359話:金色の瞳との会話
「……またここか」
ゆっくりと目を開くと、そこは真っ暗な空間。ここは俺の心の中であり、悪魔達が巣くう場所でもある。
そんなここに俺がやって来る理由は、自らの意思で行くか、呼ばれるかだ。どうやら今回は呼ばれたらしい。悪魔全員が出払っている筈の心の中へと……
「やぁ、また会ったね。アキラ君」
「またお前か。いい加減誰かくらい名乗ってもいいんじゃないか?」
そこにいたのは黒い人の影。相変わらず顔も分からない爽やかボイスの、恐らくイケメン野郎だ。そして相変わらず馴れ馴れし。
「まあまあ、僕の名前はいいじゃないか。それよりもアキラ君!凄いじゃないか!あれだけ悪魔の力を使える人間は初めて見たよ!」
「そりゃどうも…」
謎の影はそう興奮しながら俺の背中をポンポンと叩く。ここは異世界だと言うのに、俺を褒めてくれたりしてくれる人は滅多にいない為、少し照れてしまってぶっきらぼうな返しをする。
「人間の域を越え掛かってるだけあるね。もう君は悪魔とそう変わりない」
「…?どういう事だ?」
「そのままの意味さ。君の体はもうほぼ人間じゃない。おかしいと思わないのかい?心臓が無いのに生きていられたり、異常なまでの忍耐力と治癒能力。アキラ君は何度も死に掛かってる……いや、死んでいるんだよ」
俺はその言葉を聞いて絶句する。
確かに思い返してみれば、何故俺は生きている?何故複数の悪魔を宿し、その力を酷使出来る?ゆっくりと考える時間が無かったのもあるだろうが、俺なら絶対にその違和感に気が付いた筈だ。おかしい…
「…?もしかして気が付いてなかったのかい?……あぁ…どうやらアスモデウスの仕業みたいだね。全く…彼という奴は仕方ない悪魔だなぁ…」
俺が考えていると、先に気が付いた影はそう1人納得する。成る程、催眠や洗脳が得意なアスモデウスなら納得だ。ましてや俺の心に1番干渉出来るここなら、俺に悟られずにやれてしまいそうだ。しかし何故そんな事を?
「何故って顔をしているね。アスモデウスがアキラ君の思考に鍵をした理由は、多分だけど君の為だよ」
「俺の為…?アイツがか?」
アイツは言動全てが薄っぺらであり、何が本当で何が嘘かも正直繋がっている俺でも分からない。何かアイツなりに利害が一致しているから俺に協力していると思っていたんだが…
「ははっ、そう嫌ってあげないでくれよ。何だかんだ言っても、彼は誠実な悪魔だよ。現にアスモデウスと契約してから、君を裏切るような事も、傷付けるような事をしなかっただろ?」
「誠実って……アイツから1番遠いだろ、その言葉は…。……だがまぁ、確かに俺に対して危害を加えた事は無いな」
「そうでしょ?彼なりの照れ隠しなんだよ、アキラ君の事が大好きなんだねっ」
「嬉しくねぇ~…」
男に好かれるのは色々と嫌だよ……確かにアスモデウスは悪顔イケメンだけども…!俺は男色じゃねぇーし!言うの恥ずかしいけどハーレム志望だしっ!!勿論望んでるのは通常のハーレムだからね!!?
「そう言えば現実の世界ではどうなったんだ?まさか全滅って事は無いよな?」
「ああ、その件なら問題ないよ。ここの世界と外の世界では時間の流れが違うからね。まだ外では君はローザって子に治療を受けてる所さ」
その言葉を聞いて俺はホッとする。また何日も気絶した暁にはミルに泣きつかれる。最近はミルが凄い過保護で心配性になってきたから、俺も自重せねば。
「ただ今回は無茶をし過ぎたね。彼女頑張ってアキラ君を治癒してるけど、あれじゃあ治らない。いや治せないって言った方が正しいね」
「治せない?何でだ?ローザの治癒魔法は進化した筈なんだが…」
「今回受けた傷は、勿論外傷もあるけど大部分が精神的に受けたモノだからだよ。これはブエルの[精神治療]類いのモノじゃないと治せない。当分は動けないし、目覚めないと思うよ」
「それは…!困った事になったな……クソ、どうするか…」
謎の影は俺をバカにするように言わないので、すんなりと話が頭に入ってくる。すんなりと話が入ってきただけに今の言葉は中々の衝撃で、俺を困らせる言葉だった。
「“魔災“の本質は無限に魔物が出現する事じゃない。勘のいいアキラ君なら気が付いていると思うけど、5つの穴を閉じてからが“魔災“の本番と言っていい」
「やっぱり後に控えてるボスがいるのか」
「何が出てくるかまでは分からないけど、以前天界で黒い龍が現れた事があったろ?あれと同等かそれ以上の怪物が出現するのは確定だよ」
天界の黒い龍…?あぁ…そう言えばいたな、そんな奴。黒髪ロングで、確か名前はミカエルと名乗っていた奴が瞬殺していたな。
あの龍ってそんなに強いのか。新キャラ登場の鴨にされてたから分からなかった。
「確かにミカエルが物凄く強いってのもあるんだけど、あの時は場所が天界という事もあり、“魔“の存在を大幅に弱体化させる作用があるからね。何より封印が完全に解かれていなかったのが原因だよ」
まるで見ていたかのように言うな、コイツ…
まあいつから俺の中にいるかは知らないけど、かなりの知識があるのは確かのようだ。
「そこでどうだろう。アキラ君が気絶している間、僕に体を預けてみないかい?無論悪いようにはしない事を約束するよ。神に誓ってもいい」
「俺の体を操作出来るって事はお前、上位の悪魔だな?……まぁそこはいいさ、言いたくないみたいだしな。それで?何が目的だ?」
「別に変な気は無いさ。訳あってアキラ君に死なれては僕も困るからね。アキラ君の命を守る意味でも、外に転がっている魔物の死骸を利用しない手は無い」
「…?何をする気だ?」
「ふふっ、乗り気になってくれたみたいだね。する事は簡単さ。君の代わりに悪魔を召喚し、君の軍門に下らせる。それだけの簡単な仕事さ」
俺の代わりに悪魔召喚をしようってのか…!?コイツ…一体何者なんだ…?それに外の世界にある魔物の死骸は100や1000は下らない。何万といる上に、上位種まで混じっている。そうなれば、どれだけ強力な悪魔が召喚されるか……
「いや待て待て…!お前って確か俺の体を使えるのって数十秒くらいしか無理だったよな?それに…これ以上悪魔を宿した場合、俺の体が持つかどうか…」
「今アキラ君の体は悪魔とそう変わりない状態だからね、今なら数十分くらい行動出来ると思う。それに君の心配は最もだ。でもアキラ君なら絶対に越えられる。そこは僕が保証するよ」
姿形も分からないような奴に保証されてもなぁ…
「アキラ君の特殊な体質なら、無限に悪魔を宿せる。でも1つだけ注意がある。これ以上悪魔を宿した場合、君の体は完全に人間から悪魔の体へと変化していく。見方によっては進化とも言えるけど、1度この先の領域に入ったらもう元には戻れない。それでも僕の手を取るかい?」
そう言って影は俺へとゆっくりと手を伸ばす。その顔には、先程まで無かった筈の眼が金色に輝き、俺の眼を見つめて返事を待っていた。
『人間を辞める事になる………ハッ…そんなの、今更だよな。とっくの昔に悪魔の力を使う事を選んだんだ、どうせならトコトンやってやろうじゃねぇか…!』
「上等ッ!こちとら主人公の道はとっくに外れてるんだ。悪魔だろうが人間辞めるだろうが、絶対に俺の夢を叶える!それだけだ!!」
「…!ふふっ、いい返事だ。アキラ君らしいね」
俺は不敵な笑みと共に、影の手を掴みそう言い放った。すると影は少し驚いたように眼を見開き、小さく笑う。
そして影が純白の光を放ち始めると、俺の意識は吸われるように薄れていく。
「僕を信じてくれてありがとう、アキラ君。やっぱり君を選んで本当に良かったよ…」
意識が無くなる瞬間、優しい声と共に、純白の髪に金色の瞳を持つ青年に頬を優しく撫でられたような気がした。




