哀れむもの
『イオリってさ、もうウザいを通り越して哀れだよね』
クラスの奴らに言われたことが、また頭の中で反響する。
遮光カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、私はベッドの上で布団にくるまり膝を抱える。
今日が何月何日何曜日の何時何分かなんて分からない。知りたくも無い。
外に出たくない。学校に行ってないのが近所の人にばれるのが怖い。学校の誰かに会うのが怖い。
こうやって何もしないで毎日うずくまっていちゃ駄目だって事はわかる。でも何をしたらいいのか分からない。何がしたいのかも分からない。分からないことばかりで嫌になる。
私の部屋の扉がノックされた。
「イオリちゃん、お夕飯、一緒に食べましょ?」
母親の声が扉越しに届く。私のご機嫌伺いをする声音が気色悪い。いつから私の母親はあんな気色悪い話し方をするようになったんだろう。私が外に出なくなった最初の頃は、そんなことはなかったのに。
私は否定する理由もないから、一階に降りてダイニングテーブルに座る。テーブルにはご飯と味噌汁、そして唐揚げが並べられている。
以前の私は唐揚げが好きで、おかずに並ぶと喜んでいた、という記憶がある。
今の私は、与えられた食料を口にするだけ。だって、味なんてもう分からなくなっている。食べないとお腹が空いて困る。だから私は食料を口にする。
母親がちらちらと私の方を伺っているのが目の端に映る。話しかけてはこない。以前、母親に話しかけられたときに私が、うるさい、とか静かにして、とかずっと言っていたせいなんだろうな、とぼんやりと思う。
そんな母親の様子が惨めに見えて、そんな母親の子供である私がさらに惨めであるように思えてしまった。
「ごちそうさま」
食欲が失せてしまった。口にものを詰める気にならない。
「え、まだ全然ご飯も残ってるでしょ? ほら、お味噌汁も少しくらい飲んだらどう?」
遠慮がちな母親が視界に映った。とても小さく見えた。こんな人の子供なのか、と思うと私まで小さくなってしまったような気分になった。
「いらない。食欲がない」
「そ、そう……。お腹が空いたら、言ってね。お母さん、何か作ってあげるから」
「うん」
この人といると惨めな気持ちがいっそう強くなる。早く自分の部屋で一人になりたかった。
自分の部屋に戻ると、またベッドで布団にくるまってうずくまった。
こうやって何かで自分をくるんでいないと、空っぽな自分が散り散りになってしまうような気がした。
こうやって温かくてやわらかいものに包まれていないと、不安感で叫びだしてしまいそうだった。
私はなんで生きているんだろう。私はなんで死んでいないんだろう。私が生きている理由って何だろう。私が死んでない理由って何だろう。
生きがいって奴があると、人間は生きていけるとかどこかで聞いた。そんなもの、生まれてから一度も感じたことがない。
でももし。私が生きがいを見つけたら、私は幸せになれるんだろうか。幸せに生きていけるんだろうか。不安にすり潰されそうな私の人生は変わるんだろうか。
もし、そんなことが起こったなら、どれだけ良いことなんだろう。
もし、神様なんてものがいるなら、私に生きがいを下さい。
「神様なんてものがいるなら、私に生きがいを下さい」
思ったことが口から出ていた。別に恥ずかしがる事もない。どうだっていい。誰にも届かない声なんだから。
でも神様なんて気まぐれで、大雑把で、約束を守ってくれるかなんて分からない。だったら。
「悪魔でも良い。私に生きがいを下さい」
そう。悪魔なら、約束はきっちり守ってくれるはずだ。対価を求められるのかもしれない。でもそんなの知ったことじゃない。私には何もないんだ。生きがいさえ与えてもらえるなら、なにを持って行かれたって構わない。
『よーし。けーやくせーりつだぁ』
何かが聞こえた気がした。
物言いは厳かなのに、声色は舌足らずな子供のような。アンバランスで、ちぐはぐな声。そんな声を、私は聞いた気がした。
ふと、何かのファンの音が聞こえていることに気が付いた。
音のする方に顔を向けると、そこには父親の遺品のPCがあった。母親は、PCが全くわからないから、と言って私の部屋に置かれることになったPCだ。
どうやら勝手に電源が入ったみたいだけれど、私は別に驚きもしなかった。昔、父親が使っていた頃から、勝手に起動するPCだった。
父親はネットワークのパケットがどうとか、なんかよくわからないことを言っていたが、とにかく触らなくても起動出来るように設定してあると言っていた。ただ、どこか設定がおかしいらしく、勝手に起動することもよくあった。
だから私が驚くようなことはなかった。驚きはしなかったが、このタイミングで起動したことには何か運命的なものを感じた。私が『お願い』したら、PCが勝手に起動した、そういう風に感じられた。
オカルトだ、と馬鹿にして何も動かないでいることも出来る。だけれど、もしかしたら、私の人生に変化が訪れるのかもしれない。そんな希望が目の前をちらついて、その目の前にちらつく希望に吸い寄せられるように、PCの前に座った。
すでに起動していて、あとはログインパスワードを入力するだけだ。パスワードは母親の名前だ。父親はあんな人のどこを好きになったんだろう。
ログインすると、色々なソフトが後ろで起動し始める。ぼんやりと画面を眺めていた。PCで何をすれば良いのかなんて、何も思い浮かばなかった。まあ、ただの気の迷いだよな。そんなことを思った。
と、いきなりブラウザが立ち上がった。何かのサイトを読み込んでいるようだ。読み込みが完了すると、そこには沢山のキャラクターの顔が並んでいた。ページの上には『MEMBER』と書かれている。どのキャラクターも個性的だった。
このサイトはなんだろう? 何かのアニメ? ゲーム? のサイト? メンバーって事は何かのアイドルのユニットなのかな?
スクロールしていくと、気になるキャラクターを見つけた。クリックすると、キャラクターの紹介文が表示される。Youtubeのチャンネルもあるらしいので見に行く。
私は何もすることがないから、動画の二、三本でも見てみるかな、と初めは思っていた。でも動画の長さを見ると、一時間を超えていた。そんな動画が大量にある。
え? なにこれ? なんでこんなに長いの? こんな長い動画を何本も作るなんて。この人すごい。
最近の中で気になるタイトルの動画を開いた。そこでは、そのキャラクターがくるくると表情を変えながら、楽しそうにゲームをしていた。チャット欄には色々な人がチャットを書き込んでいて、次から次へとものすごい勢いで文字が上に流れている。
そうか、これは生放送の動画だったんだ。キャラクターが生放送をして、そのキャラクターに対して、見ている人達がチャットを打っていたんだ。
私はそう理解して、ずっと動画を眺めていた。ある時、キャラクターがトンチンカンなことをした。ふへっ、と変な音がした。何の音だろう、と考えた。そして気が付いた。私が笑ったのだ。一体いつぶりなんだろう。昔はもっとちゃんと、口を開けて笑っていた気がする。でもいつの間にか、私はこんな気持ちの悪い笑い方をするようになってしまったみたいだ。それが悲しかった。でも、笑えたのは久しぶりだった。
私はそれから、私を笑わせてくれたキャラクターの動画を漁るように見続けた。一番古い動画から、一本ずつ新しい動画へ。何時間も、何時間も見続けた。
どうやら、このキャラクターは『VTuber』と呼ばれる人達であるらしい。VirtualなYouTuber、ということだそうだ。私は、そのVTuberの動画を見続けた。その中で、VTuberがTwitterというものをやっていることを知り、自分も始めた。
そうやってそのVTuberの情報を漁り続けて、私は色々なことを知った。推し、草、てぇてぇ、リプ、開始ツイート、ボイス、アーカイブ、スーパーチャット、メンバー。本当に色々。
初めてライブ配信を見られたときは、本当にドキドキした。今、画面の中でVTuberがしゃべっている。チャット欄、違った、コメント欄のコメントを拾いながら、楽しそうにゲームをしている。その人が、私の推しが、見ている私たちに向けて話しかけてくれている。嬉しい。楽しい。私は独りじゃないんだ。このライバーさんがいる。一緒に見ているリスナーがいる。この空間では私は馬鹿にされない。いじめられない。いいな。この時間、本当にいいな。
「イオリちゃん、お夕飯できたよ」
「チッ」
……邪魔が入った。この大事な時間を、この楽しい時間を濁す泥が混じってきた。夕飯より今は配信だ。私の推しが配信をしているんだ。
「……あとで食べるから」
「そう……。その……イオリちゃん。最近様子がおかしいけど、大丈夫?」
「関係ないでしょ。分かったから、静かにして。話しかけないで」
ちょっとイラッとしたけど大丈夫。推しの配信があれば大丈夫。私は楽しそうに配信する推しの姿を視界におさめた。……本当に目に焼き付けば良いのに。
推しのTwitterの通知はオンにしている。だから、推しがツイートしたら、私が一番にいいねとリツイートをする。推しがおやすみのツイートをしたら私も寝る。推しのおはようツイートを逃さないように、いつでも起きられるようにしておく。推しが途中で目を覚ました時なんかは、ちゃんと寝られてるのか心配で仕方がない。
でも、未だに推しにリプできないでいる。一言では言い表せない、色んな感情がまぜこぜになって、リプが出来ない。
いつも、推しのツイートにずらっと並ぶリプを見ている。推しに悪いことを言っているリプがあると、推しが落ちこんでいないか気が気じゃない。
推しの配信の待機所で一番に居られるのは本当にたまにだけれど、だからこそ一番だったときは本当に嬉しい。人が集まってくると、次第にコメントをする人が出てくる。もう何度も見たから、その人達の名前は覚えた。コメントをするのは、大抵が緑色の名前の人達だ。メンバーだ。私にはクレジットカードがない。だからメンバーになれない。
配信中にスーパーチャットを投げる人の名前も覚えた。推しに名前を呼んでもらえている。私にはクレジットカードがない。だからスーパーチャットは投げられない。
頑張っている推しを支えたい。私を楽しくしてくれる推しを応援したい。でも私に出来るのはツイートへのいいねとリツイートだけ。本当にそれでいいのかとずっと悩んでいた。
調べていたら、スマホでカードになるアプリがあることを知った。スマホの支払いと一緒に使った額を払う仕組みらしい。
……月五百円くらいなら、大丈夫。大丈夫だよね……。
私はアプリのクレジットカードで、推しのメンバーになった。もちろん配信外で。配信中にメンバーになったら推しに見られてしまう。そんなことはできない。
推しをちゃんと応援出来てると思うと、それだけで心が温かく、誇らしい気持ちになった。
ある日の配信で、推しがずっと頑張って進めていたゲームをクリアした。コメントの皆はおめでとうと拍手を送っていた。お祝いのスパチャも沢山投げられていた。推しは明るくふるまっていたけれど、声が少し震えていた。
気が付いたときには、チャット欄に私のスパチャが流れていた。他の人は五千円とか一万円を送っている中、私のスパチャは三百円だった。思わず送ってしまって、でも高いお金は怖くて、そんな中途半端なスパチャを送ってしまった。流れていくお祝いの言葉の中に紛れる、私よりも額の多いスパチャ。私の推しへの想いが他の人より劣っているような気がした。惨めだった。
「イオリちゃん、ご飯……」
「いらない」
「そんなこと言わないで……」
「いらないって言ってるでしょ! 話しかけないでよ!」
「ご、ごめんね。……ご飯、扉の前に置いておくから、ちゃんと食べてね」
ご飯なんかどうでも良い。あんな安いスパチャを投げてしまったことが恥ずかしい。スパチャ読みで推しに名前を読まれるとき、けちな奴だと思われたらどうしよう。
私はスパチャの取り消し方がないかを必死で探した。見つかったのはYoutubeに問い合わせる、という方法だけだった。
そんなゆっくりしていられない。もう推しはスパチャ読みに入ってしまっているんだ。
「イオリさん、スーパーチャットありがとう!」
心臓がぎゅうと締め付けられて痛かった。息が苦しくなった。そこで私は思いついた。
そうか、安いから駄目なんだ。
それから私は、推しの配信では毎回、千円、五千円といったスパチャを投げ続けた。
「あー! イオリさん! 無言スパチャ! いつもありがとー!」
コメント欄にはちらほらと『イオリニキネキ!』『ナイスパ!』というコメントが見える。私はすっかり推しの配信で名前を知られるようになっていた。
でも誰も私を責めたりはしない。推しも、リスナーの皆も、私を受け入れてくれる。誉めてくれる。たたえてくれる。私はここに居ていいんだ。ここが私の居場所なんだ。
「イオリちゃん、ちょっといい?」
「だめ。無理。どっかいって」
「ねえ、携帯電話のお金、すごいことになってるんだけど」
「う、うるさいなあ! 良いじゃん別に!」
「うちにはあんな金額、払う余裕なんてないのよ」
「うるさいうるさいうるさい!」
「イオリちゃん、でも」
「もう話しかけないでよ! どっかいけよ! クソババア!」
私の居場所に、踏み込むな。
推しのTwitterで、『次回、大きなお話があります』というツイートがあった。
なんだろう。登録者数も増えてきたから、もしかして新衣装の配信とかだろうか。
そうだ、私なりに、推しの新衣装を考えてみよう。推しのいいねやリツイートには、いつも沢山のファンアートがある。皆とても上手で、絵心がない私はいつもうらやましいと思っていた。でも私も描いてみたら、少しは描けたりしないかな。
そう思って、部屋に転がっているはずのシャーペンを探した。だいぶ時間がかかったけれど、何とか見つかった。使っていないノートを引っ張り出し、推しの事を思い浮かべながら線を引く。
違う。推しの顔はこんないびつじゃない。
違う。推しの肩はこんなに広くない。
違う。推しの髪はこんなへんてこじゃない。
そうして私は、ありったけの力でノートを引き裂こうとした。けど力が足りなくて引き裂けなかった。私はぐちゃぐちゃになったノートを投げすてた。
自分の手で、自分の推しを汚してしまったような気がした。私は絵を描いちゃ駄目だ。もう二度と絵なんか描くもんか。
しばらくうずくまっていたら、お腹がなった。そういえば、ずいぶん何も食べてない。扉を開けても、食事は置いてなかった。仕方がないので、一階まで降りて、適当に食べられそうなものを二階に持っていった。
推しがツイートで告知した日時、私は待機所で待っていた。いつもの人達が待機所で会話をしている。でも少し様子がおかしい。いつもならどうでもいい話で盛り上がっているはずなのに、皆どこか不安そうだ。何でそんな不安がるんだろう? 推しの新衣装の発表かもしれないじゃない。
待っていると、ついに配信が開始した。音は入っていなくて、待機画面が表示されている。しばらくして、推しが出てきた。いつもの服装だ。
なんだろう。いつもよりなんだか声が低い。いつものように雑談から始まっているが、なんだか元気がない。緊張しているのかな?
「引退させて頂くことになりました」
その言葉だけが頭に焼き付いて、他の言葉が全部飛んでいった。
私は推しの配信を見てるはずなのに、言葉が頭に入ってこない。心臓がばくばくいっている。あたまがぼうっとする。口の中がひりひりする。
気が付いたときには、配信は終わっていて、関連動画が表示されていた。
どのくらいPCの前に座っていたのか分からない。
ふと、急にものすごく怖くなった。全身の肌を針で刺されているような感覚になった。
怖い、怖い、怖い。
私はベッドに飛び込んで、布団を頭から被って震えていた。
どのくらいの時間が経ったのか分からない。私の頭の中はずっとぐるぐると混乱していたけれど、少し落ちついてきた。
自分のお腹の音で、自分がお腹が空いていることに気付いた。
面倒だったけれど、布団から出て、ベッドを降りて、私は一階に向かった。
階段の途中で、何かが腐ったような臭いを感じた。階を降りるごとに、その臭いは強くなっていった。
何か食べものが腐っているんだろうか?
嫌だなあと思いながらキッチンに向かうが、キッチンはそこまで臭くはなかった。でも家の中で何かが腐っているような臭いがある。
私は臭いの元を探して、家の中をうろついた。
そうして、母の寝室を開けた。
母親は寝室で首を吊っていた。顔は紫色になり、目玉は不自然に隆起していた。ぶら下がっている足から何かがしたに滴りおちている。足下を見ると、ひどい匂いを放つものが広がっていた。糞尿なんだろうか。
脳がそれらを認識した瞬間、壮絶な吐き気に襲われ、胃液が逆流した。
吐いた。
吐いたものが喉の途中に引っかかって咳が止まらない。
また吐いた。
酸っぱいものが鼻の奥にこびりついている。
変な臭いがする。
気持ち悪い。気持ち悪い。
でも、推しの邪魔をする奴がいなくなったんだ。死んでくれてせいせいする、そう言おうとした。
「じんでぐれで……ぜいぜ……うぁ……うぁああ……」
言葉になっていなかった。
言おうとすると、幼い頃の母親との思い出が頭に浮かんだ。次々と。
うるさくて、邪魔くさくて、鬱陶しい奴なはずなのに。
どうして小さい頃の、優しいあの母親の記憶が出てくるんだ。
嗚咽が止まらなかった。
そのせいでまた吐いた。
足下は自分が吐いたものでびちゃびちゃになっていた。
足に意識を向けたとき、自分の足の付け根が温かく、何かがしたたっているような感覚があった。
漏らしていた。
惨めだった。
視界の端に、パタパタと浮かぶ何かが居ることに気が付いた。暗くてよく姿は見えなかったが、ぎらりと光る大きな目だけははっきりと見えた。
「夢はどうだった? 楽しかったか? 幸せだったか?」
大きな目は時折まばたきをしているようだった。
「夢を見せてやったんだからな。対価をもらいに来たぞ」
夢って何のことだ? 対価って何のことだ?
「お前、誰にものを頼んだか分かってるよな? お前はな、悪魔に頼んだんだよ」
「なんで、なんでお母さんを……殺したの」
「殺した? 何言ってるの? 殺したのはね、お前だよ、お前。僕はお前に『生きがい』という夢を見せてやっただけだ。そこの奴が死んだのは、お前が夢に夢中になってたせいだよ。お前のお陰でちょうどいい対価が手に入りそうだったから、こうやって回収しに来てるだけだ」
「私はそんな! ……まさか自殺するだなんて」
「キシシ。僕はね、種をまいただけだ。そこに水をやり、肥料をやって、実らせたのはね、お前だよ」
推しも居なくなった。家族も居なくなった。私が独りで生きていけるとは思えない。
「私のことも、殺して」
「んー、そうだなー。まあいいよ、殺してやっても。で、お前は何を捧げられるんだ?」
「私の魂」
「ふん。悪魔のことをよく分かってるじゃあないか。魂は悪魔にとってかーなーり上等な捧げ物だ」
「それじゃあ」
俯いていた顔を思わず持ち上げる。
「殺してやるかよ、ばーか。お前の魂、臭くて汚くて、質が悪すぎる。とてもじゃないが対価にはならないよ」
「そんな……」
「キシシ。哀れだねぇ」
そう言って悪魔は消えていった。
同時に、母親だったものが首から千切れて落っこちた。
落ちた拍子に、色々なものが飛び散った。
魂が穢れていると言われた私は、体も汚物にまみれた。
惨めだった。
でも、もうどこにも、私を哀れんでくれる存在はいない。