177話:惚れてはいない
アクエリアスの激闘は終わり、予定よりも2日以上速くアップグルント海峡を越えて、遂にガンナード人大陸にやってきた。
特に懐かしいとかは感じる事は無く、リベレーという港町をキョロキョロとする。
「この辺は魔族と人間が共存する数少ない港なのよ」
「へぇー道理で」
船の積み荷なんかをガチムチなお兄さん達が運んでいる。この中には人間と魔族がおり、本当に共存しているって感じだ。
「俺達の乗って来た船員達も人間っぽかったですが……魔族じゃなかったのか」
「いいえ、少し違うわ。あの者達はハジメの隣にいた少女と同じ半人よ」
「あ、成る程」
てなると出発した時の町、リベローラも魔族と人間が共存してるって事か。人間より立場が低い半人が差別されず、仕事してるってなんかいいな。
「ここからリンガス王国ってどれくらいですか?」
「リベレーからだとそうね……竜車で急げば翌朝には到着するんじゃないかしら?」
今が巳刻の裏だから、大体12時間くらい掛かるのか。結構遠いな。
「でももう暗くなる時間帯だから竜車は出ないわ。今日はこの町で一泊して、明日の早朝向かいましょう」
「そうですね」
町の時計台を見ながらそう言ったローザ。確かにもう夕方だもんな、宿取らなくちゃ。
また2人一部屋なんて事態は勘弁だ。お互いに気まずいからな。
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リベレーは港町だけあって宿の数が多い。今回は無事に2部屋取れたので、俺も一安心なのだが、、
「何故俺の部屋に…?」
「1人はつまらないからよ。アキラといる方が…楽しいし」
「そう…ですか」
ローザは俺の部屋にやって来て、ソファーに座って新聞を読みながらそう言うと、静かにページ捲った。これが楽しいのか…?俺には分からない。
なので俺はスロー上体起こしを始める。軽く300やって、その後腕立て伏せを限界までやるとしよう。
「……リンガス王国は七つの大罪・嫉妬のレヴィアタンが支配している。そこに引かれたという事は、その悪魔と何らかの関わりがあるのかしらね」
「どうでしょう……本当に何も覚えてなくて…」
「…そう。まぁ私はアキラが悪魔との関わりを持っていても、そ…側にいるから…!いいわねっ!?」
「は、はいっ!!」
なんだ急に大きな声を出して……
あれか?自分で言ってて恥ずかしくなったってやつか?確かに『側にいる』って言うのは恥ずかしいよね、俺ならこの場から逃げてる。
「それとアキラ、悪い報告よ。例のリンガス王国だけど、聖導協会が攻撃を開始したそうよ。……どうしたの?そんな怖い顔して…」
「いえ……何でも無いです。それじゃあもうレヴィアタンはいないんですか?」
何故か聖導協会という言葉に強い殺意を覚えたが、ローザの不安そうな顔を見て押し殺す。
だが俺が引かれる原因の筈である、レヴィアタンが討伐されてしまったのは困る。
「いいえ…この新聞には討伐失敗と書かれているわ。なんでも黒い壁を張って、侵入すらさせていないそうよ」
「…!そうですか…!」
何故か安心している俺がいた。理由は不明だが、ホッと胸を撫で下ろす。
だが今の分かった事がある。恐らく聖導協会には何か怨みがあるのだろう。そしてレヴィアタンが討伐失敗で感じた安心感……どうやら俺はレヴィアタンと深い関わりがあったようだ。その過程で聖導協会とぶつかったのだろう。
「無くなった記憶の鍵はレヴィアタン、か……」
「でも先ずは黒い壁とやらを越える必要があるけどね」
「多分ですけど、大丈夫ですよ」
「…?何か根拠でもあるの?」
「無いですけど……絶対にレヴィアタンは俺を通してくれる、そんな気がするんです!」
「はぁ…?でも、そうね……アキラが言う事は大体当たるし……そういう加護でもあるのかしら…」
一瞬呆れたような顔をしたローザだったが、すぐに真剣な顔になってブツブツと何か喋っている。耳を澄ませば聴こえる──訳もなく、微妙に聴こえない。
「あの、ローザ?そろそろ遅い時間だけど……お部屋に戻らなくていいんですか?」
チラッと壁掛け時計を見れば、日本時間で22時過ぎ……戦いで疲れているであろうに、一向に部屋へと戻ろうとしない。
「……今日はこっちで寝る」
「ダメですよ!!?男は狼なんですから!!」
「アキラは…そういう事する人なの…?」
「いや違いますけど!!違いますけどぉ……ああああ!!良い所の娘さんがそんな無警戒でどうすんだって事ですよ!!はいはーい、部屋へ戻りましょーう!」
「あっ…!ちょ、ちょっと…っ!」
バタンッ!!
強制的にローザを部屋から出す事に成功。いやー危ない危ない、あれ以上同じ部屋にいたら変な雰囲気になる所だった。そういう空気すら体験した事ないから多分だけどッ!
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そして翌日の早朝。
朝早くから行動を開始した俺とローザは、朝1番の竜車へと乗り込んだ。圧倒的始発感を感じながら、隣の不機嫌なローザと並んで座る。
「あの、ローザさん…?」
「何かしら?」
「怒ってます?」
「別に」
嘘つけ!…とは流石に言えないよな……
昨日部屋から追い出したから怒ってるとか?でもローザは俺の事を好きでも何でもない筈だ。一緒にいればそれくらい分かる。
なら何で怒っている?
『まさか…まだ俺を陥落させるつもりなのか?ここはランカスター家にハッキリ言った方がいいな……婿養子になりませんって』
これじゃあローザが辛すぎるだろ……ただでさえ男性慣れしてないってのに……
俺が“キング“にさえならなければこうはならなかったのか…?
「ローザは……俺の事、異性として好きじゃないですよね?」
「な、なななっ!??何突然言い出すのよっ!!」
ムスッとしてたのが一気に赤面。普段のクール顔が台無しレベルだ。
しかしこの反応……まさか俺を好きとか?一体いつ惚れた……?それっぽい言葉も言った覚えたは無いのだが…
「当たり前でしょ!?当然の事を聞かないでよっ!!」
「うぐっ…!」
……いや、分かってたよ、わかってたけど……少しだけ期待してしまった…。いやローザの反応は正しいんだけどね…?ツンデレキャラって素直にならてないだけだからワンチャン──
『何マジになってんだ俺……むしろ喜ぶべきだろうが』
あほくさ……
これでエルザさんにハッキリ言えるんだ、お互いに良かったじゃないか。娘思いのあの人の事だ、俺から言えばやめてくれるだろう。
「ただ……」
「え?」
頭が頭を冷えきった所で、ローザがモジモジとしながら小さな声で口を開いた。
「ただ……アキラをお父様と重ねてしまうのよ……雰囲気も髪色も似ているから。だから嫌いって訳じゃない、から…!それだけよっ!」
「………」
これは……喜んでいいのか?何だろう、素直に喜べないな…
まぁこれでローザが俺に惚れていない事が分かったからいいか。気が向いたら頭でも撫でてみようかな?父親っぽく。まあ俺30歳の独身童貞なんだけどさ。
自惚れんな




