142話:執事見習い
またしてもブクマが増えていく。この上なく嬉しいですね。
「お帰りなさいませ、ローザ御嬢様。そちらは……人族ですか、珍しいですね」
屋敷の中へ入るや否や、まるで帰ってくるのが分かっていたかのように待機していた、明るいネイビーの髪色をしたイケオジ執事。推定40代なんだけど、絶対若く見られるわ。ホントはもっと上なんだろうけど。
「お、俺──いや自分っ!天道明星と言います!何でもやるのでよろしくお願いします!」
何でもするとは言ってない()
「今日からこの屋敷で働かせるわ。ヴィノ、面倒を見てあげなさい」
「畏まりました。ではアキラ君、今日よりよろしくお願いしますね」
「は、はいっ!」
ニコっと優しく紳士に笑ったヴィノさん。ここはどこか暖かい雰囲気のある場所だ。ブロンさんやヴィノさんは人族ではないが、そういう人種差別的でも無いし。
「ではアキラ君、早速私に着いてきて下さい。お着替えをしましょう」
俺は元気よく返事をして、ヴィノさんの後ろへと着いていく。と、その前にローザさんへ一礼してヴィノさんの後を追った。
「おお…!初めてこういうの着ましたよ!」
「ふふ、そうですか。結構お似合いですよ?」
ヴィノさんによって案内されたのは執事とかが着ている燕尾服って言うのかな?それが沢山ある部屋。そこでヴィノさんに寸法などを図ってもらって、サイズピッタリのイケメン執事とかが着ている、腰辺りからマントみたいに長い執事服を用意してもらった。
「ではこれよりこの屋敷での仕事内容を少しずつお伝えしながら回りましょう」
「はいっ!」
そして部屋の掃除の仕方やベッドメイキング、皿洗いに門前の掃き掃除、花瓶の水変えから洗濯に野菜の皮剥き等々、兎に角やる事が沢山だ。
しかもやった事あるのが洗濯や野菜の皮剥きとかなのだが、全部家電の力を借りたりピーラーを使ったりしてたから……実質初体験だ。
「最初の内は全てやらなくて大丈夫ですよ。私達がキチンとサポート致しますから、ご安心を」
「要領悪くてすいません……」
「いえいえ、最初は誰でもそういうものです。勿論私もそうでしたしね、ふふ」
そんな話をしながら俺は野菜の皮剥きをする。フリューゲル家で少しお手伝いをした時はナイフの扱いが壊滅的だったにも拘わらず、何故か現在ナイフの扱いがピカイチだ。
「先程から思っていたのですが……どこかで刃物を…いえ、剣を扱った事がありますか?」
「ええまぁ……昔から剣術は習ってました。でも本当の刃は持った事無いですね。扱ってたのは木刀ばっかりで」
「ほう、剣術の心得があるのですね。失礼ながら奴隷になる前は何を?」
「実は……奴隷になる前の記憶が無くて、、怪しくてすいません…」
いくらヴィノさんやブロンさんが人当たりいい人でも、表面上だけの可能性がある。会って今日の人物。しかも記憶の無い奴隷なんて信用に欠ける。
「記憶喪失、というヤツでしょうか?それは難儀ですね……」
疑いや疑念を向けられる所か同情してくれるヴィノさん。本心かどうかは分からないが、なんとなく信じられる気がした。
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その後もヴィノさん監修の下、沢山の仕事を習った俺は、今ローザさんの食事を運んでいる。時刻は申刻の裏。俺も腹減ってきた。
「俺はどうすればいいですか?」
「いつでもローザ御嬢様の対応が出来るように待機するんです。それまで料理はお預けです」
どうやら俺が腹を空かしていると分かったのだろう。少し微笑みながらそう言ったヴィノさんに、俺は少し頬を染める。ホモじゃねぇからな。
そしてローザさんが料理を食べている間、俺達執事やメイドは側で待機する。ここまで良い匂いがしてきて、今にも腹の虫が鳴りそうだ。
『い、いかん…!別の事を考えるんだ…!よっこら、ふぉっくす。こんこんこん♪尻尾をふりふり、こんこんこん♪』
有名【なろう】迷曲を脳内再生して、何とか誤魔化して耐えきった。ありがとう、月夜涙先生…!
そして時間は流れ、、
「美味しい…!」
「あははっ、それを聞いたら料理担当の者が喜ぶね」
俺の向かい側で白髪のイケメン、ブロンさんが笑っている。
当然の事ながら、執事やメイドなどの屋敷で働いている者が一遍に食べる訳ではない。
ヴィノさんは“ビジョップ“という、屋敷の使用人達を束ねるボス。とんでもねぇ人に教わってたな、俺……っとと、話が逸れてしまったな。そのヴィノさんは使用人頭で忙しいので、ご飯の時間が別だ。
「あ、そう言えばアキラ、ブロンさんから聞いたんだけだ、アキラは剣を扱えるって本当かい?」
「ええ、扱えますよ」
ナチュラルにタメで下の名前を呼ばれた事を流して、俺がそう答えるとブロンさんは嬉しそうな顔をする。うーん…イケメンやなぁ
「だったら後で僕と打ち合いをしてくれないかな?勿論アキラさえ良ければだけど……どうかな?」
「勿論良いですよ!俺なんかが相手になればいいんですが」
こういうタイプの奴って絶対強い。ローザさんの側近レベルで強いって、それ1番言われてるから。
その後も剣の話を始めとした会話は盛り上がり、結構親しくなった気がする。
そして食事を済ませたその後、俺とブロンさんは裏庭へと回る。夜風が涼しく、とても心地よい。
「食後で苦しくないかい?少し休んでからにしようか」
「いえ、大丈夫ですよ。お気遣い感謝します」
そんな早く打ち合いたくて仕方ないって雰囲気を出しといて…白々しいにも限度がありますよッ!!(鬼妹)
……冗談は置いといて、俺はブロンさんから木剣を受け取ると、重さを感じたり、軽く振ったりしてみる。
「…?力が入らない…?」
利き腕である右手で木剣を持って感じたのは違和感。木剣を持てない訳でも握れない訳でもない。だが打ち合いをするのにはあまりに力が足りなかった。
「どうしたんだい?」
「あ……いえ、大丈夫…です」
だがここまで期待させといて、やっぱ出来ませんはダメだろう。俺は右腕に力が入らない事を隠して、構えに入った。
「珍しい構え方だね」
「確かに少し珍しいかもですね」
俺の構えは所謂剣道スタイル。相手がどういうスタイルかは分からないので、攻防万能な八相の構えを取る。
八相の構えは右横で剣先を立てる形で、正面から見ると前腕が数字の八に見てるのが特徴で、上半身はほぼ完璧に守れ、死角も少ない。そしてもう剣を上げているので、すぐに振り下ろせるのも利点だ。
「じゃあ準備はいいね?───行くよッ」
「ッ!!」
超高速で接近してきたブロンさん。俺は慌てて木剣を振り下ろして、突き攻撃を下へと弾く。そしてすぐさま間をつめて、切り上げを放つが人間離れしたスピードでそれを回避する。
「結構攻めたつもりだったんだけど……やるね」
「はあっ……はあっ…!そちらも流石“ナイト“を名乗るだけありますね…!」
「あははっ、ならこれならどうかな?」
俺の周りで白い閃光が眼に終えぬ速さで駆け回る。冗談じゃない…!何だよこのスピード…!これが魔族のスペックなのか!?
『クソ…!いくら八相の構えでも限度があるぞ…!』
相手を眼で追えぬ速さで動かれては此方はお手上げだ。そうなると残る手は完全カウンターを決める他無い。だがこの眼に終えぬスピードに反応するのはまさに至難の技だ。
「───シッ!」
「ッ…!!」
放たれた右からの刺突。まさに光の速さで迫ったその攻撃を俺は反射的に弾き、更に反撃の突き放つ。それら全て無意識で行った事だ。
「あははっ……凄いな…今の、結構本気だったんだけど…防ぐだけじゃなくて反撃までされちゃったよ」
そう言いながらも好戦的な笑みのブロンさん。だが俺は今起こった事に混乱していた。俺にこんな技量は無い筈だ。故に恐怖する。
『なんだよ…これ……』
無意識に放った反撃の突きによって生まれた細やかな氷が月明かりに照らされる。
何かが……何かが引っ掛かる。
『氷……月……?一体何なんだ…!?』
右腕をプルプルと痙攣させた俺は、ボトリと地面に木剣を落として頭を押さえる。
何かが思い出せそうなのに、それが出てこない。とても大事な事だった筈なのに、、
「ううッ…!?」
頭にスタンガンを当てられたかのような激痛が脳に走り、俺は頭を押さえながらその場に倒れる。向こうからブロンさんが駆け寄ってくるのを最後に、俺の視界は真っ暗になった。
執事として働くのはお約束。




