始まりのその後
ズーポッコロ、ズーポッコロ、という個性派な鳥の鳴き声で目が覚める。
眠い。
けど、起きなきゃいけない。
元の世界にいた時は、一か月ぐらい眠い時に寝て起きたいときに起きる生活をしていた。
だから、起きなきゃいけないなんて感覚は久しぶりだ。やれやれ、封印されし俺の自堕落本能が疼くぜ。
寝起き特有の体にまとわりついてくる眠気をどうにか振り払いながらベッドから出る。
窓の外を見ると、全く意識が覚醒しない俺の調子と裏腹に活気にあふれた町が広がっていた。
客引きをするおっさん達が張り上げる声、大勢の人の声が寄り集まり生まれる喧騒、車輪が道をたたく 音、それらすべてが、窓をすり抜けて伝わってくる。
そう、ここは、俺が三か月間うろうろしていた村ではない。
あれは、洞窟から脱出した後の話だ。
魔王(仮)を見つけて絶対に元の世界に帰ると決心した俺は、まずクラウスに、この世界に魔王的な存在がいるか聞いてみることにした。
何せクラウスは剣聖だ。まあ、勇者というより英雄といったほうが近いような気がするが、魔王と対になりそうな存在が目の前にいるんだ、聞いてみるべきだろう。
「なあクラウス。魔王みたいなやつ倒しに行くみたいな予定ない?」
なんか友達に遊びの予定聞いてる奴みたいになった。
「魔王?魔王って言うと……」
「あのほら、無茶苦茶悪そうな顔と声してて、悪い奴らの組織の親玉で、なんか自然環境悪そうなところに城建てて玉座にふんぞり返ってるような奴」
「……昔話で聞いたことはあった気がするけど、すまない。今の世の中でそういうのがいるって話は聞かないな」
「そうか……」
困った。非常に困ったな。
正直、魔王城みたいなのがあるだろうから、あわよくば魔王討伐についていこう、とか考えてた。
だけど、魔王城みたいなのがないとなると、俺を異世界に飛ばしたやつをどう探せばいいのか見当もつかない。
別の方面から攻めてみよう。
「じゃあ、人から魂を抜き取る魔法とか技術みたいなもんってあったりする?」
「魂を抜き取る……すまないが、そういう話も聞いたことがない。魔法に関していえば、そういう魔法を発現した人は歴史上にいたかもしれないが、少なくとも僕の知っている魔法にそういうものはなかった」
そういう技術があるわけでもないのか。まずいぞ。これは本格的に打つ手がなくなってきた。……できることを考えよう。
候補一:個人的に調べる。
技術も資金もないのにこれは難しいだろう。大体この世界の常識とかも全部網羅してるわけじゃないしな。
候補二:そういうのを調べる組織に入る。
そういうのを調べるところってなんだよ。騎士団とかかな。正直騎士団に入っても訓練やら見習いやら修行やら儀礼をたたきこむやらで一人前になるのに絶対時間かかるだろ。俺スポコン系苦手なんだよ。
自分が調べたいこと調べられるかどうかも怪しいし。
元の体に戻れたけどおっさんで、一九歳童貞が魔法使いになってたとか笑えねえよ。
……やべえ。マジでこれしか思いつかん。どうしよう。
「相談なんだけどさクラウスくん」
「なんだい?」
「なんか悪い組織とかを調べられて、修行とかめんどくさい工程を挟まずにすぐになれる職業とかない?」
こうやって聞くと無茶苦茶わがまま言ってんな俺。
「……質問に質問で返すようで悪いけど、急にそんなこと聞いてどうしたんだい?」
やっぱり、不自然に思われたか。
職を探したくてハロワに来たけど無駄に要望が多いダメ無職みたいなセリフだったしな。
何か自然な理由を探さないと。えーっと……
「ほ、ほら、俺今回攫われたわけじゃん?どうやら俺を攫えって依頼されてたらしいんだけど、どうして攫われたのか理由が分からないんだよ。でも、そのままいつ何されるかわからないでビクビクしながら生きていくとか心臓に悪いから、自分を攫おうとした奴は自分で見つけてやろう!って思って」
我ながらナイスなアイディアだ。
中学時代に一人で妄想してた時のアドリブ力が生きてるな。……思い出さなきゃよかった。
「……少しだけ、確認させてくれ」
「クラウス?」
そういうとクラウスは、洞窟だった場所まで戻り、何やら岩をペタペタと触り始めた。
そのまま、上を見たり下を見たり、何やらうろうろしている。
「おーい、何してるんだ?」
「ノルマン、ちょっとこれを見てくれ」
そう言ってクラウスが指をさしたところは、洞窟の入り口のちょうど横十メートルほどにある穴だった。
「ただの穴だろ?」
「よく見てくれ、ただの穴じゃないんだ」
何を言ってるんだろうかと思いつつ穴に近づく。
穴から外側に向かって亀裂が何本も入っており、少し形が分かりづらい。よくよく目を凝らしてみると、その穴は――――――
「これ……手か?」
――――――平らな粘土に掌を押し当ててできたへこみのような形をしていた。
「ああ。おそらく」
クラウスが、平然とそう言い放つ。
「いや、おそらくって……どういうことだよこれ。なんで手の跡がこんな岩盤についてるんだよ」
「洞窟崩壊のタイミングが、少しおかしいと思わなかったかい?」
「…………」
たしかに、言われてみれば少しできすぎたタイミングだったような気がする。
洞窟崩壊が始まったのは、クラウスがちょうど俺を助けた時だった。
何か少し人為的なものを感じるような偶然だ。
だが、それとこの手の跡はまた別の問題で―――――
「この手の持ち主が、崩したってのか?」
「ああ。洞窟が崩れだす直前に、不自然な音が鳴ったんだ。あれはおそらく、洞窟を崩すために衝撃を加えた音だったんだと思う」
「そんな、無茶苦茶な……」
「この洞窟は見たところ、相当古くからある洞窟ではあったけど、僕が入った時点では特に脆そうな場所はなかったんだよ。それが、僕が洞窟に入った少し後に、不自然な音が鳴って急に崩れたんだ。これは明らかに、おかしいと思わないか?」
「……でも、掌だけで洞窟を崩すなんて、誰でもできるわけじゃないだろ?」
「ああ、今回はそれが問題なんだ。ただ崩すだけじゃなく、手の跡までこんなにきれいに残して、まるで自然な崩壊かのように見せた。こんなことができるのは、並の実力者じゃない。王国にも、数えるほどしかいないぐらいの技量だ。そんな人間に、君が狙われたんだよ。ノルマン」
クラウスの言っていることを理解すると同時に、思考が冷えていく。
いったい、なんなんだ。
異世界に来てからロクな目に合っていない。
俺が一体何をしたというんだ。
どうしてそんな無茶苦茶な実力者に狙われなきゃいけない。
あるいは、ノルマン。
この体の持ち主こそを、狙っていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、こいつは、お前はいったい何者なんだ、ノルマン。
「さて、話を戻そう。ノルマンは、君を狙っている誰かを突き止めるために、なるべく早くそういう仕事に就きたいんだったよね?」
「あ、ああ。個人で調べるのは無理があるだろうし」
「そうか。……ノルマン、君には、剣聖護衛隊に入ってほしい」
……ナンデスカソレ
やべえよどうしよう。
明らかになんかすごそうなものに誘われたけど、全然わからん。
ちょっと待って、どうしよう。
雰囲気に合わせてナ、ナンダッテーとか言っておくか?
いやでもそれでもし、剣聖護衛隊とやらがもとの世界での学校ぐらいありふれたポジションだったらどうしよう。
『君には、学校に行ってほしい』
『ナ、ナンダッテー』
とかいう意味不明すぎる展開になる。何そのカオス。
雰囲気的にそんな展開はないと思うけど、一度考えちゃったせいでなんか不安になってきた……。
だああ! こうなったら!
「ちょ、ちょっと考えさせてくださひ」
緊張してかんだ! くださひってなんだ!
あとなんでちょっと『付き合うつもりも別にないけど断るのもなんか悪いと思って告白の返事を保留する女子』みたいになってんだ俺!
ああ、もう無茶苦茶だよ……
ということがあった。ここまでが、洞窟脱出後の話である。我ながら回想長すぎだな。
まあそんなこんなで、ノルマンの家族とかに色々聞いてみた結果、無茶苦茶喜んでた。
どうやら剣聖護衛隊ってのは相当名誉ある職らしい。
母親なんか、なんかうるんだ瞳で「まさかあのずっと家にいるだけだったノルマンがねえ」とか言ってた。
ノルマンはどうやらニートで引きこもりだったっぽい。
よくないよ?ノルマン君。
そういうのは親不孝だし、何より不健康だ。
……グハッ! ……あ、あれー? おかしいな? 俺のMPが半分ぐらい減ってる気がする。なんでだろう。
ともあれ、家族の賛成もあり、乗るしかない! このビッグウェーブに! と剣聖護衛隊に入らせてもらうことになった。
そして現在、剣聖護衛隊に入るには何やら手続きが必要らしく、情報収集も兼ねて王都に来ているというわけだ。
一応、ガリガリと髭面を騎士団かなんかに引き渡すって用事もあったな。
最初はクラウスの家に泊まるように言われたのだが、正直剣聖護衛隊に入れてもらえるだけでもありがたいのにこれ以上世話になるわけにはいかない。
なので、家を出るときにノルマンの家族が持たせてくれた金で適当な宿に泊まった。
この金も自分のじゃないから本当にいろいろと申し訳ない限りだ。
身なりを軽く整えると、部屋を出て朝食を食べに食堂へ向かう。
朝食はパンとスープの質素なものだった。
だがこれがまたおいしい。
どんな味付けをしたのか知らないが、料理人は相当な腕前だろう。
朝食を食べ終わると、集合前にしておくことは全て済んだので、宿から出ることにした。
受付に、モヒカンの超ごついおっちゃんが座っている。
昨日俺の受付もしてくれた人だ。
パッと見は怖そうだが、話してるとよく笑うし案外仕事が丁寧で、やたらと漢なおっちゃんだった。
敬意をこめて心の中ではモヒカンマスター略してM・Mと呼ばせてもらおう。
「なあおっちゃん。ここの朝飯って誰が作ってんだ?めっちゃうまかったから一言礼が言いたいんだけどさ」
部屋の鍵をM・Mに返した後、ふと気になって聞いてみることにした。
「おお! 坊主、見る目あるじゃねえか。あれは俺特製の、秘伝のスープなんだぜ!」
「まじか! めっちゃうまかったぜおっちゃん!」
「はっはっは! そうだろうそうだろう。今度、ダチでも連れてまた来いよ! 飯ぐらいなら奢ってやる!」
「おっちゃんめっちゃいい人じゃん! 絶対今度食べに来るぜ! ありがとな!」
「おうよ!」
宿を出て、クラウスとの待ち合わせ場所へ向かってぼちぼち歩いていく。
おっちゃんイイ人だったな。人の温かみを知った。
絶対今度クラウス連れてまた行こう。
しかしおっちゃんが作ってるのか。
あんな見た目して料理うまいって、なんだその新手のギャップ萌え。
エプロンとかつけてんのかな。モヒカンマッチョエプロンか……メチャクチャシュールだな。
これはあれか。
宿に帰ったらおっちゃんが、「お風呂にする? お部屋にする? それとも、ご・は・ん?」てなるやつか。
おいおいやめろよー、俺の異世界攻略対象ヒロイン最初の一人がまさかの宿屋のおっちゃんかよー。まさかのM・Mルートかよー。
……さっきから何言ってんだ俺。
ま、いいや。クラウスの家に向かうとしよう。
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