139話:失った記憶
新章ですね。
──何も見えない
音も光りも感じぬ底無しの闇。
ここがどこなのか、上を向いているのか下を向いているのか分からない。
全身の感覚が無い。
今指先は動いているのだろうか。眼は開けているのだろうか。息をしているのだろうか。
それさえも分からない程俺は暗闇に飲まれていた。
──死ねない……死にたくない
俺にはまだやりたい事が、夢と目標が沢山ある。こんな結果で終わる訳にはいかない。
たとえチートも才能も無くても、俺はその夢を叶えると決めた。
──光が見える
遠く離れた場所に小さな光が見えた。
それが遠くにあって小さく見えるのか、単純に小さくてそう見えているのかは分からない。だが俺はその光にすがる他無かった。
──後少しの筈なのに、果てしなく距離がある
自分の手は見えない。それでも俺はその光へと手を伸ばす。だが決して届く事は無い光。
いくら進んでも光との距離は縮まらない。今俺は歩けているのだろうか。
──怖い
希望だけを見せられ、決してそれには届かせない。そう思えてきた俺はただただ恐怖に飲まれた。どんなに走っても、どんなに手を伸ばしても、その小さな光には決して届かない。
ここで諦めたらどうなるのだろうか。生きる意思を捨てたら俺はどうなる?このまま無限のような時間を過ぎるのだろうか。そんなの絶対に嫌だ。俺は生きる意思を捨てない。決して投げ出したりはしない。
──届かないなら……
「跳んで見せろ…!俺!!」
感覚を感じぬ足に力を込めて、俺は光を目指して跳んだ。足掻いて足掻いて足掻きまくる。俺らしく、俺を貫くために、、
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そよ風が頬を優しく撫でる。とても久し振りに感じる心地好さ。まぶたを当たる太陽の光。適度な気温と鳥達の鳴き声。
「ここは……」
ゆっくりと眼を開けば、そこは木々が生い茂った森の中。痛む右肩を押さえて、体を起こせば俺は堂々地面に横たわっていたようだ。
「どこだ……ここ………それに何で俺はこんな所に…?」
何も思い出せない。
大切な何かを思い出そうとすると頭に激痛が走る。まるで鎖によってグルグル巻きにされたように記憶の引き出しが封じられているようだ。
「俺は……天道明星だ………ここは異世界、で…………えっと……」
ダメだ。後少しで何かを思い出せそうなのに突然真っ暗になって思い出せない。
とても大事な事だった筈なのに出てこない。
「誰なんだ……」
誰かとの記憶。
靄が掛かったようにその人の姿が分からない。だけどとても大事な人だった事は覚えている。
「…………兎に角ここから移動しようか」
幼少の頃から転移したての頃の記憶はあるのに最近を思い出せない。細かく言えば、ルカ君とリオ君のいた村を出た記憶までしか具体的に思い出せない。
今俺にはどうしようも無い。取り敢えず人を探そう。
幸いな事に舗装されている道を見付けられたので、その道を通れば村か街に着くだろう。
そう考えて俺は何故か凍っていて鈍痛がする右肩を押さえて歩いた。
そして1時間程歩いた所で、遂に街を発見した。大きさそこそこで人口は……まぁ分かんないけど行ってみれば分かる事だろう。
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街に到着した俺は、門を越えて街の中へと入る。今は太陽が真上にある時刻なので、人が多い。
『なんだ…?何かめっちゃ見られてないか…?』
街行く人達の視線が全部俺に向いてるんじゃないかと錯覚する程見られている気がする。
あっほら、今もおじさんに見られてる。
『何なんだ…?俺が黒のクソ長ロングコートを羽織ってるからか?手の甲に紋章が書かれてるからか?うーん……』
ハッキリ言ってクソダサコーデだし、厨二めいた紋章な俺。記憶抜けてるから分からないけど、当時の俺なにやってんねん!!
カッコいいからいいけどッ!
「おいそこのお前!止まれ!」
「えっ?俺…?」
手の紋章を見て、ニマニマしていると突然後ろから男の呼び声がし、振り返る。
何やら武装しており、その表情はあまりよろしいものではない。ハッキリ言って友好関係は築けなさそう…かな?
「えっと……」
「動くな!人間ッ!!」
「は、はいっ!」
槍や剣を向けられた俺は、思わず甲高い声で返事をしてしまった。
「何故ここにお前のような人間がいる!!ここはお前のような人間がいていい場所じゃない!!」
「えっと…俺も何が何だか……目が覚めたらこの近くの森で──」
俺が弁解じみた言葉を並べていると、突如俺を捕らえて地面に叩き付ける男達。
『人間がどうの言っていたが……確かに人間っぽい人がいないな……あ、もしかして人間が入っちゃダメな街だったのかな…』
この街に入った時から思っていたが、この街には人間がいない。いるのは頭にカッコいい角を生やした人や、鳥のような翼を生やした人、肌の色が薄紫の牛っぽい人もいる。兎に角人間が見当たらない。
異世界物を読んでいた俺は、『あっ、こういう世界観か』と楽観視していたが……思ったよりも状況は深刻のようだ。どうしよう……
「こっちに来い人間!この街から出ていって貰おうか」
手首に手錠のような物を付けられ、あっという間に連行スタイルとなった俺は、尻を蹴られながら門の外へと連れていかれる。
『え、え…!?展開早くね!?この街入ってまだ3分も立ってないよ!?』
俺は内心テンパりながら大人しく連行されいく。そしてそのまま門の外まで連れていかれた俺は、その場で待機させられる。盗み聞きをしたら、何やらどこかへと俺を連れていくらしい。
「あのー…もしかして俺を人間の国に返してくれるんですか…?」
「……は?ぷははははっ!おめでたい奴だな!!」
「いや、ただのバカだろ。見ろよこの当然送ってくれるんですよねって顔っ!自分の立場を何も理解してないバカの顔だ!」
何か爆笑されてるんですが……しかもさっき俺を拘束していた時と雰囲気が全然違う。今のコイツらは嫌悪感が沸いてる程嫌な感じだ。
「それは……どういう事ですか…?」
「いいか?お前はこれから売られんだよ、奴隷商にな」
「しかもお前は若い人間だ。その上その手を見れば剣の心得もある。高く売れるぜぇ~コイツは!」
高笑いでそう言った男達。そうこうしている内に竜車がやって来てしまった。
『に、逃げなくちゃ…ッ!』
ここは異世界。奴隷がいる事は分かっていが、まさか俺が売られる事になるとは思ってもみなかった。
当然そんな地獄のような道を歩むつもりはない。俺が目覚めた森に向かって、走って逃げようとしたのだが、、
「う“ッ…!」
「おいおい、何逃げようとしちゃんてんの?ふざけんじゃねぇぞコラッ!!」
俺の足に槍を絡めて転倒させた男は、怒り心頭の顔でそう怒鳴ると、ドスッと鈍い蹴りを俺の腹へと放った。
「おいおい、これから売るってのに無駄な傷をつけんなよ」
「チッ…まあそういう事だから───お前は眠っとけ」
そう言った男は、俺の口と鼻に布を押し付けると、俺は気絶するように意識を奪われていく。
この後にどんな事が待ち受けているのかは分からない。だがきっと、ろくでも無い事だと予想できる。
俺はそう最後に考え、限界を迎えて意識を失った。
軽度な記憶障害&能力全ロス。そしてオマケに右肩に大きな傷。しかもこれから売られるっていうね。お気の毒。
後々説明する予定ではありますが、今アキラがいるのは巨大な魔族の国です。話で出てきた街も、その国の1つに入る所ですね。




