149話:奪還作戦
全く知らない人物と俺が楽しそうに話いている。真剣に、だがどこか楽しそうに木剣で打ち合う俺と知らない者の姿。
──君は誰だ?
その知らない人物と共に旅をする姿。
共に様々な死線を越えてきた。だがその人物が誰なのか、全く分からない。
──君達は誰なんだ?
俺と一緒に旅をする4人の姿。だが誰1人として知る顔は無い。一緒食事をしている姿。一緒に笑い合う姿……何1つとして記憶には無い映像。
それが俺の抜け落ちた記憶何だと理解した瞬間、その映像は砂嵐のように乱れ始めた。
「…………あ、れ…」
眼を覚ませばそこは、見慣れた天井。
今の夢を思い出そうとしても、俺以外の顔に靄が掛かって思い出せない。
「一体誰なんだ………────痛ッ…!」
体を起こすと全身に激痛が走る。見れば俺の服装は病人のような薄着となっており、捲れば全身に白い包帯が巻かれていた。
「…!アキラ…目が覚めたのね」
「ローザさん……」
桶に手に、部屋へとやった来たのはローザさんだった。ローザさんは俺の顔を見ると、安心したように胸を撫で下ろす。
「すいませんでした…ッ!俺…!目の前にエルザさんがいたのに…!!いたのに俺は助ける事が出来なかったッ!」
目が覚め、自身の傷を見たことで昨夜の事を思い出す。自分の弱さと守りきれなかった事が悔しくて、情けなくて……俺は歯を食い縛りながらローザさんへと頭を下げる。
「頭を上げて、アキラ……これは貴方のせいでは無いわ」
「ですが…!」
俺は“ポーン“という役割を与えられていた。それはつまり、屋敷の者から信頼の証しでもある。俺はそれに答えられなかった。目の前にいたにも拘わらず、救えない。それは俺が最も恐れていた、あってはならない事だ。
「あの襲撃は突然過ぎた。全くの予想外で、誰も対処なんて不可能だったわ……それに、アキラは私とセルリアを助けてくれたじゃない。だから自分の責めないで……」
俺の肩に手を置いて、そう言ったローザさん。その優しさは俺の心の中で悔しさと、必ずエルザさんを救う事を刻み込んだ。
「必ず……必ず次は勝ちます」
それはローザさんへの誓いと同時に、俺自身に向けた言葉。
いつだって次は無いと考え行動しろ。相手が自分より下だとは思うな。最善かつ慎重に慎重を重ねて対処しろ。初手から全力で。敵の言葉に耳を貸さずに攻撃を仕掛けろ。
『目的の為、俺の夢の為に……───俺は負けない』
───────────
深夜の襲撃から夜が明けた今日、俺は病人の格好のまま屋敷の中を歩いていた。
屋敷の中は至る所が荒れており、廊下などには窓ガラスの破片などが散らばっている。そして特に被害が凄かったのはエルザさんの部屋だ。聞いた話によると、“ナイト“であるブロンさんとフェリシアさんが駆けつけた時には激戦の後だったらしく、部屋は荒れに荒れていたそうだ。
「アキラ君、少々よろしいでしょうか」
「ヴィノさん……どうしましたか…?」
俺が宛もなく屋敷の中を彷徨いていると、背後からヴィノさんに声を掛けられた。そしてヴィノさんは俺を一室に案内し、そこでソファに座らせた。
「こんな状況の中、呼び止めてしまって申し訳ありません」
「いえ、俺は……何もしてませんから」
少し俯きながら出された紅茶を飲む。暖かい紅茶が体に染み渡り、心が少し暖かくなった。
「先ずは御嬢様方を救って頂き、ありがとうございます。本来なら、私達がすべき事を……」
「……俺はエルザさんを救えなかった。俺のせいで状況は最悪なものへと変わってしまった……」
「…アキラ君、あまり自分を責めないで下さい。昨夜の事はあまりにイレギュラー過ぎた……あの場ですぐに動いたアキラ君は、大切な御嬢様方を救ってくれました」
ローザさんと似たような言葉をヴィノさんからも言われる。だがそれで納得は出来ないし、自分の不甲斐無さが嫌で嫌で仕方ない。
「そしてアキラ君……あまり自分の命を軽く見ないで下さい。誰かを命懸けで助ける事は素晴らしい事です。ですがアキラ君からは……自身の命を軽んじている気がしてなりません。どうか御自愛下さい」
「そう、ですね……考えてみます…」
いまいちピント来ない。自分の命を軽んじている?御自愛?自分にそんなつもりは当然無い。痛いのは当然嫌だし、死にたくだってない。その辺はごくごく一般の思考だと思っている。そんな死にたがりの思考は無い筈だ。
実感の湧かない言葉を言われ、少し戸惑ったままヴィノさんとの会話は終わった。
俺はその足でとある場所へと向かう。
「ん?アキラか、どうしたんだ?」
「フェリシアさん、どうもです。実は先日いただいた剣が折れてしまって……」
「ああ……分かった、着いて来い」
昨夜の襲撃でおれてしまった剣を新調してもらうべく、やって来たのは屋外にある建物。そこには剣や槍、斧などの武器が収納されている所謂武器庫だ。
「前と同じ武器にするか?」
「そうですね……あ、これ…」
様々な種類のある剣から、どれにするか考えながら歩くと、1本の剣が目に入った。
それはなんて事無い普通の細い剣。だが何故かその剣を手に取ると、馴染んでいる気がした。
「細剣か、アキラは左利きだから丁度いいかもな。それにするか?」
「はい、これにします。あっ、後適当に違う武器も見ていいですか?」
「構わない。良さそうな物があったら持っていけ」
「ありがとうございます」
そう言って武器庫から出ていくフェリシアさんにお礼の言葉を述べ、俺は再度武器庫の中を見て回る。途中使えそうな30㎝の短剣と16本の投げナイフを拝借し、俺は武器庫を後にした。
そしてその夜。俺はヴィノさんに呼ばれてとある部屋へと来ていた。部屋に入れば、ブロンさんにフェリシアさん、アベリアさんにヘルトさんとエルトさんなどのチェスの役を担う幹部達が集まっていた。目的は当然分かっている。
「来たね、アキラ。僕達が集まっている理由は…別ってるね?」
「はい。今夜……ウルフズベイン家に向かうんですよね」
「うん、その通りだよ」
ブロンさんの言葉を聞かなくても分かっていた。当主エルザさんが捕らえられた現状、“キング“はいつ生まれてもおかしくない。そして解放の条件が、ローザさんをウルフズベイン家の当主であるジギタリスの嫁にするという事。当然この場にいる者はその条件を飲むはずが無い。
「ウルフズベイン家の屋敷では現在、厳戒な警備をされている。それらヘルトとエルトが偵察して分かっている」
屋敷への侵入を許した事を、ヘルトさんとエルトさんは責任を感じており、危険を侵して偵察へと向かったのだ。その結果、屋敷の全体図や警備が手薄な場所などを発見する事に成功。
「私とフェリシア君、ヘルト君とエルト君は正面からの奇襲を仕掛け、敵の注意を引き付けます。その間に警備が手薄な屋敷の左側から、素早いブロン君とアキラ君が侵入。そして上空からの攻撃と、エルザ様奪還時の逃走要員にアベリア君を配置します」
ヴィノさんからの作戦を頭に入れて、各々が準備に入る。エルザさん奪還は俺とブロンさんに掛かっていると言っても過言ではない。本当は要員が欲しいが、先頭向きの使用人はウルフズベイン家に比べて少ない。勿論この事を話せば、屋敷の者達は命懸けで戦う事を選ぶだろうが、ヴィノさんはそれを許さない。故にこの少人数での戦いなのだ。バレにくいという利点はあるが、数で押されればじり貧だろう。
そしてこの場の全員がウルフズベイン家に向かおうとした時、会議をしていた部屋の扉が開かれた。
「お母様が拐われたというのに、貴方達だけに行かせる訳にはいかないわ。私も行く」
「ローザ御嬢様…お気持ちは痛い程分かります。ですがウルフズベイン家の本当の狙いはローザ御嬢様、貴女なんです。ローザ御嬢様を嫁にする為にウルフズベイン家当主、ジギタリスはエルザ様を拐ったのですから」
「分かってる……でも私はあの男の言う事を聞く女になんかなりたくない。私自身の口から直接言ってやるの『貴方とは結婚出来ません』ってね。だから私は戦う、次期ランカスター家当主として。貴方達が何を言おうと、私はウルフズベイン家に向かうわ」
「ふぅ……ローザ御嬢様は1度決めた事は決して曲げませんからね。分かりました。ならば私達も全力でローザ御嬢様をお守りし、援護致しましょう」
そしてブロンさんと俺のグループに加わったローザさんと共に、俺達は速足の地竜へと股がる。
「屋敷の事は任せておいて下さい!俺達が絶対に守ってみせますから!」
「ええ、セルリア御嬢様と屋敷は任せました。では行って参ります」
屋敷の者達へと微笑みながらそう言ったヴィノさんは、手綱を引くと地竜は走り出す。それに続いてヴィノさんの後を追う形で手綱を引き、地竜を走らせる一行。
目指すはウルフズベイン家の屋敷。そこに捕らわれたエルザさんを救う、ただそれだけを目的に俺は地竜を走らせた。
ランカスター家の使用人達は全員人間ではありません。大体が半人で、差別を受けていたような者達が集まってます。エルザさんが救い、拾ったという感じで全員信頼しています。
幹部だけちょっと特殊な関係です。




