304話:疫病の悪魔・マルバス
やっと列車から出られた…
「っ…!はぁっ……はぁっ……もっと頑張らなくちゃ…!」
俺は夜の間にホテルを抜け出し、オルシャーク国周辺のダンジョンに来ていた。ダンジョンと言っても、昔の廃鉱なんだが。
「上級悪魔を召喚するには後どれくらい魔物を狩ればいいんだ…?」
2m程の高さまで積み上がった魔物の死骸の山。動物型や異形型など様々だが、どれだけ生け贄を捧げれば呼べるのかが分からない。それに血生臭い…
「皆からの応答も無いし、スキルも使えない……ホントどうなってるんだ?」
もう1日が終わろうと言うのにベリト、バルバトス、ラプラスからの反応が無い。俺の体を抜け出したという訳ではなく、ちゃんと中にいるのは何となく分かるが…アイツらも昼間の俺のように気絶しているんだろうか…?
「少し心配だが…今はミルの腕を治せる奴の力がいる…。その為にも悪魔を呼ばないと」
1人で心細いが、魔物の死骸を中心にして魔方陣を描いていく。そして描き終えたら、召喚する者の血を垂らす必要がある。
最初はカッコつけて指を噛もうと思ったのだが、切れないし痛いしで無理なので、普通にナイフで指先を少し切って魔方陣に血を垂らす。
「出でよ、マルバス…!」
俺はそう小さく発すると、魔方陣は怪しく光だし、生け贄として捧げていた魔物の死骸が煙となって消える。そしてその煙の中から僅かな気配を感じた俺は、ゆっくりと身構えた。
「私を呼んだのはお前か?」
「そ、そうだ。お前に頼みたい事があってな。一応聞くが、名前は…」
「マルバス。“72柱“の5席を冠する者だ、覚えておけ」
現れたのは黒髪に1ヵ所緑色のメッシュが入った……女?かな、多分。男とも取れるが……恐らく女性だと思う。そして名乗った名前も狙い通りマルバスで一先ず安心する。
だがここからが問題だ…
「マルバスは傷を癒す事が出来るんだろ…?どうしても失くなった腕を再生させてほしいんだ…」
「腕の再生か…それはまた難しい案件だな。察するに切断された腕は無いのだろう?それだと私には不可能だ」
「そんな…!」
マルバスは表情を変えずにそう淡々と言うと、小さく溜め息を吐く。
やはり1度失った腕はもはや傷じゃないのか…。くそ…これじゃあミルの腕は治せない。
「頼みたいというのかそれだけか?」
「ああ……藁にもすがる思いだったんだが…。無理なものは仕方ないさ……呼び出してしまって悪かった、もう戻ってくれて構わない…」
ミルの腕を元に戻せないと分かった今、悪魔のスキルが使えない俺がマルバスに契約の話を持ち掛けるのはリスキー過ぎる。もしミルの腕を治せるならそれ相応の覚悟はしていたが……やはりここは下手に刺激するよりかは、帰ってもらった方が安全だろう。
「…待て。お前…何者だ?」
「何者って……ただの人間ですけど」
ミルの腕を治す別の方法を考えていると、マルバス突然俺について聞いてくる。もう俺の方は用はないし、向こうも面倒な頼み事を聞かないで済むから即解散となると思っていたんだが…
「嘘をつくな。お前から僅かだが悪魔の臭いがする。それも私と同等…“72柱“の懐かしい匂いがする。それも2体の」
「ああ…そういう意味か。確かに俺は悪魔を2体宿してるよ。それもマルバスの言った通り、“72柱“の悪魔2体をな」
「やはりか」
俺がそう答えると、ずっと無表情だったマルバスがうっすらと笑みを浮かべる。何となく嫌な予感がした俺は、細剣へと手を掛けた。
「別にやり合う訳じゃない、そう警戒するな。だだ私はお前のような人間を久方見ていなかったのでな」
「はぁ…そうですか…」
その瞬間、俺の右頬を通過する不可視の刃。今のは水…か?突然過ぎて何なのかも分からなかった。
「ほう…今のを避けるか」
「やり合う訳じゃないって…どの口が言ってるんだ。お前が俺を殺そうとするなら、俺は全力で抗うぞ」
戦う訳じゃないと言った瞬間に奇襲とは……なんて奴だ。俺がもう少し鍛えてなかったら頸動脈を完全に切られてたな。
『首を切り落とせるだろうに…わざわざ即死しない首の頸動脈を切ろうとするなんてこいつ相当性格悪いな…』
そう考えつつ抜剣した俺は、少し後退しながら構える。全力で抗うとは言ったものの、今俺は主力であるスキル全般が使えない。相手の次の一手も分からないし、遠距離攻撃はレールガンしかない。部分的な硬化も不可。
「威勢とは裏腹に恐怖が見える。どうした?私が怖いか?」
「はッ!冗談。悪魔のスキルが使えなかろうと、俺は戦える。俺にはミルが教えてくれた剣術があるんだ…!」
威圧感が段々と強くなっていくマルバスに、俺は嫌な汗が止まらない。だけど俺は…ミルが教えてくれた剣術を信じている。だから諦めたりしない…!
「ほう?本当に私を相手にするつもりか。私は治すのも得意だが、逆に疫病をもたらす事も可能だ。病によって苦しむのは辛いぞ?」
「御託はいいからさっさと始めるぞ…っ」
嫌みったらしく段々と深い笑みを出してきたマルバスは、両手から毒々しい紫色をした水の球体を浮遊させて遊ぶ。
「そうだな。始めるとしようか」
「ッ…!速い…!」
マルバスの先攻から始まると、凄まじい速度で紫色をした水が針のように無数に俺へと向かう。
「この数は捌きしれない…っ![流氷]!!」
即座に細剣を振り、大きな氷の壁を作り出した俺はマルバスから1度距離を取る。それと同時に砕け散る氷塊。いや砕かれたと言うよりは、溶かされたの方が正しいか。氷塊の中心がまるで溶かされたかのように貫通している。
『熱を持つ水……いや違う、あれは酸性の毒か…!』
俺が作り出した氷の壁は、厚さを少なく見積もっても30cmは軽くある。それを時間も掛からずに貫通した事を考えるに、この細剣で弾くのは悪手だ。
「逃げてばかりでは勝てぬぞ?それともお前は逃げる事しか出来ない弱者か?」
毒の針を飛ばしながら、うっすらと笑みを浮かべてそう言ったマルバス。当然俺だって逃げてばかりでは勝てない事ぐらい分かっている。
「まさか!んな訳ねぇだろ!」
「愚かな奴だ。真正面から突っ込んでくるとは…相当死にたいらしい」
「どうかな?───[氷蝕]ッ!!」
触れれば溶けてしまう毒水。それを針状にし、展開する事で攻撃力共に防御力もある武器へと変える。
だがそれは溶かしきる前に凍結させてしまえば良い事。
[終雪]の1つである[氷蝕]は、一時的に細剣を超低温にする事で、刃に触れた瞬間にあらゆる者を凍結させる事が出来る剣技。それを使いつつ、俺の鍛えてきた動体視力を重ね合わせて接近しながら毒の針を凍結粉砕していく。
「何っ!?」
「これで…!終わりだァッ!!」
背中から出した炎で加速し、そしてそのまま踵から炎を噴射してマルバスの右腹へとボレーキックを放つ。
「俺を弱いと侮ったな!俺の勝ちだ!」
「ふ…ふふふっ!」
左へと吹き飛んだマルバスの体に被さり、俺はマルバスの首に細剣を当ててそう叫ぶ。するとマルバスは一瞬呆気に取られ顔をしたものの、すぐに笑い出す。まだ何か秘策があるのか…?
「ふふふっ…いや参った。本当さ、だからそんな怪しむ顔をしないでくれ」
本当に降参だと言わんばかりに手をヒラヒラと動かすマルバス。先程の事もあるので、早々に信じる事が出来ない俺は、そのままマルバスの首に細剣を当てたまま黙る。
「すまない事した、君の実力を少々試したんだ。仕える主が弱くては嫌だからな」
「……は?仕える…?一体なんの話だ…?」
「なんのって……まさかお前…本当に腕を再生させる為だけに私を呼んだのか…!?信じられないな……私の名前を知っているからてっきり私は契約を求めて呼び出したのかと…」
無表情でも、嫌みったらしい笑みでもない、本当に驚いたような顔を浮かべるマルバス。いやまぁ…確かに契約出来れば上々だが、今俺の頭の中はミルの腕の事で一杯だったから、契約の事は抜け落ちてた。
「ご、ごほん!それで…その、契約はするのか?」
「いいのか?」
「ああ。本気では無いとはいえ、私に勝ったんだからな。…本当に本気じゃないからな」
なんだか段々可愛く見えてきたぞ…?これぞ異世界マジックか、たまげたなぁ。この子ってもしかしてドジっ子的なアレなのか?
「それで…お前の名前はなんと言う」
「俺は明星。天道明星だ。よろしくな、マルバス」
「よろしく頼むとしよう、アキラ。……そう言えばアキラは失った腕を再生させたいと言っていたな。ならば再生させる方法を私も共に考えるとしよう」
「…!いいのか?」
「何、気にするな。今日より私とアキラはパートナーとなる。互いに支え合うのは当選だろう?」
「本当にありがとう…!」
そう感謝の言葉を述べてマルバスの手を掴むと、彼女の体は光だし、そしてその光は俺の体内へと吸収されていく。
ドクンッ…!
「…っ……慣れないな、これは」
ポツリとそう呟いた俺は、ゆっくりと立ち上がって月を見上げる。“72柱“の悪魔が全て集まるまで残り69人。悪魔の王となるまではまだまだ先が長そうだ。
名前:天道明星
種族:人族
魔法:[火][小火][火球][加速火]
スキル:[剣技Ⅷ][体術Ⅶ][反射神経Ⅹ][投手Ⅵ][脚技Ⅸ][弓術Ⅷ][反応速度Ⅲ][悪魔放出][部位変化][精神干渉][人操糸][変則射撃][矢生成][気配遮断][一撃必射][完全記憶][世界関数][疫病発生][毒操作][病治癒]
加護[治癒の女神・リコスの祝福][大天使・ラミエルの愛]
マルバスは性別不明の美少女(美少年)です。
というよりも、異世界の名前持ちは殆どがイケメンと美女で構成されている…不思議ですね。




