231話:俺はオレで俺はおれ
「着きました」
「ここにミルが……」
マグさんの案内の元、歩き続ける事数分。先程のフラム家の屋敷と同じく、大きな屋敷に到着した。
「アキラ様、その…ミル御嬢様なのですが……大変心に大きな傷を負ってしまっています。ですがアキラ様に会えばきっとミル御嬢様も元気になります…」
「え…それって……」
重々しい雰囲気でそう言ったマグさん。俺はその言葉が一瞬理解できなかったが、ジェーンが言っていた『かなり重症を負ッていた』という言葉が頭を過った。
「では後程ミル御嬢様の御部屋にお飲み物を御持ちします」
「………え、あっ…!」
俺がジェーンの言葉を思い出している内に、一礼したマグさんはどこかへと歩いて行ってしまった。ミルの部屋、それがどこにあるのかを聞けないまま。
「それらしい部屋を…探すとするかな」
仕方なく扉を適当に開けていく。
空部屋だったりトイレだったり、はたまた倉庫だったりもした。やっている事は【リゼロ】のベアトリスに会う為の手段と似ている。
「あっ………」
そんな時だった。
8つ目の扉を開けた瞬間、全身に鳥肌が立った。俺の視線の先にはベッドから外の風景を眺めている薄灰色の髪に長い三つ編みの少女がいた。
彼女は俺の存在に気付くと、此方に振り向きニコリと小さく微笑んだ。
「えと…久し振りだね。アキラ」
「…………ミル…?」
消えてしまいそうな程小さくか細い声が部屋に響くと、ミルは『ん…』と頷いた。
彼女だ、彼女が俺の大切な存在の少女だ。靄の掛かっていた彼女の顔がハッキリと思い出せる。それなのに彼女との記憶は無い。
「ミル…!ミル……ッ」
「おふっ…!……どうしたの?アキラ…」
気が付いたら俺は彼女に抱き付いていた。それはまるで泣き付く幼い子供のように、歳に似合わず涙を大量に流しながら。
困惑しつつも優しく俺の頭を撫でてくれたミル。俺だって何で突然動いたのかは分からない。何で泣いているのかさえ、自分でもよく分かっていなかった。
「寂し…かった…!辛かったよ……ッ」
「そんなに泣いてたら分からないよ……何があったの?ボクがちゃんと全部聞くから…ゆっくり話して?」
彼女との思いでも記憶も無い。ただ覚えているのは彼女の存在だけ。それなのに俺は今、彼女に…ミルに子供のように甘えている。
吐き気がする。何故俺がこんな事をしているのか理解が出来ない。こんなの俺じゃない……お前は本当に俺なのか?
「違っ…!ちがうちがうちがう…ッ!!俺は俺だ!!」
「アキラ…?どうしたの?ねぇ大丈夫?」
弱さを捨ててこその主人公だろう?そんな主人公に憧れている俺が誰かに甘えてはダメだろう?
お前は本当に俺なのか?本当に天道明星なのか?
「俺は……ッ…!天道…!明星だッ!!」
頭が割れるように痛い。
脳内に俺の声が響き続ける。俺の意識じゃない俺が話続けている。それは俺で話しているのは俺。俺が俺で俺は俺。
ならおれは誰だ?お前はオレなのか?誰だお前は。
「黙れぇぇぇッッ!!俺が天道アキラだ!!俺じゃない……俺は引っ込んでろッ!!ああああああ!!!!」
壁に何度も頭を打ち付けるアキラは、額から赤い血を流しながらも何度も何度も繰り返して頭を壁に打ち続けた。
そんな時だった
「お前……誰だ…?」
部屋にある鏡に写し出された俺の姿。
額から大量の血を流す俺は、此方を向いて笑っていた。
「誰だって聞いてんだよッ!!お前は誰なんだよ!!?」
気が付けば俺は自身が写し出されている鏡を殴っていた。砕け散る鏡と、飛び散る真っ赤な血。割れた破片に写し出された俺は、未だに俺を見て笑っていた。
───俺はお前だよ…!
ハッキリと聞こえた。
俺の声で、俺の姿で、鏡に写し出された俺はそうハッキリと言った。
「ミルは俺にとって大事な存在だ……記憶は無くても心が覚えてる…!」
──だが俺はミルが大嫌いだ。俺より優れたミルは、何歩も先を歩いてる。俺の嫌いな天才だからな
「俺は…主人公になるんだ……その為にここに…異世界に来たんだ…」
──だが俺じゃあ主人公にはなれない。それは自分が1番分かってるんだろ?無力で非力で自惚れ屋で……どうしようもねぇクズのくせして笑わせんな
「……仲間、そう仲間がいる…!俺の大事な仲間で友達だ!!」
──だが俺はアイツらを自身の踏み台だと思ってる。大事な仲間?大事な友達?ハッ…くだらねぇ、本当はそう思ってるくせに
「……………親友だって俺には───」
──親友、ねぇ?どうせ俺は親友のピンチを今回も救えない。今回のだってそうさ、俺の親友のピンチに俺は駆け付けなかった。どうせ俺はまた親友を亡くす。期待するだけ無駄なんだよ、俺には親友は絶対に救えない。
「違う…!俺はそんな風に思ってなんかない…!俺は主人公になるんだ…!その為に俺は……俺はここまで頑張って来たんだ…!主人公は仲間を捨てたりなんかしない!!」
──どうかな。お前は俺なんだ、どうせすぐにボロが出る。いや、もう出てるか?その時が来たら嫌でも理解するさ、俺はどうしようもないクズでバカで無力で向こう見ず。そのくせして夢はデカくてプライドも高いときたもんだ
「黙れ……」
──お前は俺なんだ、俺の全ては俺が1番理解している。それは俺が1番分かってるんだろ?
「黙れ……!」
──ろくでもないお前はきっとまた絶望する。望むだけ無駄なんだよ、俺はいつだってそうなんだから。俺は何をやっても中途半端で結果は出ない。高望みしても無駄なのを何故理解しない?いや、何故受け入れない?拒んだ所で結果は見えてる、そうだろ?俺
「黙れっつってんだろうが!!」
「もうやめて…!アキラ!もうやめてよ……」
俺の姿が写らぬように、砕けた鏡を拳で粉砕した所で俺を強く抱き締めたミル。
そこで漸く気が付いた。
──彼女の右腕が失くなっている事に……
「は……はははは…何が大切な存在だよ…。結局守れてないじゃないか…」
俺が記憶を失わなければ、彼女は大切な右腕を失くす事は無かっただろう。
俺のせいだ。
俺が“強欲“の存在にもっといち早く反応して動いていた、ジェーンは傷を負う事なく、聖剣を奪われる事も無かっただろう。
俺の……せいだ。
「全部………俺のせいなんだよ」
それはちと傲慢過ぎるよぉ~




