237話:偽りの本心
大蛇龍へと姿を変えたレヴィによって、ルミナス聖国周辺にいたカルネージ軍は全滅。津波の如く突如襲った一撃により、生き残りはほぼいないだろう。
「どうしたッ!!俺の師匠はそんなに弱いのかッ!?」
「くっ…!なんでなの、アキラ…っ!」
利き腕を失っても尚、人間離れした速度と威力で剣を振るうミル。それを周辺に散らばっている[黒水]を無数の刃へと変え、次々とミルの攻撃を捌いていく。
「弱い、弱いぞ!![水竜渦]ッ!!」
「───っ…!?」
ミルの剣を上へと捌いた瞬間、俺はミルに向けて渦巻く黒い水流を放つ。
たとえ師匠だろうが、仲間だろうが加減はしない。彼女なら耐えられると信じているからだ。
「ミルっ!!───うぐっ…!平気か!?」
「ん…!平気…っ」
激しく吹き飛ばされたミルを受け止めたのはソルだった。彼の貧弱な体では受け止めきれずに倒れてしまったが、ミルをなんとか受け止める事に成功した。
ミルは苦痛に顔を顰めながらも、剣を杖に立ち上がる。どうやら揃ったようだ。
「アキラ、これはどういう事なのかしら?説明しなさい」
「あはは、怖い怖い。だが丁度いい、ミルだけじゃ満足出来なかったからよ。お前らも俺の相手をしてもらおうか」
傷を受けたミルへと[治癒]を施したローザは、俺へと強い視線を向ける。その瞳からは怒りを感じる。ミル達とはまだ会って間もない筈なのに、優しい人。
『俺がいない間に色々あったんだな。俺がいなくてもローザ達の物語は何の問題も無く進んでいく………俺がいなくても』
ああくそ……ダメだ、やめろ。その先を考えるな。考えた所でソレはどうしようもない事実。なら考えるな、逃げろ。自分を守れ。
「……あはは、どうせ俺はモブですよ。どれだけ頑張っても、主人公勢にカモられるなァッ!!」
あの輪の中に俺がいない事、俺の知らない所で仲良くなっている事への醜い“嫉妬“
どれだけもがいても、足掻いても…覆しようの無い事実への、弱い自分への激しい“憤怒“
その2つが重なった時、、
「これは…ッ!?…あはは……この展開で進化とか、完全に悪役だな。でもまあ…これが弱いモブの俺が選んだ道、だよな」
涙からしか生成出来なかった[黒水]
そして自身を薪に生み出す[黒炎]
その2つが手の平から同時に生み出す事に知らぬ間に成功していた。恐らく今の俺は左右で瞳の色が違うのだろう。
「ミル様ッ!微力ながら加勢します!!」
俺が自身の変化に驚いている内に、続々と集まるルミナス聖国の騎士達。その全員からは敵意を感じる。やはり俺は完全に人間の……いや、世界の敵のようだ。
「本来の目的はこの地点で達成………いやまだ甘いか。───サタン、出てこい」
腕を振るいそう言った瞬間、手の平から溢れる黒い炎は意思を持ったかのように動きだし、やがてそれは美しい女性へと変わった。
「驚愕。まさかここまでのポテンシャルとは……。長期。いくら私とて、完全再生少なくとも数ヶ月は時間を要すると考えていた」
「なっ!?また別個体の悪魔だと…ッ!?」
俺の前に現れた血のように赤黒く、長い髪を靡かせた美しい女性。彼女の名はサタン。“七つの大罪“の“憤怒“を冠する最上位悪魔だ。
彼女は露出の多い、形容しがたい服で少し驚いている。
「問い。私を呼んだ理由はなんだ。何か理由があるのだろ?」
「ああ。あの騎士達のお相手をして差し上げろ。残りの4人は俺が直々に相手をする」
「愉快。いいだろう、予想以上の結果を出したアキラへの返礼だ。───諸君。私が直々に相手をしよう」
サタンはこれまた愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべ、俺にウインクをした後に騎士達へと視線を向けた。
──アキ、ラ……わたし、は何を…すれば、いい…?もっと、アキラ…の役に、立ち…たい。
『…ありがとう、レヴィ。こんな下らない事に付き合わせてしまって申し訳ない……』
──いい、の……わた、しは…アキラ、の物。だから、気に…しない、で…?
『分かった。なら引き続きカルネージ軍を殲滅してくれ。誰1人残さないつもりで頼む。そしてそれを終えたら、国を壊さない程度にルミナスを攻撃してくれ』
──分かっ、た…。まか、せて。
そうレヴィからの言葉を最後に、遥か後方から激しい爆発音と凄まじい突風がここまでやってくる。あの巨体から放たれる攻撃に、異世界の人間はどこまで耐えられるのか。これも一種の検証だ。
「さて、邪魔はいなくなった。俺さ、皆と1度でいいから本気でやりあって見たかったんだよ。皆は俺の期待に…答えられるよな?」
完全に警戒状態に入ったローザとルナ、ソル。そしていまだに理解しきれていないミルへとそう語った直後に攻撃を開始した。
「ふざけるなよアキラ!これはどういう事なんだよ!?」
「どうもこうも無い。俺は理解したんだ、どんなに善意を持って行動した所で世間の風当たりは変わらない。俺が悪だと言うのなら、その通りになってやる。そう思っただけだ」
魔道具だろうか。薄い青色の壁を展開したソルがそう叫ぶ。それに驚きつつも、俺は薄っぺらな嘘でそう答える。
当然聞いた本人は勿論、ローザ達も納得していない表情だ。
「もういいわ。アキラ、貴方が何を考えているかは分からない。だけどこれ以上は流石に見過ごせない。本音を語るつもりがないのなら、私達がアキラに勝って、直々に吐かせるわ」
「いいねぇ、その表情」
ローザは自身の手の甲を薄くナイフで切ると、流れた紅い血で剣を造り出してそれを向けた。
「ね、ねぇ…!本当に戦わなくちゃいけないの!?だってアキラ君なんだよ…っ!?お互い冷静に───」
「無理だよ姉さん。アキラのあの目はマジだ。僕達が何を言ってもアキラは決して曲げない。アイツは頑固だからな」
「そんな…っ!」
そうだ、それでいい。
俺が皆に負ければ、一気に世界は明るくなる。世界の敵がいなくなるのだから。
勿論俺だってここで終わるつもりは毛頭無い。水面下で動く事くらいなら密かに出来るだろう。
「さあ…殺ろうか」




