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336話:神の意思

遅れてしまってすいません

体が鉛のように重い。

頭がボヤけてろくに思考する事が出来ない。

身体中が燃えるように熱い。

意識が段々と遠退いていくのを感じる。流されるままに、俺の全てをこのナニカに渡してしまえばどれ程楽だろうか。だが俺はそのナニカに体の所有権はやらない。

渡してしまえば最後……俺は元には戻れないと本能的に感じたからだ。


「ア……ア…ァァ……アゥ…」


声もまともに出せない。思考もハッキリしない。それなのに俺の眼はしっかりとユアの姿を捉えていて、心の中のナニカが奴を破壊しろと命令してくる。

ユアがその身から放つ神の威圧感とはまた違った邪悪な気配。これが悪魔の本能という奴なんだろうか。


もう後には退けない……俺が死ぬか、心の中にいるナニカに喰われるか……いずれにしてもこの力を抑える事は出来そうにない……


『ああ…分かったよ。お前がそんなに望むなら、盛大に暴れさせてやる。ただし、俺の主導権はやらないがな…!』


俺はナニカに向けてそう心で叫ぶと、そのナニカは俺の言葉に答えるように全身の筋肉に力を入れていく。

まるで今はそれだけでも満足だと言わんばかりの状況に、俺は小さく笑って気合いを入れる。


『主人公は常に危険な橋を渡らなくちゃいけない……俺にもそれが巡ってきただけだ。抜かるなよ、明星…ッ!』





「これかアキラくんの別名、“悪魔王“の姿ですか…。禍々しく歪ながらも、確かな芸術性を感じてしまうのか。ふふっ…」


アキラくんと思わしき黒い怪物から滲み出る禍々しいオーラは、その姿も相まって美しく感じてしまう。


「……今のアキラくんになら、私を殺せそうですね」


小さくそう呟いたユアは、瞳を閉じて過去を思い出す。

私は産まれた瞬間から“神の子“と掲げられ、何不自由無い生活を送ってきた。だが私にはその生活が苦しく、辛くて仕方なかった。まだ歳もろくに取っていない子供相手に泣きながら懺悔する者。それが毎日毎日続いた。私に自由は無く、何もない真っ白い部屋でずっと1人にさせられる。

頭がおかしくなりそうだった。いや、もう既に私はおかしくなっていた。


──死にたい。


死は救済。それを英雄が出てくる絵本にて、悪者がそう言っていた事で知ってからは、いつしかその事ばかりを考えるようになった。

だがこの体は……加護は私の死を決して許さなかった。毒殺、刺殺、炎殺……色んな方法で死のうとしたが、加護が私を何としても護り、命と魂を保護する。


「でも、この人なら…!アキラくんなら私を殺せると、笑顔にしてくれると思った…!!そして私の予感は当たりました…!さあ、私を殺して下さい…っ」


ゆっくりと近付いてくるアキラくんに、私は今きっと、最高の笑顔を浮かべているだろう。

漸く死ねる。自由になれる……私は今、私の英雄(アキラくん)によって救済される。











「うぐっ…!!」


その筈だった。


──ユア…可愛い私の娘……こんな所では死なせません。私がユアを守ります。


「っ…!?まさ…か…っ」


声が聞こえた。それはまだ私がお腹の中にいた頃に聞こえた声と同じだった。

その瞬間、全身を駆け巡る嫌悪感が身体中を包み込み、体の自由を奪われる。


嫌だ…!嫌だ嫌だイヤだいやだいやだ…!!

ここでアイツに……っ…神に体を奪われたら私は……今後絶対に巡る事の無い死ぬチャンスを逃してしまう…!


──従いなさい、ユア。私の言う通りにしていれば、貴女に幸せなれるのです。


『私はそんな幸せを望んでなんかいない…!!辛いの…!苦しいの…!毎日毎日私が神の代行者として崇められる気持ちが貴女に分かりますか…!?私はもっと…自由に生きていたかった…!同い年の子と一緒に遊んで、誰かを恋を抱いて幸せになる……そんな普通が私は欲しかった…!!』


──理解に苦しみますね。私の言葉は絶対です。確実に幸せになれるというのに、何故ユアは昔から私を拒むのですか?これだけ貴女を愛しているというのに。

これも全てあの人間が原因なのですか?忌々しい“72柱“の悪魔を引き連れているとは……まるでアポロンの予言に現れた人間のようですね。


私に加護を与えた神はそう言うと、私の体を動かし、手に強力な神聖魔法の光を宿していく。

この神が何をするのか理解したユアは、必死に体の主導権を取り返そうと暴れるが、圧倒的な神の力によって、その抵抗も無力に終わる。


──消してしまいましょう。あのような存在をこの地上世界に野放しにしておくには強大すぎる。……ユア。貴女が眠っている間に終わらせます。だからいい子にしていて下さいね。


『ダ、ダメ────』


その言葉を最後に、私の意識は完全に奪われてしまう。暗い闇の中へと沈んでいくような感覚がとてつもなく恐ろしく、体も心も震えてしまう。


『助けて…っ…──────アキラくん…』





「…!」


ユアの気配が消えた。目の前にいるのに、ユアが消えて別の日をナニカが彼女の体に宿った。

猛烈な嫌悪感が俺を襲う。先程のユアとは比べ物にならない程の殺意と憤怒が激しく膨張していく。


『まさか……神…なのか?』


速く殺せ、あの人間を破壊しろとナニカが俺に何度も指示を送る。ナニカが激しく憎悪を燃やす存在に、俺の心にもその憎悪の対象が分かった。

気を抜けば俺の体は間違いなく動いてしまう。今の状態ならば、間違いなくアスモデウスの[黒雷(こくらい)]を遥かに上回る速度で攻撃を仕掛けられるだろう。


『だが…何か引っ掛かる』


何か嫌な予感を感じた俺は動かない。この勘には何度も救われてきた。だからこそ言える。軽率に動いては駄目だと。

俺は今にも暴走してしまいそうなナニカを弱い精神力で何とか抑えながら様子を伺った。


「おや?脳の無い悪魔達が集まった割には仕掛けて来ないのですね?てっきり私相手では形振り構わず突っ込んでくると思っていたのですが…」


口調がわずかに変わった。それに彼女から放たれていた神のオーラと先程とは比べ物にならない程上昇している。

どうやら俺の勘…と言うより、今までに読んできた異世界知識が役に立った。


「まぁどの道貴方が消滅する運命は変わらないのですがね」


ユアの体を奪った神はそう言うと、手の集めていた光の球体を俺に向けて飛ばす。

先程ユアが放っていた白い光線よりも遥かに威力共にスピードが上昇したその球体は、8つに割れると、拡散弾のように広範囲に広がる。


「っ…!?防いだ…!?」


だがその強力な光線を前にしても、背中から16本という異常な本数で動き回る黒い背骨の触手は、その光線から俺を守るようにして防ぐと同時に[崩壊(ディケイ)]を発動させ、擬似的に[嫉妬罪(レヴィアタン)]の消失効果を模倣して消し去る。


「これだから神に反逆した“72柱“は面倒だ…!唯一神に対抗する事が出来てしまう存在…っ。何と忌々しい…!」


そう言ってたじろぐ神は、まるで説明するかのようにわざわざ言葉に出して俺を嫌悪の眼で睨み付ける。成る程、神に反逆した“72柱“だからこそ、神への特効があるという訳か。


『今ならユアの体を奪った神を倒せるかもしれない』


ユアの気配が消える瞬間、[精神干渉(せいしんかんしょう)]によって彼女の声が一瞬だけ聞こえた。

その声は本当に辛く、助けを求めている声だった。俺はそれを昔にも聞いた事がある。


『別に助ける理由は無い。けど…あんな声で俺に助けを求められたら助けたくなっちまうだろうが…』


俺は昔、その声で助けを求められたのに助けてあげられなかった。それが今でも心に重くのし掛かる毎日。

だからこそ、俺は助けを求めるその声に反応してしまう。例えそれが頭のおかしい女でもだ。


「不快ですね。私を前に棒立ちとは…!」


その瞬間、手を光の刃へと変化させた神が俺の首目掛けて振り払う。前線に出るタイプの戦い方ではなかったユアだったが、神が宿った事で戦闘タイプも変わったという事だろうか。その速度はまさしく神速である。


「獲った…!!──────ッ!ウグァゥっ…!!」


俺の首を切り落とした─────ように見せたのは触手であり、それを[情欲(ラスト)]の幻影で俺の首だと誤認させると同時に、瞬時に切断された触手を再生。

そして切り落としたと思い込み、油断した神の腹部に強烈な拳を沈める。


「バカ…な…!神である私の眼を誤らせただと…!?たかが悪魔を宿した人間ごときにそんな芸当、出来る筈がない…!!」


吹き飛ばされながらも、その間に態勢を直した神はユア以上に光の純度が高い球体を軽々と100を越える数で出現させると、一斉にそれを俺に向けて放つ。

放たれた球体は更にそこから分裂し、まるで糸のように細い光線が逃げ場を潰しながら殺しに迫る。


本来の俺だったら間違いなく死んでいた。

だが、今は違う。



「う、嘘だ……こんな…こんな事があってはならない…!」


16本にも及ぶ触手に[黒雷(こくらい)]を付与し、通常時でも素早い動きが可能な触手に更に速さを上げた事で、その触手をまるで鞭のように自由自在に動かす。

そして触手の先端には[部位変化(ぶいへんか)]の効果鋭い爪のような刃へ変化させ、同時に[崩壊]によって触手自体を守ると同時に光線を消す。



「消えろ」


「っ…!?」


守るだけでは俺の中にいるナニカは満足しない。だから俺は地面を抉る勢いで駆け出し、驚愕して動きが止まった神のほんの一瞬を突く。


人生で最高速度と言ってもいい左側頭部への強烈な蹴りが迫る中、神はその蹴りに対応する形で腕によってガードする。

まさか反応し、ましてやガードを入れてくるとは思いもしなかった俺であったが、どうやら驚いているのは俺だけではないようだ。


「っ…腕が折れてしまいました…」


どれだけ強い力を持つ神であっても、その体の持ち主は本来ならばユアである。彼女は従魔や魔法による攻撃を得意としていた為、体の方は貧弱である。

もっとも、俺は頭部吹き飛ばす勢いで蹴ったというのに、腕が折れるだけなのは流石神の加護と言った所だろうか。


「だがもう…お前は終わりだ」


「何ですって?─────っ…!足が…!」


回避、或いは防がれる事は事前に予想積みであった。だから俺は1本だけ触手を地面に潜られ、地中を進ませてアイツの足元周辺に[罠師(トラッパー)]の効果で複数の罠を張った。

そして多少予想外な事はあったものの、アイツは俺の仕掛けた罠に掛かった。


「こんな古典的な人間の罠に掛かるとは…!」


トラバサミに足を噛み付かれた神は、忌々しそうに罠を破壊しようとする。当然そうしなければそこから動けないかだ。

だから俺は蹴りを放った瞬間から、瞬時に腕を弓へと変えて構えていた。


「────消えろ」


放たれた一射は拘束された神に向けて空気を切り裂いてい突き進む。確実に仕留める為に放ったその矢は、普段の紅い矢とは違う黒に近い赤へと変色していた。

これで確実に(アイツ)を殺せる。その一射の為に、序盤動かずに力を溜めていたと言っても過言では無い程に。

だが“72柱“の怨念にも近い憎悪の力を宿したこの矢を受ければ、神もろともユアの事も殺害してしまうだろう。


だから俺は、ミルを救いに転移したバティンに、とある人物へと協力を頼みに向かわせた。










「タイミングバッチリです…![神聖なる浄化水膜(ホーリー・カタルシス)]」


その女性の声と共に、天空から放たれる半透明の薄い水色をした膜が落ちてくる。

その膜を潜った黒い矢は、その色を白と黒の2色にしてユアの胸へと突き刺さった。

最近暑いよね…暑くない…?

水分補給を忘れずに。

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