美少女の定義
「さっきはいろいろすいませんでしたぁ!!」
酒場に響き渡る俺の謝罪。その相手はもちろんオネエさんだ。
「あら、わざわざ謝らなくてもいいのに。几帳面な子ね。気にしなくてもいいわよ。ただぶつかっただけだし、怪我もないから」
オネエさんは自分からぶつかりにいった挙句走って逃げ出すという暴挙を働いた俺の謝罪にも快く応じてくれた。
改めて考えるとひでえな俺の行動。
しかも動機が美少女とぶつかりたいと思った、だからな。完全に『などと、意味不明な供述をしており』のレベルだよ。
「それよりも坊や達。ここでまたあったのも何かの縁だから、一杯飲んでいきなさいよ。私の名前はバーティー。よろしくね」
オネエさん改めバーティーさんの店は、ほかの店よりもモダンな雰囲気があり、酒場とカフェのちょうど中間のようで全体的に洒落ていた。
元々飲むって話で店に入ったわけだし、店の雰囲気もいい感じだ。
せっかくだしお言葉に甘えよう。
「そうですね、せっかくなんで頂きます。俺の名前はノルマン・タリフレアです。二人は、クラウスとリリーさんです」
「クラウスちゃんのことは知ってるわ。リリーちゃんははじめましてね」
「ええ、ご無沙汰してます。バーティーさん」
「初めまして、リリー・ミュラーと申します」
二人があいさつを終えると、何やらバーティーさんが悪い顔をして近寄ってきた。
「早速なんだけど、ちょうど昨日、強いの仕入れたのよ。それ、飲んでかない?」
そう言うとバーティーさんは、バヂリ、とウインクしてきた。
そんな悪い顔して言わないでくれ。
いたずら心が働いて飲みたくなっちまう。自分にいたずら心働いてどうするんだって話だけど。
あれ? そういやノルマンってこの世界だと成人してるのか?
確か十九歳だから、元の世界ではギリ未成年なんだがな。
まあ、クラウスが何も言ってこないからいいのか。
「でも、お高いんでしょう?」
「そう思うでしょ?でも今なら、な、なんと!お酒を入れるための容器までお付けしてこのお値段!」
「いや普通容器はお付けするだろ。液体だけ出されたのを飲めるほどワイルドに生きてねえよ」
容器なかったらマジでどうやって飲むんだよ。
自分の手に注いで飲むのか? これがほんとの手酌ってか。
「二人はどうする?」
「せっかくだし僕も飲ませてもらうよ。お酒は嫌いじゃないしね」
「私もいただきます。こう見えても、結構強いんですよ」
「クラウスこの後仕事とかないの?」
「大丈夫だよ。まあ、いざという時はすぐに酔いを醒ませるから」
「なんだその便利な機能」
「アタシも混ぜてもらっていいかしら? 今は他のお客さんもいないし」
「仕事はいいんですか?」
「いいのよ。お客さんがきたら対応すればいいんだから」
そんなこんなで、バーティーさん含む全会一致で飲むことになった。
せっかくだし、リリーさんと親交を深めるいい機会になるだろう。
あ、やべ。酒飲むの初めてだから謎に緊張してきた。
「よーし、じゃあ飲みますか!」
そのまま俺たちは、親睦会兼飲み会を開催した。
初めての酒は思った以上においしく、俺達、主に俺は、飲んで、飲んで、飲んで、飲みまくった。
飲んで、
「酒って案外おいしいんだな」
「あら、ノルマンちゃん飲んだことなかったのー?ダメよ、若いうちに楽しんでおかないとー。はじめてならほら、お姉さんイチオシのこれ、飲んでいきなさい。飲みやすいって評判なのよ」
「どれどれ……ほんとだ、飲みやすい!」
「でしょ!さあ、どんどん飲んじゃいましょ!」
飲んで、
「うっひっひっひ!! バーティーちゃん面白いこと言うな! 小噺屋とか作れば儲かるよ! うん、俺が保証するぜ!」
「ノルマンちゃんこそ面白い子ね! アタシ気に入っちゃったわ! もう今日はあんたたちの貸し切りよ! 存分に飲んでいきなさい!」
「いよっ! バーティーちゃん太っ腹ー!」
飲んで、
「だがら゛ざあ゛! 俺はぞんどきになにもかもどうでもよくなっぢまっでよお゛!!」
「わかるわよ、ノルマンちゃん。誰にでもつらい時はあるわよね」
「ぢぐじょう……俺の何が悪がったんだよぉ……」
「泣かないでノルマンちゃん。ノルマンちゃんの涙見てると、オネエさんも悲しくなってきちゃうわ」
「バーディーぢゃん……あんた、いいびどだなぁ……」
飲みまくった。
「オロロロロロロロロロ!!」
結果、吐いた。
「あぁ……気持ち悪い……」
初めて飲むにしては明らかにチャレンジ精神満載過ぎた。
もう外もすっかり暗くなってしまってる。
目の前がグルグルして、足元がおぼつかない。脳みそまで揺れてるんじゃないかと思うほどだ。
「ここ……どこだ?」
さっき、「夜風の貴公子になってくるぜ!フゥゥゥ!!」とか言って店から出てきたのは覚えてる。
だけど、どこをどう歩いてきたのかが全然わからん。
なんで覚えてたくないとこ覚えてて覚えとくべきとこ覚えてないんだよ。
グワングワンと揺れる視界をどうにか堪えつつしばらく街の中を行ったり来たりしていると、何やら見覚えのある場所まで来た。
ここは確か……さっきリリーさんと会った場所だ。ということは、店はすぐそこのはず。
酔いが回ってきた。
あと少し、あと少しのはずだ。
気が付くと、見覚えのある店の近くに来ていた。
というか、見覚えがあるも何もさっきまでどんちゃん騒ぎしていた店だ。
あれ? 本当にどんちゃん騒ぎしてたか? よく考えたらクラウスとリリーさん別に騒がず普通に飲んでたじゃん。
ひょっとしてどんちゃんと見せかけて俺一人で騒いでただけなのか……?
つまり俺、一人だけ騒ぎまくった挙句意味わからんセリフ言って退場したまじでやべえ奴じゃん。
リリーさんに絶対やばい奴って思われただろ……どうしよう。
店まであと十メートルといったところで、店から誰かが近づいてきていることに気が付いた。
ぶれる視界に何度も瞬きをし、ようやく誰かを認識する。
その近づいてくる人物とは、
「リリーさん……」
「ノルマン君。ここにいましたか。クラウス君が探しに行っちゃいましたよ」
リリーさんは、俺の前に立ち止まるとそう言った。
本当に美人だな……元の世界で見たことある誰よりも美人だと断言できる。
「すいません。どうやら羽目を外しすぎちゃったみたいで」
「いえ、大丈夫ですよ。時には羽目を外すことも大事ですから。……ああ、そうそう」
流石はリリーさん。大天使リリエルとかに改名したら俺は天使の存在を信じるな。
と、そんなことを考えていると、リリーさんが、耳元で一言、
「あんまり、調子に乗らないでください」
と言った。
「……へ?」
「聞こえませんでしたか?あまり、調子に乗らないでください、と言ったんです」
「え、えーっと……」
「ですから、私みたいな美少女がいるからといって、浮かれて妙な行動はしないようにしてください。私の目的はあくまで、クラウスからの好感度を上げることですので」
理解が追い付かない。
えーっと、あれ?大天使リリエル様は?
「クラウス君の前で完璧美少女を演じるのも大変なんですから、私にそれ以上の手間をかけさせないでください」
「あ、あのー、リリーさん?」
「そもそもあなたとか眼中にないので、今後妙な試みはしてこないでください。どうせ今日の酒場に行こうって言いだしたのも。気配りできる自分を見せつけようとしたとか、そんなところでしょう?」
図星だった。思いっきりアピールがバレてた。
「べ、別にそんなんじゃねえし……」
「こっちは迷惑してるんですよ。私お酒飲めないのに、クラウス君の手前飲める振りしなきゃいけなかったじゃないですか。というか大体、意味が分からないんですよ。なんで、クラウス君が私を紹介するときは友人なのに、あなたを紹介するときは親友なんですか。私は相当小さな時から完璧美少女であり続けてるのに、あなたの方が上って」
待て待て、落ち着け。
どうなった?何がどうなってるんだ?
大天使リリエル様は、つまり偶像だったってことか?
そうなると、本当のリリーは、この腹黒なバージョンってことになるが……。
正直、全然状況に頭が追い付いてない。
オォウ! アーユーハラグロ? イッツオイシー! な状態だ。
だけど、だとすると一つ心当たりがある。これはもしかして……
「ひょっとして、他の女の人に何かしたりしてる?例えば、クラウスと親しい人とか」
「当然です。クラウス君に近づいてくる女どもは、みんな処理してます。まあ、何もしなくてもこの完璧美少女のリリー・ミュラーに勝てる道理はないんですけどね」
だからか。ご老人イベント等の、主人公イベントが大量にあるクラウスが、今朝のごっつんこイベントをはじめとする直接美少女が絡むイベントに遭遇しなかったのは。
こんな腹黒避雷針が横にいたら、そりゃ当然誰も近寄れないわな。
「言っておきますが、クラウス君に私の本性を言ったところで無駄ですよ。私は、クラウス君の前では常に完璧美少女を演じていたので」
リリーさん、いや、リリーがそう釘を刺してくる。
「あ、良かった。ノルマン、戻って来られたんだね」
そう言って、クラウスが戻ってきた。
どうやら俺を探しに行ってくれていたらしい。
「ああ、すまん。酔って意味わからんことしてたみたいだ。心配かけちゃったみたいで悪いな」
「どういたしまして。これからはお酒抑えるようにしてくれよ」
「……おう」
「さ、バーティーさんも待ってるだろうし、店に入ろう。リリーも、待たせたね」
「いえいえ、ちょうど夜風に当たりたいと思っていたところでしたから」
酔いの影響が全く見られない足取りで、クラウスは店の中へと入っていった。
「どうしたんだい二人ともー?」
「今行きます、クラウス君」
リリーさんの時の声音でそう返事をすると、
「先ほども忠告しましたが、言ったらどうなるか……わかってますね?」
すれ違い際に冷え切った声で耳元で囁き、リリーは店へ入っていった。
これはつまり、そういうことになる。認めなければならない。リリー・ミュラーの本性とは、
「おいおい、腹黒系美少女かよ……」
俺の空しいつぶやきが、夜の街にそっと溶け込んでいった。