303話:増大する恐怖心
暗く深い水の中。どこまでも続くかのようにどこまでも落ちていく。何も見えない、何も感じない。足掻こうともがこうと何も出来ない。
──……ここは俺の中…?だけど俺の中にここまでは深くはなかった筈…。どういう事だ?
『やぁ、久し振りだね』
──その声は……いつだったか俺を向かいに来いのか言ってた奴…だよな?
何をしようとも動けない水中。そこに聞こえてきた男の声。気さくでいてその上爽やかな声。姿形まで見えないが、絶対にイケメンだと分かる。
『嬉しいね、覚えててくれて』
──本当に一体お前は誰なんだ?それにここは……
『名前はまぁ…内緒にしておこうかな。でもここの説明ならしてあげられるよ。ここは君の深層心理の世界、暗く底が無いのは君がそれだけ欲深いっていう事を表してる』
だが以前は俺の中はこんな暗く、深くはなかった。これももう1人の俺と分離した影響なんだろうか…
『っと…もう時間か、早いな。でも前よりは長く話せたね。それだけでも僕は嬉しいよ』
──爽やかな奴…ホントお前はなんなんだよ……
『あはは、ありがとう。でもまだ内緒。僕の名前は禁忌だからね、軽はずみに言うもんじゃない。今はまだ、君じゃ僕の名前は荷が重い』
禁忌だの荷が重いだのと訳の分からない事を言った推定イケメンの彼は、小さくそう笑うと俺の体は引っ張られるかのように上昇していく。
『またね、アキラ』
□
「また…知らない天井だ。もういいよ…どんだけ気絶すりゃあ気が済むんだ……」
謎の爽やかなボイスの後に目を開くと、そこは何度目かも分からない知らない天井だった。何度も体験してる為、目が覚めた瞬間に俺が気絶した事を残念ながら理解する。
「体は……うん、動くな。傷も無いし、思考も……問題は無い、か」
自身の体の状態を確認した俺は、ゆっくりとベッドから立ち上がり、カーテンを開けて窓からの景色を見る。
うん、高いな。それにここは個室か。病院……のようには見えない。どちらかと言えば高級ホテルのようだ。
「こうして気絶した時は毎回体に何かしらの怪我があったが、何も無いってのは何気に初かもな」
俺は小さく笑いながら、中にいる皆にいる悪魔達へと声を掛ける。だが3人からの返事は無い。ただ黙っているという訳ではなさそうだが……
「…!アキラ…っ!」
「うおっ!?ミル!?ど、どうした!」
返答の無い皆に少し疑問を抱いていると、部屋の扉が開かれ、ミルが涙目で駆け寄ってくる。そしてそのまま俺に抱き付いてきた。
「なになに…!?どうしたのミル…」
「よかった…!目が覚めて本当によかった…っ」
「そんなっ…!泣くことないだろうよ…。俺が気絶するなんてもはやお約束みたいになってるし…」
そう言って俺の胸ですすり泣くミルの背中を撫でる。だがミルは泣き止む事はなく、俺もどうしたらいいか分からず困ってしまう。
「だって…!だってアキラ…!─────1週間も眠ったままだったから…!」
「………は!?」
そんなバカな……嘘だろ?何でそんな事に……まさか力の使い過ぎによる極度の疲労のせいなのか…?だが今まで俺はベリト達よりも上位の悪魔を宿して戦ってきたんだぞ…?なのに急にそんな……
『これも俺が分離したのが原因なのか…?』
今でもクソみたいな人種だが、分離する前の俺は悪魔を宿すに相応しい腐った性格をしていた。そして分離した現在、勇気、軽薄、嘘、偽善、欲望……それらの感情を全て持つもう1人の俺が持っていった。だからこそ、アイツがレヴィ達を連れていったんだろう…
「ごめんな、ミル……やっぱりどんなに稽古しても、努力しても、皆に心配と迷惑を掛けてしまう……本当にどうしようもない奴なんだよ、俺は…。自分だけの力じゃ何も出来ないくせして、夢は大きく無謀な事ばかり……身の丈に似合わない言葉や仕草を使っては空回りして…情けないよ……」
ああ……ダメだ。弱音ばかり出てきてしまう。もう弱音は吐かないで、自分なりに新しくやり直すって決めたのに……考えれば考える程嫌な方向に思考が向いてしまう。
こんなのダメだ。何も出来ない奴が空気まで悪くしてはもはやそれはただの害悪でしかない。
笑え。無理してでも笑うんだ。
「……なぁ~んてね。んまぁコツコツやってきますよ、俺はね。それにしても体がなんだか硬いなぁーって思ったら通りでね!いやぁー早く体を動かしたい気分だなっ!そうだミル、良ければ後で稽古を付けてくれないか?鈍った体を叩き起こす為にもさっ!」
「それは…いいけど……ねぇ、大丈夫なんだよね…?」
「平気平気っ!だって俺だぜ?いつだってすこぶる絶好調ってな!んじゃ早速用意するからさ、ミルは先に下で待っててよ!俺もすぐ行くからさ!」
そう言って強引にミルを部屋なら出した俺は、静かに壁に寄り掛かるとそのまま床に腰を下ろす。
無理に笑うのがこんなにも辛いだなんて知らなかった…。でも雰囲気くらいはいつもを保っていたい。これは俺の小さくてちっぽけなプライド。それでもそのプライドだけは守り通したかった。
「怖い…っ……皆に見限られるのが怖いよ……っ」
皆はそれこそ聖人並みに優しく人が出来た者ばかり。だけど人間っていう生き物は早々に信じられるような生き物じゃない
「はぁ……?何考えてんだ俺…!皆に限ってそんな事…あるわけ無い…っ」
……いや…だからこそ怖いんだ。そんな優しい人だからこそ、軽蔑された事を考えるだけで震えが止まらない……
「くそっ……ちくしょう…俺は皆に支えられてるのに…!それを疑うよな考えを…っ……くそっ!くそ……」
□
「……今日はここまでにしよう」
「はあっ…!はあっ…!もう終わりなのか?いつもよりやってないじゃないか」
「アキラは病み上がり。だけどそれ以上に今日のアキラは…稽古に身が入ってない…」
「そ、そんな事無いよ…」
ミルとの稽古の最中、突然ミルは稽古の中断を言い出した。稽古に身が入っていないという理由で…。
そんな筈は無い…だって俺は部屋を出る前に気合いを入れ直して、気持ちを切り替えたんだから……
「兎に角今日は終わり。もう帰ろ…?」
「うん…」
腑に落ちないものの、俺はミルに言われた通りに帰りの支度を始める。ミルはどこか俺を気遣うように時折俺に視線を向ける。
「……ミル」
「…?なに?」
「ミルの腕……絶対に治してみせるから」
「…ありがとう、アキラ。でもこれは…いいの。ボクが弱かったせいだから。アキラが気負う事ない」
複雑な小さな笑みを浮かべたミルは、優しく俺の手を握るとそのまま歩き出す。俺はそのままミルに引かれる形で共に先程のホテルまで歩く。
『俺が…絶対に君の腕を治す。例えそれにどんな代償を悪魔に払う事になったとしても…』
精神不安定アキラ、再び(迫真)
読者イライラタイムスタート。




