて、店の裏にある小庭の茂みの中へと隠す。まだ孵化する気配は無いから…多分平気だ。
『何かあってもそれはそれでイベントだし…へ、ヘイキヘイキ…』
そのまま俺はギルドへと行き、クエスト完了した後、急いで山へと向かった。
「……来たね、アキラ」
「ミル……今日はお前に一本入れる──絶対に」
既に到着していたミルと向かい合い、俺はミルの眼を真っ直ぐと見る。
「良い眼をしてる……楽しみだよ」
そう言ってミルは俺に木剣を投げてくる。それ俺は受け取り、構えの体制に入った。
胸が燃えるように熱い…またこの感覚だ。
段々と【勝ちたい】という感情が強くなっていく。
「行くよ」
「ああ!──来い…!」
白い閃光と共に、打ち合いは始まった。
だが今の俺は負ける気がしない。絶対に〝勝つ〟そう心に刻んだから。
 




