男のロマン
少し短めです。
どうやら、自分が思っているよりも気が急いているらしく、約束の時間よりだいぶ早く待ち合わせ場所に到着してしまった。
最初はただ何となく待っていたが、いかんせん、暇だ。
元々俺は、情報過多な現代社会に生きてきた人間だ。小鳥のさえずりだけで何分もつぶせるほどの余暇使いの達人ではない。むしろ、ネットサーフィンだけで何十時間もつぶしてしまうほどだ。余暇を楽しむのにこれほど向いていないやつもいないだろう。
ということで、暇に暇を重ねた挙句、散歩も兼ねてクラウスの家まで向かうことにした。
流石は王都というだけあって、街はさらに活気に満ちている。昨日の夜も、朝起きた時も相当なものだったが、今はそれ以上だ。
露店のおっさん達は一体いつ寝てるのだろうか。
いつ見ても無茶苦茶叫んでいる気がする。
ひょっとしたら三百六十五日耐久デスボ大会でも開いているのかもしれない。
道行く人々の表情を見ると、そのほとんどが笑顔で飾られている。
それらは街の雰囲気と合わさり、安っぽいイルミネーションよりもよほど煌びやかに見えた。
きっと、俺のいた世界の誰かにこの光景を見せれば、毎日大変ながら楽しく幸せに生きている、平和な街だと思うだろう。
実際、俺にもそう見える。
だが、騙されてはいけない。
こんな絢爛たる光景の裏にも、必ず影はある。
例えば、人攫いだ。
俺が攫われた例は、いわば特例。
本来人攫いとは、ここのような人が多すぎてごった返しているようなところにこそ潜むものだろう。
あふれんばかりの人々は、絶好のカモのはずだ。
俺は知っている
ふとしたところに、あるいは理不尽に、死は潜んでいるのだと。
攫われた時の俺は、ただひたすらに死の恐怖に戦慄し、怯えることしかできなかった。
あの時に俺は、学んだのだ。
ここは、現実だということを。
俺の命は、ともすれば簡単に散ってしまうことを。
俺は今、ノルマンの体を乗っ取っている。
最初は、憑依というぐらいだからノルマンの魂は体の中で眠っていて、人格のオンオフができるのかと思っていた。
だが、違った。
ノルマンの体に憑依する。その事実は、俺が思っていた以上に重いのだ。
ノルマンの魂が体の中に眠っているにせよ、どこかへ行ってしまったにせよ、俺が死んでしまえば、ノルマンが戻る身体はなくなってしまう。
俺が背負っている命は、一つだけではないということだ。
今の俺はただでさえ、ノルマンの人生を勝手に歩んでいる。
ノルマンが戻ってきたとしても、俺が憑依していた間の時間は戻ってこない。
俺が勝手にした行動が多ければ多い程、ノルマンが戻ってきた後に、決定的な違いを生むことになってしまう。
だから、覚悟を決めたのだ。
ノルマンを筆頭に周りの人間を利用する形になってしまうだろう。
それでも俺は絶対に、死にたくないし、死なせたくない。
そのために、魔王(仮)を見つけて元の世界に帰る、という覚悟を。
少しして、クラウス宅に着いた。
いや、この場合、ディエスブルグ家の邸宅といったほうが正しいのだろう。
家というより邸宅という表現を使わざるをえないぐらいに、この屋敷はでかい。
テレビの中でしか見たことないような豪邸だ。
大きな格子扉の入り口の向こうには、緑が広がっているが、どれも生え散らかしているわけではなく、きちんと整えられている。ひょっとしたら、庭師もいるのかもしれない。
さて、流れでここまで来てしまったがどうしようか。
正直、途中の道で会うだろうぐらいのノリで歩いてたのだが、普通に家の前まで来てしまった。
居心地が悪い。
昔、クラスの女子の家の前を偶然通りかかっただけなのにストーカー扱いされたことを思い出す。
おかげさまで、以来他人の家の前がトラウマポイントになったよちくしょう。
まあ普通に、格子扉が見えるぐらいのところまで離れて待つとしよう。
五分ほどして、クラウスが家から出てきた。
通りを挟んで向かい側にいる俺のことはまだ気づいていないようだ。
「おーい、クラウ……」
声をかけようとして、はたと、あることに気が付いた。否、思い付いてしまった。
その思い付きは、いまだ話しかけようと震える俺の喉を、容易に否定する。
周囲の気温が、一瞬でぐっと下がったような気がした。
少しうるさく感じていた街の喧騒すら、どこか緩慢なものへと変わっていく。
これは……とんでもないことを思い付いてしまった。
できるのか?
これはあまりにも、非現実的だ。
バカバカしいにも程がある。
だが、俺は知っているはずだ。あいつなら、ありえると。
もし、この思い付きが、いや、作戦が成功すれば俺は……
思考は加速する
「――――ッ!?」
鋭い痛みが脳を貫く。
どうやら加速し続ける思考に、脳が耐え切れなかったらしい。
だがこの痛みすらも、今の俺には、導き出した作戦に脳細胞全てが快哉を叫んでいる証に思えた。
一向に俺に気が付かないクラウスが、集合場所へと歩を進めている。
見失っては意味がないと、慌ててクラウスを追う。
追いながら、周りを注意深く観察し、確信する。
この地形、この人混み、このタイミング。
全てが俺のことを味方している、と。
ここまでお膳立てされては、仕方がない。
やるしかないだろう。
いいや、やるしかない、ではない。やりたいのだ。
何よりも俺の本能が、やりたいと叫んで仕方がないのだ。
決行しよう。世紀の作戦を。
――――――『ドキッ!街角で美少女ゲット大作戦』を!