236話:俺の選択
「さて、行くか…」
時刻は既に亥刻の裏を越えた所。ただでさえルミナスには人の気配が無いというのに、こんな時間ではますます活気がない。まるで死んでいるようだ。
そんな時間に何故俺が屋敷を飛び出たのかはとても簡単な話だ。ミル達との再会で頭から抜けかけていたが、今はカルネージ帝国との戦争中。いつ国を護る壁が破壊されてもおかしくない状況だ。
「やはり退いてないか。はぁ…この国には親友も仲間も大事な人もいる。悪いがアンタらには死んでもらう…」
遥か上空から壁外を観察したアキラは小さく溜め息を吐き、まるで言い訳のようにそうポツリと呟く。
「敵兵へ死の雨を……[時雨毒]」
風呂で俺から言われた言葉がまだ残っている為、俺は“嫉妬“の力が暴走しないように微調整しつつ空へと[黒水]を放つ。
それは暗い空の雲と同化して、もはや人間の視界では認知は出来ない程に黒く馴染んでいた。
「………」
敵兵達が構える陣中へと進みだした黒い毒の雨。それを黙って見守るアキラは、薄く目を閉じて思考する。
“悪魔宿し“として世間に認知されている俺が、敵兵を蹴散らしたらルミナス聖国と俺が繋がっていると他国に思われるかもしれない。正反対の立ち位置にいるにも拘わらず、それは不味い。その為こうした地味な妨害しか俺には出来ない。
「唯一懸念があるとするなら、最初ルミナスに入る時に倒した兵士達に見られた事だな」
もういっそうの事、カルネージ帝国を滅ぼそうか。レヴィがこちらのいる限り、早々俺が負ける事は無い筈だ。更に言えばサタンまで味方についているのだから。
──また他力本願か。少しは自分の力で解決してみたらどうだ?それとも俺はただ利用しているだけか?レヴィアタンもサタンも。少なくとも俺なら悪魔達を逆に俺の物にするがな?契約など面倒な事しないで。
「うるさい……黙ってろ。…………チッ…!」
脳内に直接響く俺の声。その声は俺の神経を逆撫でするような事ばかり言いやがる。
俺に対してのイライラが募る毎に、“憤怒“の力が暴走しかけている。またしょうもない事で大きな火傷を負ってしまった。
「この国との関わりは無い……そう示さなければ国の信用を無くす…」
「アキ、ラは……それでいい、の…?」
作り出した毒の雨から生まれたレヴィは、俺の目を真っ直ぐと見つめながらそう聞いてきた。
「アキラ、がそれで…いいの、なら……わた、しは協力…する、よ?」
「……俺は──────」
────────────
「来たぞッ!!前衛は矢を放て!!そうして後衛部隊は魔法の詠唱を開始しろッ!!」
ルミナス聖国の騎士達の指揮官である屈強な男がそう叫び指示を飛ばす。国を護る壁の上上から次々と放たれる魔法や矢、石などがカルネージ軍へと直撃する。だが向こうはルミナスと比べて兵力が違いすぎる。いくら放っても、焼け石に水の状況が続いた。
「隊長…!矢、並びにマジックポーションの残りが少ない状況です…!後門側からの報告によると、壁が崩れるのは時間の問題だと…!」
「くっ……クソッ!“強欲“さえこの国にやって来なければ…ッ!」
石で出来た壁を殴り、その絶望的な状況に表情をしかめる。国を護る六剣。その全てが“強欲“によって敗北。
グリシャ・ボレアスは現在も意識不明の重体。ルミエール・ブライトも同じく全身を業火に焼かれ意識不明。レイヴ・フォールコンは植物状態になり、ジェーン・フラム右腕と右足を失い、ミル・クリークスは利き腕である右腕を失った。そしてクエイ・フォッシルが救う手立ても無く死亡した。
騎士達も国を捨てて逃げる者も少なくない。状況はあまりに絶望的だった。
「何としてでも守り抜くんだ…!必ず勝機は巡ってくる…!」
部下達への鼓舞であると同時に、自身へとまるで言い聞かせるようにそう発した時だった。
「蹴散らせ、[大海渦蛇龍]!!」
若い青年の声が何処から都もなく聞こえた次の瞬間、壁外に突如真っ黒な水が空から落下してきた。その姿はまるで神が下界に天誅を下すが如く、激しく降り注いだ黒い滝はカルネージ軍を呑み込んだ。
「フフフフフっ……あははははは!!死ねっ!死ね!!」
ゲラゲラと大声で笑う青年の声。それは先程起こった黒い滝が出現する前に聞こえた声と同じだった。
空へと視界を移せば、そこには不思議な仮面に黒い服装をした人間らしき人物がいた。
「あの姿あの翼…そしてこの現象…!間違いない、“悪魔宿し“だ…!!」
俺のその発言に、部下達は震えた声で怯えているのが見て取れた。
最悪だ…!ただでさえ劣勢だと言うのに、ここに来てまた“強欲“と同じ悪名高き“嫉妬“のテンドウ・アキラが現れるとは…!
「抵抗させる間も無く死へと誘えッ!!」
テンドウ・アキラは狂気的な笑みを浮かべ、そう叫ぶとカルネージ軍を呑み込んだ大量の黒い水が形を変え始めた。
「あ、あり得ん……あんな事…出来る訳がない…ッ!」
1滴残らず黒い水は空へと上り、その黒い水は巨大な大蛇のような龍へと変化した。
それは少し前に聞いた精霊国シルフィールに出現した黒き大蛇とは比べ物にならない程、禍々しく大きな巨体で地上を強く睨み付けていた。
「アキラの……指示…っ!!」
巨大な黒き蛇龍が人間の言葉を発した瞬間、カルネージ軍の陣中へと黒い光線を口から放った。それは一瞬だった。瞬きさえも許されぬ程の一瞬……その一瞬によって地形を大きく変える程の攻撃が放たれたのだ。
「アキラ…!何をやってるの…っ!?」
「あぁ?………来たか」
そんな時だった。空を埋め尽くす蛇龍の体の一部を凍結させ、そう叫ぶ声が聞こえた。
その声は国にいる者なら殆どが聞いた事のある少女の声だった。
「なんで…!なんでこんな事を…!?」
「…なんで、か。フフッ…俺と戦え、ミル。そうすれば教えてやらない事もないぞ?」
小馬鹿にするような笑みを浮かべたテンドウ・アキラは、地上に佇む片腕の少女、六剣の一角である、ミル・クリークスへとそう傲慢に言った。
アキラの立場上、仕方ないってやつだ。




