269話:無茶
『明星は凄いよ…僕と違って明るく元気で、その上喧嘩も強い。僕とは大違いだ…』
『そんなネガティブな事言うなって。またなんかあったら俺が守ってやるよ!任せとけ!』
『ふふ…ありがとう、明星』
『おうっ!』
忘れてしまいたい過去の記憶。
俺の心に大きな傷を残した記憶。
この頃はまだ楽しかった。異世界に行けなくても、主人公のような人生をそれなりに歩めていたから。
でもそんな楽しかった日々は、1人の男によって壊されてしまった。
戻りたい、やり直したいと思っても、時間はとても残酷で戻る事を許さない。
──あの日俺が起こした事は、人徳に反していても、何も間違った事をしたとは思っていない。
17歳。まだ右も左も分からない歳に起こした犯罪。その1つの犯罪で俺の人生は少しだけ…狂ってしまった。
事故だった。それが結果的に犯罪となり、1人の命を奪った。
──アイツは死んで当然の男だ。あんな奴がのうのうと生きている事が許せない。
『こ、こいつ…!大輝を殺しやがった…っ!!』
『ひぃぃ…!ひ、人殺し…!』
『お前の仇は取ったぞ……直哉…』
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「…………」
長年見ていなかった夢を見た。
もう忘れられたと思っていたのに…
心が苦しい……体の痛みよりも大きな苦しみが胸を強く締め付けた。
「今……何時だ?いや、それ以上に何日も経ってないよな?」
──だいじょーぶっ!アイボウ君が気絶してからまだ1日しか経ってないよ!いやいや心配したよぉ?バルバトスを倒してからくらぁ~い雰囲気になっちゃってさっ、少しだけ怖かったし。
「それはすまなかった……でももう大丈夫だ」
──無理しないでよねっ?ぼくはアイボウ君の生命力を糧に生きてるんだしさっ、死なれたらぼくまで共倒れなんだよ。まあ勿論アイボウ君が死なないように、ぼくも陰ながらという実にカッコいいポジションで君をサポートするけどねっ!
「はは…ありがとよ」
俺はベリトに感謝の言葉を述べると、掛けてあった上着を着ながら細剣を片手に部屋から出ていく。
ただでさえ時間が無い俺に、1日という時間は大きな損失だ。バルバトスをこの身に宿せた事を考えればイーブンだろうが…
そう1人考えながら俺は昨日と同じく原生林へと向かう。デカ鳥とバルバトスとの戦いで分かった。いや分かっていた。今のままじゃ俺は討伐目標のアル・セリベリウスには勝てない事を。
『強い必殺技がいる。憧れの人物達の真似じゃなく、俺だけの技が…!俺にしか出来ない事が必ずある筈だ…!』
自分に何が出来るかは分からない。
だがどうやら俺には悪魔を複数宿せる特性がある。それを上手く利用できればきっと…
「バルバトス、お前は俺にどんな力をくれたんだ?」
──私がアキラ、お前に贈る力は4つ…[変則射撃][気配遮断][生成矢][一撃必射]。これらの力はきっとお前を助ける筈だ。
「バルバトスの力とは心強い限りだ、ありがとう」
今のところ心に弊害は無い。“七つの大罪“の悪魔より下級であっても上級悪魔なのは変わらないベリトとバルバトスを宿しているのに凄いな、ラミエルの加護は。また会える機会があれば真っ先に感謝しなければ。
「さて、時間も無いからさっさと始めるとしようか」
それから時間にして約2時間半経った頃、俺はバルバトスから贈られたスキルの確認を終えた。
まず[変則射撃]だが、これは俺が投げた物の軌道を操作するスキルだった。投げたと言っても石から銃までの軌道を操れる汎用性があるスキルで、操作するには脳内で素早く軌道を指揮しなければいけないから少しだけ難しい。
次に[気配遮断]だが、こちらはその名の通り自分自身の気配を絶つ事が出来る隠密系スキルだった。決して透明になれるって訳ではないが、【このすば】の潜伏スキルと似ている。
次の[生成矢]は……まあこれもそのままの意味だ。魔力を使って矢を生成するのだが…うん、ソルに頼んだリングが完成するまでは使えそうにないな……
そして最後に[一撃必射]だが、これが中々の曲者スキルだった。このスキルを使うには極度の集中状態にならなければならず、一射するだけでもかなりの時間を要した。そのせいで2時間半も使ってしまった。
「だけどこのスキルが1番火力がある。少なくとも遠距離ならレールガン以上かもしれない……しかも必中だし」
これらのスキルを上手く活用すれば、新たな技が作れる筈だ。それこそ必殺技に相応しい強力な技が。
複数の同時展開、これがかなり難しい。俺の少ない脳でそれら全てを処理しなければ使えない。
「もっと頑張らないと…っ。よしっ!」
俺は自身の頬を叩く事で気合いを入れ直し、俺は更に森の奥深くへと侵入していった。
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ベリトとバルバトス、そしてミルに教えられた剣術[終雪]を巧みに使って魔物を次々と討伐しながらどんどん奥へと進み続ける。奥に行けば行く程魔物の強さは上がり、その度に俺の体に傷が増えていく。
「もっとだっ…!こんなんじゃ俺は誰も守れない…ミルの弟子として、期待にだって答えたい…!」
ローザの傷を治せるかどうかは俺に掛かっている。こんな所で止まってなんかいられない。
俺は増え続ける傷を回復ポーションで次々と無理矢理治癒していく。
「キキキキキ…!」
「ムカデ…もう次の奴が来たのか…!…上等だ…っ!」
休憩をする間も与えずに次々と出現する魔物達。今回ばかり自分の魔物を引き寄せる体質が恨めしい。というかいい方向に向いた事がないな、この体質。
『あ……ヤバイかも…』
足に力が入らず、膝を地面につけてしまう。尋常じゃない脱力感が全身の力を奪っていく。細剣を持つ手も痙攣している。視界もグラグラする……無理が祟ったか…
「……だからなんだッ!!俺は強くなる!こんくらいでヘコたれてる暇ねえんだよッ!!」
細剣を杖のようにして立ち上がった俺は、声を荒げながら走り出す。その走る姿は実に不格好であり、見ている者を不安にさせるようなフラフラとした足取りだった。
「本当にアキラは無茶をする……」
何処からともなく聞こえてきたミルの声。
その次の瞬間、身の凍るような冷却の突風と共に辺り一面が凍結していく。
「キキキッ!!?キ“ッ“──────」
耳障りな音と共に全身凍結されたムカデは、そのままそよ風に吹かれた事で砕け散った。
「探すの、苦労した……部屋に入ったらいないから……」
「…ごめん」
「ん…」
俺の前に立ったミルは、俺の謝罪を聞くとやれやれと言った表情で俺の肩に手を置いた。
「怒らないのか…?」
「ん、怒らない。アキラの気持ち、ボクにも痛いほど伝わってるから。だけどもう少しボクに頼って欲しい。確かに今のボクには片腕が無いから心配かもしれないけど…」
「そんな事ない…!でも俺が皆を…ミルを守る。その為にはもっと強くならなくちゃいけないんだ…」
「分かってる。だからボクが来た」
「え…?」
ミルは口角を上げて微笑むと、膝をついている俺と同じ目線に合わせる。
「ボクが今の君に出来る事、それは[終雪]の完全習得」
「っ…!」
「クリークス家に伝わる剣術を全て教える。厳しい稽古になる。付いて来られる…よね?」
「…!当然だ!」
差し出されたミルの手を掴んだ俺は、不敵に笑みを浮かべて立ち上がる。
その瞬間から始まったミルとの稽古。
彼女は利き腕であった右腕が無くても、俺レベルでは太刀打ち出来ない程の強さを持つ。それに加えてミルは全ての[終雪]を使用して俺と剣を交わらせている。
「アキラに習得してもらう次の剣技は[氷蝕]……これも難しい技だから覚悟、してね?」
ミルの冷ややかな笑みに身震いしながらも、俺は必死になってミルに食らい付いた。
それから太陽が沈み、また昇る…実に3日間にも及ぶ稽古によって、俺は…
「おめでとう、これで[氷蝕]は習得完了だよ。残るは2つだけだね」
「はあッ…!はあッ…!はあ……はぁ……ありがとう、ミル…」
「おっと…ふふ、疲れたんだね」
3日間不眠無休による限界を迎えたアキラは、糸の切れた人形のようにその場に倒れてしまう。
そんなアキラを受けとめたミルは、そのままアキラを膝の上に乗せ、満足そうな笑みを浮かべて頬を優しく撫でる。
「お疲れ様、アキラ…頑張ったね」
──残された時間は後3日
右腕無くても強くて、アキラを抱き抱えられる15歳の少女…
その上3日不眠無休でアキラに稽古をつけられるって…化け物かよ(書いてて思った)




