170話:浮上する
長いって…
『ここは……どこだ…』
目を開けても何も見えない暗闇。そして胸に感じる潰されるような感覚と体の浮遊感。
一体ここはどこなんだ…?
『あー…クソ……頭が回んねぇ…』
意識があるのに思考がろくに出来ない。ほぼ気絶に近いのかもしれない。だが肺がとても苦しいのだけは伝わってくる。
『そうだ俺は………ならここは海…?』
漸く思い出す事が出来た俺は、指先を動かそうとするかピクリとも動かない。体に負ったダメージがデカ過ぎたようだ。
『体の再生はどうせすぐに始まる…………今俺が水中で生きているのも“キング“の効果なのか…?』
海で光が届かない場所と言ったら深海だ。深海の定義は200mより下だった筈。とても人間が耐えられる世界じゃないのだが…何故俺はまだ生きている?
『いや…理由はどうでもいいな。早く戻らないと…』
自分の命がすり減っていくのを感じる。それは深海のダメージ、そしてアクエリアスから受けたダメージが俺の再生を上回っているという事だ。この再生だって無限には出来ない。なんせ寿命を大きく取られるからな。
『…?体が…動かない……まだ再生が追い付かないのか…?』
だがいつまで経っても体が言う事を聞かない。まるで鉄の塊にでもなったように重く感じた。まさか俺は……ここで死ぬっていうのか…?
『───ッ!嫌だ…ッ!死ねない…!まだ死ぬ訳にはいかないのに!!』
距離感さえ掴めない暗闇という恐怖に煽られ、アキラは水中の中で激しく暴れる。その姿はとても醜く、不様な姿に他ならない。それでもアキラは空があるであろう場所へと手を伸ばす。
『誰か…!──助けて…ッ!死にたくない死にたくない…ッッ!!───誰か……』
暴れながらも最後まで手を伸ばす。
すると何者かが俺の腕に噛みつき、上へと引っ張っていく感覚を覚える。一瞬深海の魔物に襲われたと考えたが、腕を噛み切るでも更に下へと連れていく訳でもなさそうだ。なにより敵意を感じない。
『誰でもいい……助けてくれてありがとう』
水中では喋れないので、俺は心の中で感謝の言葉を述べた。俺を引っ張っている奴がどんな怪物だろうか、悪魔だろうがこの感謝の気持ちは変わらない。
うっすらと開いた目でも確認出来る程に、段々と明るい光が見えてくる。生きれると実感出来る暖かな光に、俺は思わず涙を流してしまいそうになる。
だがそんな暇は無いし、そんなカッコ悪い事はしたくない。
『コイツはハジメの…』
明るくなった水中で漸く見えた恩人ならぬ、恩鯱の姿。主人公補正のあるハジメの事だ、俺がいなくなった事に誰よりも早くに気付き、俺にこのシャチを送ってくれたんだろう。
『やっぱりアイツは──いや、主人公達は良い奴ばっかりだ。それと比べて俺は……惨めだな』
ハジメは俺の言動のせいで俺を疑っていた。にも拘わらず今こうして助けるという選択肢を選んだ結果が今俺が生きている事。俺がハジメの立場だったら助けるかどうか分からない。死んだ可能性の方が高いから。
惨めすぎる。ハジメと俺が根本から違う事なんか始めから知っていた。だけどこうして比べてしまうと虚しくて仕方ない。
『……下らない事を考えるな。どれだけ考えても俺には答えなんか出ないんだから』
水面に上がった俺は、シャチの頭を軽く撫でて顔の水滴を手で拭う。その際シャチには嫌がられるという悲しい事があったが、まあ今気にする事じゃない。
それよりも現状の確認だ。どれだけの間俺は海の中にいた?
「日が落ち始めてる……出発時刻が卯刻の裏だったの考えるに…今は午刻の裏か」
日が落ちる前にアイツを倒すか逃げるかしなければ厄介だ。俺とローザは夜目がきくが、通常の人間には──いや、ハジメなら平気か。
だが魔物達はどうか。夜行性な魔物は今活動しないだろうし、異世界の魚がどうかは知らないが魚は基本夜に寝る。それは戦力共に、アクエリアスを倒しきる1撃を与えられないという事だ。
「だが状況が差ほど変わっていない……ハジメやローザ達のお陰、なのか…?」
今も尚激しい戦闘を繰り広げてはいるが、先の戦いよりはアクエリアスが弱く見える。触手のスピードも落ちているし、放たれる蒼白い光線も少ない。
「まさかあの大業を撃つと一時的に弱体化する、とか?それも含めてハジメに伝えないと…!」
俺が命懸けで得たアクエリアスの弱点をハジメに伝えなければならない。悔しいがアクエリアスを倒せる可能性があるならハジメ以外いない。
俺はアクエリアスの攻撃に巻き込まれぬように気を付けながら空へと舞った。
─────────────
「っ…!シェバニーから信号が来た!」
シェバニーと視界を共有すれば、アキラの姿が見える。あれほどの攻撃だったにも拘わらず、体は五体満足で傷1つ無い。改めて謎の男だと思うと同時に、生きている事に安堵する。
「ハジメッ!アクエリアスの弱点がわかったぞ!」
そうこうしている内に船に戻ってきたアキラ。ビショビショなのも気にせず、真っ先に俺へと報告してきた。
「アクエリアスの弱点、それはあの水瓶の中にある水だ!!」
「まさかそんな…!だ、だってアイツは水瓶の水を攻撃に使っていたじゃないか…!」
もしアキラが言っている事が本当なら、わざわざ弱点を武器にするなんて異常だ。どこまで弱点に効くかは分からないが、そんな事をするなんて……
「だからアイツは水瓶の水をやたら滅多に放たないんだ!無限にある海水を貯めればすぐに撃てる強力な業のに…!あの4つの水瓶内に1つが弱点の1等星の筈だ」
小学生の頃に見た星座表を思い返してみれば、アクエリアスの1等星は確か水瓶の水だった。みなみのうお座と重なっているのが印象に残っている。
「私がさっき殺したのは右下の水瓶の水……アキラの言っている通りなら、残る3つの水瓶の中にその弱点があるって事ね?」
「はい、それで間違いない筈です。読んだ記事にもそのコアを破壊すれば、【厄災の十二使徒】は──死ぬ…!」
勝機が見えた瞬間だった。
自信に満ちたアキラの言葉は信用に値する。何故ならアキラがその命を危うく落とす程に命懸けで見付けた答えだからだ。
「あの水瓶から放たれる水はとても速い……あの時は私ではなくアキラに敵意が向いていたから殺せたけど、流石に真正面からはやれる自信が無いわ」
「ええ…それは俺が身をもって知りました……──だからハジメ、ここからはお前が頼りだ。魔物達の力を最大限引き出せるお前の…!」
俺の肩に手を置いたアキラは真っ直ぐと俺の瞳を見つめた。その瞳からは暗く強い意思を感じるが、それを投げ捨ててでも俺に託すという強い意思も感じる。
「任せてくれ、アキラが命懸けで得たこの機会を逃しはしない…!」
アキラの意思を無駄にはしない。
恐らく俺を嫌っているであろうアキラが俺に託すと決めたんだ、ならそれに答えてこそ男ってもんだろ…!
『皆、恥ずかしい所は見せられない…!全力で勝ちに行こうッッ!!』
周囲で星屑の厄と戦っている魔物達へと言葉を送る。これで失敗すれば俺達は全員死ぬだろう。失敗は許されない。
「すー……はぁ…──よしっ…!」
俺はゆっくりと深呼吸をし、気合いを入れて動き出す。向かうは前方に見える巨大な怪物、厄災の十二使徒・宝瓶宮のアクエリアス。
「勝つッ…!──必ず…!」
なんかアキラが主人公の周りにいるキャラ臭いな……いやいつも通りなんだけどさ…
アクエリアスが弱く感じた人、多分大丈夫です(ネタバレ)




