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312話:黒き怪物

†黒き怪物†

「ギイエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エッッッ!!!」


地面に亀裂を生み、空気を激しく震わせた怪物の絶叫はこの場にいる全員の体の自由と意識を一時的に奪う。

だがこの中でも早くに意識を取り戻したのはラディウス枢機卿であった。


「なんなのですか…あの怪物は…!」


異様な雰囲気を放つ謎の黒い怪物に、ラディウスの警鐘が激しく鳴り響く。あの怪物に近付いてはダメだと、本能が彼に伝えていた。


『この威圧感…!私と同等…いやそれ以上…!?』


まだクレーター内で動く事が無い黒い怪物。その怪物から発せられる威圧感だけでラディウスの体を震え上がらせる。


「お…お下がりくださいラディウス枢機卿様…!我々が命に変えてもお守りします…!」


無意識の内に足が1歩、また1歩と後ろへと下がるラディウス。それを守るようにラディウスの前に出た部下達。

前衛が魔法と剣が使える魔法剣士であり、その後ろには聖道協会内でもエリートで構成された聖職者で編成させれている。この部隊ならば、ドラゴン程度なら撃退は出来る。それほどまでに実力を持った者達の集まりだが、皆目の前の黒い怪物に震えていた。


「ま、待ちなさい…!貴方達ではあの怪物には勝てない…!」


「分かっております……ですがここでラディウス枢機卿様を失うのは聖道協会にとって大きな損失になります…!どうぞご安心を。我々は弱いですが、ラディウス枢機卿様を撤退させる時間くらいなら稼げます。いや、稼いで見せます…!」


そう言うと、ラディウスの部下達は雄叫びを上げて黒い怪物へと攻撃を開始した。

一斉に放たれる魔法。火、水、風、雷、土と様々な属性が黒い怪物へと迫る。


「ギィガア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ッッ!!!!」


耳を塞ぎたくなるような絶叫を再度上げた黒い怪物は、力任せに地面を殴り付ける。すると地面は盛り上がり、すぐさま高い壁が生まれた。


「っ…!今のはハルパスと交戦した時全く同じ……─────まさかあの黒い怪物は…っ!」


高き堅牢な壁を造り出した黒い怪物は、部下達の攻撃を全て防ぎきると壁は崩壊する。

今の技はハルパスが使っていたスキルの1つ、[城壁建築(キャッスル・テクチャ)]と全く同じだった。

それを見たラディウスは足が止まり、まさかと思い容器に入ったとある物へと視線を向ける。



ドクンッ……ドクンッ…


「あ、あり得ない…!完全に切り離した心臓が動いているだなんて…!」


黒い怪物の正体に気が付いたラディウスは、持っていた容器を見る。そこにはテンドウ・アキラから採取した心臓が浮かんでおり、そして異様にもその心臓は小さいながらも確かに脈を打っていた。


「あの怪物は本当にテンドウ・アキラだとでも言うのか…!?────っ!!?」


自分の知らぬ存在に恐怖したラディウスは、また1歩後ろへと下がる。本来ならば部下達と共に戦うべきだが、自分が参戦しても勝てないと悟ってしまったラディウス。

ここで無駄死にするくらいならば、部下の想いを無駄にしない為に撤退を選ぶべきだった。


「テメェの部下達は勝てないと分かってて戦ってるってのに薄情なヤツだなぁ!あははは!!」


だが怪物はテンドウ・アキラだけではなかった。今この場には“色欲“がいる。忘れていた訳ではない。だが突如出現したテンドウ・アキラの存在に意識を奪われていた。


「くっ…!メルム枢機卿!アスモデウスを抑えるのは貴方の役目の筈でしょう…!」


「黙ってろサイコジジイ…!聞いてた話以上に“色欲“が強いんですよ…!」


鋭利な刃のようにラディウスの腕を掠めたピンク色のプラズマ。その攻撃を行ったのは“色欲“のアスモデウスであった。どうやら予想以上に手強いらしく、あのメルム枢機卿が苦戦している。


「メルム枢機卿、撤退しましょう…!我々ではあの怪物を手に終えない…!」


「は!?ここまで来て撤退だと…!?ふざけないでください…!逃げたいのなら1人で逃げろ!俺は残る!」


『その若造が…!!功績しか頭に無いのか!?』


そう内心激怒するラディウスだが、彼はメルムに背を向けて走り出す。そしてラディウスはアスモデウスとテンドウ・アキラの攻撃が止んだ一瞬の隙をついて転移魔法を発動させると、そのまま空間に空いた穴へと入った。


「作戦は失敗…っ。ですが、心臓は頂きましたよ…!次会う時はこの屈辱、晴らさせてもらいますよ…!」





ラディウス枢機卿が1人撤退した頃、黒い怪物は150という数を誇る聖道協会の聖職者と激戦を……いや、一方的な虐殺を行っていた。


「怯むな!!こちらの数は100を越えている!それに対して奴は1匹だ!このまま押せば勝てる兆しは見えてくる筈だ!!」


「「「うおおおおおお!!!!」」」


ラディウス枢機卿の側に仕えていた者が指揮を取り、黒い怪物を倒すために仲間を鼓舞していく。皆が激戦を潜り抜けてきた猛者であり、仲間同士の連携力も高い。

この仲間ならば、ラディウス枢機卿がいなくても勝てるかもしれない。そう皆の脳裏に過ったその時だった。


「ガッ─────」


「っ!?貴様…!そいつから離れ───」


大地を大きく蹴って高速移動した黒い怪物は、聖職者の体を踏みつけて、顔を鷲掴みにする。すぐさま助けに入ろうとした者が杖を向けたが、次の瞬間には彼の首は無くなっていた。


「ギィガガガガガガッッ…!!」


まるで笑うかのように気味の悪い声で鳴く黒い怪物。その手には踏みつけた者の首が持たれており、背骨ごと力任せに引き抜かれていた。この黒い怪物は背骨がついた頭部を振り回して、周りにいる者の首を切断したのだった。


「この…っ悪魔が…!」


その惨劇に静まり返る一同だったが、1人の男の言葉と同時に黒い怪物を取り囲むようにして魔法を一斉に放つ。



「ギィシ“ャシ“ャシ“ャシ“ャ!!!!」


常闇のように完全に黒に染まった翼を広げ、宙へと舞い上がった怪物は、体の一部を変化させて無数の棘が地上へと突き刺さる。

次々と聖職者達の断末魔と共に突き刺さる黒い棘が、返り血を浴びて赤く染まる。


「この化物がッ!!」


宙に浮かぶ怪物へと次々と魔法が放たれる。突き刺さる棘もあり、今度は完全に全属性の魔法が炸裂した。どの属性に耐性があろうと、弱点は必ず突ける。


筈だった…


「魔法が…効いていないのか…!?」


ゲラゲラとこちらを嘲笑うかのように見下す怪物は地上へと両手を向けると、手の平から無数の紅い矢が放たれる。


「姑息な…![治癒(ヒール)]!────っ!?再生…しない…!?」


身体中に突き刺さる紅い矢を引き抜き、各々が[治癒]を発動させるが、傷が一向に再生されない事に違和感を覚える。だが他にも違和感を感じる。


「一体何が────ゴホッ…!ゴホッ……っ」


突然咳が込み上げ、手で抑えるとその手には真っ赤な血が付着していた。吐血だ。


『吐血…!?一体何故だ!?何が起こっているんだ!?』


[治癒]が発動せず、突然の咳と吐血に理解が追い付かない。その男はふと周りを見渡すと、仲間達もまた傷が再生されておらず、他の者にも体に異常が出ていた。


「我々の攻撃が…一切通じない……っ」


視界が赤く染まっていく……どうやら目や鼻からも血が流れているようだ…。体には毒を盛られたかのように力が入らない…


「視界が……」


視力を失っていくのを感じ取った男は、ラディウス枢機卿の無事を祈りながら瞳を閉じた。

黒い怪物の掠れた笑い声を耳にしながら、、

力任せに首を引き抜かれるのって痛そう…(小並感)

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