151話:紙一重の反撃
「うッ…!」
「さっきまでの威勢はどうした?情けないぞ人間!!」
ガキンという金属音と共に散る火花。
なんとか受け流してはいるが、俺は今劣勢だった。屋敷に灯りが少ない為、窓から射し込む月明かりだけが唯一相手の姿を見る事が出来る。
『ただの雑魚って訳じゃねぇのか…!』
剣術も体術も中々で、正直剣術は俺よりも強く感じる。体術なら負けるつもりはないが……下手に手足を出せば切り落とされる勢いだ。
「チィ…ッ!」
「…!ふん、効かぬわ!」
苦し紛れの投げナイフを飛ばして一旦距離を取る。だが男にナイフが刺さる事は無く、剣を器用に使って弾かれてしまう。
「そもそも弱き人間であるお前が、魔族である俺に勝負を挑む時点で結果は見えていたんだ」
「はあッ……、はあッ……確かにアンタと俺じゃ力差があるのも、剣術も上なのは認めるさ。でもな、勝負ってやつは最後まで諦めなかった奴が勝つ。それは異世界でも地球でも変わらない…!」
「勝負?ふっ…お前はこれが勝負だと思っているのか?ふはははッ!!愚かな奴だ、これは勝負などではない。これは蹂躙!一方的な暴力だ!!」
大声で笑いだしそう語った男へ、俺は視線を鋭くしたがら黙って聞く。
確かに相手は全力を出していないように感じる。まさに弱者を嬲るかのように。
「今それを見せてやる」
「────ッ!!」
激しい音と共に急接近した男は、そのまま加速した状態で俺に向かって横払いを放つ。ブロンさん程ではないとはいえ、人間離れした速度には変わりない。俺はそれをギリギリで回避───
「甘いな」
「───グッ…!!」
したつもりだった。
幻覚でも見ていたのだろうか。俺は確かに回避した筈だったのだが、僅に剣先が俺の右肩を掠め、出血。それは掠めたにしては大量の出血だった。
「ジワジワと迫る死に震えろ…!次は……ククッ、足でも狙おうか」
完全に俺を見下した笑みを浮かべる男は、ゆっくりとした足取りで俺に向かってくる。
俺は痛む右肩を押さえながら、男を睨み付けた。
『やべぇな、ブロンさん達にああ言っちまった手前、逃げる事も死ぬ事も出来ねぇ……舐めてたのは俺の方だったか』
これ以上の蓄積ダメージはこの後のボス戦を考えると負うわけにはいかない。決めるなら短期に速攻に……
「そんな舐めプだと、一気に形勢逆転されちゃうゾっ!」
変わらずの舐め腐った顔でそういい放つ。
俺の最後の煽りだ。激怒しようが、呆れられようが、俺の好機になる。チャンスは1回、必ずコイツは仕留める。
「最後まで愚者な男だな、───お前はッ!!」
怒りは無い。だが舐めプさせずに一気に殺す気にさせる事には成功。
俺の喉元を狙った高速突き。よく見ろ。何度も稽古してきたものだ。
『ここだッ!!』
鼻先から剣先まで15㎝という所で、俺は頭を動かして紙一重で回避。右頬を僅に掠りながらも、視線はリガードから剃らさない。
そしてカウンターの右拳をリガードの顔面に沈める。向こうが走り向かって来た事で威力は上がり、鈍い音と共に後ろへと吹き飛ぶ。それだけでは終わらず、更に俺は踏み込む。
「グフッ!!ガッ───」
「でりあああああッ!!!!」
後退したリガードへ間を開けぬ拳によるラッシュ。顔、胸、横腹、腹へ次々と拳を放つ。
剣術で勝てないなら強制的に俺の得意分野へと持ち込む。
剣を捨てた肉弾戦。
ガードなどさせない。反撃などさせない。ここで完全に潰す。ここを逃した瞬間、俺に次は無いのだから。
「ガッ……グッ、……ブッ───!!」
「これで───終いだッ!!」
守りを捨てた攻撃の連続に、遂に倒れたリガード。それにアキラは馬乗りになり、最後にリガードの顔面に右拳を放った。
「はあ……はあ………ッ…………」
体をビクつかせながら口や鼻から血を流すリガード。死んではいないが、数日はまともに起き上がる事さえ不可能だろう。骨の数本は折れているだろう。それほど迄に俺は本気で拳を放ったのだから。
「俺は………負けない……───絶対に」
息を切らし、壁に手を付きながら立ち上がったアキラは、倒れているリガードを横目にローザさん達が向かった先へと歩きだした。
──────────
アキラがリガードの相手を引き受けてから数分後。屋敷内を駆けている黒いドレスを身に纏う少女と、白い騎士服を来ている白髪の剣士の2人の影があった。
「アキラは大丈夫…よね」
「ええ、彼は強い。必ず生きて帰ってきますよ」
屋敷の廊下を走る2人は、そんな会話をしていた所で一際大きな扉の前に到着した。中から感じる気味の悪い気配とローザの母、エルザの気配。2人は意を決して扉を開き、素早く中へと入る。
室内はとても広く、中央奥にあるステンドグラスから射し込む月明かりが幻想的に輝き、そこはまるで教会のようだ。
「待っていたよ、ローザ…!僕の妻になる覚悟が出来たようだね!」
中央にある2つの玉座には、眠っているエルザとそのエルザを拐った張本人であるジギタリス・ウルフズベインが座っていた。
彼はローザの姿を見るや否や、満面の笑みを浮かべて立ち上がる。
「御生憎様。私はジギタリス、貴方の妻になるつもりは無いわ」
「なら君の母はどうするつもりだい?僕の妻にならなければ“キング“が生まれてしまうよ?」
「簡単な話よ。貴方の求婚を断り、お母様を取り返し、“キング“は生ませない。私はローザ・ランカスター、吸血鬼族王家の血を継ぐ者……全てを手に入れるわ」
覚悟の決まった顔をしたローザは、その紅い瞳を輝かせながらジギタリスへとそういい放つ。ジギタリスはそれを聞くと、笑みは消えていき、その顔は呆れへと変わる。
「全く…君って奴は仕方ない子だなぁ。うん、そうだよね?君の夫になる僕が弱いんじゃ仕方ないもんね。いいよ!僕の力を試して見てよ!────きっと満足すると思うよ」
「っ……身の毛がよだつとはこの事ね」
再度清々しい笑みを浮かべたジギタリス。彼は手の関節を鳴らし、玉座の隣に刺さっている黒に青いラインが入る剣を引き抜いてローザ達へと向けた。
「1人で盛り上がってる所悪いけど、君にはローザお嬢様は勿体無いよ」
「君は……ブロン・メルッセ、だったかな?ローザの側近の剣士」
「君に覚えて貰えるなんて不快だね」
「ローザの1番近くにいる男、か……───消えろよ」
「僕も全く同じ言葉を返そう。───お前こそ消えろ」
刹那。空中でぶつかり合うジギタリスとブロン。激しい金属音と共に火花が散り合う。
「流石はローザの側近、実力が違う。──だが」
「ッ…!?」
ジギタリスの握る黒の剣が禍々しく輝いた瞬間、剣の形状が変化。まるで怪物のような牙を持つ魔剣へと変化した剣が、ブロンを喰らう。
「ガァッ…!!」
紙一重で剣を盾にし、受け身を取った事で致命傷は負わずに済む。が、魔剣の攻撃を流しきれずに受けた傷から夥しい血が舞い、壁に向かって吹き飛ばされる。
「ブロン…!…………やっぱり貴方は本当に危険な人……その剣はランカスター家に伝わる禁忌の秘術を施した剣ね?」
「フフっ、そうだよ、この日の為に沢山の奴隷を買ったんだ。───全ては君を手に入れる為にね」
ゾワッ…と身の毛がよだつ悪寒がローザを襲う。あの剣を作るには魂を666集める必要がある。あの男は笑顔で666人殺したと言ったのだ、たった1本の剣を作る為に、、
「貴方はここで止める。そしてお母様を取り返す────来なさい、死滅廻グラッジゾーク」
ローザがそう発し、右手を上へと掲げた瞬間、巨大なステンドグラスを突き破り、赤く輝く月の光がステンドグラスに反射しながらローザの手に向かってくる漆黒の剣。
「へぇ……邪剣に選ばれてるんだね、流石はローザ。ランカスター家始まって以来の逸材、ますます欲しい…!」
「その気味の悪い笑みをやめなさい。私が貴方のモノになる事は無いわ。───絶対に」
鋭い視線でジギタリスを睨み付けながら、ローザは邪剣・死滅廻グラッジゾークを構える。
漆黒の剣から漏れ出る紅いオーラが禍々しく輝き、赤い月明かりを全身に浴びたローザは、その紅い瞳を輝かせた。
地味な感じで終わるアキラと、派手にやってるローザ……どっちが主人公か、安定してわかんねぇな。




