152話:キング誕生
「あはははは!!楽しいなぁローザ!」
「っ……その五月蝿い口を閉じなさい…!」
激しくぶつかり合うジギタリスとローザ。満面の笑みのまま無邪気に魔剣を振るうジギタリスに、ローザは嫌悪しながら斬撃を放つ。
「でも驚いたなぁ、まさか君が剣を振るえるなんて。それも世界に6本存在する邪剣の一角、“死“を冠する死滅廻グラッジゾークに選ばれてるなんて」
「随分と余裕なのね。あまり私を舐めていると────こうなるわよ」
「…!へぇ…凄いや」
黒の斬撃がジギタリスの腕を切断。そして切断面が黒ずみ、まるで腐っていくように悪臭を放ちながら爛れていく。
だが驚きつつ、腐敗が全身に広がる前に的確に肩から魔剣で自分の左腕を切断。そしてすぐさま再生する。
『っ…!腕を丸々再生……【再生術】まで取得しているのね』
ランカスター家がまだ王家だった頃に編み出された秘術は複数ある。666個の魂を糧に生み出す【魔剣生成術】や、今の再生も自身の寿命と引き換えに体を瞬時に再生させる秘術だ。
ジギタリスは禁じられた秘術を使っていると考えると、思わずローザは苦虫を潰したような顔をする。それほど迄に厄介な秘術なのだ。
「剣術も強く、何より精神面が強い君なら……僕との子が沢山産めそうだよ」
「────本当にそういう所が嫌いなのよ!!」
自身の腕をグラッジゾークで切り、自ら出血させる。溢れ出る血を、ローザが紅い瞳で見つめると滴る液体が変化。それはローザの左手に集まり、やがて細長く鋭利な槍へと変化した。
「ランカスター家に伝わる【血器生成術】か……それをどうするつも────」
生み出された深紅の槍を、興味深そうに見つめそう発したジギタリスに向かって、言葉の最中に槍を投げ放つ。
深紅の槍はジギタリスの腹へと突き刺さる────事は無く、体の一部分を小さな蝙蝠へと変えて槍を回避した。
『そう簡単にはいかないか。でも想定通り』
ローザが左手を動かすと、回避された槍はUターンして戻ってきた深紅の槍。それはどんなに回避されようと必ずジギタリスの元へと戻ってくる。
「ちょっとしつこい……よッ!」
回避するのではなく、魔剣で槍を喰らったジギタリス。
だが今のはあくまでも槍へと意識を向ける為のモノであり、攻撃を与える為に放った訳じゃない。本命は禍々しく煌めくグラッジゾークだ。“死“を集めるのに時間と隙が出来てしまう為、時間稼ぎが必要だった。
「確約された死の舞台で踊りなさい──ジギタリス!」
「────ッ!!?」
剣先をジギタリスへと向けたローザがそう叫んだ瞬間、グラッジゾークから溢れ出る黒のオーラが色濃く染まり、それはジギタリスを包み込む闇へと変化する。
その闇は光を奪う。その光を奪った事で疫病をもたらす。その疫病は衰弱させる。その衰弱は体の自由を奪う。奪われた自由によってジギタリスの体は見る見る内に痩せ細る。その痩せ細った体は───明確な“死“を招く、、
「うぐぁああああああああッッ!!!!」
黒のドーム内から聴こえてくるジギタリスの悲痛な悲鳴。僅に見える中では、ジギタリスが暴れ狂って魔剣を振るう。だがその闇が晴れる事は無く、ジギタリスの生命を確実に奪っていく。
「何故だぁ!!何故喰らえない!?全てを喰らう魔剣じゃないのか!?」
「所詮は“暴食“を模倣した昔に編み出された魔剣……本物の名剣には叶う筈がない。ここで貴方の目論みも全て───終わりよ」
氷のような目線でジギタリスを見つめ、冷たくそういい放ったローザ。次の瞬間、一段と闇が濃く染まり、ジギタリスの悲鳴が更に大きくなる。ジギタリスの姿が見えなくなる程漆黒に包まれたドーム内で、暴れ出ようとする音が聞こえる。だがその音さえも飲み込んだ闇。
「……終わりね」
そう小さく呟いたローザはドームを消し去ると、中からジギタリスだった物が現れる。それを少し見つめたローザは、吹き飛ばされ気絶しているブロンの元へと駆け付ける。
「遅れてごめんなさい、ブロン……もう終わったわ」
曲がってはいけない方向へと折れ曲がった腕や足。見るも無惨な程の重体のブロンへとローザは治癒魔法を施す。
夥しい量の出血は治まり、折れ曲がっていた手足は見る見る内に回復していく。
「ローザさんッ!ってあれ……終わってる…?」
バンッ!と大きな音と共に開かれた扉から現れたのはアキラだった。アキラは傷を負っているものの、息を切らして走れる程元気なようで、戦闘が終えたこの状況を見て混乱していた。
「無事で良かったわ、アキラ……もう戦いは終わったわ。ジギタリスは死に、玉座で眠っているお母様も無事。血も取られていないわ」
「そう…ですか。あ、いや無事で良かったです」
一瞬ガッカリしたような安心したような、そんな顔をしたアキラは干からび死んでいるジギタリスへと視線を向けた。
「大丈夫よ、完全に殺したわ」
「…………」
私の言葉は届いている筈なのに、鋭い視線のままジギタリスを見つめ続けるアキラ。何か気になる事でもあるのだろうか。思わず私もジギタリスへと視線を向けた。
「どうしたの?」
「いえ、少し質問なんですが……本当に死んだんですよね…?確認は……しましたか?」
「確認はしていないけど……どう足掻いても助からない技を放ったもの、助かりっこないわ」
確認はしていない。けれど邪剣・死滅廻グラッジゾークの全てを解放した“死“。それは確約された死だ、決して助かる事は無い。
それなのにアキラは何かを心配している表情で、『確認していない』その言葉を聞いた瞬間表情を変えて走り出した。
「ちょ、ちょっとアキラ!」
「トドメを刺さなくちゃ手遅れになる!!このままじゃ…!────このままじゃ“キング“が生まれるッ!!」
アキラが血相を変えてそう叫び、腰に佩剣している剣を抜剣する。アキラの視線の先には干からび朽ちているジギタリス。アキラはそのまま倒れているジギタリスの心臓へと剣を突き刺した。
すると心臓に剣を刺されたジギタリスは体を黒の蝙蝠へと変化させ、蝙蝠の大群は玉座へと向かう。やがて少しずつ形が人形へと変化し、ローザは小さく『まさか…』と呟く。
「いい判断だ、君がこの場に来るのがもう少し早ければ……結果は変わっていただろうね」
「クソッ…!遅すぎた…!!」
玉座に腰掛け、肘をついてそう語ったジギタリス。アキラは表情を歪ませながら言葉を絞るようにそう発した。
「まさかここまで追い込まれるとは思ってなかった。流石僕の将来の妻、ローザだね」
堂々と玉座に座るジギタリス。その溢れ出る厳格なオーラとその姿はまさしく王。
それはつまり、、
「“キング“が生まれてしまった…!」
「そう、僕は“キング“になった。事前にエルザから血を抜いといて正解だった。これでもう僕は恐れる物は無く、敵は存在しない僕だけの世界に変わる…!その隣はローザ、君じゃなくちゃね」
余裕の笑みと覇気がローザとアキラの身を震わせる。それは本能から来る恐れであり、意図せず足が後ろへと向かってしまう。
それでも1歩、前に出る者がいた。
「へぇ、僕に向かってくるのか。昨夜も勇敢か蛮勇か、飛び込んできたよね。君、名前は?」
「俺はアキラ、天道明星だ」
震える足を抑え、前に出たのはアキラ。アキラは自分の名前を名乗ると、“キング“へと剣を向ける。それは勇気か蛮勇か、この戦いで分かる事だろう。
邪剣・死滅廻グラッジゾーク
“死“を冠する邪剣であり、全ての死を招くとも言われ、所有者は昔から忌み嫌われる事で有名。
切られれば傷は再生せず、出血死。刺されれば内蔵から病が体を蝕み衰弱死と、相手はこの邪剣との戦いで傷を負ったら最後、確実な死がやってくる。殺す事に特化した剣なので、銀零氷グレイシャヘイルのように攻防の応用が難しいです。剣の力が発生するのは、あくまでも殺せるモノ限定です。
ローザが母を救い、キングを生ませず、妻にはならない。そして次期当主として、王家の血を継ぐ者としての覚悟が決まった瞬間、グラッジゾークは反応し、目覚めた。
※ランカスター家に伝わる秘術や、“キング“などの説明は明日で。




