315話:黒い怪物の生還
画面の向こうで繰り広げられるミル&シアンのタッグと、俺との戦い。ミルはその背中に生やしたステンドグラスのような色鮮やかな羽を使い、空へと縦横無尽に飛び回る事で黒い棘を回避する。
『いいぞミル!そのまま打ちのめせ!!』
画面に映るミルの姿は、俺が子供の頃から憧れていた英雄のように、確かな眼差しと強い想いを秘めて必死に戦っている。
『ミルとシアンが頑張って戦ってるんだ…!俺だって…!俺だって…ッ!』
ミルとシアンの勇姿に背中を押された俺は、彼女達の対抗するかのように黒い炎を力強く握り締める。
『ぐッ…!!ッッ…!ぁぁぁああッ!!』
黒く燃える炎の鎖から手に焼け落ちるような熱が広がり、今にも手が溶けてしまうような感覚に襲われる。
だがそれがどうしたというんだ。皆に現在進行形で迷惑を掛けており、頑張っているというのに俺だけがこうしてただ見ている訳にはいかない。
それに熱く辛い思いなら何度もしてきた。今更手を黒炭になろうが構わない。なんてったってこっちにはマルバスとローザがいるんだからな。
「うるせェぞ雑魚。テメェじゃ何も出来やしない。雑魚のお前はただ黙って見ていろ」
『俺は…っ……雑魚なんかじゃねぇッ!!』
またしてもハルパスが俺の髪を掴もうと近付いた瞬間、俺は頭を大きく振りかぶってハルパスの顔面に頭突きを放った。
『舐めんなッ!お前らのいいようにされるだけで、この俺が終わらせる訳ねぇだろうがッ!!』
焼け焦げた手の激痛に表情をしかめながらも、黒い炎の鎖を引きちぎった俺は、3人の悪魔を睨み付ける。
『お前らが俺の体を操作してんだろ?だったらここでお前らを倒せばいい。そしてその後はお前ら3人と契約すれば万事解決だ』
首の関節を鳴らした俺は、ここが精神世界だという事を利用して、普段使っている細剣を思考する。すると予想通り具現化に成功する。お約束だな。
「面白い人間ですね。私達を相手に勝つつもりのようですよ」
「それに全員と契約だぁ?随分とナマ言ってくれるな。既にそこのマルバスと契約しているくせに」
確かに、俺は弱い。それこそ今この場にいる悪魔には誰1人として勝てないくらいには弱いという自覚はある。だけど俺はアイツらに勝たないといけない。
スキルは今、マルバスのだけしか使えない。体術と剣術…だけで勝てるだろうか。
いや勝たないといつまでも俺の体は乗っ取られたままだ。昔のように暴れ回り、最悪の場合には仲間を殺してしまう……そうなる前に…!
「テメェ…!雑魚な人間の分際でオレに頭突きをかましやがって…ッ!!ゼッテェ殺してやる…ッ!!」
『上等。3人まとめて掛かって来い…!』
□
「はぁ…っはぁっ………何…?急に動きが悪くなった…?」
空中にまで届く黒い棘をいなしたミルは、地上で固まるアキラを見つめてそう呟く。理由は不明だが、体を僅かに震わせてのが見える。
『もしかしたらアキラが抵抗している…?ならアキラが作ってくれた時間を使わせてもらう…!』
黒い怪物がアキラだと判明した今、殺すという手は取れない。これまでも度々アキラが悪魔によって意識を奪われる事はあった。だが今回は今までと違う。
「使う時が来たみたい…」
そう呟いたミルは、1本の薬品が入った瓶を取り出した。これは以前、メルヘン出身のキャス・シーから密かに渡された薬。
「これが効けば、アキラは元にきっと戻る……だけど予備はない…。チャンスは1度きり…」
防がれればそこで終わりの1度のチャンス。その為には確実にこの薬品をアキラの体に付着させる必要がある。
──そういう事なら任せて、ミルお姉ちゃん!僕の能力を使えばきっとそのチャンスを作り出せる…!
自信があるのかシアンはそう言うと、羽を大きく広げてはためかせる。すると色鮮やかな羽から燐粉が地上へと降り注ぐ。
「これは…」
──僕の燐粉は姿を消す事が出来るんだ。そして偽者を作り出す事もねっ。
「…!ならシアンの力、活用させてもらう…!」
そしてミルは動き出したアキラに向かって急降下していく。
「ギィィイイイイア“ア“ア“ア“ア“ッッ!!!!」
背中に生えた翼を避けて生えている黒い棘は、伸縮自在に伸ばされ、空中から飛来するミルを貫き殺そうと迫る。
「今…!」
──うんっ…!
ミルがそう叫んだ瞬間、シアンは自身の能力を最大限引き出し、ミルの偽者を10体作り出す。
「ッッ!?!?」
突然分身したミル達に驚くアキラだったが、それも束の間。的確に黒い棘を操作して次々とミルの頭部へと突き刺していく。
だがその棘からは手応えはまるで感じないアキラだったが、10体の偽者を突き刺して消し去る。だが肝心の本体が見つからず、辺りに視線を向ける。だがやはり見つからない。
「…………」
少しの間を置いたアキラは、足元の地面を殴ると四方から攻撃を防ぐ城壁を造り出し、そしてその城壁に僅かに空いた穴から紅い矢を全方向へと一斉に放つ。
「……?」
だが悲鳴は上がらず、気配も感じ取れない。逃げたのではないか…そう思考したアキラは、未だ治癒しているローザ達を殺害しようと動く。
「悪いけど、それはさせない」
「…!!ッッ!!」
だが突然聞こえたミルの声に、アキラは警戒心を高めて辺りを見渡す。だがやはりミルの姿は無い。
ますます混乱するばかりのアキラは、低い呻き声と共に赤い眼を光らせる。
冷気が一面に広がり始めた瞬間、再度ミルの声がした。
「シアンのお陰で時間を稼げた。ありがとう、シアン。ごめんね、アキラ……でも痛みは一瞬─────[天牢雪獄]っ…!!」
アキラの回りを囲うように発生した吹雪の竜巻は、やがてアキラを包み込む。内部ではアキラが様々なスキルや魔法を駆使するが、クリークス家最強の技はそう簡単には敗れる事は無い。ましてや歴代最高の天才と言われるミルが放った[天牢雪獄]は史上最高の威力を持つ。
「ふぅ……やっぱり片腕が無いと厳しい…威力が落ちてる」
一面に降り注ぐ大粒の雪。凍結された地面。そして巨大な氷塊の中心で凍り付いているアキラ。そんな見る人によっては地獄とも取れる光景でも、ミルは自分の技の威力が落ちている事に残念そうにそう呟いた。
「でも、これで少しは時間を稼げる。こんなんで終わるような怪物じゃないんだろうけど…少しだけでいい」
そしてミルは氷塊を自由に操作しながら、中心にいるアキラの元へと近付くと、瓶を栓を抜く。
「─────ギィィ…!ガアアアアア!!!」
「っ…!」
薬品をアキラに掛けようとした瞬間、アキラは突然動きだし、氷塊から脱出してミルの上へと馬乗りとなる。
そして手を鋭く尖らせ、ミルの喉笛を切り裂こうとした瞬間だった。
「っ…………?」
瞳を閉じたミルだったが、いつまで経ったもアキラが攻撃してこない事に疑問を持ったミルは、ゆっくりと瞳を開いた。
「ギリギリ間に合った……ごめん、ミル。そしてシアン…」
その聞き慣れた優しい声と共に、黒い怪物の表皮はまるで卵の殻のようにヒビが入り、そしてその中からはアキラが姿を現した。
「もう…っ…君って人はいつもボクに心配を掛けさせるんだからっ……」
ポロポロと涙を流したミルは、そっとアキラに抱き付くと、アキラは何度もごめんと言いながら優しく背中を撫でる。
「ただいま、ミル……俺…勝ったよ」
アキラはそれだけ小さく呟くと、静かにミルの背中を撫で続けた。
……無駄な描写が多いな。




