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主人公は、俺じゃない  作者: りんご丸
第一章:嘘つきの強襲
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落し物の行方

「ハァ……ハァ……」


 足が地面を打つ確かな手ごたえを感じながら、俺は歩を進める。

 荒くなった呼吸を必死に抑えようとするが、どうにもうまくいかない。

 標的に気付かれてはいけないとわかっているのに、呼吸を殺すという簡単なことすらできない自分がもどかしい。


「ハァ……落ち着け……スゥーーー、ハァーーー」


 このままでは標的にばれると思い、いったん止まって呼吸を整えることにした。

 標的が視界から消えるが、ここで慌てては止まった意味がない。

 落ち着け。

 次の角までは、まだ距離がある。


「……よし」


 十分に呼吸が落ち着いたのを確認して、追跡を再開する。







 ――――――そもそも、俺が立案したこの『ドキッ! 街角で美少女ゲット大作戦』とは何か。


 これは、言うならばクラウスの「主人公性」を利用した作戦だ。


 ここ数日で実感したことだが、クラウスの「主人公性」は、半端なく高い。

 例えばその一例が、昨日出会ったご老人だ。



 

 街を歩いていた俺たちは、大荷物を持っているも腰を痛めて困っているご老人と出会った。

 それを見たクラウスは、当然のごとく荷物を持つと進言したわけだ。

 

 これだけ見るなら、確かに主人公ムーブはしているがたまにいる心優しい人間、といったところだろう。 しかし、クラウスは格が違う。

 どうやらこいつ、街に出るたびに毎回大荷物を持って腰を痛めたご老人と会うらしい。

 しかも、困っているご老人は毎回別人とかいうおまけつきだ。


 なんでやねん。

 もはやそれ街の全お年寄りからの嫌がらせだろ。

 っていうかそれはむしろ街のほうがご老人に配慮した街造りをしろよ。

 荷運び屋作ったら絶対大繁盛じゃねえか。

 前々から選ばれた人間だなぁ、と思ってたが、いくらなんでも選ばれすぎだろ。

 確実にご老人から指名入ってるレベルだよ。


 しかもこれが、お年寄りイベントだけじゃない。

 全部を挙げたらきりがないが、およそ想像できる大体の主人公イベントを毎日こなしているのだ。


 おわかりいただけただろうか。

 もう一度ご覧いただかなくても十分だろう。

 しかも、俺が目の当たりにしたイベントは全て、昨日の夕方、王都に到着した後に起こったことだ。

 クラウス仕事してる暇あるんだろうかってレベルである。


 しかし、まだ俺が見ていない主人公イベントがあったのだ。

 そう、ラブコメでは欠かせない、あの『急いでる美少女と角でごっつんこイベント』である。

 このイベントの登場人物は、朝、街を歩く主人公とパンを咥えて走る美少女の二人だ。

 幸か不幸か、街の角でぶつかってしまい、その後、美少女は主人公のクラスに転校してくるというのが、一連の流れとなる。

 幸か不幸か、なんて言ったが、俺から言わせれば美少女とぶつかれた時点で幸運だ。


 まあそれはさておき、ここで一つ、疑問が出てきた。どうして昨日、このイベントはなかったのかと。

 しかし、この答えは簡単だ。おそらく、このイベントにはもう一つ要素が必要なのだろう。

 その要素はおそらく、『キャ~! 遅刻遅刻~! 大遅刻~!』だ。

 昨日、俺たちが王都にやってきたのは夕方だ。

 この時点で、遅刻をする美少女という条件が満たせなかったため、昨日はイベントが起きなかったのではないだろうか。

 だが、今は朝。

 つまり、条件はすべて満たしているのだ。


 そして俺は考えた。

 このイベントがもし起きるのならば、そして起きると把握している俺がいれば、『クラウスと美少女の間に割り込み、俺が美少女とぶつかることが可能なのではないか』と。

 あわよくば、『後々美少女と結ばれる展開まで奪い取れるのではないか』と。

 まあ最悪、結ばれなくても美少女とぶつかれたらそれでオーケーだ。


 ここまでの思考は、言ってしまえば茶番に等しい。

 仮説に仮説を重ねた夢物語だ。

 ひょっとすれば、必死にクラウスを追いかけ続けた果てに、待ち合わせ場所までついてすごい気まずくなる展開だってあるかもしれない。

 だが、もしかしたらと、そう思うだけで実行する価値がある。

 だって、美少女見たいじゃん。







 今、標的ことクラウスは通りを挟んでちょうど反対側の道を歩いている。相変わらず、歩いてるだけなのに優雅な奴だ。

 それに対して俺は、見つからないように腰を低くしてすり足で歩いている。おまけに、途中からスパイやってるみたいで楽しくなってきちゃって、息を止めながら追いかけたりしたせいで少し息切れしてるから、道行く人から不審な目を向けられがちだ。

 まあそうだろう。俺も街中でこんなハァハァ言って、ね◯み男みたいな歩き方した奴いたらガン見するわ。いや、むしろ見ないわ。

 我ながら何をやってるんだろうか。

 でも、一回やってみたかったんだよなぁ、標的を追うスパイ。


 ここまで、順調に進んでいる。

 順調すぎて怖いぐらいだ。

 角が来るたびに、クラウスより少し前に出て美少女がいるかいないかを確認し、またばれないように後ろに戻る。

 これを何度も繰り返しているが、今のところバレそうにない。

 そんなことを考えていると、十メートルほど前方に――――――明らかに困った様子のご老人がいることに気が付いた。


 まずい。

 非常にまずい。

 もしクラウスが困っているご老人に気付いてしまえば、あいつは通りを渡ってこちら側に来る。

 今すぐに隠れないと、まず間違いなく見つかってしまう。

 ちくしょう! なんで今なんだ! 困るならせめてもう少し後で困ってくれよ! 人として最低なこと言ったな俺!


 慌てて、建物の隙間の道に入り込む。

 そっと顔を出して様子をうかがうと、クラウスはご老人に気付いた様子もなく先へ進んでいった。


 俺の胸中に疑問がわいてくる。

 どうしてだ?

 あいつは、困っているご老人を毎日助けてるんじゃなかったのか?

 そこにいるのは、明らかに困ってるご老人だろ。

 だったらそれ助けないなんておかし……いや、違う!

 そこまで考えて、気が付いた。

 あのご老人、大きな荷物を持っていない!

 

 クラウスは、大きな荷物を持ったご老人を毎日助けてると言っていた。

 つまり、今目の前で困ってるご老人は全く別の内容で困っているから、ご老人親切イベントの外判定でクラウスに気付かれなかったのかもしれない。

 まあ、それにしても気が付かないのは違和感あるが、現実問題気付いてないわけだし、あいつはこっちには来ないだろう。


 そうと分かれば安心だ。

 早くクラウスに追いつくとしよう。

 走ってご老人を追い越す。が、それ以上前には進めなかった。


 …………まあ、そういうわけにも、いかないよな。

 困ったときはお互い様っていうし、クラウスが気が付かなかったからって俺が見過ごす理由にはならんし。

 ご老人に近づくと、何やら探し物をしているみたいだった。


「あの、そこのおばあちゃん」


「おんやー、たかしかい?」


「たかしじゃねえよ。誰だよたかし」


ってかバリバリ日本ネームじゃねえか。マジで誰だよたかし。


「ヤダねぇ、たかしなんて言ってないよ。ター・カシー。街の人気者さ」


「やっぱ誰だよター・カシー。……なんか探してるみたいだけど、手伝おっか?」


「……おやおや、手伝ってくれるのかい。若いのにいい子だねえ」


「俺も、最近人の善意で救われたばっかだからね。できる範囲で人にやさしくしようと思って。荷物落としたとか?」


「落としたもの、落としたものねぇ……若き日の青春と、入れ歯かね」


「ごめんやっぱいろんな意味で手伝えそうにねえわ」


なんでそんなもん道端で探してんだよ。絶対に落ちてねえだろ。どっちが落ちてても怖すぎるわ。

っていうかその二つ並べないでくれ。青春がなんかすごい残念なものに思えてきた。


「人間、丈夫な間は、それにかまけてしまうものだからねぇ。君はくれぐれも、若い時間を無駄に過ごしちゃいけないよ」


「多分青春についてすごい大事なこと言ってくれてるんだろうけど、直前の入れ歯のせいで全然別の意味に聞こえるわ!!」

 

 人生において入れ歯と青春の判別がつかなくなるタイミングが来るとは思わんかった。


「……で、実際のところは何探してんの? 入れ歯じゃないんでしょ? 普通に喋れてるし」


「ああほんとだ! 入れ歯あった! ありがとう、おかげで探し物が見つかったわい」


「マジで入れ歯だったのかよ! なんでそれをなくしたと思ったんだおばあちゃん!」


 え、ちょっと待ってマジで今の時間何だったんだよ。

 入れ歯をさしてる人に入れ歯さしてること指摘しただけじゃねえか。

 駄目だ字面の意味不明さが半端ない。

 だああ! だったらはよクラウスに追いつかなきゃ!


「大丈夫!? もうほんとに困ってることない? おばあちゃん。入れ歯で万事解決?」


「ええ、解決じゃよ。ありがとう。そうだ、お礼にうちまで」


「今急いでるからいつかご縁があったらよろしく!」


 おばあちゃんの誘いを丁重にお断りしながらクラウスが歩いて行った道を追いかける。

 もう、ドキッ(以下略)計画は絶望的かもしれない。

 そう思うが、美少女との出会いを思うと諦めきれない。


「見えた!」


 曲がり角のすぐ手前を歩くクラウスが見える。

 最後の可能性にかけて、クラウスよりも前に出、角の向こう側にいる人間を確認する。

 走っている、人影がいた。

 何かを咥えて、キャー遅刻遅刻と言わんばかりの走り方をする人影が。


 クソッ! 美少女か!

 逆光でよく見えないが、このタイミング、間違いなく美少女!

 通りには、歩いている人しかいない。今なら横切れる!


 大地を踏みしめ、通りを横切り、どうにかクラウスよりも先に角に着こうとする。


 間に合え


 間に合え


「間に合え――!!」


次回!美少女新キャラの登場です!

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