235話:最低だ
「ん……こんな所、かな?」
「お、終わりぃ…ですか…?」
ドサッ……と地面に倒れこんだけアキラは、ゼエゼエ…!と息を荒げて体をピクピクと痙攣させる。
現在時刻は午刻の裏。稽古を始めてから既に5時間以上経過していた。その間休憩一切無しのガチ稽古。後にアキラは、『彼女からは片腕が無いというハンデをまるで感じなかった』と語ったらしい…
「お疲れ様。やっぱりアキラには教え甲斐がある、ボクも少し熱中しすぎた」
ミルは額から流れる汗をタオルで拭くと、俺の側までやって来て笑みを浮かべる。
可愛い…のだが、今回の一件で軽いトラウマを植え付けられた気分だ。何故俺が怖く感じたのか、漸く気付いた。
「うわ、スッゴい汗…そのタオル貸してくれるか?俺も拭きたい」
「え……ダ、ダメ」
「なんでだよ…」
俺がそう言うと、ミルは手に持っていたタオルを隠すように自分の後ろへやると、少し頬を赤らめて拒否してきた。俺も汗でベトベトしてて気持ち悪いから拭きたいのに…意地悪せんといてよ。
「ボク…汗臭くないよね…?大丈夫だよね…?」
「え?なんか言った?」
「…!な、なんでもない…!」
「そう…だったら…よかった」
ボソッと聞こえたミルの声。普段なら難聴系主人公を意識するんだが…マジで聴こえなかったから聞き返したが、どうやら言いたくないようだ。
「うぃぃぃ~…!極楽極楽ぅ~」
「なんかオッサン臭いぞ、アキラ」
「うっせ!オッサン……じゃない事もないが、今はオッサンじゃねぇし!」
「何を言ってるんだ…?」
かなりハードな稽古も終わりに、俺とソルは少し早めのお風呂を頂いていた。運動後の風呂ってなんでこんなにも幸せなのだろうか。
「しっかしソル、お前の裸見るの初めてだがちゃんと飯食ってるのか?ヒョロヒョロじゃねぇか」
「うるさいな……食べても中々太れないんだよ」
「なら鍛えろよ。俺みたいなボディ、男なら憧れるだろ?」
グッ!とボディビルダーのようなポージングでソルに筋肉の素晴らしさをアピールする。
俺は本物のビルダーのようにバキバキではないものの、スマートな細マッチョ。胸筋でルーレットだって出来てしまう。女が1番好きな、ほんなボディを俺は持っている(偏見)
「おい立つなよ!お前の裸見てもいい事ないだろうが」
「何言ってやがる、俺のシックスパックは需要の塊だろうが!いい加減にしろ!」
「うわっ!こっち来んなよ!!」
筋肉が大好きだと言うまで洗脳しようと思って近付いたのだが、ソルは素早く風呂から上がって行ってしまった。普段は鈍いクセに素早い奴だ。
「何見てんだよ」
風呂から出ていったソルを見送った俺は、視界の端にある鏡に視線が向いた。
そこには俺を見て、まるで嘲笑うように笑みを浮かべている俺の姿があった。奴は何も喋らない。ただ此方を黙って見続けていた。薄気味悪い笑みを浮かべたまま。
「お前を見てると頭がおかしくなりそうなんだよ…!とっとと消えろよ…!消えてくれよ……ッ」
激しく痛むこめかみを抑えて、鏡に写る自分へとそう怒鳴る。
傍から見たら痛い中二患者だが、これはリアル。俺だってアイツを否定したい。だがアイツがそれを許してくれない。どこにいても、誰と話していても俺は俺の中に現れる。
──お前こそ消えろよ。俺にとって、弱いお前が邪魔で仕方ないんだ。なあ、頼むから消えてくれよ、無能。
「ッ…!黙れッ…!」
鏡に写る俺は、本体の俺とは違う動きをしてそうバカにするような声色で言った。
奴は鏡像なんかじゃない。アイツも俺自身なんだと理解してしまう。どれだけ否定しようとも、、
「………………くっ…!」
──なんだ?逃げるのか?ははっ、自分からも俺は逃げるのかよ!ホント腰抜けだな、俺って。そんなんだから直哉は死んだんだよ。お前のせいで直哉は死ん───
背後からの俺の声を無視して俺は風呂から上がる。本当に嫌な奴だ。だがアイツの言葉は紛れもない事実。全て本当の話だ。
「?なんだ、もう上がったのか?」
また壊れてしまいそうな感情を必死に抑えた俺に、ソルの声が聞こえてきた。ソルは脱衣場で今着替え終えたばかりの様子だった。
「ああ…ちょっと俺も調子に乗りすぎたみたいだ………少し…疲れたよ」
「…?なんかよく分からないけど、ゆっくり休め。ミルとの稽古を見ていたが、相当ハードだったみたいだったからな。その疲れが出たんだろ」
「……ああ、多分な」
俺はソルの言葉にそう答えながら早々に着替え終えると、足早に脱衣場を後にした。
『今は……不味い』
長い屋敷の廊下を無言で歩く。その足取りは異様に速く、どこか焦っているかのようだった。
『今ソルの側にいたら……俺は…彼を殺しかねない』
初めてだった。友とさえ感じている仲間に殺意を覚えたのは。あのままソルと一緒にいたら、きっと俺はソルの首をハネてた。
考えただけでもゾッとする。風呂から上がったばかりだというのに、嫌な汗が止まらない。
「っと……」「きゃっ…!」
あの場から立ち去る事だけを頭に歩いていた俺は、廊下の曲がり角で誰かと衝突してしまった。声で判断するに、女性のようだが…
「ローザ…ごめん、俺……」
「……別にいいわよ、怪我もしてないし。…………何かあった?」
「えっ……なんで?」
「顔色、悪いわよ?」
衝突したのはローザだった。
彼女は俺の顔を見ると、ゆっくりと立ち上がってそう言った。どうやら今の俺は顔色が悪いらしい。
「あはは……少し長湯し過ぎたみたい。すぐになおりますよ」
「……そう。ならいいわ」
「それじゃ…俺、行きますね」
「待ちなさい」
まだ心の整理がついていない状況で、ローザに出会ってしまった俺はそう嘘をついて早々に立ち去ろうとした。
だが背後からローザが俺を呼び止める。その声は……なんとも判断しにくい声色だ。怒っているようにも感じるし、悲しんでいるようにも感じる。
「何かあったのなら、少しは私に相談してくれてもいいんじゃないの?」
「ローザ…」
「ほ、ほらっ…私一応貴方の主人だし?話くらいなら聞くわよ?……それともミルじゃないとダメ…?」
少し恥ずかしそうにそう言ったローザだったが、俺の顔を見て真剣な表情でそう小さく言った。
「これは…この問題はミルにも言えない。だからごめんなさい……今は1人にしてください…」
「そう……呼び止めて悪かったわね」
「いえ…では…」
ローザはきっと俺の表情を見て、心配してくれたんだろう。あまり他人には関心の無い彼女の方から歩み寄ってくれた優しさを俺は無視してしまった。
「最低だ、俺……」
ポツリと溢れたその言葉を最後に、俺はその後何も発さずに自室へと戻った。
投稿失敗。




