186話:狡い戦い
タイトル難産
「あっははっ!お姉さんよっわ~い♡そんなんじゃ、私達に殺られちゃうぞっ♡」
「や、やや殺られちゃうぞ…!」
巧みな連携で攻防一体の動きをするサイドテールの姉妹。子供だからと少々油断が過ぎた。流れは完全にあの姉妹に向いてしまっている。
「くっ…!仕方ない、少し力を解放する…!」
グラッジゾークに力を籠めると、漆黒の刃から赤黒い瘴気が流れ始めた。
ザックリ言ってしまえばこれは毒ガス。殺す為だけに生まれた毒であり、使用者であるローザまで危険が及ぶ。
「よ、よく分からないけど……チャンス…!」
「待ちなさいっ!!」
赤黒い瘴気を漂い始めたローザが一時止まった。その隙を狙って、メルトが巨大な大鎌を振り下ろそうとした瞬間に姉であるメルナが止めた。
「ど、どうしたの…?」
「あれは……ちょっとヤバいよ。吸ったら多分即死する」
「あら?気が付いたのね。てっきり貴女は頭が悪いと思ってたのだけれど」
「あっははっ!───なにそれ面白くないよ」
相手を小馬鹿にする笑いから一転、真顔となったメルナはその大鎌を回転させ、突風を生みながらローザへと向かう。
「瘴気が…っ!──!!」
「甘いよ、お姉さんお菓子よりも甘い」
急接近したメルナ、そう呟きながら大鎌を掬い上げるように振る。その華奢な体ならは考えられない程力が籠っており、衝撃によってグラッジゾークを手離してしまう。
『っ……今グラッジゾークから手を離さなければ切り落とされてた…!』
『頭が悪いと思っていた』その言葉に激怒したのかは分からないが、メルナの顔から笑みが消える。だが頭の中は冷静であり、中々侮れない相手だ。
「──っ!!」
「あ……殺し損ねた…」
メルナに意識が向きすぎた。
妹であるメルトの攻撃を僅かに背中に受けてしまった。後数秒反応が遅れていたら……そう考えるだけで冷や汗が出てくる。
「あ~っ!ズルい、[治癒]を使うなんてっ!」
「フンッ、これは命を懸けた戦いよ?そんな甘い言葉が通じる訳がないでしょ」
「むぅーっ!!私達は[治癒]全般使えないのに~!!」
地団駄を踏んで、いかにも怒っているといった仕草をするメルナ。コロコロと表情が変わって本心が読み取れない。それなら妹の方から狙う。そう考えたローザはグラッジゾークへと手を翳し、引き寄せてメルトへと走る。
「──先ずは貴女から消えてもらう…っ!」
「ヒッ…!?」
怯えた表情をしたメルトの首を狙った剣が当たる。だが手応えが無く、次の瞬間には私の背中に激痛が走った。
「ウグっ…!!な、何が…!?」
「こ、怖いよぉ…お姉ちゃん…」
「ひっどぉ~い、メルトから狙うなんて最低~♡」
いつの間にかメルナの背後へと移動し、震えているメルト。おかしい……まるで突然その場所に移動したかのように立っている。背中に受けた攻撃も不明だ。さっきもそうだったが、何故背後から……
『まさか……影を移動しているの…?』
もしそうなら、私の攻撃が当たる瞬間に私の影から背後へと回って攻撃し、姉のメルナの影へと移動した…?
「成る程ね、面白い事してくれるじゃない」
「あれ?あれれっ?もしかして気付いちゃった?──でもやっぱりお姉さんは甘いよ♡」
クスっとメルナが笑った瞬間、背後にいたメルトが消えた。この体制では背後へと振り返る時間は無い。完全にタイミングに狙っての攻撃…やはり姉の方は頭がキレるようだ。
「えへ、へへ…!これで終わ───っ!?」
勝利を確信した笑みを浮かべたメルトだったが、大鎌に当たった硬い物質に表情を変える。
「甘い?誰の事を言っているのかしら?」
無傷のローザ。彼女は背後へと振り返る事もなく、ただグラッジゾークを地面に突き刺しただけ。
「あれは壁…?たった数秒で防壁を張ったと言うの…!?」
「厳密には違うわ、ただ鎌の威力を殺しただけよ」
「そんなバカな…!」
グラッジゾークに殺せぬモノは無い。そう伝えられてきた邪剣だ、まだ所有者が未熟であっても、鎌の攻撃くらいならその威力さえも殺せてしまう。
「ズルいよ…そんなのズルいじゃないのっ!!」
「確かに私もこの力は狡いと思うわ。でもこれは殺し合い……それなら私は狡い能力だって使って生き残るわ、ランカスター家の長女として…!」
「ランカスター家ですって…!?なんで吸血鬼族の王族がこんな所に…!?」
「知っている人間もいるのね。でもそれは随分昔の話。今は森の奥深くでひっそりと暮らす吸血鬼族よ」
少しの笑みを乗せてそう語ったローザは、メルナとメルトへとグラッジゾークを向ける。
「ここからは本気。子供だからって手加減はしないわ」
深紅の瞳を輝かせ、その背中に大きな翼を生やしたローザは視線を鋭く尖らせる。溢れ出るそのオーラは、まさに女帝。吸血鬼族の王族に恥じぬ気配を漂わせていた。
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───旧リンガス城周辺
「あ、はははっ…!どう、したの?まだ…終わらない、よね?」
「恐れるな!!“七つの大罪“の一角とはいえ、所詮は1匹の悪魔に過ぎない!!我々の正義を見せ付けるのだッ!!」
赤い色をした長髪の男がそう叫ぶと、震えていた者達が立ち上がる。
どうやらあの男には味方を鼓舞する能力があるようだ。実に面白い。興味の引かれたレヴィアタン、その力を消さずに観察をする。
「一瞬、で…奮い立たせ、るのか……まる、で洗脳…だね」
「黙れッ!!俺の力はそんな薄汚れた力などではないッ!」
奮い立たせられた者達は魔法の詠唱を始める。赤い長髪の男が指示を出し、詠唱時間による隙が出来ぬように一定のリズムで何度も聖属性の魔法が放たれる。
『魔力切れ、が起こらな…い…?──あぁ……あの、人間だ』
眼鏡を掛けた少女が場違いにも瞳を閉じて、何やらブツブツと言葉を発している。あそこから不思議な力を感じ取ったレヴィアタンは、小うるさい聖職者達の攻撃を防ぎながら観察をする。
「守り、固そう……」
その眼鏡の少女を守るように、囲っている男達がいる。観察は終わりだ。ふぅ…っと気だるそうにように息を吐いて、指先に黒い水を集める。
「飽き、た」
誰にも聞こえぬ程小さな声でそう呟いたレヴィアタンは、地上に向けてその指を翳した。
ビー玉程の大きさだった黒い水は、進むにつれて倍に増え、地上の聖職者達に届く頃には軽く1000越えていた。
「ふふっ、ふふふ…!」
悲痛な叫びが聴こえてくる。
当然だ、あの黒い水はただの水じゃない。毒性を持っている。当たれば最後、死にたくなる程の激痛が長時間続く。
「バ、カな…!?たった一撃で…ッ…ァァァ…!!」
地面に這いつくばり、口から血反吐を吐く赤い長髪の男。愉快だった。敵意を、殺意を、何より見下しているような感情が嫌で仕方なかった。だがそんな感情を向けていた者達は全員苦痛に震えている。
「…?あの人間、はどこ…?」
レヴィアタンを見て、頬を染め上げるようにしていたラディウス枢機卿の姿が見えない事に疑念を抱く。真っ先に向かってくる程の気迫だったにも拘わらず、ここにはいない……ならいったいどこへ?
「──…!まさ、か……アキ、ラの所…?」
背後から照らされた大きな光。それはまるで巨大な十字架であり、まさか…と考えるレヴィアタン。
しかしその考えは変わり果てた地上の雰囲気によって消された。
「見付けた………」
段々と凍り付いていく町並み。それはもがき苦しむ聖道協会の者にさえ及んでいた。
まるで氷河だ。そう思ってしまう程に地上は吹雪と共に凍てつき、変わり果てていた。
「君、は…………あぁ…アキ、ラの師、だったね」
厄介そうに小さく微笑んだレヴィアタン。その視線の先には暗い瞳を鈍く輝かせた薄灰色の髪をした少女、ミル・クリークスが立っていた。
ミル、合流。つよい…(確信)




