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268話:生還と敗北

ゴールデンウィークは嫌いです

「遅い…」


時刻は既に酉刻の裏。その時刻になった今でもアキラがこの宿に戻る気配が無い事に、ミルは不安を覚えていた。


『ソルは寅刻の裏に出て行ったと言ってた……遅すぎる、アキラに何かあった…?』


そう思ってしまったが最後、ミルの心は不安によって縛られる。またアキラを失うのではないか、またボクの前からいなくなってしまうのではないか───またボクとの記憶を失くしてしまうのではないか……


「探しに行かなきゃ…っ」


不安に駆られたミルは居ても立っても居られず、細剣を持ち扉を開ける。広い宿の廊下を歩き、やがて階段を降りると1階のロビーではなにやら騒がしい事に気が付く。


「……っ!アキラ…っ!?」


ミルがそこで見たのはずぶ濡れのアキラだった。彼は体の至る場所に矢が突き刺さっており、泥と血でぐちゃぐちゃになってしまっていた。


「アキラ…!ねえアキラっ…!」


周りの野次馬を通ってやって来たミルは、汚れたアキラを気にせず抱き抱える。

意識があるのかさえ分からない。だが弱まっている脈拍は瀕死を表している。その瞬間ミルは猛烈な不安と恐怖によって体が震えだす。


「イヤっ……イヤだよ、アキラっ……ボクの前からいなくならないでよ……っ…!」


「ミ……ル…」


流れ落ちた涙。そしてミルの声が届いたのか、アキラはその瞳をゆっくりと開き、ちゃんと聞かなければ聞き逃してしまう程小さな声で口を開いた。


「俺…!もっと……もっと強くなりたい…ッ!」


「…!」


しがみつくかのようにミルの袖を掴むアキラは、歯を食い縛りながら涙を流す。


「誰かに……助けられなくても、守られなくてもいいくらいに…!ミルやローザ、ルナにソルを守れるくらいに強くッ…!このままじゃ俺は…いつか必ず…ッ───大切な物を失ってしまうッ!」


「っ…!」


アキラの叫びがロビーに響き渡る。ロビーにいる野次馬達はアキラを物珍しそうに見る反面、訳の分からない事を叫ぶ奇人を見るような瞳を向ける。

その視線に耐えかねたミルは、気絶してしまったアキラを横抱きして部屋へと運ぶ。


「君は強くなれる…!いやボクが必ずしてみせる!だからもう少しみんなを頼って…?誰かに支えられる事は決して恥ずかしい事なんかじゃない…!」


───────────────


「一体何があったんだ…」


「アキラ君、死んじゃったりしないよね…?ねっ!?」


遅れて部屋へとやって来たソルとルナはその重苦しい空気に呑まれながらも、必死にミルへと詰め寄る。


「分からない……ここに戻ってきた時にはもう…」


「誰かの襲撃…と考えるのが妥当ね。大方手配されているアキラを狙った冒険者か、聖道協会の者による襲撃でしょうね」


アキラの治癒を終えたローザがそう言いながらミル達の元へとやって来る。

重い空気の中、ベッドで寝込むアキラへと視線を向けたミル。アキラはその雨に打たれた事で高熱を発症し、矢によって出来た傷からは感染症を起こしていた。高い治癒魔法を扱えるローザがいなければアキラはかなり危険な状況だった。


「つまりアキラの正体がバレたって事なのか…!?ならここも危ないんじゃないか…?」


そう言いながら慌てるソルをルナが静かに宥める。もし本当にアキラの正体がバレてしまったのなら、今すぐにでもここを抑えられてもおかしくない。現に先程ロビーでアキラの姿を見られているからだ。


「確証は無い……けどきっと大丈夫な気がする。それに母様からは“精霊族(エレメント)の秘薬“の材料が集まるまでこの国に滞在してと言われてる。どのみちボク達はこの国からは出るわけにはいかない。もしアキラを狙っても…ボクが斬り倒す」


穏やかな雰囲気ではないミルに、ソルとルナは苦笑いを浮かべる。


「悪いわね、私のせいでここに1週間も滞在する事になってしまって。もっと私が強ければこんな傷……」


「そう自分を責めないで、ローザちゃん。あの日私達は全力で戦った。今こうして命がある事、皆で笑い合える事を喜びましょう?ねっ?」


「そうね…」


ルナに背中を擦られながら椅子に腰を下ろしたローザは、少しだけ表情を暗くして頷いた。


「折角頼まれてた魔道具が完成したってのに…おいアキラ、早く起きろよ?皆心配してるぞ」


そう言ってアキラの腕に嵌めたシルバーのブレスレット。それを嵌め終えると、ソルは少しだけ寂しそうな顔をして溜め息を吐いた。


「皆心配してる……早く目を覚ましてね、アキラ…」


────────────────


アキラが宿に戻った時間と同時刻。精霊国シルフィールから遠く離れたとある荒野。


「いい加減諦めろよ。お前じゃ俺には勝てない。どうやって“暴食“の穴から生き延びたか知らないが…所詮はその程度、俺には届かない」


「黙れッ…!誰1人として俺を見下す奴は許さない…!殺すッ…殺してやるッ!!」


「はっ……救いようがねぇ雑魚だ──なァッ!!」


地面に這いつくばる黒髪のアキラの腹を蹴り飛ばし、小さく溜め息を吐くオレンジ色の瞳をした青年。

思わぬ襲撃を受けて焦ったが、恐れるに足らない存在のままでノコノコとやって来たテンドウアキラを鼻で笑う。


「無駄に粘りやがって。新たに“憤怒“の力を手に入れたようだが無駄だったな。せいぜいお前に出来るのは再生と能力を消す事。後はよく分かんねぇ血の刃だったか?それだけだ。俺とお前とじゃ持ってるスキルも魔法も武器も何もかもが違うんだよ、圧倒的にな」


地面は割れ、草木など既にありはしないこの荒野。立ち込める“嫉妬“の毒による霧と、“憤怒“による爆炎で辺り一面黒焦げ。まさに地獄のような光景がそこには広がっていた。


だが何よりもっともこの場が地獄かを示すのはオレンジに瞳を輝かせる青年の真上で滞空する全属性魔法。全属性の大精霊。漆黒の龍。そして1人の大天使だった。


「少し強くなった程度で俺に再戦するなんてホントお前って馬鹿なんだな。お前が少し強くなってる間に俺はその何十倍も強くなってんだよ」


「まだッ……だ!俺は…負けてねぇッ!!」


「もういいって……はぁ…いい加減面倒なんだけど。メタトロン、殺さない程度に殺れ」


「はい」


控えていた大天使であるメタトロンは、大鎌を武器に血反吐を吐きながらも必死に立ち上がろうとするアキラの前に降り立つ。


「悪は…斬首する」


振り下ろされた大鎌は、満身創痍のアキラに避けるには困難な速度だった。

結果アキラは斜めに体を切り裂かれたが、それもほんの1秒足らずで完全に再生しきってしまった。


「あ“あ“あ“あ“ぁ“ぁ“ッ…!!!」


だだ再生するには通常の何倍もの痛みを引き換えにして再生する。その意識が飛びそうな激痛に耐えながらも、その視線だけは青年に向かっていた。


「終われない…!こんな…所じゃ終われねぇッ…!!お前は必ず殺してやる…!絶対に……何を引き換えにしてもだッ…!」


「あーそっ。もういいから死んどけ」


スキルによるものなのか、青年は激痛に耐えながら吠えるアキラの目の前に出現して、その頭を踏みつける。そして時空に出来た裂け目から金色の電雷を宿す剣を出すと、それをアキラの首へと当てた。


「邪剣・黎雷界(れいらいかい)ヴロンディボル。冥土の見上げってヤツだ、ありがたく死ねよ」


「ふざけるな…ッ!───ふざけんじゃねぇッ…!!」


金色の稲妻を放ちながら振るわれた邪剣。それと同時に叫んだアキラの声が青年の耳に届く。耳障りなこの声も、これで終わり。

剣がアキラの首に触れ──────


「は?」


───た筈だった。

だが突如としてアキラはその場から姿を消した。ここに来て新たな能力かと思考したが、気配探知に反応が無い事で青年は邪剣を納める。


「…ま、いいや。何日も戦ってたせいでこっちは体ボロボロ…面倒だからもういいや。帰ろっと」


滞空させていた魔法と大精霊達を全て消し、青年は降りてきた漆黒の龍の背中に乗ると仮眠を始める。


遠く離れた場所で、自分の片割れがまたしても“強欲“の青年に敗北した事をまだアキラは知る由もない。


──残された時間は残り6日

お察し通り“強欲“は様々な人物からスキル、魔法、武器を奪っています。既に未登場の邪剣が2本出ましたが、元の持ち主は死んでいます。


因みにバルバトスは男です。一人称が『私』ですが、男です。



15歳の少女が利き腕じゃない左手で軽々と男を持ち上げる世界…こわ

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