167話:主人公は俺だ
絶望状態の船員達。その全員が死を悟ったような表情と共に震えている。だがこの中で3人だけが動き出していた。
「待ちなさいアキラ!無闇に突っ込んでは勝てる見込みは無いわ!」
「それは分かってます!だけど誰が囮にならなければこの船は沈む!!」
隣を共に駆けていたローザへそれだけ言うと、背中に黒の翼を生やして飛翔する。
そしてすぐさま投げナイフで自身の腕を切り、血を槍にして攻撃を仕掛ける。
「空を飛べる俺にヘイトを向けなければあの船は1発だ…!」
アクエリアスがどんな能力を持っているかは知らない。だが海で現れたということは、ここは奴のテリトリー。あの巨体だ、逃げる事は不可能だろうし、まずこの船が遅すぎで良い的だ。
「ッ…!早速か!」
大雨の中を突き進む俺は、船から離れるように空中を飛び回る。霧まで深く立ち込めるこの海域で、蒼白い光の後に光線が放たれる。
「クソッ…!霧が濃すぎて距離が掴めない…!」
オマケに雨によって眼は潰され、風によって思うように飛べない。思うように行かないこの状況下で、勝率は低すぎる。
『クッ…俺だけじゃとても倒せないぞ、あんな怪物…!』
俺の本領は近接による体術と二刀流。遠距離攻撃は先程のように自身の血を飛ばす他無い。
更にあの巨大な影は船を囲うように、至る場所に現れる。距離はおろか、場所さえも掴めないまま一方的に攻撃されては勝機をまるで感じられない。
「ミザリーは空に穴を開ける勢いで魔法を放ってくれ!シェバニー、行くぞ!!」
そんな時、船から飛び出た1人の人間。それはこの状況を打破できる可能性を1番に秘めた男、一始だった。
彼は巨大なシャチに股がって荒れ狂う海を渡っている。船内では犬耳従者のミザリーが魔法を唱え始めている。何か始まるな。
「天を分ける太陽の光!太陽光線っ!」
ミザリーのそう唱えた瞬間、分厚く空を埋め尽くしていた雲を裂いて、1本の極太な光線が海へと落ちる。その光線は天候を荒らしていた雲を吸い込み、高波を生み出していた海を落ち着かせる。
「なんだこのデタラメな魔法は……こんなのあるなら石投げられた時戦えただろうに」
ヘタ…っと倒れ込んだミザリーを見ながらそんな言葉が漏れでる。だが今はアクエリアスとの戦闘中。油断をする事は出来ない。
そしてハジメの向かった先へと視線を向けると、100mを優に越える人間のような体に、8本の触手を生やした怪物がそこにはいた。タコのような触手で巨大な水瓶を4つ持つ姿は、申し訳程度の水瓶座を感じさせる。
そんなアクエリアスへと一直線に接近していくハジメ。アクエリアスは船よりも大きなその触手でハジメを狙うが、それを機敏に回避していく。そしてその攻撃の隙を突いて、ハジメは海の水を巻き上げて強烈な1撃を食らわせる。
「っ…効いている感じがしない……やっぱり水属性には効かないって感じなのか」
ハジメの攻撃は確かに協力だ。あの1発をこの船に当てれば間違いなく転覆する程の威力だった。だが相性が悪く、逆にアクエリアスを激情させてしまい、
───ギィエエエエエエエエエエッッッ!!!!
「あッ……グッ…!!?」
鼓膜を突き破るようなアクエリアスの絶叫。甲高いその声はまるで金属同士が擦れ合うような音で、耳の奥に激痛が走った。
「ッ!不味い!!」
アクエリアスの1番近くにいたハジメとシャチは、先の絶叫で体が痺れたかのように行動が不可能となっていた。その動けないハジメ達を狙うかのように振り落とされた1本の触手。あの触手と海面にプレスされれば間違いなく即死だ。
「間に合え…ッ!!」
翼に痛みを覚える程、速く飛ぶ為に翼を動かす。体に当たる風によった体が痛くなるのも無視して俺はハジメの元へと突っ込む。
俺はそのままハジメを抱き抱え、シャチを思いっきり水中へと蹴ってその場を退避する。その瞬間、細やかな水飛沫が刃物のように飛来し、俺の頬を切りつけた。
「アキラ…何で……」
「死にそうだったんだ、助けるに決まってんだろ」
俺がお姫様抱っこをする奴が男で、しかも俺の妬み相手であるハジメだなんて最悪だ。
だがこの男がいなければアクエリアスには絶対に勝てない。主人公は災いを運ぶ代わりに解決をする。マッチポンプと言ってしまえばそれまでなのだが、打開する唯一の鍵が癪だがハジメしかいない。
「あのシャチ…生きてるか?」
「あ、ああ…まだ俺と繋がってるから生きて」
「それは良かった。取り敢えず一旦引くぞ、アクエリアスの様子が変だ」
今も尚俺を撃墜させようと迫る蒼白い光線が放たれるが、それら全てを交わしていく。ジギタリスとの戦いから感じていたが、翼を扱う事に関しては何故かずば抜けた才能を持っているようだ。
『テイマーがあの怪物を倒すには強力な魔法を一斉発射がセオリーだ。だがさっきのハジメの実力を見れば、それは厳しい……ならアクエリアスには弱点がある筈だ』
「アキラ、もしかしたらあの怪物には弱点があるかもしれない…!」
「…!へぇ…やっぱりお前は主人公だな」
流石は主人公、ちゃんとその辺に気付くか。悔しさを感じつつ、目の前で【なろう】を体験しているようで思わず口角が上がって呟いてしまう。
「え?何か言ったか?」
「いや、何でもないよ。なら空を飛べる俺が弱点を探してみる、だからハジメはその場所に強烈な魔法を頼む。魔法は得意だろ?」
「…!ああ、任せてくれ!」
その瞬間、ハジメが俺に向ける目の色が変わったのを感じた。どうやら少しは信頼してくれたようだ。こういう戦いは連携が基本。それは大変ありがたい事だ。
そして俺は攻撃を回避しつつ、ハジメを船へと戻す。船には回復魔法が得意なローザがいる。彼女に任せれば、ハジメがアクエリアスから受けた咆哮のダメージを回復してくれる筈だ。
「さぁて…どうすっかねぇ」
折れる事のない血の剣を器用に扱って光線を反らしながら俺は考える。ヘタに近付けば、あの8本の触手によって潰されるか近距離からの光線を放たれる。それら全てを回避しつつ、攻撃を仕掛けて弱点を探り、そしてその情報をハジメへと持ち帰る……
「はは…!クソハードじゃねぇか…!いいね、異世界はやっぱりこうじゃなくっちゃなぁ!!」
この絶望的状況の中でも笑みが溢れてしまう。そうだよ、こうじゃなくちゃいけない。主人公ってのはいつだってピンチを乗り越えていくモノだ。きっとこの世界にはアクエリアスよりも強い化物がゴロゴロいる。ならコイツごときを越えられなければ俺は主人公になんかなれやしない。
「越えてやろうじゃねぇか…!ハジメがいようが関係ねぇ!俺が主人公だって所を見せてやるよ!!」
抑えきれなくなった感情を解放し、俺は無数に展開されている光線がありとあらゆる場所から放たれる。だがそれら全てを反らすか紙一重で回避。
嗚呼…俺は今、最高に主人公をしている。
この想いだけは誰にも止められない。俺は笑みを浮かべたまま死地へと飛び込んだ。
よくある自分は常人だと思ってる定期。
そしてそれをカッコいいと思ってる作者定期。




