232話:告白
激しく主人公に殺意を覚えました。
「違うんだ……俺が本物の天道明星で…!で、でもそれならアイツは俺じゃないのか…?アイツも俺で本物…?なら俺はなんなんだ…?ニセモノ…?ち、違う…!あは…あははは」
部屋の隅で踞るアキラは、うわ言のように自問自答を繰り返しては否定し、すぐに肯定する。
もうどれだけの時間を彼は同じ事を繰り返しただろうか、それほどまでに時間は経過していた。
「アキラ、ボクと少しお話をしよ…?」
「…っ!ち、違うんだよミル!俺が悪いんだ…!俺が記憶を失くさなければ君は右腕を失う事なんな無かったんだ…!俺の…せいなんだよ…」
ミルが大事なのに嫌っている。記憶を失くす前はきっと俺は彼女に憧れ、その背中を追っていた筈だ。こんな感情は間違っている……間違っているのに紛れもない本心なのもまた事実。
矛盾してるんだ、俺は……
鏡に写し出された俺が言った言葉は全て嘘。だが本当だ。どちらの言葉も嘘で、どちらも本当。まるで回るコインのように、表裏一体の感情なんだ。
「違う、アキラのせいなんかじゃない…!ボクが弱かった…ただそれだけの事。だから泣かないで…?アキラが泣くとボクも悲しくなるから…。君には笑っていてほしいんだ」
「違っ……俺が…!」
「ううん、違うよ。大丈夫、大丈夫だから……一旦落ち着こう?ねっ?」
「もう…平気?」
「……ああ。本当にすまなかった…」
部屋にあるソファにミルと対面で座った俺は、マグさんが持ってきた暖かい紅茶を飲んでいた。その目元は赤く腫れていて、ついさっきまで泣いていたのは誰が見ても明らかだった。
「……ねぇ、ボクとの記憶が無いって…どういう事なの…?」
「っ……それは………」
ミルの記憶だけが無い理由。その仮説は……俺自身がミルを嫌っているからだ。
鏡の俺が言っていた言葉は嘘であり本当。自分でも知らず知らずの内にミルを…妬んでいたんだろう。今考えれば俺に[羨望]が宿ったのはミルとの出会いがきっかけなのかもしれない…。きっと俺は彼女に対して、羨望の眼差しを向けていただろうか。
「俺は…きっと君に憧れていたんだ。それが多分原因だ…。俺より強くて優しくて……きっとそんな君を俺は敬うと同時にどこかで嫌っていたんだろう……だから俺は君との記憶に鍵をしたんだと…思う」
言うべきか言わないべきか悩んだ末に、俺はミルに正直にそう告白した。
ミルは驚いたように目を見開き、そして視線が下へと向いた。表情が変わらないのに、何故か俺はミルの感情を読める。これも彼女と過ごした日々で身に付いたモノなんだろうが……それさえも思い出せない。
「なんとなくだけど……分かってたよ。アキラは覚えてないかもだけど、ボクと真剣な試合をする時には必ず君は強い感情を向けてたから……」
じんわりと滲み出したミルの瞳は、今にも涙が溢れてしまいそうで、声も段々と小さくなっていく。
「ボクの事……嫌いだったんだね…」
「…っ!それは違う!!」
「えっ…?」
「ミルを大事に思う気持ちと、ミルを嫌う気持ち…どちらが俺の本心なのかは分からない…。
だけどこの気持ちは嘘じゃない!大切な人…────っ!!大切な師匠なんだ!!」
ぐちゃぐちゃになり掛けた感情。その時黒く染まり掛けた感情に一瞬光が灯った。
ほんの僅かだが、ミルとの記憶を一瞬だけ見た。
───俺がミルに土下座して頼み込んでいる姿を。
「ミルは俺の大切な師匠。……優しい君の事だ、さっきみたいに惨めな俺を優しく慰め、抱き締めてくれたんだろう…?今よりもずっと弱かった俺を守ってくれたのは君なんだろ…?その恩は必ず返す。今度は俺がミルを守る番だ」
俺はソファから立ち上がり、ミルの前で跪く。そして彼女の目を真っ直ぐと見ながら、左手を掴み強く誓う。
「ボクは……前のように腕が無い無力なんだよ…?アキラの夢の邪魔をしたくない……ボクはアキラの笑った顔が…その、好きなんだ…!」
「ならその為にはミルがいてくれなきゃ無理だ!俺は多分……ううん、絶対にミルがいなきゃ頑張れないからさ!まだまだ未熟者だけど…ミルを守れるくらいの男になってみせるよ!」
最後にかけて強くそう言ったミルに、俺は小さな笑みを向けてそうハッキリと伝える。
俺がメランコリーと共にいた時、何故あんなにも寂しく感じたのか……それはミルが俺にとってそれほどまでに大きな存在になっていたからだ。
『やっぱこれって好きって事なのかな……30歳の俺がこんな少女に惚れる、か。はは、捕まりかねないな』
そもそも彼女との記憶は無いにしろ、ミルは絶対に誰かのヒロインなんだろう。つまり魅力もたっぷりあるって事だ。モブが惚れない方がおかしいってもんだ。つまり正常、セーフだ。
「ふふっ、なんだか懐かしいな…」
「え?何が?」
「アキラのその表情だよ。変な事考えてる時の顔、だね」
へ、変な事じゃねぇーし!
いや待て……ヒロインだのどうの考えてるの変な事じゃね?一般的に考えて。うわっ……俺の思考変過ぎ…?
「ボクとの記憶が思い出せないなら、新しい記憶を…想い出を一緒に作っていこう」
「あっ、それいいね!」
小さくふふっ、と微笑んだミルの提案は今の俺に打ってつけだった。
2度と戻らない記憶なんだったら、新しい記憶を作ればいいじゃない作戦だ。
「想い出の最初の1ページは印象に残る事をしよう」
「そうだね。なら俺の魂に刻み込んでやるよ!」
泣ける名シーンを台無しにした所で、ミルは何かを思い付いたのか、可愛らしく手をパタパタと動かして俺を近くに呼んだ。
「なら…こういうのはどう、かな?」
「え?なになに?いったいどんな────っ!?!?」
ミルに近付いた瞬間だった。
ミルは一瞬悪巧みのような顔をした次の瞬間、彼女の唇が俺の唇に触れた。
俗に言うキスだ。接吻だ。恋人同士でする……あれだ。あれを…ミルからされた。
──え?え…?……え?えぇーと……え?
大混乱で脳内はショート。思考不能になりつつも、今の現象を必死に理解しようと脳みそをフル回転させる。
そんな混乱中でフリーズしている俺から唇を離したミルは、小悪魔的な笑みを浮かべ、、
「好きだよ、アキラ」
可愛らしい笑みのままそう言ったミル。
冗談……その可能性も考えたが、彼女の眼は真剣そのものだ。とても嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をついてまでキスをする理由が無い。
OK、一旦落ち着こうか。ここは男らしく、威厳ある風に答えるのがベスト。その辺は既にラノベで予習済みなのだよ。見てろよ見てろよ?俺のカッコいい返答を…!
「へぇっ…!?」
俺はそんな間抜けな声を出して、またしてもショートするのであった。
カッコいい返答…出来なかったよ……
ふざけるな…!色々ふざけんなよクソがッ!!
ある意味アキラらしい返答ですね。
こいつみたいなクズにはピッタリだ、ハッハッハ!……はぁ




